リザルト
ルーカスと別れたザックはリヒト達と合流した。
ザックが追い付くころには、何故かゴリラの群れは追跡をあきらめていて、三人はリヒトが置き去りにした荷物を取りに戻ったあと、集合地点へと向かった。
集合地点ではすでに出発の準備が整えられており、ノアの指導でボットを着ていない四人がジープに、ザックとリヒトはキャンプカーで生態調査部のメインキャンプへ向かうこととなった。
遅れた三人に対して不機嫌そうなサルーク達の中にジョナスを差し出すのは少しばかりかわいそうだったが、ジープを見送ってトレーラーに乗り込んだ二人は、ベッドに縛り付けられた先客に絶句し、心配などどこかへ吹き飛んだ。
「面倒なので起こさないで」
後から乗り込んだノアがドアを閉め、運転席へ合図するノックの音で目覚めたルーカスは、うわごとのように「ぶっころす」と呟いた。
「何があった?」
「映像をお渡しします」
詰め寄るザックにノアの対応は早い。
ボットに送られてきた動画データは、ザックと別れた直後のルーカスの主観カメラだった。
ワームを己の腕のように操るコングの姿に、二人は言葉を失くす。
野生生物とワーム。
これまで、二者は個別の脅威だった。
共生関係にあるとはいえ、結託した様子は見られなかったからだ。
想定として、ワームとの戦闘中に危険生物の縄張りに入る、危険生物の対処中にワームを呼び寄せる等、同時戦闘をシミュレーションしたことはあれど、現実になったことはない。
ワームに寄生された生物に攻撃を加えた際には、ほとんどの宿主が逃亡、生存を優先していた。好戦的な個体はほとんどなく、わずかに襲い掛かってきたとしても、目的は狩りであったり群れを守るためで、行動の主格は寄生された宿主側にあり、ワームは宿主の動きを補助する役目に徹していた。
先ほどのコングはその最たる例だった。
巨大野生生物であると同時に寄生体だったコングを発見、命名したのはルーカスの班だった。
縄張りに踏み入ったルーカスの班をコングたちは強襲した。
まず注目したのは彼らの統率力。
一番体の大きいものが群れのボスとなり、吠え声で群れを統率する姿にルーカスは目を付けた。
その後、寄生体であることが確認され、改めてタグ付けされたコングは、他の寄生生物同様、観察対象として定期的に経過観察していた。
「前回の調査では、ワームを支配下にした様子はありませんでした」
ノアが律儀に説明する。
「欠損部分は体内と予想され、体毛が保護色となって長らく寄生体と確認できずにいました。知性の高さが寄生に起因するものなのか、種族によるものなのか、あるいは突然変異による巨大化によるものか、研究しているところでした」
「ボスが襲われたのは縄張りからずいぶん離れた場所だよな」
尋ねたのはザックだった。
「はい」
「あいつは標的をボスに絞ったように見えるが…」
「断言はできませんが、その可能性は低いです。こちらを」
新たな資料が送られてきた。
開けば、リヒト達の逃走ルートと敵対生物の追跡ルートが記されている。
「全てではありませんがいくつかの個体にはタグがつけられていました。群れの中でもカーストが上位の個体です。まず、コングがあなたたちを見つけ、攻撃の指示を出します」
ノアの説明に合わせて画面が動いていく。
タグネームのついた個体だけ他よりも移動が速い。記憶とデータがゆっくりと重なった。
「ボスがコングの注意を引きつけ、ザックがそれに加わります。後続の群れはボスに獲物を譲り、逃げた個体を追い始めました」
マップに色が増える。
「彼らの縄張りと思われる大体の区域です。この時点ですでに抜けているため、ボスはここで迎撃にでました。逃げ切れると踏んだのです」
色付けされた場所は、誤差を織り込んだとしても充分距離があった。
しかし、群れのタグは止まろうとはしない。
「誤算の一つ目です。奴らは止まらず、後方の二人を追います。二つ目はザック、あなたが残ったことです」
「…だろうな」
「二つ目はうれしい誤算だと思います。あなたのおかげで予定より早くコングを沈黙させることに成功しています」
「仕留め損ねてるじゃねぇか」
「いいえ。完全に昏倒していました。カメラ映像に画面ログを追加します。ボスはこれを見てそう判断したはずです」
表示されたログは、リヒト達の眼前にも表示されていたチームのバイタルサインのほかに、コングのバイタルサインが追加されていた。
ザックの蹴りに合わせて意識不明の表示が現れる。
怪我がもとで心拍数が上がり、興奮状態を示すバイタルの乱れが、唐突に凪いだ。
「寄生体独特のパターンです。宿主を守るためにワームが一時的に介入している様子です。本来この状態になると宿主は意識を手放します、が」
再びバイタルサインが跳ね回る。
先ほどよりずっと興奮状態に見えたバイタルはすぐに落ち着いた。
「ここで誤算三つ目です。コングは異例の速さで自我を取り戻し、ボスに追い付きます。そして四つ目の誤算は、私です」
「お前が…?」
「この地点で、ボスは私の所在をこの辺りと判断しています。移動の方角からの推測ですが、間違いありませんね」
ノアが振り返る。ルーカスは沈黙で返した。寝たふりだとすれば、ずいぶんお粗末だ。
「実際の位置はここです」
表示されたマークは推定位置よりずっと離れた場所に居た。
リヒトは自分の眼前に表示されたデータに触れて、録画表示に再び画面ログを重ね、巻き戻す。
ザックの走り去る方向を確認したルーカスは、視界端のバイタルサインを拡大する。リヒト達の状態を確認したのだ。
それからようやく地図を出し、駆けだしながら拡大表示されたそれを縮小する。
スワップでザックの移動方向を見て、己の進行方向を確認した指が、動揺を見せた。
直後、背後から迫る気配に気づいて振り返ると、猛然とした勢いで迫ってくるコングの姿が見える。
天才が故の慢心と、油断。そして、ノアに対する無意識の信頼。
虚をつかれた人間は、もろさを露呈する。
「チームを統率しきれず、私の合流が遅れたせいです」
「いや、そもそも俺が…」
「どう考えても俺の判断ミスだろうが」
責任の押し付け合いではなく、奪い合いを始めた三者をよそに、リヒトは映像を更に進めた。
ルーカスに絡みつくワーム、うめき声、颯爽と駆けつけるノア。アクションムービーのような立ち回りを最後まで見終わって、けれど何度も巻き戻しては、ワームを操るコングの動きを見直す。
これに出会ったのが自分じゃなくて本当によかった。リヒトは心の底からそう思う。
そして、今後、これに出会う可能性が残っていることにも気づいて、表情を暗くする。
ワームに襲われる恐怖が何度もリフレインする。
最初に出会ったスパイダー。次は旧拠点、その次は医療施設だったか。
奴らはどこにでも現れる。縦横無尽にして自由自在の身体で、確実に獲物をしとめる。
それが自然生物と手を組んだとなると、危険度はどれほどになるだろう。
ワニ、熊、蜘蛛、そしてゴリラ。
いっそ人類も、その共生関係に入れてはくれないだろうか、と考えて自らの思考を笑う。
捕食者と被捕食者の共生など、ありえない。
食べるために植物を育て、動物を飼育するのは人間だけだ。
会話も通じない動物相手に、一体何ができるというのか。
「くだらねぇ議論してないでとっとと報告書仕上げろ!」
ルーカスの一喝にノアとザックは押し黙った。
結局のところ、責任というのは責任者が負うものだ。
リヒトは自分の移動ルートと戦闘データを適当にまとめたものに、補足が必要な個所はないか目を通した。
ザックたちが命懸けの戦闘を繰り広げている間、リヒトとジョナスはただ逃げ回っていただけだった。
罪悪感はない。戦闘に参加したところでさらなる悲劇を招きかねないことはすでに実感していた。
リヒトにとってはザックがどうしてそんなに責任を負いたがるのかもわからなかったが、ふと、ゴリラに囲まれて絶体絶命になった瞬間が頭をよぎる。
あの時、リヒトは何もかもをあきらめた。死を覚悟する余裕もなく、抵抗もできずに思考を放棄した。
救ってくれたのは、戻って来たジョナスだ。
戻ってきて、ただ叫んだだけ。たったそれだけがリヒトの命を救った。
報告書は感想を書くものではない。けれど、少し迷って、結局ジョナスの助けについての項目を書き足した。
同じ状況で、自分に同じ行動ができるだろうか。いや、できない。しなかった。
ザックを信じた、ルーカスを信じたと言えば聞こえはいい。だが結局は、リヒトは一人だけ逃げたのだ。
己の未熟さを、弱さを理由に逃げた。
胸にもやもやとしたものが引っかかる。
無意識に、ジョナスを見下していたことを自覚してしまった。そして、見下していたジョナスが自分よりも優れている場面を目の当たりにして、嫌な感情を抱いていることに気づいてしまった。
ナーバスになっている。疲れたせいだ。
リヒトは報告書を送信すると、誰に許可を得る前に、キャンピングカーの狭い床の上に倒れこむように寝転がった。
「リヒト?!」
「つかれた」
「休息にはいい体制です」
驚くザックに淡々と返すリヒトに、ノアが続く。
「拠点までおよそ二時間です。仮眠にちょうどいいでしょう」
ノアのカメラがとらえているのはルーカスだった。
上掛けで体を覆った状態で、転倒防止のハーネスでベッドに縛り付けられたルーカスは、怪我が無くても動ける状態ではないだろう。
「んじゃ俺も」
リヒト同様、報告書を仕上げたザックも空いたスペースに寝転がった。
簡易な研究施設と、調査に必要なあらゆる機材を積み込んだ狭いキャンピングカーにボット二人が寝ころべば、わずかなスペースは無いも当然。
静かになった三人のバイタルサインを表示させながら、ノアは直立の体制でスリープモードに移行するのだった。
ノアの宣言通り、二時間弱でキャンピングカーは停車した。
「到着です」
ノアの声にリヒトはまどろみから目覚める。
寝ころんで脱力していたにもかかわらず、身体はあちこち凝り固まって、なんだか余計に身体が重い。
ボットの運動補助を使って何とか起き上がる。
背後では、膝と両手をつけたままのザックがうめいていた。
「立てる?」
「…なんとか」
ザックが立ちあがるのを待っていたかのように、後部のドアが開かれた。
「怪我人は?!」
必死の形相をして飛び込んできたのは、ケリー。
奥の広場ではローターを停止したヘリが待機している。
ヘリに寄り掛かるようにしてこちらを見ていたジャックが、あいさつ代わりに手を上げるのに、会釈で返した。
「いねぇよ、怪我人なんか」
ルーカスの声に、思い出す。
呑気に仮眠なんかとってしまっていたが、ルーカスはかなり重症でベッドに縛り付けられていたはずだ。
全員のバイタル情報は全て医療班に送信されているはずだから、バイタルの乱れと緊急信号を受信して救急搬送のため迎えに来たのだろう。
「二時間も前だし、緊急要請はしてないはずだぜ」
今にもとびかかりそうなほど興奮しているケリーに、呆れたようにザックが告げる。
ケリーは、リヒトとザックのボットの間から奥が見えないかと必死に身体を動かしていた。
医者であるケリーが、怪我人の治療に奔走するのは理解できる。
しかし、緊急要請もない中、二時間待たされた状態でこのテンションを維持できていることに、さすがのリヒトも驚いた。
リヒト達の背後で、ベッドの拘束を解かれたルーカスが立ち上がる。
ケリーを突き飛ばさないよう慎重に階段を降ろす。
ボットを装着したままのリヒトとザックは、階段が使えないので一足飛びに地面に降りた。
そして振り返って、感嘆の声をあげる。
車を降りて九十度振り返るとそこには旧拠点で見たものと同じ施設が、崩落することなく元の形を保っていた。
中心に積み上げるように組み上げられた施設ブロック。左右に伸びる木造の建物はそれぞれ植物プラントと動物プラントだろうか。
奥側には居住スペースがあるのだろう。
優に二十人は暮らしていける立派な施設だが、やはり一つ懸念が残る。
「何割ぐらい起動してるんだ?」
「ワーム対策は大丈夫なんですか?」
「当たり前だろうが」
ぎし、ぎし、と破損したフレームの音を響かせながらルーカスが階段を下りてきた。
すぐにヘリの方へ誘導しようとするケリーの腕を乱暴に振り払っている。
「お前らはすぐに所長へ面通しして、居住区に入れ。そのまま休んでいいぞ。明日にはお前らだけじゃなく全員の処遇が連絡される」
「足、引きずってるじゃない。すぐに検査を…」
「フレームがイカレて歩きづれぇだけだ。怪我じゃねぇ」
「外すのに特殊な工具が必要です。急いでいるのでこれで」
片足を引きずるルーカスを、ノアが支える。
なおも食いつこうとするケリーを、銀の髪をした背の高い男が引き留める。
「まぁまぁ先生。あいつを無理矢理連れていくなら猛獣用の麻酔でも打ち込んでもらって…」
「冗談を言ってる場合じゃないわ」
「あながち冗談でもないんだけどなぁ」
へらへらと笑う目元は細く、しっかりと確認できたわけではないが、きっと目を開けば金の瞳をしていると確信があった。
確認しなくても分かるほど、彼はジャック達と同じユニット出身の軍人だ。
「久しぶりだな」
声をかけられて振り返れば、ヘリの側に居たジャックがこちらまで歩み寄っていた。
「よぉ、ディルクは元気か?」
「おかげさまでな。お前たちも元気そうで何よりだ」
ジャックの言葉にザックの表情が曇る。
「ボスのおかげで、ね」
軽口を放ったザックはしかし、苦虫をかみつぶしたような表情で頭を振ると、振り絞るように「悪かったよ」と謝罪を吐いた。
「俺がドジったんだ。あの怪我は俺のせいだ。ちゃんと俺が面倒みる」
「……」
目をぱちぱちさせて驚いた様子のジャックは、不意に目を細めた。心なしか口角も上がっている。うっすらと、笑ったのだろうかと思える程度の、穏やかな表情で言う。
「お前らを守るのが俺やアイツの仕事だ。お前たちを生きて返すことであいつは任務を全うした。むしろ俺たちは誇らしい」
「そーいうこと。んじゃ、返りましょうね、先生」
「お前たちが思っているより俺たち軍人は丈夫だ。気にすることはない。あいつのことを思うなら、自分の身を守ることを優先してくれ。あいつは自由にしてるのがいい」
「…そうか」
ぐずるケリーの背を押して、二人はヘリへと戻っていく。
途中、ケリーの背を押していた軍人が、ルーカスの名を呼び「またね」と大きく手を振った。
いつの間にかずいぶん先へ行っていたルーカスは、振り返りもせず、ただ中指を立てただけだった。




