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It’s my life  作者: やまと
27/61

執念

地響きと、揺れで、それは目を覚ました。

遠くに聞こえる仲間の悲鳴に、身を起こす。

それにとって、身体を動かすことは億劫以外のなんでもない。

けれど、仲間の悲鳴が聞こえぬふりをするほど小賢しくもなかった。

そしてそれは見た。

崩れ落ちる山々の岩肌の中、なぎ倒された木々の上、恐怖に震える同胞たちと、威嚇として枝を揺らす者たち。

悲しげな声をあげながら土塊を撫でまわすものを。

土塊から飛び出す同胞の手足を。

地面に転がる、己が腹を痛めて産み落とした子供の亡骸を。



慟哭-



空気を震わせる怒りの雄叫びは、リヒト達の耳にも当然届いた。

下っていた土砂の傾斜が緩み、そろそろ普通の地面に移ろうとしていた頃合いだった。

崩れた岩の先に見えるものに、ザックは目を疑う。

「やけにちっせぇサルだな」

「ちっ、思ったより流れたな」

岩肌は地面の流れに沿ってやや西にカーブを描いて崩れていた。

リヒトが改めて地図を開くと、その辺りはルーカスが迂回して避けた地域と一致する。

「おい、おい、おい!」

ザックの声に顔を上げれば、こちらに迫ってくる影が一つ。

「撤退だ。捕まるなよ」

四足歩行で、前足と後ろ脚を同時に動かしながら迫ってくる生物。

画面に映るその影の上にはすでにタグネームがついていた。

コング。

後で調べてわかることだが、種族としてはゴリラと呼ばれている。黒い体毛と皮膚、発達した筋肉。常に四足歩行している生物とは明らかに別の進化を遂げたその姿は、まさしく森の支配者だった。

「走れ!」

柔らかい土から、崩れていない地面へと飛び降りる。

緩やかな斜面と連なる木々にふらつきながらも、リヒトは何度も瞬きして己の目を確かめた。

後方から、木をなぎ倒す破壊音が追いかけてくる。

ずっと遠くにいたはずのコングは猛烈な速さで近づいてきていた。

目を疑ったのはその速さではない。周囲に侍る同種が別の生き物に見えるほどの対比。

五メートルを優に超えるその巨躯は、地面にしっかりと根を張る木々をものともせず、一直線にリヒト達を追いかけてきていた。

「あああああああああ」

「ゴァァアアアアアアア!!」

ジョナスの汚い悲鳴を塗りつぶすように、低く重たい方向が響き渡る。

とてもじゃないが逃げ切れるとは思えなかった。

巨躯ゆえに、一歩の歩幅はリヒト達の何倍も長い。

背負った荷物を捨てたところで、おそらく一番最初に犠牲になるのは自分だろう、とリヒトが覚悟を決めるとほぼ同時に、すぐ横を走っていたザックが走りを緩める。

それが意味するものを察せないほどリヒトもバカではない。

「ザック!」

「いいから行け!」

ふり返ろうとするリヒトを止めたのは、ザックの言葉ではなく、続いたルーカスの言葉と行動だった。

「振り返るな。見失うぞ」

ごう、と音がして、コングの進撃は止まった。

ザックとリヒトの間を抜けるようにして飛び込んだルーカスの蹴りが、コングの額に一撃をかましたのだった。

ぶつかり合った衝撃をうまく利用して、ルーカスは宙がえりを決めてリヒト達の進行方向の地面に着地する。

「しっかりついていけ」

すれ違いざま、ルーカスに言われた言葉をリヒトはすぐに理解できなかった。

わかるのは、今の一撃は激高した猛獣の不意を突いたから決まっただけで、このままルーカスだけを置き去りにすればまず彼の命はないこと。

かといって、自分がとどまったところで彼の足を引っ張り、邪魔をしてしまうこと。

彼が足止めをしてくれるならば、背負った荷物を捨てずとも、どこか身を隠す場所が見つかるかもしれないということぐらい。

「ジョナスについていけ」

無線から聞こえたザックの言葉に、進むべき方向を確認する。

ジョナスはすでに、リヒトの視界に表示した近距離の地図の枠から出ようとしていた。

とんでもない速さである。

先に逃げることに、ためらいが無いと言えば嘘になる。もし、あの巨兵を足止めする方法を思いついていたならば、リヒトは二人の制止を振り切ってでも実行していただろう。

けれど、突然の襲撃に、なすすべもなくただ逃げることしかできない状況。

自分の存在が一番の足かせであることもよく理解していた。

「ごめん…」

呟きに、ザックはただいつもの笑顔を見せていた。

「……」

立ち止まったことに、想像していたような罵声や叱責は飛んでこなかった。

ザックが思う以上に、ルーカスは追いつめられている。

呻いたコングは、ふらつく頭を振ると、数秒もしないうちに正気を取り戻し、目の前に立ちふさがる珍妙な動物に、威嚇の咆哮をお見舞いした。

掴みかかってくる腕を、左右に分かれてかわす。

素早く抜いた銃の射程をコングに向けたザックに、「撃つな!」と叫ぶ。

引き金を引きかけていたザックはしかし、すんでのところでとどまり、身をひるがえして距離をとる。

コングは左右に散った二人をきょろきょろと見回し、大きく身をひねってザックへ狙いを定めた。

「くそっ」

大振りに繰り出される拳を、何とか避ける。

木を陰に身を隠そうとしたところで、巨体の前では小枝も同じだった。

とにかく、コングの視界から逃れようと身を低く、素早く動き回る。

なかなかやるな、と視覚から蹴りの一撃を食らわせたルーカスは、ザックを戦力として作戦に組み込むことを決めた。

ザックの能力を、ルーカスはデータでしか知らない。戦闘能力に至っては、軍人ではない以上、正式な記録として記されることはまずない。

ただ、そういう技能がある、というデータ。

短い付き合いの中で、ルーカスにとってザック・レリスという男は、可もなく不可もない。ただ、他の連中がほとんど役に立たないという評価であるのに比べれば、彼は飛びぬけて優秀とも言えた。

それでも、殿として時間稼ぎの駒に使っていいかは、話が別だ。

命を預かる仕事は嫌いだ、と内心、毒を吐く。

ただ生かすのと、役立てて活かすのでは天と地の差がある。残念なことに、自分には役立たずを活かす才能が有るらしい。

どんな生物にも、できることはある。同時に、生きているだけでリソースを消費する。

消費する以上に、生産しなくては、生きていけないのが社会だ。

その点において、ルーカスが預かった命どもは、どいつもこいつも生産性のない奴らだった。

他者を顧みない。己の面倒が見れない。役立てる能力が無い。生きているだけで迷惑な奴ら。

認めよう。やつらはクズだ。それはきっと、死んだ方がいい、と言われるレベルの。

ザックの命と、他全員の命。秤にかけてもおそらくザックに軍配が上がる。

けれどそれは、あくまでも数字の上での計算の話。

「殺すな!できれば怪我もさせるな。あと、お前も死ぬな」

「注文が多いっ!」

身をひるがえして、コングを中心に、ザックと対極の位置へ意識して着地する。

自分より圧倒的に小さい生物にしかし、森の王者はどちらとも標的を絞れず、きょろきょろと頭を動かすばかりで攻撃がおぼつかない。

大きく腕を振って、ギミックを作動させる。

手の内に収まった鉤型の重りを、ルーカスは大きく振りかぶって投擲した。

「グォォオオオ」

「怪我させないんじゃなかったのかよ」

「こんなのが怪我のうちに入るか」

なんだそれ。悪態を聞く余裕はない。

腕を引けば、重りに繋がったワイヤーが巻き取られ、重りは再びルーカスの腕の中に収納される。

が、ルーカスはせっかく収めた重りを再び投擲し、斜め後方の枝にひっかけた。

標的をルーカスに定めたコングが殴りかかるより早く、巻き取られたワイヤーに引かれ、ルーカスの身は宙を舞って、枝へと飛び移った。

その動きはまさしく、ボットのそれである。

改造を施されたルーカスの簡易スーツには、ボットに備わるフックショット、運動補助機能と言ったほとんどの機能が、疑似的に備わっていた。

察しの通り、元はルーカスもボット乗りである。ただ、運の悪いことに、この任務に就く直前に、違反によって免許の一時的な取り消しをされたのだった。

ボットを操縦するにあたって重要なのは、首の後ろに外科手術で取り付けたマイクロチップを通して、脊髄と疑似的な電波接続を行うことによって感覚的な操作を可能にすることだ。

免許停止にあたって、ルーカスはそのチップの機能をオフにされたため、ボットにのったとしても、起動できない。

そのために考案したのが、この改造スーツだ。

ちなみに、リヒトは、リヒトだった男のチップを埋め込むことにより、ボットの免許再取得が可能だった。

「無茶苦茶だ」

言いながら、ザックは散弾モードにしたエネルギー銃をコングの足元に放つ。

威力が弱いとはいえ、地面をえぐる程度の破壊力は、しかし、巨体の分厚い毛皮に覆われた皮膚を多少なりとも傷つけた。

痛みに動きを止めたコングは、振り返って怒りを込めた拳を繰り出す。

ルーカスを見習って、木にフックを飛ばしたザックは、しかし宙返りなど曲芸を見せるわけでもなく、普通に地面へ降り立つ。

ボットの重量を考えれば、枝が耐えられないことは明白だ。

ルーカスの曲芸も、無駄に派手さを演出しているわけではなく、身の軽さを遠心力で補って飛距離を伸ばしているためである。

つまるところ。

「くらえっ」

「生意気な奴め」

ザックはコングの渾身の右ストレートをあっさりと交わすと、その肩へ向かってフックショットを飛ばす。

彼の意図を察したルーカスは、木の上からコングの足元へ重りを投げつける。ちょうど木の根へと引っかけた鉤型のそれを巻き取れば自然、ルーカスの身体は勢いよく地面へと向かう。

先に辿り終えたのはルーカスだった。もちろん計画通り。

怪我をした足への攻撃の痛みに、獣はのけぞるように吠えた。

その脳天へ、宙で身をひねったザックの蹴りが命中する。

ルーカスよりも、筋力もスピードも、重さすらも増した一撃に、巨兵はあっけなく昏倒した。

したはずだった。

「離れろ!」

仰向けに倒れていく獣の肩に乗り上げたままだったザックは、珍しく焦りを含んだ怒声に反射的に従う。

先ほどまで、己やルーカスを捕えていた瞳は完全に上向き、真っ黒な体に眼球の白が妙にはっきりと見て取れた。

完全に意識を失っているはずの身体はしかし、脈動するようにびくりと跳ね、その背後より、無数の管が飛び出した。

「…っ、寄生体か」

ワームに肉体の一部を補われている生物の総称。

寄生された個体の意思は、いったいどちらが握っているのか。

「やっべ…」

咄嗟に飛んだものの、迷いのあるその跳躍は勢いもなく、コングの背から伸びたワームはザックのボットのエネルギーめがけてその身を伸ばす。

瞬間、脳裏に過ぎるのは、黒い波にのまれるアレックスの姿。

ワームに寄生され、死してなお、その身を動かし続けた虚ろな抜け殻の、姿。

ぐっと強く身を引かれたザックはしかし、脳裏を過ぎったその光景から、辛くも抜け出す。

「充分だ、逃げるぞ」

寸前のところでザックを捕えたフックは、巻き取られ、ルーカスの腕の中へとザックを引き寄せた。

背中から地面へと倒れこむ体をしかし、ルーカスはしっかりと抱きとめている。

改造スーツの補助があるとはいえ、ボットを横抱きする小柄な男は、なんというか、妙にアンバランスだった。

「別れる。あれの目的は宿主の延命だ」

突き飛ばされるように立たされたザックは、命令のまま走り出す。

ザックの進行方向を確認して、ルーカスは真逆へと走り出した。

ルーカスの指示に間違いはなかった。少なくとも、ワームはルーカスも、ザックも、どちらも追いかけるつもりはなく、傷を負った宿主の生命を保護するため、治療に専念するのが目的だった。

ただ一つ、絶対に予測しえない事態。少なくとも、ルーカスには絶対にたどり着けないその感情。子を持つ母親の執念という数字に、気づく手立てはなかった。

「なんだ…?」

昏倒から、恐るべき速さで回復したコングは、わずかに遅れたルーカスの背を捕えた。

猛烈な執念を、理解できずとも肌で感じることはできる。

なぎ倒される木々の音に、背後からの追跡者に気づく。

逃げるべきだった。ルーカスが、作業員であったなら、迷わず逃げる選択をし、そしてそれは正しい。けれど、不運なことに、ルーカスは軍人で、生態調査は任務だった。

足を止め、振り返り、観察する。

額から流れる血は、毛と肌の黒さに目立たない。それよりもルーカスの目を引いたのは、背後から伸びるワームの動き。

隆々とした腕が木々を薙ぎ払う動きと連動して、ワームもまた、腕のように豪快に振り回されている。

先ほどまでは小枝の様だったワームたちが寄り集まり、一本の腕のように太い個体になっているのは、先日得たスパイダーの腕部にも似ていた。

「…くそっ」

この未知の生命体をこれ以上仲間の、部下のいる拠点に近づけてはならない。

ルーカスは咄嗟に進行方向を変える。

反射的に視覚カメラを起動し、全てを記録する準備を整えた。

少しでもデータを。その思考が、油断を誘った。

「はっ…、くそがっ」

ボットであれば、あるいはそんな不幸は起きなかったのかもしれない。

たらればは、ルーカスが最も嫌う思考だ。

投擲によって飛ばすフックショットはボットのそれに射出速度も巻き取り速度も遠く及ばない。

腕と連動する動きに気を取られ、その射程範囲を見誤ったのも、しょうがないことだった。

縦横無尽に飛び回り、常に死角を捕えながら一定の距離をとり続けたルーカスの動きは完璧だった。それだけは間違いない。

けれど、ワームの体長は個体差がある。

ぎりぎりで避けたはずの義椀が伸び、とうとうルーカスは捕えられた。



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