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It’s my life  作者: やまと
26/61

下山

そもそもこの登山の目的は山岳に基地を作るための下調べが目的である。

方法としては爆破によって横穴を開ける。

だが、先ほどルーカスが試した通り、この山は発破による採掘に耐えられるほどの強度が無い。

慎重に支柱を立てつつ、安全に工事する方法は確かにあるが、リスクは言わずもがな。

「聞いてんだろリード、てめぇのせいで三日無駄にしたぞ。ユエン、本部につなげ」

順序が逆だが、どうやら無線のやり取りは指令本部に居るリード副隊長殿に筒抜けらしい。

ルーカスの苛立った言動と、急すぎたこの任務は、全てリードによる指令だった。

しかしここで、リヒトの頭には疑問が残る。

どうして今更、山岳基地を形成しようとしたのか。そしてルーカスの口ぶりから察するに指示したのはリードの独断のようであること。なぜ、バートレットはそれを許したのか。

彼は今、どこから指令を出しているのだろうか。

当面のエネルギー問題が解消されて以降、移住計画は次の段階に進んだはずだ。

生態調査はすでに十分すぎるほど進んでいる。

居住区となりうるチェックポイントは充分に確保できた。

安定の次の段階は、発展だが、この地に根を張り生きていくには、ワームの存在があまりにも害だった。

食料を確保するだけでも半日を要する日々。火の管理だって容易じゃない。

ここ数か月、リヒトは生きるために生きてきた。

宇宙に居た頃からこれといって娯楽や趣味などはなかったが、少なくとも、寝そべってぼんやり景色を眺める時間はあったのに。

「データは送っただろうが。動画も見るか?山岳基地なんざ無理…だから、穴掘りどころじゃねぇって…ああそうだな!一年もあれば立派な基地を作ってやるよ!!」

ルーカスが吠える。

山肌の強度は弱い。少しの衝撃で連鎖的に土砂が崩れ落ちてしまう。

リヒトは試しに足元に見える岩肌を蹴りつけてみた。

一見、岩に見えるそれだが、リヒトの弱弱しいつま先に負け、砂のようにさらさらと崩れてしまう。

長い時間をかけて積み重なった砂の水分が抜け、スカスカになっているようだ。

「もとは水の中だったのかもな」

岩肌にぐりぐりと指を埋めながらつぶやいたのはザックだ。

「全体的に丸いだろ?この高さでこんなになだらかなのはたぶん、風に当たってるせいで表面がどんどん削れてるんだろ」

山が水の中に。

スケールの大きさに想像が追い付かない。

宇宙に居た頃はせいぜい数千キロ四方の安定した箱の中で生活していたのに。

ふと、周りを見回して気づいた。

山の中腹とはいえずいぶんと高いところまで来ていたようで、障害物のない視界の先は、ひたすらに広い。

眼下に広がる森と、時折覗く湖が空を移す青。

遠く彼方で空と地面を隔てる線は緩く弧を描いていて、この星が丸いことを証明している。

彼方に見える大きな水源地帯が、恒星の光を反射して、銀河のように瞬いていた。

と、不意にルーカスの罵倒が止んだ。

不思議に思って振り返ると、不機嫌そうな顔でじっと話を聞いている。

無線の相手はバートレットだった。

「ルーカス」

名前を呼ばれた、ただそれだけだった。

それだけでルーカスを沈黙させる何かが、バートレットという男にはある。

咎めるわけでも、叱責を受けて萎縮したわけでもない。

それは、二人の間にのみ存在する信頼に似たプログラムのようなもの。

「ほかにプランは、ないのか」

「ないな」

「どうにかできないのか」

「…無理だな」

ルーカスの問いに、バートレットが答える。

生来天才のルーカスと比べれば、バートレットは凡人だった。突出した閃きを持つわけでも、超人的な計算能力で答えを導き出すわけでもない。ただじっくり考えて、積み重ねた経験と知識によって答えを出す。

そして、実行する。

これまで部下として彼と共に行動して、バートレットがやると言えばやるし、やらないと言えばやらないことを経験してきた。

その彼が、無理と言うのなら、ルーカスが何を言ってももう無駄なのだ。

「…わかった」

ルーカスはようやく折れた。

この半月、あがき続けた全てを棒に振る決心をした。

リードによって潰された三日よりはるかに長い時間を、無駄にした。

バートレットの「悪いな」という小さな謝罪も聞き流し、相手がリードに代わる前に無線を切った。

大きく息を吐く。ため息にしては長すぎるそれ。

スイッチを切り替えるように、ルーカスは感情を切り替えた。

「撤収だ」

冷静に下された命令。一連の流れを、固唾を飲んで見守っていたリヒト達は反射的に敬礼した。

リヒト達にはルーカスの無線内容は聞こえていなかった。ただ、とても重要だと言うことだけが理解できた。

口ぶりからして分かったのは、ここ数日の作戦行動が無駄になったらしいことだけ。

ルーカスが推し進めていたのは地上の生態調査。範囲は異常だったが、食料の確保だと考えればそう、無茶な距離でもなかった。

何かを探しているという様子でもなかったし、疑問があるならば、見つけ出した拠点候補地の数が多すぎることぐらいか。

「なんだ…?」

リヒトの思考を遮るように、遠くで爆発音、続いて轟音と共に地面が揺れた。

すぐに入電があり、ノアの電子音声が「我々です」と答えた。

「撤収を開始します。目的地を設定しました」

画面の薄まった地図にアイコンが表示される。こうなると、次の目的地として脳が認識する。

来た道を引き返そうかと振り返るリヒト達の後ろで、ルーカスはおもむろに、崩れた崖へと飛び込んだ。

あっという間もなく、かかとをほとんど土砂に埋めながら、滑るように、というかしっかり滑落していく。

「さっきの爆発音…」

「ああ、あっちも同じ方法で降りるだろうな」

崖の傾斜は最低でも四十五度以上ある。落下と呼ぶほどではないが、リヒト達が躊躇っている間にルーカスの姿が小さくなっていくぐらいには早い。

「まぁ、無理ではないっぽいが…」

「無理だろ!」

叫んだのはジョナスだ。想定内である。

リヒトはじっとルーカスの姿勢を観察した。同じ姿勢で降りていけば何とかなるはずだが、リヒトの背中には機材がある。

「これ使え」

ザックに渡されたのはピッケルだった。どこから取り出したのかと思ったが、よく見れば、変形式の工具なのがわかる。元はスコップだったようだ。おそらく彼の私物。

反射的に遠慮しようと思ったが、背中の重みが引き留める。

「じゃ、ありがたく」

素直に受け取ったリヒトは、小さく深呼吸して、崖へと飛び込んだ。

ルーカスのようにかかとを埋めると、背負った機材が邪魔でバランスが取れない。

崖に抱き着くようにうつぶせに、つま先を柔らかい土砂に埋めて滑走した。

機材とボットの重みで際限なく加速しそうになるのを、ピッケルで何とか調節する。

リヒトが無事滑り降りていくのを見送ったザックが振り返ると、ジョナスはさっと身構える。

「俺は行かないぞっ」

「だな。俺たちは来た道を戻るか」

「絶対…っ、え…?」

ジョナスの脇を通り抜けて、来た道を戻るように進む。

引きずり込まれると身構えたジョナスだったが、ほっと肩の力を抜いたその時だった。

踵を返したザックが猛然と突進し、ジョナスを抱えて崖へと飛び出した。

「ぎゃぁあああああああ」

相変わらずの汚い悲鳴が山にこだまする。

隣でザックは悪戯が成功した子供の様にけらけらと笑っていた。



一方、反対側の峰では少しばかり膠着状態に陥っていた。

突然の任務中止に、ノアのチームは不満を隠さない。

上がるのも、降りるのも嫌だと言ってごねているのはユーリだった。

「突然登れって言ったり降りろって言ったりなんなのよ!」

「岩壁の密度が…」

「さっきも聞いたわ!何度も同じこと言わないで!」

ノアの説明を遮って金切り声を上げるユーリの後ろで、地面に座り込んだサルークが、煩わしそうに眼をすがめた。

「うるせぇな」

「なによ!」

「あの…」

「アンタは黙ってなさいよ!」

怒鳴りつけられ、気の弱いレラはすぐに黙ってしまう。

生態調査で同じチームを組んでいたサルークですら、今のユーリは手が付けられそうになかった。

思えば、初日からダメだった、とユーリは蒸し返す。

チーム分けの時点で、こちらに戦力がほとんどなかったのだ、と。

座り込んでいたサルークが少しむっとした表情をするのに気づかないふりをして、不満をまくし立てる。

キャンプでの支度の遅さや、先導が選ぶルートの歩きづらさ。後ろからついてくるレラが不気味だと、まったくの理不尽まで押し付けて。

唯一の幸運はジョナスが居なかったことだけだ、と吠えて、一時、辺りが静まり返る。

ユーリの粗い呼吸だけが、静かな空間にやけに大きく聞こえた。

「高山病ですね。錯乱の気が見られます。酸素の供給もうまくいっていないようです。手当をするためにも一刻も早く下山することを勧めます」

「で、この崖から飛び降りろって?!」

高音に、空気がキンと震えた気がした。

先ほどからこの繰り返しだ。

突然立ち止まったかと思ったら、しばらく静止したのち、これまた突然に作戦の中止が告げられた。

岩盤の密度が、と説明を受けたものの、すぐさま納得するには一同、疲れすぎていた。

ノアのルート取りは適切だったが、ペースの方はユーリ達の基準ではなかったせいだ。

怒鳴り散らす方が疲れるんじゃないのか、とサルークは呆れた顔でユーリを見上げる。

数か月の期間を彼女と過ごしているが、サルークにとってユーリは見た目が綺麗なだけの無能な馬鹿だった。

ジョナスとどっちがマシか、でユーリを選んだだけだ。唯一、サルークの機嫌を取る程度の知能があっただけ。

ため息を飲み込んだサルークは、後ろで身を縮めるレラに視線を移す。

小柄で、美しいとはいいがたい容姿ながら、従順そのもの。

多少薬学の知識があるとはいえ、愛嬌のないレラのことを、サルークは蔑ろにしていた。

「俺は一抜け」

「は、なにいってんの…?」

「付き合ってられっかよ」

金切り声にも聞き飽きた。

座り込んでいた地面から立ち上がり、ぐっと伸びをする。

一つ、ユーリが役に立ったとするならば、サルークがじっくり休める時間を作ってくれたことぐらいだ。

「お前さ、自分のこと頭いいとか思ってる?」

「な、によ…あんた」

「うぜぇんだよ」

鈍い音がして、ユーリの身体が宙に浮く。

「え…」

サルークがユーリを突き飛ばしたのは、爆破によってできた斜面ではなく、切り立った崖だった。

落下するユーリの腕を掴んだのは、ノア。

誰もが彼女の落下を予測するのを裏切って、抱き寄せるように彼女を救出する。

しかし、自身の死を直感したユーリはすでに、気を失っていた。

「なぜ」

「あ?その方が運びやすいだろうが」

「私が、救出するのを見越して、彼女を突き飛ばしたということですか」

「…あー、そうだよ」

「危険です。二度とやらないでください。次に同じ行動をした場合、あなたを殺人未遂で…」

「はいはい、わかりました、と…」

ノアの言葉を最後まで聞かず、サルークは斜面へと身を投げた。

こちらの斜面はルーカス達の方と比べて緩やかで、特に苦も無くゆるりとしたスピードで斜面を下っていく。

「あの…」

サルークの背を見送るノアに声をかけたのは、最後に残されたレラだ。

「あなたも行ってください。必要があればサポートします」

「あ、はい。でも、あの…」

抱きとめた姿勢だった腕の中のユーリを、運びやすい持ち方へと変える。

横抱きにユーリを抱えなおしたノアを見上げながら、何か言いたげなレラを、ノアは再度促した。

「さあ、行って。大丈夫です。私があなたをサポートします」

レラの表情から、不安や躊躇を読み取る。

しかし、データや行動分析から推測すると、彼女の言動は平素から不安や臆病を見せており、総合すると、彼女の今の状態は平常なのでは、と予測された。

ノアの今の行動目標は、全員を安全な状態でチェックポイントに誘導することだ。

同時進行で、先行したサルークの行動予想、先ほどの暴挙についての行動分析、それから先ほどのユーリの錯乱に近い言動についても、彼女の生来の性格なのか、錯乱なのか、計算している。

画面の中にはあらゆるパラメーターが表示され、同時進行で計算できる容量は限界を示していた。

「サルークのこと、悪く思わないで。彼なりに、考えがあってのことだと思う」

レラの言葉をデータとして認識するのと、サルークの先ほどの言動が、人間性の発露だという計算結果が出るのは、ほぼ同時だった。

レラは、いうだけ言うと、ノアの返事を待たずに崖を降りた。

計算結果と、新しく入手したデータとの齟齬に、ノアは赤いライトを点滅させる。

結果とデータを別々の場所に保存すると、腕の中のユーリを抱えなおし、二人の後を追って斜面を降りたのだった。


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