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It’s my life  作者: やまと
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適者生存

あけましておめでとうございます

ハル・サーティがリヒト・テイラーとなって数か月後。

刑期の終了を伝える知らせが鳴り響き、迎えが向かっていることを知らされた。

指示通りの場所で待機していると、ガスで眠らされる。

意識が薄れる中、複数の声が事務的なやり取りで自分を運んでいくのを感じた。

結果からいえば、職員たちは外見的特徴のみで対象がリヒト・テイラーであることを確認すると、手順通りに搬送し、健康状態を検査するために医療施設に運び込んだ。

写真はあてにならないと最初から見る者もいなかったし、もちろん、本物のリヒト・テイラーを見たことがある人物は一人もいなかった。

それほどまでに、十年という月日は長いものだった。

次に目を覚ましたのはベッドの上。電子音が耳に心地よい部屋で、覚醒と浅い睡眠を繰り返していると、ゆっくりと部屋のドアが開く。

表れた初老、というにはまだ早い壮年の女性は、リヒトの顔を見ると少し驚いた様子を見せたが、すぐにあきらめたような表情になり、

「そう、彼は行ってしまったのね」

と呟いた。

リヒトの取得したあらゆる資格は剥奪され、それに伴いいくつかの権利もなくなり、今後リヒトは一般人として生きていくことになる、と説明された。

最初の住居や職については用意されていたが、転職も、転居も、特に規制はなかった。

だからリヒトは遠くを目指した。

より遠くへ、より辺境へ。そうしてたどり着いたのが、ここだった。


「アレックスにそういう相手が居なかったわけじゃあないだろうけれど」

と、前置きしてリヒトは続ける。

「たくさんの命を犠牲に僕は生きてきた。アレックスもそのうちの一つになった。だから、さ、ザック。君は救えなかった命を背負う必要はないと僕は思う。君は、僕と、僕のために死んでいった命の全てを救ったんだ」

ザックの反応を待たずにリヒトは続ける。

「今までは、死なないために生きてきた。けど、これからはそれじゃダメだと思った」

リヒトはじっとザックを見た。これまでは、死んだ人ばかりを思って生きてきた。でも今は違う。自分の命を守ってくれたザックという存在が、まだ生きて側に居る。命の恩人が、目の前で苦しんでいる。それはリヒトにとっては初めての好機だった。

「君に救われた命を、君のために使いたい」

きっと、自分はそのために今まで生き残ったとでも言いたげな、爛々とした瞳。

笑顔でもなく、何の表情もそこには移していないはずなのに、漲る決意だけが滲んでいる。

リヒトにとって、初めて手に入れた明確な生きる理由だった。

犠牲になった命の代わりを生きるように生きてきた。

でも、今回は違う。

ようやく手に入れた生きる理由。

生まれなおしたような新鮮な感情だった。



これが、リヒトがあの夜ザックに明かした全てだ。

そのすべてを、今、己に馬乗りになっている相手に教える気はない。

ルーカスとて、リヒトの半生すべてを聞き出すためにこんな凶行に及んだわけではあるまい。

リヒトがこれまで接してきたルーカスという男は、生物にこそ興味を発するが、人間というものにあまり深くかかわるような男ではなかった。

察するに、リヒトの首元に突き付けられたナイフは、背後から羽交い絞めにするザックに対する牽制で、リヒトに恨みや害意があるわけではない。

純粋な、好奇心による調査。

獣の様な眼光には、リヒトという人間は映っておらず、そこには自然分娩で生まれたナチュラルという生命に対する好奇心しかなかった。

実際のところ、ナチュラルという存在は案外、いるところには居る。浮浪者の生活に耐えられず、社会生活に憧れて、何とかしてIDを手に入れて紛れ込んでくる人間は多い。

「お前が女だったらなぁ」

純粋な感想だった。

見つけた宝が思ったような価値が無かった時に、きっとそんな声が出るのだろう。

不思議なほどに、欲や色に染まらない声音にリヒトは驚いた。

それまでの、過剰なほどに繕われた凶悪な笑みが仮面で、その下を突然見せられたような。

今まで己が見ていたのは都合のいい幻だったのではと疑うほどのギャップがそこにあった。

しかし、背後から組み付くザックには感じ取れなかったらしい。

言葉を額面通りに受け取り、ルーカスがリヒトに対して侮辱を吐いたと感じたザックは、ますます表情を怒らせる。

まずい、とリヒトが感じたのは、それまで己に向いていたルーカスの興味が、背後のザックに移ったのを確かに察したから。

「別に俺は、お前が相手でも構わないんだぜ」

口端をゆがめるような凶悪な笑みを張り付けて、ルーカスは俯いていた頭を後ろへそらすと、擦り寄るようにザックの首筋に懐いた。

ぎょっとしたのはザックだ。

リヒトに向いているとばかり思っていた関心が突如自分に向きを変えて、対応を躊躇う。

殺意であったなら防御も出来たろうが、すでにルーカスの手はリヒトの首元にあるナイフから外れ、己の首に巻き付くザックの太い腕を撫でていた。

ルーカスはリヒトとそう体格の変わらない小柄な部類。対照的にたくましく大柄なザックの腕にすっぽりと収まる彼が身をしならせ背後にすり寄る姿は、見上げるリヒトが思わず目をそらす程度には妙な色があった。

「…っ」

その一瞬。馬乗りになられていた下腹部に強い重力を感じたと思ったら、急に体が軽くなる。

視線を戻せば、景色は一変していた。

いつの間にか、ザックとルーカスの位置が入れ替わっている。

ザックの腕から抜け出したルーカスが、逆にザックの背後から首に組み付いているのだった。

一瞬の隙を突かれたザックは、何とか振りほどこうともがくが、下に居るリヒトを気にして躊躇う間に、首に巻き付いた腕に空気と思考を奪われる。

両腕が動くと気づいて首元のナイフを抜き捨て起き上がろうとするころには、酸素より先に血液を遮断され気を失ったザックが倒れこんできた。

「ぐえ」

大柄で鍛えたザックに遠慮なくのしかかられればひとたまりもない。

その上、ザックの背中にどっかりとルーカスが腰を落とすものだから、リヒトは間抜けな呻きを上げることしかできなかった。

「起こして悪かったな」

全然そう思っていない口ぶりで、ルーカスはリヒトを見下ろす。

「話してるとはおもわないだろ」

ナチュラルに対して、一般的な評価は動物か何かと一緒だ。

かつて肌の色が違うだけで別の生き物かのように扱う繊細な感性を持つ人間という生物が、生産方法の違う生命体を、自分たちと同種に扱うわけがない。

人間の股から排泄された生物。それがナチュラルに対する一般的なイメージだ。

社会の外から紛れ込むナチュラルたちは、人工皮膚や整形手術で己の出自を隠すのに必死だった。

かくいうリヒトも、他者との関りを最低限とすることで、自分の正体を隠してきた。

ザックに正体を明かした時も、正直なところ罵倒される覚悟はあったが、ザックはリヒトが信じたザックのまま、それ以上にリヒトに同情的になった。

故に、これだ、と昏倒して自分の上に重なる巨躯に唇を噛む。

きっとザックはリヒトの秘密に対してリヒト以上に繊細になっていた。

こんな密林のど真ん中で、ルーカスの様な男が、ナチュラルに対してどんな興味を持つというのか。

おそらく、ルーカスにとっては好奇心からのただの確認だった。

そこに、蝶の羽をもぎ、腕を引き抜くような残虐性が無かったとは言い切れないけれど、少なくとも夜、皆が寝静まったころ、一人でこっそり確認するという選択に確かな配慮がある。

もしかしてルーカスは、リヒト自身にすら気づかれぬまま確認作業を済ませるつもりだったのではないだろうか。

そんな考察を巡らせている間に、押しつぶされた肺が呼吸をあきらめ、リヒトはゆっくりと眠るように気絶した。



目が覚めるとリヒトは眠った時と同じく防水シートに身を包んでいた。

もちろん、ザックの姿はすでになく、眠気眼をこすって周囲を見渡すと、焚火でレーションを暖め朝食の準備を進めていた。

昨夜の出来事は夢だったのかと思ったが、首筋に感じたぴりぴりとする痛みに、夢ではなかったと思い知らされる。

リヒトは重たい体を起こすと、何とか支度をはじめた。

相変わらずルーカスは、出発の準備をリヒト達に任せて仮眠している。

リヒトと交代で顔を洗いに行ったジョナスの背を見送って、漸くザックに声をかけた。

焚火を挟んで向かい合うザックの表情は、珍しく不機嫌だ。

「あの…」

躊躇いがちに声をかける。

虚ろな瞳を焚火に向けていたザックは、ちらりとリヒトを見て、すぐまた視線を落とした。

何を言えばいいのか。昨日の出来事に関して、リヒトからザックにかけられる言葉はそう多くない。

「昨日は、その…」

昨日という言葉を聞いてザックがわずかに反応を見せた。

気まずい。

「あの、ありがとう。助けてくれて…」

何とか絞り出した言葉だが、予想通りザックの表情は険しさを増した。

当然だ。結果として、助けられたかどうかはかなり微妙なのだ。

秘密は暴かれてしまったし、ザックはルーカスにあっさり敗北して昏倒した。

ザックが気を失った後、自分もすぐに何事もなく眠ったことを教えてやるべきか迷ったが、それで彼を慰められる気はしない。

ザックの鋭い視線がリヒトの感謝の言葉を止める。

そりゃあ、感謝されてもうれしくないだろうな、とリヒトはあっさり引き下がった。

「悪かった」

代わりに向けられた謝意を、リヒトはしっかりと受け取る。

「余計なことだった」

「そうでもないけど」

「何の役にも立てなかった」

「…それでもうれしかったけど」

ザックがリヒトを守ろうとしてくれた事実は変わらない。

これまでずっと一人で生きてきたリヒトにとってザックの存在は奇跡だ。

温まった容器で火傷しないよう気をつけながら、水で溶かして温めた豆の加工食品をすする。

周囲は湿気て靄がかかっているが、夜は急激に冷えるこの星で、朝食の暖かさは骨に染みた。

もし、あれが本当に暴漢だったとして、ザックが居なかったら、リヒトは暴力に屈する以外手はなかったろうし、それが当然として何の感情も湧かなかったろう。

「君のおかげで自分を大切にできそう」

ザックが大切にしてくれるから。ザックが大切なものは大切にしたい。

この感情の正体はわからないけれど、悪いものじゃなかった。

「次は君に加勢して相手をボコボコにするぐらいの気持ちをもっていきたい」

「…それは、楽しみにしてるよ」

ザックの表情に笑みが戻る。それだけでリヒトには充分だった。

少ししてジョナスが合流し、三人が朝食を終え出発の準備を整えたころ、のっそりとルーカスが姿を見せた。

ぴり、と空気が張り詰める。

ルーカスは仮眠に入る前にすでに準備と食事を済ませていた。

出発の準備が整った状態で、無線を通じてノアたちに連絡を取る。

リヒトは前日同様、背負った機材の電源を入れた。

面前に半透明の画面が映され、もう一方の機器と同期が成功したことを確認して、一同はキャンプ地を後にし、登山を再開した。



時間にして四時間ほどだろうか。標高が上がり空気が薄くなってきたが、スーツのおかげで人体に影響はない。

問題は体力だが、多少ジョナスが息を上げている以外は全員順調だった。

軽い休息を挟んでしばらく、勾配が急になり、斜面に岩肌が目立つようになってきた。

それまであたりを覆っていた木々が無くなり、視界が開けていく。

気づけば、草むらすらなくなり、岩の隙間を縫うようにして進むようになっていた。

「…くそが」

先導していたルーカスが不意に足を止める。

黙々と後を追っていたリヒトが止まり、後ろに並んでいたジョナスと最後尾を守っていたザックもそれに倣う。

岩山はもはや崖となっていたが、斜めに切り込めばまだ、フリークライミングや登攀は必要なさそうだが、ルーカスはおもむろに背負っていた道具の中からピッケルを取り出すと、大きく振りかぶって眼前の岩にたたきつけた。

鈍い音を立てて岩が砕ける。

「あぶな…」

ごっそりと抜け落ちた岩は斜面を転がって下方へと転がっていく。

「ノア、地中の密度をはかりなおせ」

「了解」

応答と共に背負った機材が唸りを上げる。

防水加工はしてあるが、先ほど抜けた濃霧で何か影響があったかもしれない。

リヒトの心配をよそに、機材は正常に働き、画面に測定結果を表示する。

一言で表すなら、最悪だった。

「どうした」

後方のザックから尋ねられて、リヒトは言いづらそうに肩をすくめた。

「最悪の事態というか」

説明するより先に、ルーカスが装備の中から手りゅう弾を取り出しおもむろにピンを抜いて前方に投げる。

激しい爆発音を立てたのち、これからリヒト達が進もうとしていた先は土石流のように崩れて流れていった。

轟音が、山にこだまし動物たちの悲鳴があたりに広がった。

「中止だ。下山するぞ」

ルーカスの不機嫌な声が、無線で全員に伝わった。



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