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It’s my life  作者: やまと
22/61

登頂

翌日、リヒトを起こしたのはルーカスだった。

ザックと交代で見張りとして起きていたルーカスは、出立までの支度を全てリヒト達にやらせた。いや、任せたという方が正しいか。

火の始末や荷物をまとめるのに、意外と時間をとられている間、ルーカスは文句も言わずのんびり体を休めていた。目を閉じて微動だにしなかったので仮眠していたのかもしれない。

そもそも、見張りに参加しなかったリヒトとジョナスに何を思う資格もない。



そうして、予定通り登頂は開始された。

山、といっても序盤は森だ。徐々に傾斜が激しくなり、時折岩がむき出したり、地面が崩れていたりするぐらい。

意外にも、ルーカスは周囲の様子を注意深く観察しながら進んだ。歩みこそ早かったが、あの日リヒトが盗み見したような異常な移動速度は出ていない。

それに、無茶な直線移動もしなかった。

まるでお手本のようなナビゲートに、リヒトは急に肩の力が抜けた気がする。今まで、ジョナスの無茶な進行に合わせて頭を使いすぎていた分、ギャップでより快適な気がした。

「あんま抜きすぎんなよ」

「…ごめん」

様子に気づいてザックに注意を受けるまで、リヒトは本当に思考停止していた。代わりにザックが警戒してくれているという安心感もあったと思う。

実際、ザックが周囲を警戒してくれている以上、リヒトにやることはない。しいて言えば、ジョナスが遅れてないか気を配る程度だろうか。

先頭を行くルーカスに続いてザック、その後ろにジョナス、最後尾がリヒトという並びで進む一行は、特に問題なく行進した。

「トラブルか?」

不意にルーカスが立ち止まる。無線の相手は山の反対側に居るノアだ。

拡大していた地図を縮小し、ノアたちの位置を確認するが、立ち止まっているだけで、特に進行が遅れたわけではない。

ノアとリヒトはそれぞれ特殊なスキャナーを背負っている。お互いと、キャンプカーに居るユエンの持つ装置を使って、あらゆるソナーにより山全体をスキャンできる装置だ。

普段はヘリや飛行機を使ってやる作業だが、生憎全て出払っている。

このスキャナーの欠点は、そこそこ大型の器械が三台以上必要な点と、内二台の測定支店となる装置の位置関係だ。高さが大きくずれると正確に機能しない。

ヘリや飛行機など、お互いの高度を自動で保ってくれる機能を有している機体で運用するのが前提なのもあるが、そもそもが精密機械だ。

ノアの位置把握は自分がするべきだったとリヒトは反省する。と、同時に、周囲を観察しながらもノアの位置を把握し、しばらく立ち止まった程度で異常に気付くルーカスという男に、改めて感心する。

彼の情報把握能力は、リヒト自身、認めたくはないものの、リヒトが理想とする能力だ。

リヒトが考えて、考えて、熟考を重ねて出す答えを、ルーカスは感覚的に導き出し、使う。

判断力と決断力。リーダーシップに直結するそれらは、リヒトが最も遠ざけてきたものでもあった。

登頂を開始してしばらく、もう一つ気づいたことがあった。

頻繁に交わされる無線から感じ取れるノアへの信頼。班分けの理由がそこにあった。

ルーカスはリヒト達を選んだのではない、ノアを向こう側のリーダーに選んだのだ。

「休息の必要があります」

「あぁ?」

「申し訳ありません、見誤りました」

「チッ…」

出発から三時間ほどだろうか、ノアの申し出にルーカスが舌打ちする気持ちがリヒトにもよくわかった。

ノアがミスを犯すわけがない。進行速度から見積もっても、できるだけ緩やかなコースを選んで登っていたはずだ。

最善を尽くしてなお、向こうのチームに体力の尽きた者が居る。

一人が遅れているだけならノアが担いだ可能性も充分あることを踏まえれば、全員息を切らしていることも十分考えられた。

しかし、リヒトはそんな彼らを笑えない。

リヒト自身、ボットに乗っているからついていけるだけで、徐々に傾斜がきつくなり、足元のコンディションも悪くなっていく一方の山登りは、平地を調査するよりずっと体力を削った。

生身であればとっくにお荷物確定である。

すでにジョナスはザックの腕の中。ボットの補助があるとはいえ、抱えたまま登っているザックもタフだ。

「再計算だ。チェックポイントを増やせ」

ルーカスの指示から数分、送られてきたスケジュールは行程が一日増えていた。

元々、余裕をもって準備はしていたが、問題が一つ増えた。

「中腹でキャンプか」

「現在の進行速度ではその高度が最も安全です」

「わかってる」

「場所の確保…」

リヒトの呟きを聞いて、ジョナスとザックも気づいた。

登っている山は、上方に行くほど岩山となって草木が減るため、もともとのキャンプ予定地は衛星写真や望遠鏡によってだいたいあたりをつけていた。しかし、新たなチェックポイントは、まだ木々が生い茂る地帯だ。

周囲に猛獣が居ないとも限らない。

「…キャンプ位置を下方修正しろ。安全確保優先だ」

「了解」

一呼吸置いて、新たなチェックポイントが表示されるのを合図に、一同は歩みを再開した。



頭上で木が揺れる音に反応して銃口を向ける。

鳥が羽ばたいていくのを視認して視線を戻す。

進行方向に向き直ってセンサーを作動させる。

一連の動作を淡々とこなしながら、リヒトは視界にリアルタイムでセンサー結果を表示した。

ながら進行は危険だとわかっているが、やはり気になる。

画面には、じわじわと山の形状が記録されつつあった。

雨の影響で地崩れでも起きたのか、えぐれるように崩れた部分も、ソナーはきっちり計測していた。

ソナーが検出するのは地面だけではない。

ちょうどリヒト達が大きく迂回してきた地域に、無数の生体反応を感知していた。

守られている。無条件に。

自分たちは作業員で、ルーカスは軍人だとふまえれば、当然のことであるはずなのに、どうしてか気にかかる。

ボットを着ている自分が、ルーカスを守る立場に居るはずなのに。

目の前の現実と、真実のギャップに、右脳と左脳が分離しそうだった。

「だからコミュニケーションは嫌いなんだ」

「どうした突然」

ザックから返事が返り、心の声が口から洩れていたことに気づく。

いっそ全て吐き出してみようかと、これまでに判明した事実をザックに伝えた。

班分けの理由。迂回の理由。ルーカスの行動。ノアの側で起こっているであろうこと。リヒト自身、ボットが無ければ足手まといであること。

一連の説明を黙って聞いたザックは、リヒトが話し終えたのを確認すると、苦い声で笑った。

「頭がいいと大変だな」

「そんなんじゃない」

考えればわかること。わかったところでどうしようもないこと。だけどどうしても考えてしまうこと。

「本当に頭のいい人はこんなこと考えない。ザックやルーカスみたいな」

「俺ぇ?」

「とぼけないで。ザックはどちらかと言うとルーカス寄りだろ」

「……ま、そうかもな」

ザックの声が、少し寂しそうだなんて、気づけないままリヒトは続ける。

「見たままを受け入れて、思うままに身体が動く。自分が正しいと信じてる。いや、そもそも正しいかどうかなんて関係ないのか。どちらにせよ、僕はそういう君たちのやり方が…」

うらやましい。ねたましい。

自分の感情を言葉にし損ねて、リヒトは黙った。

「ごめん」

そして我に返り、すぐさま謝罪する。思うがままを言葉にするなんて、みっともないことをした。

「謝るようなことじゃない」

「君の心を決めつけた」

「…ふぅん?」

曖昧な返事以上に、ザックは混乱していた。謝るのはそこなのか。

「別に、当たってるし」

「だとしても、だよ。気分がいいものじゃないだろ」

「そうでもないぜ。お前が俺のことをどう思ってるのか知るのは楽しい」

「それがいい感情じゃなくても?」

「まぁ、本当は嫌われていたとしても、ウソや隠し事をされるよりはずっといい」

真実味のある言葉だった。

リヒトには知る由もないが、ザックは過去に恋人に裏切られて破局した経験がある。子供を作れない現代でも、伴侶を作る文化というのは廃れておらず、むしろ、子供を作るという制約が無い分、生涯のパートナーとする相手は性別や年齢の幅がずっと広がっていた。

「どうにもならないところまで一人で勝手に突っ走った後で、本当は俺に不満があったなんて言われてもどうしようもないからな」

例えば、他の男とベッドを共にした後で、最近かまってくれないのが寂しかったと言うような。

「ザック」

「だから、いいことも悪いことも言ってくれ。それがコミュニケーションだ」

「……僕には難しい」

今までリヒトが考えていたコミュニケーションとは、相手との関係を均衡に導くための手段だ。

お互いに対等であるための情報交換。コンディションの確認。

相手の自分に対する悪感情なんて、知らない方がいいに決まっている。同時に、こちらの相手に対する悪感情も、知られない方がいいじゃないか。

いいところだけを見ていたい。見たくない。見せたくない。

都合よく、生きていたい。

「でもそれじゃあ、他人のままだ」

リヒトの呟きを、ザックは否定も肯定もしなかった。

「努力はする。できる保証はない」

「そんなもんさ、コミュニケーションなんて」

「失敗はしたくない。特に君とは」

「そりゃうれしいね」

「ザックは?」

「俺?」

「ザックは僕に不満はないの?」

「どうだろうな」

「ずるい」

呆れるリヒトに、ザックは愉快そうに笑っただけだった。



一日目のキャンプは予想をいい意味で裏切って、順調だった。

チェックポイント近くでキャンプにちょうどよさそうな岩場がすぐに見つかったし、近くには湧水が流れていた。

先に休むから自分の分の食事は残しておけと指示してさっさと一人、岩場に寝転がったルーカスに対して何も思わないわけでもないが、あからさまに緊張を解いたリヒトとジョナスを見て、悪くないかと思い直す。

不寝番に加わろうとするリヒトを寝かしつけてザックは、一人焚火の前に座った。

疲れていたのだろう、平気だと言い張っていたリヒトも、へとへとだったジョナスも、横になったとたん静かな寝息を立て始めた。

日が暮れると、途端に辺りは冷える。

キャンプ地は岩陰に隠れるように申し訳程度のタープ代わりに迷彩シートをテントにしているため、焚火の熱で寒さはしのげるだろう。

リヒトとジョナスの二人はタープの下でおとなしく眠っているが、一人別の岩陰に身を隠したルーカスは寒くないのだろうか。

見張りをするザックはボットを装着したままだが、リヒトはアンダーウェアと防水シートで寒さを凌いでいる。おそらくザックも、眠るときは同じスタイルになるだろう。

一方ジョナスは、ボットとは違い、宇宙服よりは少しマシ程度の地上作業用簡易スーツを着たまま横になっていた。

ヘルメットこそとっているものの、寝心地は悪そうだ。

おそらくルーカスも同じ装備で寝転がっているだろうと予想しながら、けれどザックは、彼の改良されたスーツの仕様を気に掛ける。

一見、ジョナスと同じ型の色違いに見えるが、独特の起動音と、妙に膨らんだ関節部。荷物を背負えば隠れてしまうが、背中に張り付けるように装着された電源。

あくまでも想像だが、ボットの運動補助機能、その骨組み部分だけを彼は器用にスーツへ織り込んでいる。

リヒトやほかにもエンジニアリングに関わる者に聞いても、きっと口を揃えてそんなことは不可能だと言うだろう。

そもそも、運動補助機能に必要なプログラムとセンサーは装甲部分に密接に関係している。装甲そのものが骨組みと言っても過言ではない。

だが、もし、運動機能を向上させるためだけに用途を絞って最小限の質量で組み上げられたら。

――大発明だ!

「……」

古い記憶を、遠い友の声を、頭を振ってかき消す。

ザックの戯言をまじめにとらえて無邪気に笑う友の声。

そんなものを思い出すのは、きっと昼間リヒトと交わした会話のせいだ。

リヒトはというと、本来二つ折りにして使うシートにぐるぐるにくるまって眠っている。それだと、有事の際に臨戦態勢が取れないのではないか。まぁ、そんなことにならないために自分が居るのだが。

焚火に枝を投げ入れるが、湿った枝は煙ばかりを吐き出した。

遠くで木の葉が風に揺れる音。炎で乾いた枝がぱちぱちと弾けだす。

機械の駆動音に囲まれたステーションとは全く違う音の群れ。

なのに、見上げれば、そこにはよく知る光の粒たちが瞬きを繰り返していた。

ずいぶん遠い場所に来た。

我ながら幸運な人生を送っていると思っている。

人格者の多いユニットスタッフに恵まれ、立派な体に知性も備えた体。取れる資格は全部取ったし、友人にも恵まれていた。

たった一つ、周囲に共感されなかった選択は、軍事ユニットへの編入を断り、輸送会社への勤務を希望したことだった。

軍事ユニットは、選ばれた者の証だ。特別、という言葉がふさわしいところ。

自ら背を向けると言うことがどんなことか、大人たちはもちろん、友人たちもザックの選択を訝しんだ。

誰もがうらやむ完璧な履歴書の、唯一の汚点となった。

軍とは、絶対的な権力であり、象徴でもある。

そこに背を向けるというのは、危険な思想の片鱗と捉えられるのだ。

どうして、と問われるたび、ザックは同じ答えを繰り返した。

戦闘機ではなく、輸送機に乗りたいから。

爆薬ではなく、夢や希望を運びたいから。

軍人たちを乏しめているわけではない。彼らが運んだ爆薬が、誰かの希望になりうることもよく知っている。

けれど、ザックは、腹を空かせる子供たちや汗水たらして働く工員たちに食料を、暗闇に震える人々に電球を届ける。そんな仕事がしたかった。

理想と現実は違うと言われ、それは真実だった。

希望して入社した輸送会社は、ザックの資格やデータを見て、輸送船の運転手ではなく、彼らを守る警備の仕事に就かせた。

やっていることは軍人の劣化版だと囃されることも多い。

けれどザックはそれで満足だった。

安定した収入、落ち着いた生活。生涯を共にする恋人もいた。

裏切られたけれど。

結婚していなかったので、法律的にはなにも問題ないことが、ザックを余計に打ちのめした。裏切った相手を責める手段がないのだ。

ありがたいことに、傷心の若者に同情できる優しい上司にも恵まれ、職業案内に出てきた惑星開発の長期作業員に転職するときも快く送り出してくれた。

そこで出会ったのが、リヒトである。

正直、最初に声をかけたのは、彼があまりにも頼りなかったからだ。

けれど今は違う。変わろうとしている。

「そのままでいいんだけどなぁ…」

なんて、彼が聴いたら気分を害しそうなことを思いつつ、ルーカスが休む前に投げてよこしたカウントダウンタイマーの数字を目の端で確認しつつ、気だるげに、湿った枝を炎の中へ放り込むのだった。



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