軍人
「山に登る。支度しろ」
もう間もなく最西端というタイミングでルーカスが出したのは簡潔な命令だった。
支度とは、という各々の疑問に答えるように、ノアが必要な装備をそろえるためのタスクを用意する。
主に食料、燃料となる延焼促進剤など、など、など。
「班を二つに編成する。サルーク、レラ、ユーリはノアと一緒に西の登山口から始めろ。残りは俺と東だ。俺の班は現地に向かいながら準備を進める。ユエンはキャンプを中央地点に移動させて無線の中継地点を作れ」
以上。
宣言と共に、ルーカスは出立の号令を出す。
てっきり今日も昨日までと同じような探索任務だと思っていたリヒトは、混乱のままにボットに飛び乗り、探索装備のままルーカスの後を追った。
「昨日の時点で連絡できなかったのかね」
無線にザックの声が届く。近くに居て二人専用のチャンネルが通せたことで、ルーカスとジョナスに聞かれることなく会話ができる。
最も、生の声は届くので、こそこそとしなくてはならないのだが。
「昨夜言われたとしても、ちょっと…」
「うん?」
「せめて先週なら、準備できたのに」
「だよな」
改めてタスクを確認するが、事前に知っていればこれまでの探索で確保できていたのではないかというものも多い。
そもそも山ってどこだ。どんな山なんだ。リスクは。目的は。
すぐに思いつく疑問に先回りするように、タスクと共に送られてきた事前情報は充実していた。
標高四千メートルほどの山は山脈となって北側にそびえている。
今までザックたちが探索していたのはその麓までで、山脈の現れ具合でチェックポイントの位置を予想していたぐらいだ。
探索の目的は地図製作もあるが、どうやら基地の建設も想定している。
山をくりぬいて基地を作る。開拓任務ではよくあることだ。
リヒト達が最初の散歩で山に向かったのもそれを想定していた。まぁ、結果はワームに先を越されていたわけだが。
探索の目的には、ワームの存在も大きくかかわっている。
やつらは縄張りを形成する。縄張りに近いほど、エネルギーに対する反応も早い。
逆に言えば、縄張りから遠いほど、使えるエネルギーは大きいことがわかっていた。
それらを突き止めたのも、ルーカスだ。
これまでの探索は、何も地図を埋めて動物の生息分布を調べていたわけじゃない。いや、それも主な任務ではあるのだが、やはり知りたいのはワームのこと。
西に行くほど、北に行くほどワームの幼体、単独移動している個体、何かしらに寄生している個体が減っていた。
北の山こそ基地に最もふさわしいともいえる。
「あ…」
先を歩くナビゲーターの位置を確認したリヒトは、その背が見慣れたジョナスのものではないことに気づき、声をあげる。
声に反応したザックが振り返り、リヒトの視線の先へと振り向くと、二人からかなり遅れたところを必死に追いかけてくるジョナスの姿があった。
「忘れてた」
「いいよ、俺が…」
数歩戻ったザックは軽々とジョナスを抱え上げる。
持ち方は、荷物ではなくもっとちゃんとしていた。
「それ…」
「救命資格というものがあってな」
その言葉に納得した。ザックは周囲が目を剝くほど様々な資格を持っている。拠点開発に有利な資格を優先表示しているので普段は気にならないが、古書管理の資格なんてどこで使うんだというような資格までを有しているのだ。
リヒトは今まで、人を運ぶときに荷物よろしく肩に担ぐ、脇に抱えるような方法しか見てこなかったが、ザックの持ち方ならば、腕に座るような姿勢になるジョナスはさぞ快適だろう。
少し開いてしまったルーカスとの距離も、ボット二人の足にかかればあっという間だ。
ルーカスの方は、振り返りもせずまっすぐどこかを目指している。
なんとなく、リヒトはこのチーム分けが不公平だと感じた。
ボットの数が三体である以上、二対一に分かれるのは必然。けれど、生身のルーカスの運動能力の異常性を知っていれば、ボットは一体で構わないだろう。不安があるというのなら、ボットの中でも能力の高いAIであるノアを連れていけばバランスはとれる。
これがどこにでもいるような平凡な上司、あるいは手柄ばかりを考える上司であるならば、己の身を守るために戦力を偏らせた可能性を考えるかもしれない。しかし、相手はルーカスで、バートレットの部下だ。
手際のよさ、思考の速さを考慮すれば、この一見アンバランスな配置に何か意味があるのかもしれない。
知りたい。
リヒトは自分でも気づかないうちに、好奇心に火がついていた。
いつになく真剣な目が先を行くルーカスに向く。
これまでも、相手の行動を予測するために他人を観察することは幾度もあった。けれどそれは、自分の行動を決めるためで、決して相手自身に興味を持ったわけではない。
知りたい。それは無自覚のうちに、リヒトが初めて他人に関心を持った瞬間だった。
登山の準備に丸一日を費やした。
中でも一番苦労したのはやはり食料だった。
四人分の食料を五日分用意すると言われたときは、どんな山登りだと目を剥いたものだが、登ったら降りねばならぬと気づいて納得もした。
登山口、とルーカス、あるいはノアが設定した地点へ向かう道中にすべてを揃えると公言したルーカスだったが、もちろん計画があった。
直進するのではなく、地図を頼りに動物の分布図をチェックしながらアイコンのついた場所へ進んでいた。
アイコンの正体はたどり着いてすぐに罠だとわかった。騙した、という意味ではない。狩猟用のトラップだ。
ルーカスは自分が偵察した地区のいくつかに罠を仕掛け、時折回収していたらしい。
いつの間に、と呟けば、時間ならいくらでもあった。と帰ってきた。
思えば、リヒト達がくたくたになってキャンプに戻ってから、くたくたのまま食事の支度をして、就寝するまでの間、常にジープの荷台からルーカスのブーツが覗いていた記憶がある。
リヒト達だって、起きてから出立時間までを準備の時間に使っていた。
早く起きて罠を作り、移動中に仕掛け、回収する。それを繰り返して、ルーカスたちは狩猟の時間を徐々に短縮していたのだ。
更に驚いたことに、移動するまでに捕えた動物たちの大半は、手早く解体したのち、保存食にするための処置を施し、登山口の地面に埋めてしまった。
登山に必要な分の食料は、これまでの探索で同じように作った加工肉で済ませるらしい。
「最初から…」
「あ?」
「最初からそのやり方を教えてくれれば…」
「リヒト」
今までの自分の苦労をあざ笑われたような気分で呟くリヒトをザックが制す。
「全部サバイバル基礎クラスで習うことだぜ」
「ほぉ…」
「何年前の話だよ」
頭を抱えたのはジョナスだった。どうやらジョナスは、サバイバル基礎授業とやらの内容を全てさっぱり忘れていたようだ。
無理もない。基礎というだけあって初歩的な知識を実践もなく口頭で教えられるだけの授業。ミドルスクールで実践が学べるクラスを選択しなければ、宇宙空間で役に立つ知識なんてほとんどない。宇宙に動物は居ないのだから。
「教わってできることでもねぇんだ」
静かに、ザックが耳打ちする。
「経験がものを言う。ハイスクールで課外授業を受けたやつでもあんなのは無理だ。やつは本物だよ」
本物。プロ。リヒトの中でイコールが軍人に繋がるまで、そうかからなかった。
「ザックは…」
「ん?」
「ザックの班は、どうだった?」
「あー、たぶん、おまえのとこと変わらねぇ」
とはいったものの、ザックも薄々、ジョナスの無能さには気づいていた。
リヒトが日に日にやつれていくのがわかって、自分の食料をこっそり分けようとしてリヒトに断られたりもした。分け与える余裕などなかったのがばれていたからだ。
その日暮らしの能天気。悪しきいい様かもしれないが、サルークとユーリを表すのにこれ以上の言葉はない。
植物も動物も、採りすぎはよくないと聞こえはいいが、現実味のない言葉で濁して、手間のかかる保存という選択を切り捨てていた。
食料に余裕がなかったのではない。怠惰に余裕を使って浪費していたのだ。
「ここは掃きだめだな」
ここにきてようやく、キーラ達の言っていた意味が理解できた気がする。仕事自体は大したことが無い。けれどここは地獄だ。暖かい落ち葉の布団をかけられて、じわじわと腐っていくのを待たれているような。
サルークやジョナスの愚行を、ルーカスは止めない。咎めない。その代わり、求める対価、大半は作業成果だが、自分の期待に応じなければ容赦がない。
ここに過程は存在しない。求められるのは結果だけだ。
そこでふと、疑問が生じる。疑問、ではなく矛盾。
結果ばかりを求めて、過程に興味がないのならば、別のグループと協力することを、どうして禁じているのか。
お互いに情報交換ができていれば、もっと楽に仕事ができたのに。
いくら考えても答えが出なかったので、リヒトは思い切って本人に尋ねた。
登山口に到達し、無事装備を整え、明日、同時に登頂を開始するとノア側と通信を終えたのち、キャンプで食事をしている最中だった。
ルーカスはほとんど自分が用意した食事を、チーム全員に均等に分けた。そこにもリヒトは矛盾を感じていた。リヒトが想定していた通りの人物であれば、己の食事は己で確保しろとでも言いそうなのに。
「協力を禁じたのはなぜですか」
単刀直入にして、唐突な質問に、全員が食事の手を止めた。あたりに、焚火がはじける音だけが響く。
発言には許可を求めろ、と思いのほか冷静な声が返り、誤魔化されるかと半ばあきらめたリヒトの予想に反して、返ってきた答えは意外なものだった。
「別に禁じた覚えはないが」
「え…」
リヒトの隣に座っていたザックが、向かいに座るジョナスを見た。ジョナスはさっと視線を落とす。その表情は非常に気まずそうだった。
「食料を寄越せというから対価を求めた。狩猟の方法が知りたければ対価を払えと言った。しばらくすると何も言わなくなってきたが。払おうってやつは結局いなかったな」
「対価、とは」
「別になんでもよかったさ。ま、俺にとって価値のある物を用意できるぐらいなら、自分で狩りした方が早いだろうがな。ユエンを見習って俺に媚を売るぐらいのかわいげがあれば、施しぐらいは考えたろうが…」
ねっとりと、嫌な笑みを浮かべてルーカスは横目にジョナスを見る。ジョナスはいっそ哀れなほど顔色を青くしていた。
「俺はちびでガキで下等種だが軍人だから一般市民を守らなきゃならねぇらしくてなぁ。だから俺は軍人らしい態度をとってやったら、それ以降は自力でどうにかできるようになったぜ。立派だよな、俺の部下は」
「……なるほど」
何があったかは、大体予想できた。
ジョナス達、いや、サルーク達がどうかはわからないが、少なくともジョナスは、ルーカスのことを見下していた。ルーカスの体格はリヒトとそう変わらず小柄で、声もどこか幼い印象を残している。全体的に子供っぽい印象を受けるその見た目と、普段は効率重視で淡々とした態度でおとなしく見えてしまうのだ。
特に、彼と見た目が酷似しているアレックスの存在を知っていれば、なおさら、アレックスの気弱でどこか頼りない雰囲気に引きずられ、彼を同一視してしまう気持ちはわかる。
そこにジョナスの性格を合わせれば、アレックスの様な人物を見下して、上から目線でえらそうな口をきいてしまうところは簡単に想像できた。そしてそれをジョナスは、ルーカスに対して行ってしまったのだ。
結果は、予想通りだったろう。
「俺としては、ずいぶんすっきりさせてもらったからもう一回くらい頼ってほしかったんだがなぁ?」
「ひっ…」
「ま、スーツの耐久値がすり減るのも困る、無理にとは言わないさ」
芝居がかった口調で完全にからかっている。素直に怯えるジョナスがかわいく見えてきた。
リヒトが尋ねたことを後悔し始めたころ、漸く飽きたのか、最後の一口をほおばったルーカスは、皿代わりに使っていた葉を火に放り込んで、お先に、と言い残して眠りについた。
考えたいことや、ジョナスやザックに確認したいことが色々あったが、明日の任務のことを考えて、リヒトも早々に寝自宅を済ませることにした。




