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It’s my life  作者: やまと
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未知との遭遇


残った六人の内、戦闘訓練技能を持っているのは二人だけだった。

リヒトに気をかけているザックともう一人、ラスカ・ロレイドという男。

二人は早々に先遣隊の野外活動チームに加わって、倉庫に作られた簡易な訓練設備でトレーニングが行われた。

残りの四人は技術者だったが、ほぼ全員がボット操縦経験だったこともあり、三日目にして最初の艇外作業が行われることになった。

「今回の目的は練習だ」

チームを呼び出したバートレットは、簡素な地図の書かれた板書を指さして説明する。

「この基地が立っているのは山の中腹だ。基地を中心に暫定的に北を制定した。山に沿って北西に降りると森になっている。そこで当面必要となる物資を確保するのが今回の仕事だ。二チームに分かれてノルマをこなしてくれ」

チーム分けはバートレットの部下二人を加えて八人を二つに分けた四人一組が二組。

技術者二人と戦闘員二人で構成されたチームで効率よく作業を進めるようだった。

居住区二つ分の艇を使った簡易ドックにボットは四体しか入らない。ドッグに隣接して停留する輸送艦には二十体を超えるボットが収納されていたが、エネルギー不足に嘆くこの基地ではそれを全て動かすエネルギーも人員も居ないのである。

当面の物資というのは、本来リヒト達が行うはずだった施設の拡張に使う建築資材の調達と、先遣隊が済ませた調査をもとに、この星の資源からエネルギーを生成するために使えそうな物を回収してくることだ。

原子力から抜け出した人類は、宇宙空間に散らばる様々な鉱石から微分子の振動をエネルギーに変換する技術を会得した。

中でも爆発的なエネルギーを生み出す鉱石を、発見者の名前からとってアニエスと名付け、開拓者はこのアニエス鉱石が豊富な星を探して旅を続けていた。

現状、宇宙の果てと呼ばれるこの星は、地球とほぼ同じ環境にありながら、アニエスが発見されたことも含め、永住地として期待されていたのだ。

「おい、誰かリヒトを手伝ってやれ」

バートレットの声に、各々自分が乗るボットを調整していたチームから失笑が漏れる。

チームレッカーが出発して数分。続けて準備を進めていたチームキャリーの最後尾で自分の乗るボットを引いていたリヒトは、レールの歪みに車輪がとられて手間取っていた。

「大丈夫かよ。俺が押すからお前は引け。いくぞ」

すぐにザックが駆けつけて、ボットを後ろから押す。

その様子を司令室からリードは呆れながら見ていた。

僅かに遅れただけだというのに、何故かあの青年が少しでもずれたことをするとやけに目につくのだ。

良くない傾向だと、気を引き締める。

すでに先出たレッカー班は採集を始めていた。

「ゲートを開けろ」

指揮を執っていたバートレットが司令室に戻ってくる。

指示通り、正面ゲートが開かれ、ボット達が潜るようにして外へと出ていく。

カメラ接続。無線チェック。レーダーチェック。次々と報告が入り、司令室のモニターには地図を北西に向かっていく隊の反応が映し出されていた。

チリチリと、地図にノイズが走る。

「安定しません。そう長くは持ちませんよ」

基地の電力は生命を維持するだけで精いっぱいの状況だ。

二メートルほどの軽作業用ボットを動かすのには大量のエネルギーを消費した。

ここの従業員が一週間は暮らせる量だ。

生命維持に使われる浄水器や、圧縮された宇宙食を解凍するエネルギーが尽きてしまえば残った作業員は全員死ぬ。

今回の作戦には、残されたエネルギーのおよそ半分をつぎ込んだ。

作業員たちには練習だの、簡単な作業だのと言ってはいたが、もし今回の作戦が失敗すれば、終わりだ。

「どっちにしろ、こんな簡単なおつかいが出来なけりゃ死ぬだけだ」

その時のことを考えそうになり、リードは慌てて頭を振った。



バートレット達の心配をよそに、キャリー班は順調に北西の森を進んでいた。

先に出発したレッカー班は山を下った後、近くにある河を目指して南に向かう。キャリー班は逆に山沿いを北に進みながら鉱物を探す。

「よし、探索区域に入ったな」

班長を担うのは、バートレットの部下、カルロ。

伍長という階級はあるものの、誰にでも公平に接する、陽気な男だ。

「ザックと俺で周囲を警戒する。君達は採集に集中してくれ」

エネルギー銃を構えながらザックとカルロが先導する中、後ろを付いて行っていたリヒトと、もう一人の技術者、ニックは、背負っていた採集キットを展開する。

「すでに採集済みの資源は対象から外されている。レーダーに青く光る資源を積極的に採集してくれ」

「了解」

一定の速度で進みながら、モニターに映る資源を次々と集めていく。その多くは植物で、ラボに戻って成分を調べれば、食用になるか、あるいは薬、毒になるかが調べられる。

時折現れる昆虫や小動物の類も、未知の存在はなるべく保存していく。

しばらく進むと、崖の下にたどり着いた。

「よし、やったぞ」

緊張気味だったカルロの声が弾む。

モニターには崖の表面のあちこちに青い塊があった。

「アニエスを見つけた。これでまた俺たちの寿命が延びるぜ」

「落ち着け」

今まで沈黙していた本部からの通信が入る。

「まずは自分たちのエネルギーを確保しろ。手の届く場所に鉱石はあるか?」

指示に従って手の届く位置にあったアニエスを採集キットのアームで掴んで、後付けのエネルギー変換装置に放り込む。

本来ならば鉱石は加工してエネルギーを専用の変換機で電流に変え、充電器などに保存する。それを電池の要領でボットに積み込む。しかし未曽有のエネルギー危機にある基地にそんな余裕はない。

そこでリヒト達は簡易の変換機をボットに外付けし、鉱石をそのまま放り込むことでエネルギーを直接使えるようにした。

エネルギーを現地調達することで活動範囲が伸びる。

すでに赤くなっていたゲージが少しずつ回復するのを確認しつつ、リヒトは絶壁を見上げた。

「また、いやらしい事にちょっと反り返ってるんだよな」

隣で同じくエネルギーをチャージしたニックが崖を見上げている。

彼はリヒトと同じ船で来た所謂同期で、リヒトと同じく残留したイカレ野郎だ。この星に来る前は鉱石採掘の仕事をしていたらしい。

「発破かけようにも位置が高すぎる。振ってくる石がどこに落ちるかわからないと危ねぇし…」

言いかけたところで、地面が揺れた。

「な、なんだっ?」

地鳴りがあたりに響き、崖の上からぱらぱらと小さな石が落ちてくる。

「地中の温度が急上昇している。すぐそこから退避しろ!」

バートレットの焦った声に弾かれるようにザックとカルロが走り出し、リヒト達もそれに倣った。

徐々に大きくなった地響きは突然止まり、先ほどまで四人が居た場所の地面から勢いよく水が噴き出す。

噴き出した水は湯気を立ち上らせながら岩肌を突き刺し、その勢いは岸壁を削り取るほどだった。

「間欠泉だ」

ニックがつぶやく。

地中にできた空間の水が温められて爆発的な威力を持って地上に噴き出す現象だ。

「あの岩肌が微妙に傾いてたのはああやって削られたせいか」

「とりあえず走れ!どこから噴き出してくるかわからんぞ」

木々の間を潜り抜けながら走る。

水は山の方から流れてきているらしく、まるで四人を追いかけるようにあたりから次々と噴き出してきていた。

「勢いが弱まってる。もう少しだ!」

先頭を走っていたカルロの言うとおり、徐々に噴き出す水の勢いが弱まってきていた。

噴き出した水が雨のように降り注ぎ、周囲を湯気が包んでいく。

互いが互いの影を道しるべに、四人はなんとか危機を駆け抜けた。



熱湯となった地中の水分が降り注ぎ、地中に染み込んで再び温められ蒸発していく。

「まるでサウナだな」

画面に表示される外気温と湿度を見てザックが唸る。

間欠泉の噴出はおさまっていたが、完全に止まったわけではない。

染み込んで、再び地中に溜まった水が温められて、まるで咳でもするように地面から小さく噴き出していた。

立ち上る水蒸気は霧のように濃く、ボットによる補正が無ければ歩くことは困難だろう。

カルロを先頭に四人は、濃霧の中を先ほどの崖まで戻っているところだ。

熱湯は確かに危険だがそれよりも、先ほどの噴出で崩れた岩から採取できるだろうアニエスの方が重要だった。

「この辺りだ。反応はあるか?」

言われて見回すが、真っ白い水蒸気のせいで一メートル先を見るのがやっとだ。

熱感知は機能しない。わずかなエネルギー反応でメンバーや障害物をなんとか感知している状態だ。

「あったぞ」

リヒトの左前方にいたニックが、つま先に当たった岩を持ち上げる。

拳ほどの大きさのそれは、まさしくアニエス鉱石だった。

水蒸気に浮かび上がるニックのエネルギーランプが、赤から黄色に変わる。

「とりあえず、手当たり次第に放り込むか?」

「待て。そんな事をしたら変換機の消耗が激しくなる」

ザックの提案をカルロが止め、技術者二人もそれに同意する。

「そんな事言ったってよぉ」

足元に転がる欠片を蹴りつけて、ザックが唸る。濃い水蒸気の中、更に視界の悪いボットの窓から覗いた程度では、それが鉱石なのか、ただの土くれなのか見分けがつかない。

「もう少しすれば靄も晴れるだろう。視界が確保できたら壁を破壊してでも、ある程度のアニエスを確保してくれ」

「はいよ」

「ここにもあったぜ」

少し離れた場所からニックの声がした。元炭鉱夫の彼には、リヒト達には見えない何かが見えているのだろうか。

「いるかい、班長さん」

「ああ、助かる」

一番近くにいたカルロの変換機に岩を突っ込むニックの向こう側に、ゆらめく影を見つけて、リヒトはしゃがみかけていた体を咄嗟に正した。

「今、なにか…」

「どうしたリヒト」

視界の端で突然機敏な動きを見せたリヒトに異変を感じてザックが近寄る。

その視線の先、地面に夢中になる二人の脇から盛り上がるように広がる奇妙な影に気づいたザックは、叫んだ。

「敵だ!」

叫ぶとほぼ同時に、持っていたエネルギー銃のトリガーを引く。

頭のすぐ横を飛びぬけて行った巨大なエネルギーに煽られてリヒトは尻もちをつく。

圧縮されたエネルギーは影のように広がる怪しいものの中心に命中した。

声に反応したカルロがもう一発喰らわせると、影は霧の中に逃げ込む。

「立て!集まって互いに背を合わせろ」

カルロの指示に従って、転がっていたリヒトも慌てて集まる。

背中を合わせて互いの背後を守る。

霧の中で何かが蠢く気配だけがスーツ越しに伝わった。

「奴らか?」

「だろうな!」

忌々しげにカルロが叫ぶ。ザックとカルロはエネルギー銃を構えてしきりにあたりを警戒している。

数メートル先の真っ白な靄の中から、黒い影が飛びかかってきた。



山から風が吹き抜けて、白いカーテンをはぎ取っていく。

ギリギリという高周波ブレードの音と、激しいエネルギー銃の音があたりに響いていた。

「応援はまだか?!」

「らちがあかねぇ、いったん退こうぜ」

カルロとザックの会話を背に聞きながら、リヒトは襲いくる敵を掘削用高周波チェーンソーでなんとか追い払っていた。

四人を取り囲むように群れを成しているのは、未曽有のエネルギー不足を引き起こした張本人でもある敵だ。

細いケーブルのようなものが寄り集まって、一匹の生物を模している。四足歩行の疑似生命体は、尾と前足で激しい攻撃を繰り広げてくる。

飛びかかってきた一匹をブレードで防げば、寄り集まっていたケーブルが切れて飛び散った。

残骸の内、細かい者は数度跳ね、しばらくすると力を失くして動かなくなるものと、蛇行して地面にもぐったり、そばに居る大型の群れに合流するものがある。

奴らを殺すにはとにかく細切れにすること。

基地で受けた説明通りの習性に、多少総重量が重くなることを覚悟の上で、採集には不向きなブレードを突貫工事してきたことを、リヒトは静かに喜んだ。

「こいつらは学習する。一匹でも連れて帰れば基地の場所が知られて、すぐに大軍が襲ってくるぞ」

最初の基地が壊滅した理由を聞いて、ザックが舌を打つ。

高周波ブレードの振動が鈍ったのを見計らって、リヒトの背中の変換機に、ニックが落ちていたアニエスを押し込んだ。

「一定数を下回れば形が保てなくなって撤退する。もう少し踏ん張れ」

「そうは言ってもよ」

「岩がある方に移動してくれ」

ニックの言葉に従って、四人はなんとか隊列を維持しながら岩場へと移動する。

バートレット達が「ワーム」と名付けた奴らは寄り集まって、中型の四足動物のような動きで襲ってきた。

あくまでも紐状の本体が寄り集まってできているだけなので、そこに牙や爪は無い。

押し倒して本体を絡ませ、引きちぎろうとするのが今のところ奴らの最大の攻撃だ。

風が出てきたおかげで、あたりを覆っていた霧のカーテンは晴れつつある。

残り十匹ほどの群れをなんとか追い払えれば、周囲に落ちているアニエスは持ち帰ることが出来るだろう。

「提案があるんだが、聞きたいやつは居るか?」

ニックの突然の提案に、リヒトは黙って耳を傾ける。

嫌な予感しかしねぇな、と返答を保留したザックに代わり、カルロが言ってみろ、と促した。

「変換機を暴走させればこいつらをまとめて吹き飛ばせる気がする」

「なかなか魅力的な提案だ。それで?」

「変換機一つは確実に吹き飛ぶ。もしかしたら俺たちの誰かが致命的なダメージを負う可能性がある」

「だろうな」

そんな事だろうと思ったよ。

語尾を荒げながらザックが目の前にいたワームを蹴り飛ばした。

「なんとかリスクを下げられないのか」

「囲まれてる今の状況じゃあ、難しいね」

奴らを出来るだけ一か所に集め、かつ自分たちは安全な場所を確保しなくてはならない。周囲は木々に囲まれているが、森に逃げ込めば逆にその木々は奴らにとっても最高の防壁になる。

「自爆覚悟かよ」

「走ればいい」

ザックの嘆きにリヒトが短く返した。

囲いの一部を突破して、ただまっすぐ走るだけ。そうすれば追いかけてくるワームは塊になり、置き土産にした簡易爆弾でまとめて爆破できる。

「なるほど、賛成だ」

「じゃあ俺も」

ニックとザックが続けて賛成し、カルロは逡巡する。リーダーとして、決定する義務があるのだ。

「わかった。じゃあ俺の合図で…」

「お先に」

リヒトは駆け出した。

高周波ブレードを搭載したリヒトのボットは他のボットよりも総重量が重く、敏速性がない。同時に駆け出せば自分だけが置いて行かれるのは目に見えている。

遅くなればそれだけ死ぬ確率は上がる。最初に距離を稼ぐのが最善だ。

ワームたちは寄り集まって一つの生命体を形成する高度な知能があるようだったが、一匹を形成できても、一匹同士で素早い意思疎通を取れるわけではないようだった。

もし彼らが連携できていれば、今頃四人はとっくに装備を剥され、四肢を引きちぎられているはず。

リヒトの読み通り、突然、輪を抜け出したリヒトの行動に、ワームたちは戸惑って反応が遅れていた。

数秒遅れて、ザックとカルロが悪態を吐きながら後を追い、変換機を簡易爆弾に変えたニックがその後を追いかける。

ボットの補助を借りて速度を上げた四人を、ワームたちが追いかけてきた。

十メートルほどあったリヒトとザックの距離はあっという間に縮まり、やがて追い抜かされる。

「お前がそんなに薄情だとは思わなかったぜ、相棒!」

相棒になった覚えがなかったが、文章からして自分の事だろう。面倒な言いがかりにリヒトはただ短く、死にたくないから、と返した。

「いくぞっ!」

ニックの声がして数秒、背後から強烈な爆風が四人の背中を押し上げた。

「うおぉぉおお」

二メートルほど飛ばされたザックはなんとか体を回転させて受け身を取る。

すぐさま起き上がって振り返った先では飛び散ったワームたちがのたうち、転がりまわり、失った半身をどうにか補おうとするが、やがて諦めて集合を解き、蛇行しながら散っていくのが見えた。

「く、そ…」

受け身など取れず、その上最後尾だったおかげで爆風をもろに浴びたニックが呻く。

すぐそばには銃を構えて警戒体制のカルロが居た。

「…リヒト?」

居るはずのもう一人の姿は、どこにもなかった。



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