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It’s my life  作者: やまと
19/61

ステイウィズミー


ルーカス・キッドは天才だった。

彼の最初の不幸は、その生まれたユニットの特性に始まる。

八割が規定体重ギリギリ、残りの二割は未熟児として終了処分となったユニットは、慣例から「キッド」の名をつけられ、職員の間で「ハズレユニット」と揶揄された。

クラス全体が低能だと決めつけた職員たちは、ルーカスがどれほど優秀な成績を収めたとしても、それが普通と思い込んで、周囲が劣っているのだと言ってはばからなかった。

二つ目の不幸は、双子ほどに容姿がまったく同じの個体のアレックスが居たことだ。

職員は度々、ルーカスとアレックスの名を呼び間違え、二人を同一視し、私物や成績すら取り違えることを繰り返した。

三つ目の不幸は、それでもルーカスは他者を愛することをやめなかったことだった。

二つ目の不幸で、自己と他者の区別があいまいになったルーカスは、職員から劣等生だと見下される同期達に手を差し伸べ、協力した。

同じ生まれの己にできて、相手にできないはずがないと言って励ました。

特にアレックスに対しては、時折名前を詐称してまで職員たちの目を誤魔化した。

あらゆる手、カンニングからハッキングまでを繰り返し、己の成績すら制御し、ルーカスは本来なら未発達として処分されるような子供たちを、社会に連れ出してしまった。

四つ目の不幸は、ハイスクールを飛び越え就職先となったのが、軍の中でも規則の目が届かない末端だったこと。

そもそも、一般ユニットから軍に配属されることは稀で、さらに「キッド」の名前は彼に対する平等な評価を阻害するのに充分な効力を発揮した。

暴力を愛と言い換えたチームメイトたちは、気の向くままにルーカスを愛してくれた。

彼らにとっての不幸は、ルーカスの天才性に気づけなかったことだろうか。

とはいえ、ルーカスに証拠を残さずチームメイトを事故に合わせる能力があるという事実は、彼が事故による死を偽装したことの証明にはならなかった。

事故に対して調査した担当が知りえたのは、ルーカスにとってチームメイトからの暴力は真実に愛であり教育であったことと、事故が起きる数か月前に編入した新入隊員の方がよっぽど精神衰弱が酷かったことだった。



焚火の弾ける音と、強烈な喉の渇きにより起きた咳によって、リヒトは意識を浮上させた。

ボットから降りた状態で地面に寝転がった身体と、周囲の暗さと、熱により朦朧とする意識の中で必死に思考を巡らせる。

暑い。同時に寒い。

火照る体が冷たい外気に晒されていた。

乾いた咳は、どれだけ繰り返しても喉を潤してはくれない。

無理矢理に咳を飲み込もうと努力するリヒトの口元に、経口飲料パックの飲み口が押し当てられた。

夢中で吸い付いたリヒトだったが、勢いよく飲み込みすぎて、あっけなく噴き出した。

「げほっ…ごほっ…」

先ほどよりも湿った咳は勢いを増し、落ち葉や地面を吹き飛ばす。

全身がだるい。頭も重い。

再び押し当てられた飲み口を、今度は慎重に咥えて、少しずつ吸った。

汚水をろ過した飲料水とは違う、どこかケミカル味の残る飲料水は、熱を持った体に染み渡った。

「時間は…」

「深夜です。本部規定時間で午前二時。日の出まで3時間21分です」

耳に装着した通信機に直接響く電子音声。

飲み干した経口飲料パックが遠ざかり、額と首筋に合金の指先が触れる。

「あなたは毒性生物に侵され現在治療中です。患部を物理的に除去、抗生物質を投与。治療時に失った血液を補うために輸血をしました。毒性の89パーセントの除去が終わっています。現状の発熱、倦怠感は毒性によるものではなく極度の疲労による副反応と予想されます」

直接耳に吹き込まれているはずの電子音声は、何故か水の膜でも張っているようにはっきりしない。

酷く疲れている自覚はあった。

「…、……」

「…了解しました」

無意識に呟いた言葉に応える声に安心して、リヒトはすぐにまた眠ってしまった。

その傍らでノアは、思考を意味する赤いランプを点滅させる。

視界画面に表示されるのは、与えられた指令の期限。つまりは、いつまでこの場に止まればいいのか、だった。



翌日、目が覚めるとすっかり体調が回復していた。

首元にはまだ違和感に似たかゆみに近いものがあるが、意識しなければ無視できるだろう。

熱もすっかり下がって、強いて言うなら少しばかり空腹だった。

少しばかり寝過ごしたのもあって、追い立てられるようにして出発してしまった。

出立してすぐ、ずっと何か言いたげだったジョナスが振り向きもせずに声をかけてくる。

「もう、大丈夫なのかよ」

「うん。ごめん」

「別に、せめてねぇよ!」

「…ごめん」

ジョナスは小さく舌打ちをして、そのままぐいぐいと進んでいく。

相変わらずの直線移動。

今回のチェックポイントは、前回のポイントよりもやや北寄りで、その分西にずれていた。

直線距離は変わらないが、少し手前になっているのだ。

軽く周囲を見回して、特に脅威がなさそうなことを確認してから、視界にメインマップを表示する。

明度を最小値に下げれば、先を歩くジョナスを視界に入れつつ、マップを確認できた。

全体マップを見ると、衛星から撮影され簡単に線画に簡略された大陸図になる。

もっと縮小すれば、最北と最南を含めて五つの大陸と無数の島が表示されるだろうが、今は関係ない。

大陸図にはいくつかのピンが指してあり、注目すれば簡単な地形構造が表示された。

大陸の東部には火山地帯があり、その近くには採掘班の拠点があった。そこから少し西にずれるとメイン拠点があり、メイン拠点から北に向かうと、最初にリヒトがスパイダーと遭遇した山がある。

地図を拡大しながら西に焦点を合わせると、生態調査班の拠点、リヒト達がキャンプに使っている施設の場所が表示される。

生態調査班のメイン拠点やほかのチームの拠点は、直接表示はされていなかった。

代わりにヴィレッジという名称で、今まで調査してきた拠点候補地が表示されている。

このどこかに医療施設や食料加工施設があるのだろうか。

忘れかけていたが、ワームは寄生した相手の記憶を読み取るため、この地図にも多少なりともフェイクが混ぜられているかもしれない。

記憶を読み取る。

リヒト達がそれを知らされたのは旧メイン拠点探索の後だった。

突如知らされたその事実に困惑したものの、寄生生物に擬態するための機能だと言われて納得していた。

違和感を抱いていたのはどうしてそんな機能を有していたかではない。どうして今になってそんな事実を知らされたかだったのに。

襲撃を受けた直後、帰還しようとした医療施設は無傷で別の場所に移動された後だった。

ということは、その生態を本部はすでに知っていたことになる。その上で、メイン拠点で襲撃を受ける危険があることも、把握していた。

思い返せば、あの時のメンバーは、当時の作業員の中でも他部署との接触が極端に少ないメンバーだった気もする。

医療施設を護衛するにしては、探索や戦闘に向いている面子。ボット乗りを四人も集めていたのは何故か。あるいは、保護、されていた。

メイン拠点の探索に最適だったメンバーがたまたま揃っていたのではなく、元々その任務を任せるつもりで、他の拠点の情報を与えず隔離するために作られた部署だったとしたら。

人体実験。

過ぎった単語を意識して否定する。

そのおぞましさに背が震えた。

受け入れたくない事実、というのもあるが、実験と称するには少しお粗末な気がした。

わざわざチームを分けて探索したり、事故に見せかけて襲撃させるのはリスクが高すぎる。

せいぜい、襲撃を受けた際の予防策として、情報の少ないリヒト達を行かせた結果、最悪の事態となってしまったが、疑わしかった生態が確証に変わったといったところか。

どちらにせよ、捨て駒に使われたのには変わりないのだが。

「おい、リヒト」

呼ばれて目を向けると、先がちょっとした坂道になっていた。

左側に三十メートルも行って折り返せば回避できそうな急斜面程度の登り路だが、案の定ジョナスは直進するらしい。

斜面はなだらかな階段状で、リヒトが踏み台となりジョナスを支えれば最初の段差に手が届くといったところか。

今までであれば、素直に従って足場となっていたリヒトだったが、生憎今日は腹の虫の居所が悪い上に、考え事で上の空。ジョナスが足場になれと手で合図するのが目に入らず、後ろを振り返るとレラに手を差し出す。

「捕まって」

「え、うん」

驚いたレラだったが、言われるままにリヒトの手を掴むと、おとなしく抱きかかえられ、リヒトのボットの首元に抱き着くように捕まった。

「お前、何して」

「暴れたら落とす…可能性がある」

「なっ…うおぁあ!」

ジョナスを小脇に抱えて右腕を伸ばす。先端のフックが狙うのは、頂上付近の木。三人分の体重とボットの重みに耐えられるかはぎりぎりといったところだが、リスクを計算する余裕はなかった。ザック風に言えば、大丈夫な気がした。

ワイヤーを巻き取るのに合わせて崖を駆けあがる。

頭を後方に抱えたせいか、思いのほかジョナスが暴れたので、宣言通り頂上に到達すると同時に放り出すように取り落とした。

一息に駆け上がるため、止めていた息を盛大に吐き出す。

深いため息となったそれに身をすくませたジョナスにリヒトは気づかない。

「ちょっと、休憩しない?」

珍しいレラからの打診に、ジョナスは一度反対したうえで、レラが疲れているならしょうがないと誇張を重ねて休憩を許可した。

どう見ても、リヒトに色んな意味で気を使った二人の行動だったが、リヒト自身は二人のそんな様子に気づく余裕がなかった。

とにかく、空腹である。

腹は減っているが、妙に意識がさえている。

普段空腹時に感じる、特定の栄養が欲しいという感覚が無いのに気づいて、点滴の効果だといきついた。

血中の栄養素は足りているが、内臓は消化するエネルギーを欲していると言うことか。

妙な感覚だなと、両手を握ったり開いたりして見る。正確には、ボットを動かしているのだが、いつもより体が元気なのを感じた。

調子がいい。と、思った直後、視界の端にメッセージが表示される。

体温の上昇を確認。休息と水分の補給を推奨…

ポップアップログだけで内容が読み取れる文章。一応、メッセージを全文表示してみたが、のこったのは、敬語部分とお大事に、というあいさつ文だった。

送り主はもちろん、ノア。

少し迷って、リヒトはボットの装着解除ボタンを押す。

乗ったままでも、荷物から水筒を取り出し、水分補給することはできたが、少し外の空気に触れた方がいいと思った。

ボットは、隙間がある癖に案外通気性が悪いのだ。

「な、なんだ?」

今まで、シャワーとトイレぐらいしか、寝る時を含めてボットから降りたことのないリヒトの行動に、二人は動揺を隠さない。

「ちょっと、熱が上がったから…」

リヒトはあえて、正直に言った。隠すほどのことでもない。むしろ、二人には知らせておかねばならないことだ。

「あ、えっと…」

「薬はいらない」

「でも」

「貴重な薬を使うほどでもないだろ。それより、なんかその辺の、草とか木の実に解熱作用とかねぇのかよ」

「珍しい…」

「あ?」

珍しく、ジョナスがまともなことを言ったと、思わず零れた言葉の続きを飲み込んで、リヒトは小さく首を横に振った。

レラの手がせわしなく動く。データ一覧から解熱作用のある植物でも探しているのだろう。

「一人で探しに行くのは危ないから、進んでる途中にもしあったら、いくつか確保しておいて」

「あ、うん」

「お前、行くつもりだったろ」

「う、うん…」

レラとジョナスの二人が、解熱剤のほかにも薬草はストックするべきだとか、果物ぐらいなら道中のうちに集めておいてもいいのではないかと議論するのを片耳に聞きながら、荷物の中の水筒に手を伸ばす。

森を行軍するにおいて、補助の装備は外してきた。チェーンソーもパイルハンマーも、進むだけなら荷物にしかならないし、使ったとしたら、騒音で周囲の動物はすべて逃げてしまうため、狩猟が難しくなってしまうからだ。

水を取り出そうとしたリヒトは、そこに挟まる見覚えのない荷物を見つけた。

いや、見覚えならしっかりとある。宇宙に居た時から世話になっている携帯食料のパッケージだ。

くたくたになったそれは、異動になったあの日、荷物を詰めるにあたって、自分の箱に入りきらないからと言ってザックがリヒトの箱に間借りさせたもの。

あの時は、おやつ替わり程度に思っていたが、今や命綱である。

入らない、と言っていた時点で、詰めれば何とでもなりそうな大きさであること、銘柄がリヒトぐらいしか好みそうでないピスタチオチョコレートだったことから、ザックが最初からリヒトに分け与えるつもりで持ってきたことは予想していた。

人気が無さ過ぎて、医療施設班で糧食として出るたびに全員が残していたそれを集めたため、量としては十数パックほどあっただろうか。

わざわざこっそり荷物に忍ばせる人物など、ザック以外に思い当たらない。何より、リヒトの分だけではなく、レラたちにもいきわたるようにちゃんと三パック入れている気遣いようが、ザックらしい。

「あの、さ」

食べる?と差し出したそれを見た二人の輝いた目が、ピスタチオチョコレートの文字を読み取って少し泳いだのが、少しだけ面白かった。


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