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It’s my life  作者: やまと
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もはや転職


半壊状態の医療施設は、意外にも簡単に修理された。

そもそも初期型施設の強みは、部品交換の手軽さにある。

へこみ、傷ついた部分は、今は使われていない別の居住区からはがして、そのまま交換することができる。

旧拠点から回収した初期施設の外壁や内装は、そのためのストックとして大事に保存されていた。

元通りに直すことももちろんだが、施設はさらに改良されようとしている。

空中で稼働可能な設備にするためだ。

そもそも、今まで吊り上げた状態で使用できなかったのは、どれだけパイロットの腕がよくても、わずかな揺れがやがて大きくなり、規定時間水平を保つことが困難だったため。

そもそも、飛んだ状態で使用することは想定されていない。

宙づり状態での使用を可能にしたのは、リヒトが機転を利かせたあのストレッチャーだ。

電磁力で浮くストレッチャーは、応急シートで覆っただけでは完全には防げなかったが、医療エンジニアであるゼインの仕事によって無事修理された。

ストレッチャーの浮力ですらわずかにしか持ちあがらなかった治療ポッドだが、最初から天井にワイヤーで吊るす施設を作れば、案外簡単に持ち上がった。

さらに磁力を極力遮断した電磁ホバー装置を取り付けて、ワイヤーに遊びを持たせれば、簡易耐震装置の出来上がりである。

施設の内部で独立した浮力を持つ治療ポッドは、施設が揺れても中で水平を保っていた。

さっそく被験者に使われたのは、両肩脱臼という文字通り、リヒトの二倍の重傷を負ったディルクで、実験は無事成功して終わった。

「これで護衛も必要なくなっちまったなぁ」

ザックがそうつぶやくまで、リヒトはまったくそのことに気づいていなかった。



リヒトとザックに異動命令が下ったのは、ディルクが正式に復帰した日の翌日だった。

異動先は、生態調査班。

「今回の怪我人の補充だろうな。予想はしていたが…」

「お前と一緒なのを喜ぶべきか迷うよ」

生態調査班と言えばキーラ、そしてアレックスが元々居た班だ。

そして、あの怪我人が居た班。

くそみてぇな場所だ、とキーラが何度か吐き捨てていたのを覚えている。

アレックスが、話したがらなかったことを、覚えている。

「正直、悪いイメージしかないんだが」

「だろうな」

ザックの呟きを肯定したディルクの哀れみが滲んだ視線が、一瞬、リヒトを捕える。

「指定された時刻に指定された地点へ行ってくれ。俺からは以上だ」

ミーティングが終わると、さっそく二人は荷造りを始めた。

明日にはこの拠点を発って指定の地点へ行かねばならない。

「俺はともかくお前はどうしてだろうな」

ともすれば侮辱だが、ザックの声音には嫌味のような感情は含まれていなかった。

「余ったのかも」

「なるほど」

ディルクは隊長として隊を率いる立場にある。もし彼が今後、別の任務に就くとすれば、副官としてザックかラスカが適任だ。となると、共に行動した時間の長いラスカが残るのは当然の流れ。

そして、キーラはなにか理由があって生態調査班を外れたらしい。彼女の口ぶりを聞いて推測しただけに過ぎないが、アレックスとキーラは隊を解任されたために、医療施設護衛班に回ってきた。

あの頃は、ニックが採掘班へ異動となり、リヒトが怪我をしていたのもあって、アレックスとキーラが補充として送られてきたことになんの疑問も持たなかった。

その後、共に過ごすうちに彼らが同じ調査班に居たことを知り、けれどそのことについてはあまり話したがらない様子なのを察して、話題を避けていたのだ。

「別に話したくないなら無理に聞かなくても…」

「なんだ、せっかく話してやろうと思ったのに」

「キーラ、居たのか」

「今、来たんだよ」

シャワーを浴びていたのか、湿った髪を遊ばせて、キーラが荷造り中の二人の側へと佇む。

荷造りの手を休めたザックとリヒトは、困った顔を見合わせた。

「聞きたいことは色々あるけど…」

「何から聞いたものか」

二人の視線がキーラに移動する。

なんでもこいとばかりに腕を組んで仁王立ちしていたキーラは、拍子抜けして肩をすくめると、勢いよくベッドに座った。

「そうだな、まずは生態調査班の仕事についてか…」

生態調査班の主な仕事は、文字通り、この星の生態を調査することだ。

未開の地へ赴き、そこに住む生物や植物を捕獲し、調べる。

調査艇が飛ばした衛星の他にも、軌道上に残るステーションから飛ばされたいくつかの衛星を使って調べた地上の大まかな地図を更に細かく埋めていく作業が主な仕事だ。

「アタシたちが居た頃は、ワームの調査がメインの仕事だった。やつらがどうして人を襲うのか。そもそもやつらはどういう生き物なのか。あらゆる手段を使って調べてた」

リヒト達が到着したその日、伝えられたやつらの生態情報は、全て彼女たちの研究のおかげということだ。

普段は単体で行動し、条件に応じて寄り集まって集合体を形成すること。細かく切断すれば動かなくなること。それらを知るためにどんな犠牲が払われたか想像がつく。

「けどま、ワームなんてのはある程度生態を知れば虫や動物と同じなんだ。問題は、チームを率いる隊長のほうだよ」

「それは、人格的な意味か?」

「そうだ」

アイツは狂ってる。

何か思いだしているのか、暗い声で呟くキーラの視線は虚空を見ていた。

「会えばわかる。ぶっ飛んでるんだよ。言動がクレイジーなのはすぐわかると思うが、それだけじゃねぇんだ。もっと根っこのところから、何かが違うんだよ。同じ人間とは思えねぇ。あいつは獣だ。だから」

立ち上がったキーラが、ザックの肩を強く掴む。

「リヒトを守ってやれよ」

頼んだぞ。

言い残して足早に去っていった。

「言いたいこと、ってか、言えること全部言っていった感じだな」

「相当、がんばってたみたい」

粗暴なところはあるが、激高することは少ないキーラが、あそこまで神経を張り詰めさせた、どこか追いつめられたような雰囲気を見せるのは珍しい。

「逆に行くのが怖くなってきたんだが」

「やめるわけにもいかない」

「そりゃあ、そうなんだがな」

「何を聞いても聞かなくても、変わらないよ」

「でもな、たとえ道の先にある崖から落ちる運命が変わらなかったとしても“この先崖です”って看板があるのとないのとじゃ違うと思わないか?」

「……看板があるなら止まれる」

「止まれない理由があるとして」

「比喩になってないけど、言いたいことはわかった」

キーラの助言がどういう風に役に立つかはわからないが、ザックにとってはたとえ身をすくませるような助言であろうとも有益だったようだ。

確かに、情報というのは力である。仲間の位置さえ定かではないほど情報を統制された今、強くそれを感じていた。

爆心地調査のあの時、事前にノアの行動を予測出来ていたら。せめてノアの目的を聞かされていれば、もっと安全な方法で調査できていたのではないか。

自分たちがこうして拠点を作っている間に、他の作業員たちは何をしているのだろうか。

この星で生き残るためにしなくてはいけないことはなんなのか。

リヒトは不意に、手を止めた。

生き残るために必要な情報、それを集めているのが生態調査班であることに行き着いた。

自分が今から向かうのは、生存をかけた戦いの最前線なのだ。

「ちょっと怖くなってきた」

「いまさらかよ」

自分に務まるだろうかという不安がよぎる。今更ながらに、ディルクの哀れみを含んだ視線を理解した。

仕事の内容を想像するに、体力勝負な面があるようにも見える。

そしてワームとの戦闘も多くなるとすれば、リヒトにとってはこれほど向いてない仕事はないのではなかろうか。

そもそも、リヒトはエンジニアなのだ。生態調査班に配属されたとして、できることと言えば調査に必要な機器をメンテナンスすることぐらいだと思っていた。

だからといって、やめるわけにもいかないのだけれど。

「ぶれねぇなぁ」

ザックの返事に、思いが声に漏れていたのだと気づく。

リヒトは手早く荷物をまとめると、明日の移動に備えて早々にベッドにもぐりこんだ。




ボットを運搬するためには専用の牽引装置と輸送機が必要だ。数百体を同時に移動するともなれば、大きな輸送船に牽引装置を固定したり、コンテナを用意したりと何かと手間がかかる。

しかし、一体、二体といった少数の移動に関しては、牽引装置や輸送機を用意するよりも手軽な方法がある。

搭乗して移動すればいいのだ。

宇宙船を二台、星間移動するのに輸送機をレンタルするバカは居ない。

よって、リヒトとザックは、自分のボットと荷物を輸送するために、ボットに乗って荷物を背負って移動した。

ディルクをはじめ、共に過ごした仲間に挨拶して、拠点を離れた二人は、送られてきた座標を頼りに歩みを進め、半日をかけて指定座標に到着した。

「これって」

「道?」

指定座標にたどり着くと、そこにはまるで森を切り裂くように一本の轍が走っていた。

舗装されているわけではないが、一目で道と分かるほどに、はっきりとしたタイヤの轍が草を踏みしめ先へと伸びている。

その向こうから、一台のジープが向かってきた。

ジープがリヒト達の前で止まると、運転手が荷台に乗るよう促す。

狭い荷台に私物を詰めた箱を放り込み、淵に腰かけるように座ると、屋根を叩いて合図する。

一拍置いて、ジープは再び発進した。

森を切り裂く轍をまっすぐに進んでいく。

時折、左右に同じような轍が伸びているが、迷うことなく真っすぐ走り続けるジープの荷台で、リヒトは居心地悪げに身じろいだ。

舗装されていない、土がむき出しで草も生え放題な道では、オフロード用のジープでも緩衝が間に合わない。

悪い道を走行するジープの速度はそれほどでもなく、走った方がいいのではなかろうかと思い始めたところで、運転手から通信が入った。

「遅くなって申し訳ありません。向きを変える場所を探していたもので」

落ち着いている、というにはどこか弱弱しいその声は、絞り出すように続ける。

「我々が使っているマップを送ります。他拠点の情報は乗っていませんが、現状、一番最新の地図になると思います」

転送されたデータを開くと、衛星画像をもとにした地図を塗り替えるように、詳細な道が記された地図に代わり、追加データとして、生き物や植物の分布図が表示できるようになった。

「こりゃすげぇ」

ザックのように素直に言葉にはできなかったが、リヒトも同様に感心していた。

これほどまでに探索が進んでいたとは知らなかった。

「医療施設は特に秘匿されていて、誰も場所を知らないし、知っている人がわからないぐらいで」

言われて、思い返す。

出発する直前に、リヒト達はラスカから忠告を受けた。

医療班の仕事内容は他言しない方がいい。余計な妬みを買うだろうと。

各施設を分散して配置することになって以降、リヒトとザックは医療班以外の仕事を知らなかった。

周囲から隔離されていたからだ。

そして医療班の仕事と言えばもっぱら、木を伐っては柵を作り、草を刈るばかり。

時にはふざけて犬小屋を作ったりもした。

緊張感のない様子に、後から来たキーラやラスカが苦い顔をしていたのを覚えている。

「あれが生態調査班のキャンプです。現状、最西端になりますね」

このまま西へと道を伸ばし、さらにいくつか北と南へそれぞれわき道を敷き終われば、この大陸での調査はひとまず終わるらしい。

話を聞いているうちに、拓けた場所へとたどり着いた。

中央には焚火の跡、無造作に積まれた荷物のコンテナと、リヒト達が使っていた居住用コンテナよりも一回り小さいものに車輪がついた、いわゆるキャンピングカーが停まっている後ろへ、ジープが停車する。

ちょうど向かい合う場所にもう一台、同じ型のジープが停まっており、その荷台に寝そべっていた簡易スーツの人物がゆっくりと身を起こした。

「お、遅くなってすいません」

転がるように車から飛び降りた運転手が、男の元へ駆け寄って勢いよく頭を下げる。

妙に上ずって緊張した声音に嫌な予感に違わず、起き上がった人物は問答無用に頭を下げる男を蹴りつけた。

「ひっ…」

転倒して地面に転がった運転手は、それでも素早く起き上がって再び頭を下げる。

そして、自分を蹴りつけた人物の関心がすでに自分に無いと気づくと、まるでバネ仕掛けのおもちゃのようにぐんっとお辞儀して、逃げるように森の中へと消えていった。

「アレックス、死んだって?」

挨拶のためにボットから降りようとしていた二人は、攻撃的な態度と威圧に、脱着スイッチから手を放していた。

二人が警戒しているのも構わず、部下を蹴りつけた男は、緩慢な動きで簡易スーツのヘルメットを脱ぎ捨てる。

表れた相貌を見て二人は目を見開いた。

「どうせならキーラもまとめて始末してくれりゃあよかったのによ」

歪んだ笑みを浮かべる口元。挑発するような八の字眉。おおよそアレックスがするはずのない表情を浮かべたその男の相貌は、けれどアレックスそのものだと言われても信じるほどに、よく似ていた。


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