やってみないとわからないこともある
勢いに反して、わずかでも弾がかすれば、やつらは簡単に軌道を変え、地面に吸い込まれていく。
中心に命中すれば、結合がほどけて散った。
がむしゃらに放たれる弾丸だったが、降り注ぐやつらを防ぐには充分だった。
「踏ん張れ、もうすぐだ!」
ヘリの進行方向には切り立った崖がある。
地面を這って追跡してくるやつらを振り払える絶好の場所だ。
「患者は無事か?」
「なんとかね」
外で始まった銃撃戦の音を聞きながら、リヒトとケリーは必死に治療ポッドを支えていた。
壁に触れれば震動でエラーとなり、タイマーが止まってしまう。二人は左右に分かれてストレッチャーを掴み、もはや壁に立つ勢いで足をつけ、慣性に取り残されるポッドを捕まえていた。
「ギリギリよ!あと少しでも傾けば…きゃあ!」
言うや否や、船体の大きな揺れに対応できず、ポッドがエラーを訴える。
「もうすぐ崖だ!そこを抜ければ安定させられる」
「患者が保たない、今すぐ…っ」
エラーに加えて、バイタルの危険信号が発せられ、騒音が増した。
なんとか手を伸ばしてパネルを操作するケリーは、表示されたエラーの内容を読み、処置を打ち込んでいく。
「治療液が偏ってるわ、水平を保って!」
吊り下げられた医療施設は、ヘリに引っ張られて、常に斜めに傾いていた。
浮かせたストレッチャーは、床ではなく地面に対して水平を保つため、ポッド自体は水平を維持していたが、中で患者を保護し、同時に治療する液は、振り回されて安定せず、足元の方へ溜まっていた。
「向きを変えよう!」
「ええ?!」
無線では、飛んでくるワームを打ち落とすために激しい応答が飛び交っている。
彼らの邪魔をしないよう、リヒトはバイザーを上げてケリーに肉声で語り掛けた。
ケリーの返事を待たず、壁に向いている足側の角を掴むと、力任せに引っ張る。
がくん、と勢いよく倒れるようにして九十度向きを変えたポッドは、案の定、抗議するかのごとくけたたましくエラー音を立てる。
横向きになったポッドを、今度は頭を下向きに立て直そうとするが、リヒトがいくら踏ん張っても、ポッドが持ち上がらない。
漸くリヒトの意図を理解したケリーが、壁を蹴ってポッドを乗り越え、リヒトと並ぶ。
「せーのっ」
掛け声と共に、二人が力を合わせると、なんとかポッドを立て直す。
足側に溜まっていた治療液が今度は頭側へ溜まり、患部をしっかりと覆う。
ケリーがエラーを解除し、再び治療が始まった。
「崖を抜けた、態勢を立て直す」
「だめだ、もっと離れ…」
無線を通して絶叫が響くと同時に、大きく施設が揺らいだ。
施設の外側、漸く崖の先へとたどり着き、助かった思ったその時、態勢を立て直すためにわずかにスピードを緩めたその一瞬、銃撃をかいくぐった個体が、ディルクへと取り付いた。
咄嗟に振り払おうとしたディルクは、恐怖のあまり混乱したのか、こともあろうに、外壁に捕まっていた腕を放してしまったのだ。
当然、重力に従い落下するディルクの身体へ、ラスカがフックショットを飛ばし、かろうじて落下は免れたものの、施設は大きく傾き、ヘリは態勢を乱される。
最後のあがきとばかりに飛んできたワームたちは、そのほとんどが狙いを外し眼科へ落下していく中、数体が外壁へと張り付いた。
パイロットの反射的な姿勢制御と回避行動によって、崖から遠ざかったおかげで追撃は免れたが、ヘリが大きく旋回したことによって、吊り下げられた施設も振り回される。
「うぉおおおっ」
叫んだのはラスカだった。
掴んだディルクと自分、さらにはディルクを襲うワームの個体分の重量を、腕一本で何とか支えている。
ワームに取り付かれたディルクは、視界一杯に広がる黒い触手に慄きながらも、必死に両手足をばたつかせて振り払おうとした。
彼らの様子を意識の端でとらえながらもザックは、船体に取り付いたワームに銃口を向ける。
一体、二体と打ち落とし、最後の一体へ向けた銃口の先、同じくこちらを狙うキーラと目が合った。
互いの射線上に敵。撃てば相手を巻き込む。その一瞬のためらいの間に、ワームはキーラめがけてとびかかった。
「この…っ」
銃を投げる。浮いたワームはほどけて宙を舞い、細い単体となってキーラに降り注ぐ。
「キーラ!」
「放せっ、このっ…っ」
銃を手放し、両手が解放されたザックは、施設を乗り越えてキーラの元へ向かった。
キーラのスーツの上を這いまわり、背中にあるエネルギー装置へ向かうワームを、手づかみに引きはがし、投げ捨てる。
一方、施設の中ではケリーとリヒトが必死にポッドを支えていた。
操作パネルに表示された治療終了までのカウントダウンが終わりへと向かう。
三、二、一…。
「治療完了!」
「容体を…っ」
治療が終わり、人工呼吸器だけが稼働する治療ポッドは、水平によるエラーは吐かない。
宙づりになったディルクが、自身に絡みつくワームを振り払うのと、治療完了の報告を受けたのは、ほぼ同時だった。
ぐるぐると回る視界。施設にしがみつく部下たち。状況を一瞬で把握し、まずは右手のフックショットを施設に飛ばし、己を支えるラスカと、己自身を安定させる。
「ジャッァアアック」
ディルクが叫んだのはヘリのパイロットであるジャックの名。
共に、先遣隊としてこの地に降り立ち、あの襲撃を生き延び、今日まで過ごしてきた戦友でもある。
「アンカーを放つ。合わせろっ」
名を呼ばれて冷静さを取り戻したパイロットは、静かに了解、と返した。
大きく振り回される機体は、少しずつ降下していた。バランスが取れないまま、重さに負けて落ちていくのだ。
遠心力で重みを増した医療施設を安定させるため、ディルクは地面に向かってもう一方のフックショットを放つ。
森、正確には一本の木に絡みついたワイヤーが、ヘリに引っ張られてピンと張る。
「ぐぅ…っ」
「まじか…っ」
ミシミシと、ボットの装甲が悲鳴を上げた。
ディルクだけではない、ディルクを掴んでいたラスカも同様に、地面とヘリの引き合いに巻き込まれる。
ほんの数秒、医療施設の揺れから解放されたヘリは、その一瞬の判断で姿勢の制御権を取り戻した。
上下と水平を記すメーターがぴったり合わさると同時に、耐え切れなかった木がへし折れ、支えを失った振り子はしかし、すでに暴れることなく、静かに揺れているだけだった。
「機体安定、安全地帯の座標をお願いします」
全員が、満身創痍だった。
ザックとキーラは寄り添うようにして外壁にしがみつき、その対角線側で、片手を半ば外壁に埋め込むほどきつく握りしめたままぶら下がるラスカ。そしてラスカの放ったフックショットと己の放ったショットのワイヤーに吊り下げられたディルクたちを連れてヘリは指定された座標へと向かった。
「おーい、生きてるか?」
こじ開けるように開いたドアの向こうは、想像していたよりもキレイだったが、いつもよりは散らかっていた。
がっちりと壁に固定され、扉もロックされている薬品棚や備品棚は無事だったが、壁のあちこちに傷が入り、ライトは消えていた。
部屋の奥に流された治療ポッドは、内部の患者のバイタルが安定していることを示している。
その傍らにもたれかかるようにして座り込むケリーが、無事を知らせるように片腕を上げ、部屋の隅、壁に打ち付けられ仰向けに倒れたままのリヒトが、静かに親指を立てる。
「大丈夫っぽくねぇな」
「三回くらい死んだ」
「新記録だ」
軽口をたたきながら、伸ばされたザックの腕を掴んで体を起こす。
たちあがってみた物の、まだ足元がふわふわする感じがして、目の前は回転していた。
ディルクに手を差し出されたケリーは、丁重に断って座ったままぐったりとしている。
「思ったんだけど…」
リヒトの呟きに、ザックを始め、全員が「やめろ」「わかってる」と遮るように声を荒げる。
全員の声を代表するように、ディルクが本部への無線を繋いだ。
「本部、全員の無事を確認。患者も無事だ。それと…」
順番に、部下たちのよれよれの姿を視界に収める。彼らの頑張りが無ければ墜落していた危ない場面だった。奇跡的な偶然もいくつかあった気がする。
なにより優秀だったのはパイロットだ。彼の操縦技術が無ければあそこまで踏ん張れなかった。
けれど、それらすべてを無に帰す言葉を、ディルクは吐く。
「次からは最初から飛んだ状態で治療することを提案する」
「…検討しよう」
通信は切れた。
緊張の糸が切れて、リヒトは尻もちを搗くように座り込んだ。
つられてザックが、キーラまでもがその場にへたり込む。
やつらの触覚に触れるレベルの出力は確定していた。やつらを迎え撃つ準備などできていなかった。迎え撃てるはずもなかった。
最初から宙に居れば、あれほどまでに振り回されることも無く、墜落の危機もなかったはずだ。
やつらの手から逃れられる唯一の場所が空であることは、最初の襲撃で宇宙まで逃げた時からわかっていたのに。
「それで…」
もう一つ気になっていたことをザックは尋ねる。
これほどまでの危険を冒したのは、救った命は。
「その男は何者だ?」
「……」
ぐったりと治療ポッドに寄り掛かっていたケリーが、意を決したように頭を起こす。
「彼は生態調査班の護衛係。正直、重要なのは彼じゃないの…」
治療中、同じことをケリーはリヒトに言った。あの時、聞けなかった続きが、漸く紡がれる。
「彼に死なれて困るのは、彼を焼いたのが…ノアだからよ」
生態調査班と聞いて、顔を上げたのはキーラだった。彼女は医療班に来る前に、患者が居た生態調査班の護衛という、まったく同じ立場に居た。
「あの屑鉄、すぐにスクラップにしちまえばいいのに…」
「そうさせないために…っ」
言いかけて、言葉を詰める。
その場にいた全員の、冷たい瞳がケリーに集中していた。
「じゃあ、なにか。俺たちはその屑鉄のために命かけたってか」
ラスカの低い声が続く。
疲れ切ったキーラは、くそったれ、と吐き捨てて倒れこんだ。
「俺たち六人分より、その屑鉄の命の方が…っ」
「止さないか」
静かな静止の声は、ディルクのものだった。
肩を叩かれ、今にも殴り掛かりそうだったラスカの勢いが止まる。
「全員無事だった。患者も含めてな。今日はそれでいい。先生」
「……」
「あんたの思惑はどうでもいい。どういう基準でアンタたちが助ける命を選んでるかなんて知りたくもない」
「…っ」
「たとえ運ばれてきたのが極悪人だろうと、天使だろうと、俺たちの任務は変わらない。治療が終わるまで施設を守るだけだ」
撤収。施設を出ていくディルクの背に、ラスカが従う。そのあとを追いかけて、キーラがたちあがった。
自分も行かなければ、と思いつつも立ち上がれないリヒトは、ふと視線を感じて隣を見て、こちらをじっと見つめるザックと目が合った。
「どう思う?」
無線を通さない肉声で尋ねられ、リヒトは答えに困った。
なにを、の部分が綺麗に抜け落ちている。
彼の問いかけは時折こう、莫大な意味を含んでいて応えづらい。
ケリーがノアの価値と自分たちの命を天秤にかけたことか。
本部があえてそういった事情をなにも伝えてこなかったことか。
それとも、妙にきな臭いこの空気のことか。
少なくとも、今まで一度もこれほどの重傷者が運ばれてこなかったことは、どう考えてもおかしい。
おそらく、今までも、コードレッドの稼働を許せば、救えたはずの命を見捨ててきたのだろう。
今回特別だったのは、ノアをはじめとする人工知能は、人間を傷つけた場合、裁判なく破壊することが、法律で決まっているわけではなく、常識として知られているからだ。
事故とは言え、人間に危害を加えたAIをそのまま継続すれば、人間を傷つけることは場合によって許されると学習してしまう。状況の再現が可能であれば、再び危害を及ぼす可能性が高い、というのが通説だ。科学的には照明も否定もされていない。
患者が死ねばノアの廃棄が決定してしまう。それを回避するため、ケリーが医療班全員を危険に晒したことを、どう思うかと問われれば、特に、という答えになる。
ケリーの思惑がどうであれ、先ほどディルクが言った通り、リヒト達の任務は変わらない。
今回の結果としても、人の命を一つ救えた、というのがリヒトの中での評価だ。
けれど、ケリーが「命を選んだ」という点において、ザックの姿が脳裏に浮かんだのも確か。
「わかんないけど」
そう前置きしながら立ち上がったリヒトは、ゆっくりとケリーへと歩み寄る。
「生きててよかったと思うよ」
そういってリヒトが差し出した手を、憔悴しきった顔のケリーは、縋るように掴んだ。




