明日はやってくる
ザック・レリスは養成所生まれ、コロニー育ちの、いわゆる“普通”だった。
開拓民によって拓かれた星の一つに建てられた、人を育てるための施設。
人口統制が布かれた宇宙では、子供は全て決まった期間に決まった場所で決められた人数が人工授精により、選出された代理母により出産され、同じ養成所で共に暮らし、教養を得て宇宙へ出る。
養成所で十年を過ごし、適性を診断され、それぞれ適したコロニーへと送り出されるのだ。
ザックはレリス組の中でも飛びぬけた才能を示し、将来を期待されながらハイスクールへと進んだ。
飛びぬけた才能、と言っても、普通クラスの養成所では、のはなしであり、天才という意味ではない。
遺伝子操作の進んだ世界には、天才を生み出すための専用の機関があり、エリートというのはそういうところで生まれ育ったものだけを指す言葉になっていた。
養成所を出てハイスクールに進めるのは成績が優秀かつ、学ぶ価値があると判断された子供だけ。まぁ、よほどのことが無い限り、ハイスクールには進めるのだが。
養成所を卒業したザックは、同じ素養を見出された仲間と共に、コロニーへと移住した。
ハイスクールではより専門的なことを学びながら、徐々に社会へと踏み出していく。
指定された企業のアルバイターとして経験を積み、やがて気に入った会社の従業員として社会に貢献していくのだ。
ハイスクールを卒業した後は、アルバイトで稼いだ金で部屋を借り、一人で生きていく。
もちろん、子供を作ることが禁じられているとはいえ、パートナーを作ることはできる。
ザックは卒業と同時に、スクール時代からいい仲になっていた女性と同棲を始めた。
二人で暮らすには充分すぎる広い部屋。
休日の朝、目を覚ますと隣ではまだ恋人が寝ていて、起こさないようにとこっそりとベッドを抜け出す。
軽く顔を洗って、キッチンへ向かうと、目を覚ました恋人が眠気眼をこすって後を追ってきた。
「もう少し寝てればいいだろ」
「あなたが居ないと寒くて」
それは服を着ていないからじゃないか、とからかうのは無粋なわけで。
愛しい恋人のために、温まる飲み物を、とドリッパーにマグカップをセットする。
起動ボタンを押すと同時に、腕の中の彼女が悲鳴を上げた。
「ザック!何をしているのっ」
「何って…」
「やつらが来るわ…っ」
言葉にするのとほぼ同時に、やつらが、ワームが、その黒い触手を部屋中にひしめかせた。
「…はっ」
目を開けるとあたりは真っ暗な部屋だった。
辺境にある星の片隅、最低限の機器だけ残して全て消灯した部屋の中。
嫌な夢だ。額を嫌な汗が垂れる。部屋が暗いと言うことはまだ夜だろうか。
夜明けまでどれくらいだろうかと窓へ視線を移したその先、ベッドのすぐわきに立つ人影に、ザックは思わず「おっ…?」と妙な声をあげる。
立っていたのはリヒトだった。
両手には湯気を立てるマグを握っている。
「何やってんだお前」
とりあえず身を起こし、眠っている仲間を起こさないよう声を絞って尋ねると、いつもよりは控えめな声でぼそぼそと返事が返る。
「うなされてたから、できてから起こそうと思ったけど、どうしようかと…」
「あ?…あー、なるほど。そっか…」
ザックがうなされているのに気づいて起きたリヒトは、すぐに起こすかどうか迷って、先に暖かい飲み物を用意してから起こすことにした。
飲み物を用意したところまではよかったが、最終的に起こすかどうか迷ったのか、それとも、両手が塞がっていてどうやって起こしたらいいかわからなくなったか。
どちらにせよ、自分を気遣ってくれていることがわかって、なんだかくすぐったい気持ちになる。
「ありがとな」
とりあえず、マグを受け取ると、中身はこの星で採れる植物から作った茶だった。
程よくカフェインを含んだ葉は、軽く燻して日光に充てることでほのかに甘味を含むことがわかり、長期接種による毒素の蓄積もないことから、じわじわと作業員の間で流行している。
「お湯はどうした?」
「……」
施設の電源は使用できないよう、隊長クラス以上のIDでしか起動できないようになっていた。
おかげで今、部屋の中は真っ暗で、お互いの存在もあいまいだ。
非常灯として足元の灯りがわずかに灯されているだけで、ぼんやりと輪郭がわかる程度。
しばらく沈黙したリヒトは、ためらいがちにザックを外へと誘った。
泥棒なんて心配はなくとも、虫や、他の外敵の侵入を案じてドアはロックされている。
それでなくても、施設の電源を入れなければ、自動ドアは開かないと思っていたザックだったが、リヒトは慣れた手つきで接合部をいじると、ザックが存在すら知らなかったレバーを引き、横スライド式のドアをハッチのごとく押し開けた。
「非常用の脱出装置。覚えておくといいよ」
「そん時はお前に頼むわ」
外に出ると、あたりは部屋の中より明るかった。太陽光を反射した二つの衛星が闇夜に光を照らしていた。
こっち、と促されて振り向くと、建物に木製のはしごが立てかけられている。
拠点構築の時に作る手製のそれは、ボットで登っても耐えられるように作ったもので、リヒトはもちろん、ザックが登ってもびくともしなかった。
拠点の屋根には焚火の跡。
「お前ね…」
「ちゃんと片付けるから」
それにしたって、建物の上で火をつけるやつがいるか。
しかし、周りを見ればどこもかしこも森。一歩間違えれば延焼で山火事だと思えば、耐火素材である拠点の屋根の上は火の管理がしやすい、焚火するには最適の場所かもしれない。
鉄くずを曲げて作った桶の様な入れ物の中に、柵を作った時に出たのだろう、枝の切れ端を放り込み、固形燃料を放り込んで火をつける。
慣れた手つきに、彼が度々こうして過ごしていることに気づく。
焚火の側へ座ると、程よい熱が肌寒さを打ち消した。
拠点の周囲には作りかけの柵と素材が積み上げられている。
前回作った拠点は放棄され、移動した場所でまた、こうして拠点を構築しなおしていた。
ぱち、ぱち、と枝がはじける音と、どこか遠くで風が葉を撫でる音が聞こえる。
しばらくぼんやり星空を眺めていると、地平線から空へと流れる光が一つ。
輸送船だ。
採掘されたアニエスや、地上で加工した食品を宇宙へ打ち上げるための施設。
注意深く星を見れば、他とは違う器械的な瞬きをする光に気づく。それがステーションだ。
リヒトが焚火に枝を追加して、水を移したポットをその上に乗せた。
その左手に持っているマグが空なのを見て、ザックはようやく己の手の中のマグを思い出す。
すっかりぬるくなったそれを一息に飲み干す。
程よい甘さが、喉を潤した。
「俺さ…俺、」
言葉を探して息が詰まる。リヒトは相変わらず何を考えているかわからない顔で、火に枝を足している。
「なぁ、俺、何から話したらいい?」
我ながら、なんて質問だと思った。それはリヒトも同じなようで、珍しく目を丸くしてザックを見る。
冗談かと思ったが、その切実な表情に、あのザックが本当に苦しんでいるのがわかった。
そうとなれば、まじめに考えるのがリヒトである。
今、ザックが話すべきことはなにか、を考えようとして、いいや、と首を振る。
「僕か、アレックスだった…」
リヒトの言葉に、ザックはぎくりと肩を揺らす。
「後悔、してる?」
「そんな、わけ…」
「していいよ」
「……」
「アレックスのために」
「…お前はそれでいいのかよ」
「結果は覆らないし」
「俺はいやだ」
「……」
「お前を助けたことを後悔したくない。お前に、助かったことを後悔してほしくない」
「…なんで?」
「お前のこと好きだから」
「…そこが一番、謎だ」
「そこが一番大事なんだ」
二人は黙る。
やがて湯が沸いて、リヒトがもう一杯、茶を淹れた。
旧メイン拠点跡。
アレックスだったものが去ってもしばらく、誰も動くことができなかった。
己が見たものが何だったのか、一歩間違えれば死んでいた。
長い緊張からの、疑問と喪失感で誰もが我を失くす中、響いたのは電子音声。
「発見しました。全員無事です」
ノアの声に我に戻ったカルロが、ボットを再起動する。
追いかけるようにそれぞれが起動すると、回復した無線から本部の声が届く。
「バイタル信号受信。現在地把握しました」
「ご苦労。諸君、任務は終了だ。帰投しろ」
「全員、無事?ふざけんな!」
叫んだのはキーラだった。
「あれが生きてるっていうのか?だったら今すぐ追いかけてやる」
「落ち着けっ」
走り出そうとするキーラの肩を抑えて木に押し付けたのはザックだった。
近くにいたリヒトは突き飛ばされるままに側に倒れこむ。
「本部、アレックスが…」
動揺に震える声で告げるカルロに、バートレットの冷静な声が返る。
「すでに報告は受けている。アレックス・キッドについては死亡と判断した。亡骸についてはこちらで処理する。君らはよくやった。今はとにかく無事に帰ってこい。以上」
無線が切れる。あたりに沈黙が満ちる。
誰もが動揺していた。
常からやつらの襲撃には警戒していた。ザック達はもちろん、キーラとアレックスもすでにやつらとの戦闘経験があった。
ザックたちは最初の任務で、キーラとアレックスは同じ生態調査班に居た時に会敵は済ませていたのだ。
彼らの心を乱しているのは死の恐怖ではない。アレックスのあの姿と、それぞれを襲った正体不明の悪意を感じ取っていた。
「てめぇ、何してたんだポンコツ」
木に押さえつけられていたキーラが、持っていた銃をノアに向ける。
止せ、と制するザックに、いいや、とカルロが割り込む。
「こいつが射出台の電源を入れたんだ」
「なんだと?」
視線が、ノアに集まる。無機質な真っ黒いバイザーが、視線を全て吸い込んだ。
「直前にも、立ち止まっていたな。いったい何があった?場合によっては…ここで始末する」
カルロの銃口が、ノアを捕える。
ノアは抵抗するでもなく、ただ赤いライトを点滅させるだけ。
キーラを押さえつけていたザックの手が離れる。
疑いは完全にノアに向かっていた。
「彼じゃない」
静かな声が、無線に響く。
その場にいる誰もが、薄々は感じ取っていたこと。
ノアはAIで、自立した思考が可能で、けれど、人間ではないから非情なことができると、思い込みたいだけ。
だが、彼には決して破れない掟がある。人を守るために生まれた彼らは、人を傷つけることができない。
唯一、その原則を破ることができるのは、破らせることができるのは、人間。
「そうだ。彼は命令に従っただけ。全ての責任は我々にある」
リヒトの発言からしばらくたって、無線に答えたのはリードだった。
「メインサーバーにアクセスするために、どうしても必要な行動だった。やつらを呼ぶほどの電力は想定外だった。すまない」
「納得、できるかよ…」
絞り出すように言ったキーラだったが、言葉とは裏腹に、その銃口はすでに降ろされている。
「しなくていい。だが、命令には従ってもらう。これ以上、作業員を減らすわけにはいかない。生きて帰ってくれ」
「…了解」
カルロの返答を最後に、再び無線は切れた。
会話もなく、ただ、立ち尽くしてしばらく、カルロの撤収の合図に、一同は重々しい足取りでその場を後にした。
漸く動き出したマーカーを見て、リードはほっと胸を撫でおろす。
「なぜ止めた?」
「…っ」
バートレットの低い声に身を固くする。
こちらからの通信を切った後も、彼らの会話は記録するために聞こえていた。
彼らがノアを疑うことは想定内の作戦だった。故に対策もしてある。
「バックアップはとってある」
「だから、破壊されてもいいと?」
「気は晴れるだろう」
「後日、復帰したノアを見れば逆効果です」
ノアのスペアボディはまだストックがある。メインシステムさえ移植してしまえば復帰は簡単だ。
最初のノアがロストした後、バートレットはゼインに命じて空のコアをストックさせた。
法律的にはAIのシステムをコピーすることは禁じられている。単に権利の問題でもあるが、個人でのコピーが合法となれば、量産できてしまうからだ。
もちろんそのためのコピーガードや、複製阻害システムは存在するが、その点でゼインは優秀なエンジニアだった。
バートレットはあの場でノアが破壊されるまでを計画に入れていた。
「情でも沸いたか」
「そんなわけないでしょう」
そんなことが、あるはずないと断言するリードにバートレットは珍しく笑みを浮かべた。
だがそれも一瞬で、それ以上は何を言うわけでもなく、視線をメインモニターに移す。
モニターには、アレックスのボットが発する位置情報のアイコンが表示されていた。




