命の選択
警報が鳴り響く中でも、ザックはすぐに冷静な指示を飛ばす。
「こっちに向かう隊長のチームと合流して北ゲートから脱出だ、走れ!」
おそらく指示を予想していたリヒトと違って、戦闘経験が無いのか、あるいは襲撃にトラウマがあるのか、身をすくめるアレックスの背中を思い切り叩く。
格納庫の中は車両や航空機が横倒しになってスクラップ工場のような状態だった。
更に崩落した壁や天井まで積み上がり、まるで迷路だ。
が、ボットにそんなことは関係ない。
リヒトについていけ、とザックに言われてアレックスは前を走るリヒトを追いかけていた。
リヒトはまるでスクラップの山が目に入らないかの如く直進し、そして跳躍する。
トラックのボンネットを蹴って屋根に手を付き上に倒れこんだジェットの羽に飛び乗って超えていく。
その身軽な身のこなしを見てアレックスは思わず、
「無理ですよっ!」
と叫んだ。
着ているボット性能は同じだ。まったく同じ動きをすれば、ボットの補助機能が働いて、筋力に関係なく同じ動きをしてくれる。
ボットを着慣れた人間であればあるほど、生身の自分ではできない動きでも、ボットにならできると信じて動ける。
ボット乗りの間では、経験こそがものをいう、というのが通説だった。
筋力のある人間であれば、元からできる動きの幅も広い。だが、宙がえりやクライミングができる人間はそういない。
リヒトは宇宙作業の中で、曲芸の様な動きをする作業員たちを多く見てきていた。
「ったくしゃあねぇなぁ!」
尻込みするアレックスを追い越して、ザックは先にトラックのボンネットに飛び乗ると、振り返ってアレックスに手を伸ばす。
「リヒト、手伝ってくれ」
返事も聞かずに思いっきり手を引いて、そのまま投げ飛ばすように勢いをつけて持ち上げた。
「うわぁあああ」
アレックスはくるりと回転しながら物よろしく放り投げられ、屋根の上で待っていたリヒトにキャッチされる。
「あ、あぶな…」
「いいから行って」
「はいっ」
急かされて、トラックの荷台に飛び乗り、よろめきながら障害物を乗り越える。
すぐにザックも、ジェットの羽に手をかけ、登ってきた。
ついでだからとザックを引き上げ二人で羽に乗ったところで、異変は起きた。
「なんだ?」
それがエンジンの起動音だと最初誰も気づかなかった。
それほどまでにぴったりと同時に、全ての車両が一斉に起動した。
「なんだ、なんだぁ?」
異常に気付きながらも足は止められない。
むしろ、ますます止められない状態になってきた。
「ザック!!」
トラックの荷台から飛び降り、もう一山超えたところで、爆風で破壊された側からカルロ達が走ってきた。
雑音ばかりだった通信が回復する。
「北ゲートへっ」
「了解」
カルロとキーラに視線をやったリヒトは、さらにその奥に見えたものに気づいて、目を見張る。
「打ち上げ施設の電源が落ちてる」
昼間でも分かるほど強く光っていた照明が、今はまた、最初に見た時と同じく静かにたたずむただの塔と化している。一つ違うのは、待機中だった第二シャトルが発進位置に設置されていることぐらいだ。
「やばいぞ…」
やつらを呼び寄せたのは打ち上げ施設のエネルギーだ。しかしそれは今、沈黙している。
すでにカルロ達の背後には、地面から這い出してきたであろうワームたちが寄り集まり、黒い塊として、破壊すべき獲物を探していた。
そして奴らは標的を、先ほど一斉に動き出した車両へと定めた。
「こっちにくるっ」
「行け、走れっ」
慌ただしい怒鳴り声に、悲鳴が重なる。
「ゲートが開かない」
横開きのゲートは閉じたまま爆風の影響か、歪んでいた。
追いかけてきたキーラが背負っていた銃を構えて乱射したが、分厚い壁はびくともしない。
爆風で壁が吹き飛んでいた箇所にはすでにやつらが迫っていて、今更引き返すこともできない。
「もうだめだ…」
絶望に、アレックスが膝をつく。
と、回復した無線から、上だ、と叫ぶ声。
同時に射出される二本のフックショットが、扉の上部、わずかにゆがんで外れかかっている箇所を正確にとらえる。
先端が突き刺さると同時に、ザックの銃弾を扉に打ち込むと、すぐにでも吹き飛んでいきそうなリヒトを押さえつけた。
リヒトがワイヤーを巻き取ると、強度をなくした扉が悲鳴を上げて手前に歪む。
先ほどキーラが乱射し、そして今、カルロと共にワームを追い払うために乱射しているエネルギー銃は、エネルギーの圧を変えることで威力が変わる。
散弾モードでは、連射率が上がる代わりに威力が下がるが、ワームは一匹ずつの装甲は爬虫類の鱗程度で、ナイフですら切り裂ける弱いものだった。
ザックが放ったのは収弾モード、つまりエネルギーの圧を強めて威力を高めるもの。
高圧のエネルギー弾は分厚い金属の壁すら歪ませた。
そこへリヒトがフックショットを打ち込み、強く引くことでまさしく、一同に光が差したのだ。
リヒトもザックも、この扉がこの方法で通れるようになることを、上から覗いた時にすでに気づいていた。
「先に行け」
巻き取るワイヤーに逆に引き込まれないように抑えていたリヒトに、先に逃げるよう指示したザックは、後ろでやつらを食い止めていたキーラたちに加わる。
キーラは軍人ではない。咄嗟の判断力が優れているため護衛や探索の任務を任され、銃も持たされているが、作業員の一人である。
そのためか、連射のし過ぎですでに銃がオーバーヒートしそうだ。
「交代だ」
散弾モードに切り替えて制圧に参加するのと同時に、キーラは身をひるがえし、ザックたちが開いた脱出口へ向かう。
「アレックス!ほら、立つんだよっ」
すれ違いざま、へたりこんだアレックスに檄を飛ばすのも忘れない。
それらはほぼ同時に起きた。
フックショットを打ち込んで、一人分の隙間から飛び立つキーラ。
巻き取りなおしたフックショットを再射出するために構えるリヒト。
絶望から立ち上がるアレックスと、制圧から抜け出し彼らに襲い掛かる黒い影。
「リヒト!」
咄嗟に、ザックはリヒトをかばった。
とびかかるようにして、リヒトの背後に伸びるワームからリヒトを引きはがす。
結果、伸びてきた黒い波は、リヒトの奥にいたアレックスを飲み込んだ。
「うわぁあああああ」
悲鳴を上げて、アレックスはあっという間にうねりの中に飲み込まれる。
「あ…」
「くそがっ!」
素早く身を起こしたザックが再び銃を乱射するが、ワームの数は減る様子が無い。
助けなくては、と思う反面、自分にできることなど何もないのだという現実が、かろうじてリヒトの身体を突き動かす。
ここに居ても何もできない、むしろザックたちはリヒトを守るためにワームに立ち向かっている。
それは間違いのない事実のはずなのに、まるで自分が仲間を犠牲にして逃げ出しているような錯覚を生み出して、ひどく体が重くなった気がした。
取り残された二人、ザックとカルロが二人がかりで乱射しても、じわじわと包囲は狭まっていく。
ここで自分が抜ければどうなるかは明白でも、ザックは行くしかないことも理解していた。
あくまでもザックは雇われた作業員。軍人であるカルロは、ザックを守らなくてはいけない。
ザックが残ったところで、突破できる様子はなく、カルロが先に逃げることはありえない。
先ほど、黒い波に飲み込まれた、アレックスの姿が脳裏を過ぎる。
「あばよ、大将」
意を決して、背を向けた。
フックショットを射出するわずかな時間に距離を詰めようとしてくるやつらに、カルロが銃撃を浴びせる。
ザックへ向かうワームの触手を打ち落とす間に、自分の方へワームが距離を詰めてくる。
まるで絡まった毛玉のようにのたうつ集合体と、まとまり切れず単体で跳ねるもの。
大きさも動きもバラバラな黒いうねりは、何かを探るようにせわしなく身を揺らしていた。
連射し続けていた銃がオーバーヒートを起こして、エラー音を上げながら沈黙する。
残された武器は標準装備のサバイバルナイフだけ。
一か八かで背を向けてフックショットを放つという手もあっただろう。
けれどカルロは、背後からやつらに襲われるよりも、正面から向かい打つことを選んだ。
「うおおおおお!」
圧倒的な死の恐怖を振り払うように、叫ぶ。
とびかかってきた一体にナイフで応戦するが、かなうはずもなく。
束となった単体が腕に絡みついてくる。
別の方から伸びてきたワームが足に絡みついた。
更にもう一方の腕にも触手が伸び、動きが完全に封じられる。
眼前を、黒い波が覆いつくし、別々の方向に引かれたボットの装甲が、悲鳴のような軋みを上げた。
ここまでか。
死を覚悟したカルロの視界を、炎が舐めた。
轟々と音を立てて燃え上がった炎に纏われて、ワームは散り散りに飛び散っていく。
熱にダメージを受けたというよりも、炎の巻き起こす熱風に吹き飛ばされたようにも見えた。
二度、三度と続けて噴き出された炎はカルロの全身を包み、巻き付いていたワームを引きはがしていく。
全身を包むスーツであるボットとはいえ、密閉されているわけではない。
関節部や小さな隙間に刺すような痛みを感じつつ、それよりも、蒸し焼きにされたスーツ内の温度に、思わず呻いた。
「あ、つ…っ」
よろめいて、なんとか視線を炎の出どころへ向けると、その先には、両腕から放射器で火炎をまき散らすノアの姿。
手元の炎は青く、空気が歪むほどの高温であることを想像させる。
簡易空調を備えるボットでも耐えられそうにないが、彼は生身ではない。
ワームが跳ね回り、互いにぶつかり合ってびちびちと音を立てた。
本体を覆う装甲、鱗のような部分は、可燃性ではないものの、熱に耐えきれず、まるでガラスが解けるようにわずかに変形している。
間違いなく、効いていた。
まるで餌にたかる虫を追い払うようにして、やつらが遠ざかっていった。
「行って」
無線に響いた機械音声に、ハッと我に返ったカルロは、振り向きざまにフックショットを放った。
ワイヤーが巻き取られ体が浮く。
後ろで再び、炎が吐き出される轟々という音が数回響いた。
ザックとリヒトによって開かれた隙間から外へ飛び出す。
ドアの向こうは滑走路になっており、ドッグから運び出された飛行機は右に旋回し、そのまま飛び出せるようになっている。
滑走路を横切ってまっすぐ先は、わずかな草むらと、生い茂った森。
隙間から飛び出した勢いで滑走路の半分ほどに着地したカルロはそのまま転がるようにして森へと走る。
森の木々の間には、心配そうにこちらを見守るザックとリヒト達の姿があった。
カルロが森に飛び込む直前、到底人間には耐えられそうもない勢いで飛び出してきたノアが、上を飛び越えるようにして森に飛び込む。
バキバキと木々をなぎ倒す音に構わず、同様に森へと飛び込んだカルロはすぐさまボットの電源を切った。
眼前に表示されていた様々なメーターが消え去り、同時に体がずっしりと重くなる。
静かになった中、自分の呼吸と鼓動の音が、徐々に大きくなっていく。
ぎしぎしと、悲鳴のような音を立てて、飛び出してきたドッグの歪んでいたゲートがさらに傾く。
わずかにできた隙間と、皆が飛び出してきた穴から、零れ落ちるようにワームが湧き出す。
呼応するように、地面からワームが這い出て、補強された滑走路の上へと乗りだしてくる。
咄嗟に息を止めた。
カルロだけでなく、ザックも、リヒトもできるだけ身動きしないよう、息さえ止めて、湧き出してくるワームを見守っている。
やつらは一見ばらばらに跳ねまわっているようだが、よくよく観察すれば、それは何かを探すように辺りを見回しているようにも見える。
森の方を見る個体もいたが、息を殺して潜むザックたちには気づいていないようだった。
やつらの器官はエネルギーに反応する。
熱や、生体反応ではないため、ボットの電源を切ってしまえば見つかることはないという、調査データは取れていた。
しかし、一度敵と認識されてしまえば、たとえ電源を落としても、ターゲット認識されたままで、襲われてしまう。
ボットの電源が完全に落ちるまでのタイムラグも計算すると、大きな建物を迂回するだけでは距離が足りず、捕まってしまう。
なので、ドッグのゲートを壁代わりに、穴から飛び出す方法は、現状において最適の方法だった。
徐々に、ワームたちが地面へと戻っていく。
攻撃に特化した、大きな集団から姿を消し、索敵しているのか、身の軽い、単体ばかりが滑走路の上でのたうち回っていた。
ドッグの奥の方から、中にいたやつらの残りが、潜れそうな地面を探して散っていく様子も見えた。
こちらを完全に見失ったらしい。
ひとまずは安心だと息を吐いて、残ったワームが引き上げるのを待つカルロの目に、歪んだゲートの隙間から這い出す黒い影が映る。
「アレック…っ」
起き上がろうとしたカルロの体はしかし、動かなかった。
電源が切れたボットの重みだけではない、側に居たザックに肩を抑えられたからだった。
ザックの向こうでは、同じくリヒトに肩を掴まれているキーラの姿が見える。
隙間から這い出していたのは間違いなくボットだった。
状況から見て、先ほどワームの群れの中に引きずり込まれたアレックスに他ならない。
けれどそれはもう、アレックスではなかった。
腕の力だけでずるずると地面を這い、助けを求めるように手を伸ばすアレックスの背中には、無数のワームが波打っていた。
苦しそうに、ゆっくりと地面を這い、助けを求めていたアレックスだったものはやがて、おもむろに体を起こす。
手を付いて起き上がったわけではない。
まるで糸のついた人形のように、ワームに引き上げられ、立たされていた。
その足に力はなく、垂れ下がった腕に、首にワームが巻き付き、腰から垂れ下がったワームが足を支えている。
ゆっくりと建物の影から出たアレックスの身体、透明なバイザーに光が差し、覗いた相貌に生気はない。
彼はすでに絶命していた。
驚くべきはその動きが、徐々に人間のそれに近づいていることだ。
ふらついていた足取りがしっかりしたものとなり、大きく揺れている上体が安定してくる。
地面の上をのたうっていた個体が寄り集まり、形を作っていく。
それはすぐそばに立つ、アレックスの形、つまりは人の形で。
一人、二人と、まるで地面から生えるように現れた黒い人影は、しばらくゆらゆらと、まるで雑談でもするかのように寄り集まったかと思うと、何かに呼ばれたかのように、滑走路の先へと歩き出した。
まるで行軍のように、しっかりとした足取りの彼らが森へと消えていくのをリヒト達は、凍り付いたように動くこともできず、ただ見送ることしかできなかった。




