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It’s my life  作者: やまと
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最初からクライマックス

It my life



その星は、地球から亜高速移動で二年の距離にある。




轟音を立てて着陸艇は無事、先発隊の築いた拠点に合流した。

角をなだらかに削った長方形の着陸艇は、同型を積み上げて作られた居住区の一部として結合し、乗員は荷解きをするまでも無く上陸を果たした。

地球とほぼ同じ環境のその星は移住地として期待された開拓地で、現地の安全を確認するための先遣隊から連絡を受けて、作業員の一団が到着したのだ。

外のエンジン音など聞こえない静かだった船内にアナウンスが響き、乗員たちに会議室へ集まるように指示を出す。

数週間前にコールドスリープから目覚め、リハビリを済ませていた乗員たちはよどみなく広い会議室に集まった。

居住区に合流した乗員たちの着陸艇二つ分の広い空間は、壁に埋め込まれた電子掲示板はおろか、ライトすらついておらず、高い位置に付けられた細い窓から漏れる申し訳程度の自然光を、急ごしらえで持ち込んでつぎはぎした鏡で反射させ光源を確保していた。

室内に居た三人の男達は、掲示板を見向きもせず、電子盤を持つわけでもなく、机に積み上げられた板の山を、頭を突き合わせて覗き込んでいた。

「揃ったか」

中心に居た男が顔を上げると、両脇に居た男達も顔を上げ、左右に距離を取って姿勢を正した。

今回上陸した作業員は全部で十五人。

そのなかで、屈強な男に囲まれて一人ふらふらと端へ追いやられた、頭一つ分小さな乗組員を見咎めて、副官のリードは眉を顰めた。

人類が宇宙に飛び出してから、人種の壁は最早なくなり、顔立ちや肌の色で祖先を測る風習は廃れていった。故に、髪の色や顔立ちではなく、体格や態度は人間を測る重要な要素となっている。

最初の作業員ともなれば、力仕事が主となる。見るからに力のなさそうな容姿は、不安を覚えるには充分だ。

しかしリードは意識して顰めた眉をゆっくりとほぐした。

開拓と言えど、力仕事ばかりではない。彼にも彼なりに特技があるのだろう。

気を取り直してリードは点呼を取る。

名前を呼んで返事が返り、全員分の名簿と顔写真を見比べ確認する。

点呼が終わって、中心にいる隊長のバートレットを振り返った。

頷きで返したバートレットはゆっくりと集まった作業員を見回す。

バートレットをはじめ、先遣隊のほとんどは軍に所属している。宇宙を一つの国とみなすか否かについての協議は続いているが、開拓に関してはすべての国が協力して行うという国際条約が作られているため、各国から選り抜きの研究員や屈強な軍人たちが未知の惑星の探索へと飛び立っていた。

「人類が宇宙へ進出して早、二百年が経とうとしている。始まりは小さな宇宙ゴミだったと聞く。偶然ステーションに引っかかったその宇宙ゴミから発見された新たなる元素を研究し、合成にまで至った。文字通り飛躍的に進化した宇宙工学は人類に様々な恩恵をもたらした。新星発見もその一つだ。少し、前口上が長くなってしまったな」

バートレットは一つ咳を挟んで、改めて全員を見直す。

「早速だが一つ大きな問題がある。諸君らもお気づきだろうが、今この施設は致命的な動力不足に陥っている」

ざわり、と囁く声が波のように広がり、すぐに静まる。

「生命維持装置を起動させるだけでギリギリの状態にあり、装備に回す余裕はない。君たちが仕事を受けた時の危険予想グレードはDだったと思う。しかし、先ほど正式にグレードはAへと引き上げられた」

ざわり、と作業員たちの間に、先ほどよりも明確にどよめきが起こった。

「各自部屋に戻って今一度、今回の仕事を受けるかどうか決めてくれ。仕事内容の詳細は各部屋にある端末で確認できる。雇用の取り消しは雇い主の都合なので、辞退に関するペナルティは一切ない。それと、契約不履行として辞退者には保険が下りる手はずになっている。詳細は全て端末で確認してくれ。更新された内容を確認したうえで残りたいものはそのまま部屋に、辞退を望む者は荷物を持って一時間後までに輸送船に移ってくれ。以上、何か質問がある者は」

突然の事に来たばかりの作業員たちはあっけに取られるばかりだ。

時折、囁くような呟きが聞こえる以外は何も反応が無いと判断したバートレットの、解散の号令で、バラバラとその場を後にしていった。

「何人残りますかね」

「さぁな。たとえゼロでもかまわんさ」

副官のリードの問いに、バートレットは興味なさげに吐き捨てた。



バラバラと部屋に戻った乗組員たちは不安げな面持ちで互いに顔を見合わせた。

「おい、どうする?」

「どうするったって…」

リハビリの数週間を共にした仲間とはいえ、ほとんどは目覚めてから知り合った仲である。

とりあえず話しかけてみるものの、互いに本音が言い合えるわけでもなく、結局思い思いに熟考するしかないのだった。

不安げな同僚たちの表情をぐるりと一回り見たザックは、自分に宛がわれた部屋へと駆け戻る。

「いきなりとんでもない事になっちまったな、リヒト」

肩越しにドアの外の喧騒を振り返りながら声をかけるが、応答はない。

ドアを閉めて部屋を見れば、呼びかけた相手は部屋に備え付けられたベッドの隅で端末を操作していた。

すいすいと指を滑らせて、画面の文章へ目を走らせ読み終えるとさっさと電源を切ってしまう。

「なんて書いてあったんだ?」

尋ねれば、少し考える間を空けて、口を開く。

「帰った方がいい」

冷静に、端的に返されて、ザックはふむ、と唸って考えるように顎に手を当てた。

目の前にいるリヒトという青年は、たまたま同室になっただけの相手だが、リハビリをする数週間でその合理的な思考には一目置いていた。

無口だし、小柄な体躯は宇宙活動には向いてないと思うが、それでも彼は、取得が困難と言われる船外活動用ボディスーツ型補助アーマー、通称ボットの免許を持っているのだから、作業員としての能力に問題はないはずだ。

「そうは言ってもな、みんな事情があるだろうしな」

片道二年を要するこの開拓業務は、危険性と拘束期間の長さから報酬が高いのもあって、ワケアリの人物が集まることが多い。

「補償金」

「そういえばそんな事言ってたな」

一応、航行中の事故や作業中の事故に合った時には補償金が出る。

ちょっとの怪我程度では出ない金だが、今回はそれが出るのだ。

つまり、よっぽどの事態ということで。

「帰らせたいらしい」

「へぇ?」

どうやら補償金は貰って帰った方が得な金額を用意されているらしい。

慢性的な資源不足を考えると最善策のようにも思える。

しかし、企業も思い切ったものだ。

儲けを第一に考える企業の連中が、こうもぽんと大金を払って作業員を帰らせようとするとは。

「お前はどうするんだ?」

尋ねれば、ややうつむいて考えこんでいたリヒトは、うん、と一つ頷くと、

「残る」

と答え、

「帰るところもないし」

と、付け加えた。



一時間後、帰還者を乗せた船が宇宙へと飛び立った。成層圏を抜けて、星の周りを周回する一時的なステーションへと合流し、一番近い移住ステーションからの迎えを待つそうだ。

残った者は再び会議室へと集められた。

「六人か」

忌々しそうにバートレットが吐き捨てた。

整列していた者たちは皆、一様に視線を反らし天井だの床だのを見つめている。

一癖も二癖もありそうな男ばかりだった。

その中に、先ほど見咎めた小柄な青年を見つけて、苦い物を噛む。

わざわざこんな危険な仕事を選ぶのは、よほどの理由があるのだろうが、金が欲しいだけなら帰還するはずだ。

金の計算ができない大馬鹿か、命知らずか。

どちらにしても、厄介なのは変わらない。

「さて、あの条件で帰らなかった諸君は金の計算ができない大馬鹿野郎か、命よりも金が欲しい大馬鹿野郎か。まぁ、どちらでもいい」

開口一番、まるで心を覗かれたようなバートレットの言葉に、リードはぎょっと目を丸くした。

「最初に言っておくが、ここに残っている奴らにとってお前らは邪魔ものだ。なんせ今はエネルギーもなければ食料もカツカツだからな。人間として暮らしたければ、役に立つことだ」

薄暗がりの中で告げられた、罵倒とも取れる言葉に、どよめきは起こらない。

残った人間の中で、この程度の扱いに不満を漏らすような者は居なかった。

「それじゃあ、いったいどうしてこんなことになっちまったか説明してやる」

バートレットが顎をしゃくると、部下の男達が床に積み上げられていた板の一枚を持ち上げた。

板と言っても木材ではなく、恐らく物資コンテナの壁面だろうか、特殊カーボンで熱にも腐食にも強い素材でできた軽い物で、製造直後は染みひとつない真っ白だったそれには、機械用オイルで殴り書きがされていた。

「我々先遣隊は到着二週間後に何者かの奇襲を受けた。相手はある程度知能のある生命体のようであり、姿は様々だが、恐らく一つの群れだと思われる」

板書きには波立たせたケーブルのような線がうねり、敵と印が付いていた。

「敵は電源ケーブのような紐状をしており、何匹もが絡み合って一つの生物を形成している。知覚、聴覚のようなもの、はっきりとしてないが何らかの感覚器官によって我々を認識し、襲ってくる」

部下たちが一枚目の板書きを置いて、二枚目を見せる。

二枚目は簡単な手描きの地図だった。

「奴らは二週間目に我々の基地を襲い、電源施設を破壊した。続けて武器、計器類を破壊し尽くし、最後に有機物を襲った。我々は応戦するも、チームの半分が壊滅。研究室、倉庫となっていたエリアとヘリ一機で脱出し、ここ、第二基地を形成した」

板書きを置いて、部下たちが姿勢を正す。

バートレットは改めてリヒト達を一段高い壇上からぎろりと睨み付けた。

「敵の目的は不明。先ほど打ち上げたシャトルでほとんど燃料を使い切った。今更、帰りたいと言っても、シャトルを打ち上げるほどの燃料は残っていない。ヘリも飛べん。施設はほとんど手動で動かしている。食料も間もなく尽きるだろう。何か質問は?」

有無を言わせない強い口調に、さすがに表情を曇らせる男達の中から、ふらりと手が伸びる。

「なんだ」

「大気の状態は?」

挙手した人物にリードは再び不機嫌に眉を寄せた。また、あの小柄な青年、リヒトだったからだ。

バートレットはリヒトの方へ顔を向け、変わらぬ口調で返す。

「不安定だが酸素濃度は充分だ。ヘルメットなしにでも外に出れる」

「気温は?」

「日中は42度、夜は18度前後だ」

「…我々の当面の目標は?」

「貴様いい加減にっ…」

「かまわん。彼らは労働者だ。当然の質問だろう」

敬意を欠いた態度に怒気を孕んだリードを片手で制して、バートレットは段を降りる。

「まずは君たちに、この星が危険であること、基地が危機的状況であることを知ってもらいたかった」

先ほどよりはほんの少し柔らかい口調で言ったバートレットは、ゆっくりと男達を見回す。

誰も彼もが瞳に暗い色を写し、全く怯えもせず、まるでいつも通り、ここが自分の家であるかのような態度を崩さない。

それぐらいが、今のバートレットには心地よかった。

彼等が役に立とうが、立つまいが、死のうが生き延びようが、恐らく当人たちですら気にしていない。

あの悪夢の一夜で多くの命を突然、成す術もなく失い、逃げるしかできなかったバートレットにとって、死んでも惜しくない連中だ。

「まずは君らの能力テストだ」

死んでも構わない人間を労働力に、生き延びる。バートレットにとっての当面の目的は生きることだった。



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