数と数(かずとすう)
登場人物は私の別作品に登場する兄妹です。割と賢い高1と中3です。
「有理数って数ではない?」
妹から不意に問われたその質問は、いまいち意味がわからなかった。
「数ってのを辞書で引くとさ」
そう言って妹はスマホの画面をこちらに見せる。
『かず【数】
[名]
1 物の順序を示す語。また、その記号。数字。「二けたの数」
2 個々の事物が、全体または一定の範囲で、いくつ(何回)あるかということを表すもの。数量。「参加者の数を数える」「数多い候補者から選ぶ」「数が合わない」「はしたの数」
3 数量や回数が多いこと。多数。「数ある作品の中から選ばれる」「数をこなさないと間に合わない」「数で押し切る」「数を頼む」
4 価値あるものとして取り立てて認められる範囲。また、その範囲に入るものとして価値を認められるもの。「こんな苦労は物の数に入らない」
5 同類として数えたてられる範囲。仲間。「亡き数に入る」「正選手の数に加える」「子供は数に入らない」
6 (多く「の」を伴って)種類などの多いこと。いろいろ。
「―の仏を見奉りつ」〈栄花・鳥の舞〉
(デジタル大辞泉より)』
「って感じで、ここでの数って、0と自然数のことだよね?」
ものの順序や個数・回数となると、確かに自然数のことか。
「で、数ってのも辞書で調べてみると」
妹はスマホを操作して、またこちらに見せる。
『すう【数】
1 もののかず。ものの多少を表す概念。「一定の数に満たない」
2 数をかぞえること。計数。「数に明るい」
3 物事の成り行き。情勢。また、めぐりあわせ。運命。
「美術の次第に衰うるは天の―なり」〈逍遥・小説神髄〉
4 自然数およびこれを順次拡張した、整数・有理数・実数・複素数などの総称。
5 インド‐ヨーロッパ語で、名詞・代名詞・形容詞・冠詞・動詞の語形によって表される文法範疇。一つのものには単数、二つ以上のものには複数を区別する。その他、言語によっては双数・三数・四数もある。日本語には、文法範疇としては存在しない。
6 数をかぞえる語の上に付いて、2、3か5、6ぐらいの数量を漠然と表す。「数組」「数ページ」「数メートル」→数名
(デジタル大辞泉より)』
「というわけで、整数・有理数・実数・複素数は数じゃないけど、数ではある?」
「……かなり釈然としないな」
「うん。ものすごく変な感じ」
数と数の違い。考えたこともなかった。何が違うのか。
「つまり、数の定義は何かってことだよな。辞書の通りとするなら、整数とか有理数とかは、数ではあるけど数ではなくなる」
「まずさ、整数や有理数なんかと自然数がどう違うかを考えようよ。辞書によると、これらって自然数を順次拡張して作るんでしょ」
自然数から整数・有理数・実数・複素数をどうやって作るのか。
「『自然数』にマイナスの数を付け加えたのが整数だよね?」
まぁ、そりゃ妹の言う通りなのだが、マイナスの数というのがまた怪しい。
「そうだけど、マイナスの数ってのは数なのか? 数ではあるだろうけど」
「むむ」
妹は眉をひそめた。
「辞書にある数の項目の2番目に数量ってあるじゃん。これって、温度とかは入るの? マイナスとか小数とか、それなら数になるけど」
「その前に何回って書いてあるし、マイナスとか小数は入らないんじゃないか?」
「つまり、辞書的には整数の時点でもう数じゃないってこと?」
「まぁ、1にある記号、数字って方に入る気もするけど。そうなるとどこまでが数字だよってことにもなるんだけど」
「数字は字のことなんだから、0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9だけじゃない? 10だって、それは1と0を並べた記法であって、10っていう字があるわけじゃないし」
「なるほど。一理あるかもしれない。となると、辞書的にはやっぱり0を入れる流派で言う自然数だけが数ってことになるのか」
「つまり、数っていうのは数えることにリンクしてないとダメで、0個とか1個はあっても、-1個とか1.5個とかは言わないから数ではないってこと?
でも、1個と半分だったらそれは1.5個って言い方をする気もしない?」
1.5個とか3/2個って言い方はしなくもない気はする。1.5は数なのか? さて、なんか混乱してきた。
「1.5個って言われたら、1個と半分か? 半分が3個ある場合はなんて言う?」
「えっと、半分が3個なら、3/2個?」
言い換えているわけだが、数学的には1.5と3/2は同じだ。
「じゃ、1個と半分が2個なら?」
「1と2/2個? そんな言い方する人絶対いないよね」
「かといって、2個って言うのもなんか違うよな。2個あるって言われて、1個と半分になったものが2個だと、2個ではないって感覚にはなる」
「普通は、1個と半分が2個ってそのまま言うね。とすると、1個と半分が1個でも1.5個じゃなくて、1個と半分が1個?」
「1.5は結局、数えるという行為に対しては使わない、か?」
「だから、辞書的には数ではない?」
数学において、分数では何が何個あるという情報は失われる。6/4でも、15/10でも等しく3/2と表すのであって、1/4のものが6個とか、1/10のものが15個とかそんなことは考えない。
約分という考え方が、その情報は不要だと切り捨てている。
「分数とか小数っていう概念自体、ものの個数とか数えるって感覚とは一線を画する感じがする。計算の上で必要な机上の概念っていうのかな」
「数っていうのは数えるっていう原始的な行為に基づくものだけど、数は計算から派生する数学っていう学問によって生まれた概念って感じ?」
「たぶん、辞書的にはそう解釈してるんじゃないかな」
「ふーん。なんか、日本語って面倒くさいね」
別にそんな意味を気にして使ってないし、数と数を混同して使ったとして指摘されることなんてない。
こんな話をしたところで、結局は「こんな違いあるらしいけど、色々面倒くさいし、別に同じように使っていいよね」ってところに落ち着くのだ。
高校数学の単元に『数と式』というものがありますが、これは『数と式』であって、『数と式』ではないそうです。