ノルマをこなさないと給料は出ませんからね!さっさと作業を進めてください
ハルト言うところの冒険者ギルドこと、斡旋協会で身体検査と適性検査を受けた後に紹介された仕事は、役所での事務処理だった。
音声入力と非接触型のキーボードのようなものを使って、他の惑星からの連絡事項をまとめて入力する仕事だ。
簡単そうに見えるが、ハルトはかなり高い時給を貰っている。
なぜなら、程度の差があるものの、ほとんどの惑星が違った言語を使っているからだ。
近い惑星だと方言程度の差だが、遠いと基本部分から全く違う言語だった。
入力作業はそれを今いる惑星の言語に変えて入力する必要があった。
実のところ、翻訳インプラントというものは、万能ではなかった。
翻訳インプラントはその言語を使っている環境……惑星上や船の上に行かないと言語の基本フォーマットが自動的にダウンロードされないのだ。
つまり、自動で他惑星の言語をダウンロードしている人間はその惑星から移動してきた人間だけで、希少なのだった。
もちろん、他の惑星の言語を通信回線を通してダウンロードすることはできる。
宇宙船の管制官などは、この銀河で使っている言語のほとんどをダウンロードしている。だが、これは選ばれた人間にだけ許されていることで、たかが事務担当に許しているとコストがかかりすぎるのだ。
惑星間通信は、高価なのだった。
惑星間の通信は亜空間を経由させる、高コストの通信方法になるのだから仕方ない。
そのため、事務担当は過去にいた惑星毎に担当を決め、作業をしていた。
その中でも、翻訳スキルを持っているハルトはどんな言語でも担当できる何でも屋として扱われていた。
おかげで、時給も他の事務担当よりはるかに高いのだった。
「なんかやっとチート能力が役に立った気がする。でも事務作業で時給が高くなる程度のチート……」
ぼやきつつも、ハルトは事務作業を進めていった。
翻訳スキルを持っているハルトの感覚では、簡単な日本語を読んで簡単な日本語の書類を作るだけの仕事と同じだ。
片手間でやってもミスすることはない。
「それにしても、こんなに高度な文明があるんだから、言葉の自動翻訳くらいできそうなもんなんだけどなぁ……」
『やろうとしたみたいですよ?ただコンピュータは人間の様に柔軟に言葉の変化に対応できませんから、常に最新データに更新し続ける必要があり、膨大なコストがかかってしまったようです。結局は、ダウンロード済みの人間を選んで雇う方がはるかに安く済むそうです』
「せちがらいなー」
ハルトの疑問を、すかさずシイナが説明してくれる。
ビリアードの球にしか見えないのに、どこか自慢げだ。
どんなに高度な文明でも、結局は金銭的な問題になってくるらしい。
ちなみに、金銭だが現金があるわけではなく完全にデータ上の存在になっていた。いわゆる電子マネーしか存在しない。
個人の生体情報をセンサーで読み取って認識しているため、財布やカードのようなものもなかった。
財産データは同一銀河内であればほぼ共有されており使用できるが、別銀河となると難しくなってくる。
そのため銀河をまたぐ移動は、その銀河で高額で取引される物品を事前に購入してから移動するのが定番だった。
こういった部分は、どんなに文明が進化しても変わらないということだろう。
『コスト面だけではなく、常に大量の惑星と言語のデータをやり取りすることで、コンピュータネットワーク自体が破綻したこともあるようですよ。この惑星の基礎となっているコンピュータネットワークは前文明時代に構築されたものを利用しているため、古いコンピュータ言語に対応できる人間が少なくて復旧が大変だったそうです。ただ言葉を理解するのと、それを組み立てて使いこなすのは別の問題ですからね』
「なるほどねー」
文明を支える基礎を今の時代の人間のほとんどが理解できないものに頼っているのは大丈夫なのだろうか?
シイナの解説に納得しながらも、ハルトは不気味なものを感じだ。
……しかし、ハルトがいた日本でも、プログラム言語の元となっている英語を理解する人が多数いても、コンピューターのプログラムを組める人間などほとんどいなかった。
状況は同じかもしれない。
『そんなことよりノルマをこなさないと給料は出ませんからね!さっさと作業を進めてください』
「はーい」
異世界どころか、宇宙に来た感じすらない。
元の世界で学生バイトをしていた時と同じような感覚で、ハルトは作業を進めていくのだった。