発進!!(完結)
……一か月後。
ハルトとシイナは宇宙船の中にいた。
「それじゃ、出発するか」
『準備はすべて整っています。発進許可も離陸経路も取得済みです』
今まで通りビリヤードの球のような見た目の端末がハルトの傍に浮いているが、それはシイナではない。
今のシイナは宇宙船の管理用コンピューター本体で、ハルトの傍らにいるのは遠隔操作された端末に過ぎなかった。
あの事件の後、ハルトは大事件を解決した功労者として様々な報酬が与えられた。
どうもエンジニア風の男が勘違いしたこともあって、ハルトはこの惑星の上層部に文明の進んだ惑星の大金持ちと勘違いされているらしい。
エンジニア風の男は高度なセンサー類で調べても無改造の一般人にしか見えないハルトを、どんなセンサーでも騙せる偽装能力を備えたチートなサイボーグだと思っていた。
エンジニア風の男がそういった報告を上げてしまったために、ハルトはお忍びで庶民の暮らしを体験しに来たどこかの御曹司で、偶然発生した大事件をチートに改造された肉体の機能を使って解決したということになってしまっている。
惑星の上層部はそんな相手に報酬をケチるわけにもいかず、可能な限り高額の報酬を支払ってくれたのだった。
ハルトの要求は、まず自分が解決に関わったという情報を隠すこと。
今後のことを考えて、最初にそれを要求した。それが御曹司説に拍車をかけたのかもしれない。
それから自分をサポートしてくれるシイナの強化。
今回のことでハルトは自前のチート能力だけでもそれなりに色々できることが分かり、自分の肉体の改造は望まなかった。
免疫反応などの確認に無駄に時間が取られることを避けたかったという理由もある。
そのため、より自分のために役に立ってもらえるように、シイナの強化を優先してもらったのだった。
しかしシイナは一般用複合機であるシイナでは改造の限界がある。
強化を施すには本体を交換しないわけにはいかず、結局、どこかに大型の本体を設置してそこから遠隔で端末を動かす方式にすることになったのだった。
もちろん、その本体に入れられるプログラムや記憶は今までのシイナのもので、より拡張性に富んだ本体に移る以外は変わりない。
そして、そのシイナの本体に選ばれたのが、宇宙船の管理用コンピューターだった。
どこかに家を与えてそこに設置する案もあったらしいが、ハルトのような人間はこの惑星の役に立つより、厄介ごとを引き寄せる可能性が高いだろうと判断された。
どこかの金持ちの御曹司だと思われているなら、そういった判断になるのは仕方がないかもしれない。
そして、早く出て行ってもらうため、宇宙船を与えるという結果になったのだった。
ハルトに報酬として与えられた宇宙船は、外宇宙航行が可能な小型の宇宙船だ。
いわゆる、クルーザー型と言われるものだった。
小型たと言っても惑星間航行ができて居住可能な宇宙船で比べての話で、全長は三十メートルほどもある。
中の設備も最高級の物を揃え、しばらく船を維持できる物資も積み込んでくれたので、合計すればかなりの高額になっていた。
そうやって宇宙船を手に入れると、やはり宇宙を旅したくなるのは当然だ。
せっかく手に入れた物を生かさない者はいない。
元々ハルトはこの星の人間ではないし、滞在期間も短いのだからなおさらだ。
こうして、ハルトはシイナと共に宇宙に飛び出すことにしたのだった。
ハルトはアイテムボックスの能力を使って、この宇宙船だけでは運べないようなものも運べる。交易しながら旅をするのも良いだろう。
今は宇宙船の操船もシイナ任せだが、いずれは自分で運転できるようにしたい。
きっと、自分のイメージ通りに身体を動かせる能力で、すぐに覚えられるはずだ。
この世界に来てすぐはチート能力が科学の力に埋もれて役に立たないと思っていたが、今のハルトはチートが役に立たないなどとは思っていない。
同じ結果をもたらす科学技術があったとしても、やはり便利な能力は便利なのだった。
「……魔法、見つかるかなぁ?」
ハルトは旅立ちに高まる気持ちを抑え込みながら、ぽつりと呟いた。
思い出すのはこの世界に来る前にいた白い世界でのやり取りだ。
女神は「魔法は存在しない」とは言わなかった。
さらには「全魔法適正」は「翻訳スキル」に含まれているとまで言っていた。
……ということは、この広大な宇宙のどこかに魔法が使える惑星があるのだ。
「見つけたいな」
思考を読んでいた女神なら、ハルトの望みは分かっていたはずだ。
それなのに直接魔法のある惑星に転移させなかったのは、ハルトに宇宙を旅して色々な場所に行って欲しいということなのだろう。
自由に生きて欲しいと言いながらそういった道筋を作ったのは、ハルトが色々な場所に訪れることが女神の言っていた世界のエントロピーの増大に繋がっているからに違いない。
そのために、女神はこうやって大事件を解決させて宇宙船を手に入れられるようにしたのだろう。
「思い通りに動くのはちょっと嫌だけど、悪い状況じゃないし女神の思惑に乗っかるしかないよな」
ここはもう割り切って楽しむしかないとハルトは考えた。
女神の思惑に乗らなくても、今回の様に色々操作されて最終的には思惑通りになってしまうのだろう。
ならば、女神の思惑など気にせずに、全力で楽しむしかない!
ハルトは楽し気に口元を緩めた。
「それじゃ、シイナさん」
『はい』
ビリヤードの球のような端末が、わずかに発光している。
シイナも楽しそうだ。
「魔法のある世界を探す旅に、発進!!」
ハルトの声とともに、宇宙船は発進した。
ファンタジー世界でチート無双するために、ハルトはSFな世界での旅を始めたのだった。
完
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普段は小説家なろう投稿作品以外に、アルファポリスで書籍化されている「追い出された万能職に新しい人生が始まりました」なども書いています。
もしよろしければ、そちらもお読みいただけると嬉しいです。