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08.奢るつもりは無かったんだが

まさかの知り合い。サイナスは俺の事を知らなかったようだから、メイニに関しては別の繋がりがあったのだろう。


「いや、貴女の果実に顔を埋め・・・じゃなくて、たまにはお茶をしたいと思ってね。」

「たまにはも何も、リアさんとは一度もした事がありませんわ。」

・・・

適当は良くないよな、うん。

他に繋がりがあるとすれば、薬だろう。俺にそれ以外の接点は思い付かない。

「でも、誰かと楽しむのもたまには、ありかもしれません。」

お、言ってみるもんだな。

「それは嬉しい申し出。その前に、少しお手を拝借しても?」

出来るだけ真摯に言ってみると、メイニは首を傾げながらも左手を差し出してくる。俺はその手を優しく掴んだ。

やっぱりな。


「お元気そうでなにより。その後、睡眠障害の方はありませんか?」

「あら、ありがとう。お薬を貰った後、落ち着いて眠れるようになりましたわ。お薬が無くなった後も、以前の様に浅い眠りや、眠れないという事も無くなりましたし。」

「それは良かった。」

興味が無い、とかじゃなければ、触れれば記憶が引き出されるかと思ったんだが、正解だった。そうなると、この状態も不便だな。

最初からこの情報があれば、サイナスの仕事は引き受けていない。


「そうですわ、最近また寝付けない事が増えて来ましたの。宜しければ、話しを聞いてくださいません?」

「喜んで。」

むしろメイニから誘ってくれたのはラッキーだ。安定剤と称して、そこに別の薬の成分を含ませる事も可能になってくる。そうなれば、仕事はし易いよなぁ。

「では、中へ入りましょうか。」

メイニは言うと、俺の手から自分の手をそっと抜いた。くそ、手を伸ばせばそこに果実があるのに・・・

「どうかしまして?」

「いえ、参りましょう。」

習性というのは恐ろしいな。普段の自分の口調じゃなくなってしまう。まぁ、仕方が無いか、それが性ってやつだよなぁ。




俺は来たことが無いので、注文はメイニに任せた。リアが来たことがあるかどうかは不明だが。ただ、店内に入って椅子に座り、見回したところで何も思い出さないという事は、来たことはないのだろう。

テーブルに並んだのは普通に紅茶とケーキだ。それでもメニューを見る限り、銀貨数枚とかなり高額になっている。この世界では贅沢な嗜好品の類なのだろう。


「遠慮せずどうぞ。」

え、その果実をですか?

正面に存在する二つの果実に目が行く。そう言われては遠慮なんかするわけが・・・じゃねぇ。

「では、遠慮なく。」

妄想はさておき、紅茶に口を付ける。

「リアさんも、わたくしに何か言いたい事があったのではなくて?」

う・・・

見抜かれていたか。意外と油断がならないな。

紅茶を一口飲んだ後、メイニが早速切り出してきた。以前、関わりがあったのは薬に関してのみだ。それが突然お茶でも、なんてそう思うのが当たり前だよな。

「まぁ。」

「わたくしの睡眠に関しては、その後で構いません。」

いきなりのこの状況、どう切り抜けるべきか。

誤魔化そうと思えば誤魔化せるだろう。だが、金貨を取るべきか、神の産物を残すべきか、俺は未だに迷っている。依頼をしてきたのはサイナスだから、依頼人を優先するべきなのだが、何という試練・・・


「眉間に皺を寄せる程、言いにくい事かしら?」

そう、俺は真剣に考えているんだ。

・・・

待てよ、さっきまた寝付けなくなったって言ってたよな。それは精神的なものだったりするんじゃないか?

「可能性の話しだが、メイニが寝付けないのは、サイナスが原因じゃないのか?」

そう思って言ってみると、メイニの表情が険しくなった。

「何故ご存知ですの?」

表情だけじゃなく、雰囲気まで変わった気がする。

「実は少し前なんだが、サイナスが店に来てな・・・」

そこまで言うと、メイニは軽く手を上げて続きを制してきた。その仕種からは威圧すら感じるようだった。

なるほど、この妹ならサイナスが臆すのも分かる気がする。自分じゃ手を下せない小心者に見えたからな。

となると、何となく状況が見えて来たな。それはおそらく、メイニも同様だろう。

「つまり、わたくしをどうにかして欲しい、という話しじゃなくて?」


「すまん、実はメイニとの関係を知らなかったんだ。」

俺は頷くと、正直に言う事にした。

「仕方がありませんわ。わたくしとの取引に、兄は関係ありませんから。それで、兄はなんと?」

面と向かって聞かれると、言い難いな。

「そのままの言葉と、濁した言葉、どっちがいい?」

「そのままに決まってますわ。」

迷いの無い即答。そんな気はしていたんだが。

「始末して欲しい。」

「なるほど、そう来ましたか・・・」

メイニは聞いても驚く事は無かった。ただ、細めた目は鋭く、威圧も強まった気はした。

「ですが、何故リアさんがそんな事をなさるの?」

「薬はある程度の需要はあっても、その先が見えない。俺にも自分の先を見据えた金が必要だと思っているだけだ。」

それを聞いたメイニは少し考え込む。今回の依頼は失敗だな。そもそもクライアントを裏切ったのだから。誓約書の上では、止むを得ない事情があった場合は破棄できるとはしているが、今回は俺のミスだ。というか、俺の気分が乗らなくなった。

サイナスに話した後、俺はどうなるんだろうな。


「いくらですの?」

考えていたメイニが、俺の方に目を向けるとそう聞いて来る。

「何がだ?」

「兄が出す金額ですわ。」

「前金が3、成功はその5倍だ。」

いまさら隠しても仕方が無いので、素直に明かしておく。

「倍出しますわ。それでわたくしに寝返りません?」

は?

まさかそっちに転がるとは思わなかった。

しかし倍だって!?そのうえ、神の遺産も残るじゃないか。迷いがあるとすれば、依頼者を裏切ったという部分だ。それは今後も付き纏うだろう。

もっとも、依頼者が死んでしまえばそれまでだが、サイナスが誰かに話した、という可能性も無くはないだろう。どこから情報が洩れ、伝わるか分からない。

しかし、メイニは正義感から兄の悪事に対してどうのってわけじゃなさそうだ。だったら話しの融通が利くかもしれない。兄と違って肝も据わってそうだし、話しも通じそうだ。


「悪いが、依頼者を裏切る事は出来ない。」

俺の言葉に、メイニの表情がまたも険しくなる。

「そこで、一つ提案がある。俺もメイニには残って欲しいからな。」

「聞かせてもらいましょう、その提案とやら。」

険しい表情も、鋭い視線も変わらない。下手をすれば俺が危うい気もするが、このくらい切り抜けないと先が無い気もする。




「そんな事が本当に可能ですの?」

「あぁ。ただ準備する時間が必要だ、数日もらえれば。」

「分かりましたわ。」


俺の提案に乗ってくれたメイニは、多少不安は見せつつも納得してくれた。後は俺次第だ。

ちなみにご馳走になったはいいが、紅茶もケーキも普通だ。生前の生活は、恵まれていたんだろう。そんな風に思えた。





翌日、俺はメイニ用の準備をしつつ、いつも通り近所の奴らの薬を調合し、暇な時間を見付けてギルドに来ていた。メイニとの話しが長かった所為もあるのだろうが、家の中を物色した形跡があったので、今回はエリサも同行させる。

本人はうまく誤魔化したつもりだろうが、俺にはバレバレだ。


俺は掲示板を見ながら目ぼしい依頼を探す。幸い、薬の依頼は一件あったのそれは受けるとしよう。ヘリサ村からだが、常備薬が少なくなって来たので補充のための依頼のようだ。

「畑を荒らすオークねぇ・・・」

数にもよるが、俺にでも出来そうな気がするな。オークと言えば、イメージ的に雑魚だもんな。

「ご飯ね。」

うるせぇ女だな。来る度に言われるのも鬱陶しい。確かに、誘ったのは俺なんだが、誘われた方がしつこく聞いてくるってどうなんだ?

一般的なパターンとして、女性にその気が無いのにしつこく誘う男は嫌われる。なんてのはあるが、立場が逆ってのでもないし、何なんだよ。

「なるほど、オークの飯ってわけか。」

「・・・」


「誘ったのはリアちゃんでしょ?私は何時まで待てばいいの?」

そうだけどよ。

「それに、その依頼は受けられないよ。登録してないんだから。」

あ、マジ?

面倒くせぇな。だったら掲示板も分けろよ。一般的に受けられるやつと、ギルドに登録している奴が受けられる依頼とかよ。

「その辺の話しを飯を食いながらするか。」

顔はかなり可愛い。それだけは変わらない。だが、なんだろうな、改めて食事に誘いたいかと聞かれると、そうでもないという事に最近気付いた。

やっぱ見た目で即判断は良くないよな。


「あの、私は仕事中なんだけど?」

「もうすぐ昼だろ。」

「あ、ほんとだ。」

「やった、外でご飯だ!」

横で聞いていたエリサのテンションが急激に上昇した。あ、こいつも連れて行かないと駄目だな。放置して家の中を荒らされても困る。

「あ、二人きりじゃないんだ?」

「この面子で二人きりになる意味がよくわからねぇな。」

別に二人だろうが、二人と一匹だろうが大差ないだろ。

「そ、そうよね。店は私が決めるから、ちょっと待ってて。準備してくるね。」

「あぁ。」

何だ今の態度は。あまりいい予感はしないな。


「ここよ、美味しそうでしょ。」

連れて来られたのは、ギルドから歩いて5分くらいの場所だ。この辺はまだ歩いた事がないので、こんな店があるとは知らなかった。

昼飯でコースって、ちょっと贅沢だな。しかも、普通の昼飯の何食分の価格だよ・・・

「いつもこんな贅沢なもん食ってんのか?」

「やだなぁ、自分のお金じゃ来ないよ。」

それは俺が払う前提なのか?

「俺は払わんぞ、誘いはしたが奢るとは言ってない。ってか年下に強請るとかどうなんだよ。」

「えぇ、年は関係無いでしょ。お互い仕事しているし。それに誘った方が払うのは当たり前でしょ。」

なるほど、この世界ではそういう考え方なんだな。

いや、という程この世界の人間とは関わっていない。メリアの場合、なんか一般的な感じから離れているような気もするし。

「しょうがねぇな。」

まぁいいや。もともとそのつもりではあったし。今回だけだと思えば。


「いらっしゃいませ・・・」

店に入ると店員が笑顔で迎えてくれたが、その笑顔のまま硬直した。どうやらエリサを見て硬直したらしい。

「ペットお断りだってよ、残念だな。」

「ペットじゃないよ!」

頬を膨らませて抗議したところで、俺にはどうしようもない。

「いえ、大丈夫ですよ。滅多にない事なので驚いただけです。申し訳ございません。」

ちっ・・・


「紛らわしいから掲示板分けてくれよ。」

高いだけあって料理はうまい。コース料理なんて食えるとか思って無かった。と言っても、生前もほとんど食った事は無いが。コースなんて、居酒屋で安く上げるために使うのがほとんどだったな。

「受付の私が勝手に変えられるわけないでしょ。」

使えねぇ。

「言う事くらいは出来んだろうが。」

それもお前の仕事だろうが、さぼんじゃねぇよ。

「それよりリアちゃんが登録すればいいだけでしょ。」

「それはギルドの都合だろうが。何で俺が合わせなきゃならねぇんだよ。」

利用する側が合わせなきゃならん組織とか潰れてしまえ。

まぁ、潰れたら困るんだが。

「我儘ばっかり言って。」

「そりゃお前だろう。俺が登録すればいいってのは、ギルドとしての認識と受け取っていいんだな?」

「いや、それは、私の個人的な思いというか。」

そんな事は分かっているが、組織と個人の認識に関してははっきりさせておく必要がある。まぁ、今後余計な事を言われないよう釘を刺す意味でも。




「世の中には、あんな美味しい食べ物があるんだな。」

ギルドに戻ると、エリサが満足そうに言って、床に横になった。

「ここで寝るな。」

「お腹が満足したら睡眠だぞ。」

「ほう、好きにすればいい。ただし、寝るならもう家に居場所は無いと思え。」

「はうっ!」

エリサは飛び起きたが、習性なのかすぐに眠そうな表情になる。

「いやでも、ほんと美味しかったよ。私も寝たい。」

「お前は仕事をしろよ。」

「しますよ。」

「登録無しで、非力な俺が出来そうな仕事を紹介するとかよ。」

そのための受付だよな。わざわざ自分で探すより、聞いた方が早い事に今更だが気付いた。

「うーん、多分掲示板には無いと思うから、まだ掲示していない依頼をちょっと見てみるね。」

「そりゃ助かる、頼むよ。」

メリアは頷くと、カウンターの奥の方へと走って行った。


出来れば普段の生活は、薬とギルドの依頼で賄いたいところだ。この前入った大金や、これから手に入るだろう大金に関しては、考えている事があるのでそれに充てたい。


「ところでエリサ、お前は怪しい人間の匂いが分かるのか?」

サイナスの事をきな臭いと言ったんだ、もしそんな能力があるなら、俺の仕事に大いに役立ちそうな気がしてんだよな。

「え、怪しいかどうかまでは分からないよ。」

「昨日来たおっさんの事、きな臭いって言ったじゃねぇか。」

そう言うと何故か考え込む。

おいおい、昨日の事だぞ。

「言ったような気もするけど、そもそもきな臭いって何だ?」

・・・

「お前が言ったんじゃねぇか。」

「多分、知っている言葉を使っただけだぞ。」

このクソ犬。

期待して損したぜ。

「でもな、悪い事を考えている人間は見たら分かるぞ。」

ほう。

そのくらい俺でも予想は付くが、どれほどの精度かが問題だな。獣的な感覚で、細かいところから気付けるなら、確かに使えるが。

その辺は今後確認すればいいか。

「じゃぁ、その能力は期待しておくよ。」

「おう、任せとけ。」


「リアちゃんごめん。」

エリサとの会話が一段落したところで、メリアが戻って来る。言葉からするに、適当な依頼は無かったのだろう。

「ちょっと今、リアちゃんに出来そうな依頼は無かったよ。」

「ま、しょうがねぇ。」

「もしあったら、優先的に回せるよう取っておくね。」

一介の受付がそれをしていいのか?

「それは助かるな、頼むよ。」

だが、利用出来るものは利用してやろうじゃねぇか。


俺はそう思いながら、薬の依頼の受付だけして家に戻った。



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