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06.使う気が薄れてきたんだが

翌朝、アニタが用意していった朝食を食べる。テーブルの向かいで幸せそうな顔をしているエリサを見ても、特に感慨は無い。

むしろ邪魔くさい。


貰った白菜は予想以上に美味かった。確かに、名物と言われるだけの事はある。目の前でフォーク使いに悪戦苦闘しているアホ犬は、その名物を盗み食いしていたわけだ。

ちなみにフォークはみっちりアニタに教えられていた。まぁ、手で食われも家の中が汚れるので止めて欲しかったから良かったが。ただ、直ぐに手を使おうとするので、手を使ったら追い出すというルールを作った。

今後の様子を見て増やしていく必要があるだろう。


「そうだ犬小屋を作らないとな。」

すっかり忘れていたが、こいつの部屋が要るだろう。この家は一人暮らしには向いているが、複数人住めるほど広くは無い。

何しろ、このダイニングと、寝室、店内しかない。

「あたしは犬じゃないよ。」

「そうだった。悪かったよ。」

「うん。」

「作るのは狼小屋だった。」

「ご主人は意地悪だ!」

うぜぇ。

そういうところは察しやがる。だが、現実問題部屋がないのは事実だ。

「人聞きの悪い事を言うな。この家は小さい、だがエリサにも部屋は必要だろうと思って言ってるんだぞ。」

「そうなのか?それはごめん。」

アホだな。

「まぁ遠慮するな。ちゃんと中庭に用意してやるから。」

「やっぱり意地悪だ!」

「ちなみに中庭に生えているのは薬草だから食うなよ。毒が混じってるからな。」

仕事には必要だからな、食われても困る。栽培方法も概ね分かったから、出来るだけ今の状態を維持しつつ栽培する方がいいだろう。

「しかも嘘つきだ。」

は?

「何処がだよ。」


「昨日お風呂に入る時に分かってる。中庭には毒を含んだ草は無いよ。」

何だって?

いや、成分として混ぜると有害性が現れるものも在りはするんだが。

「何故分かった?」

もちろん、当初はただの雑草としか思わなかった俺だが、今は見れば分かる。だが、それは薬草に関しての知識を持っているからだ。エリサがそんなものを持っているとは到底思えない。

「あたしらは、生きていく上で覚える必要があったから。じゃないと、お腹壊したり、苦しい思いをするもん。」

あぁ、つまりケモノってわけだ。

「生活する上で覚えざるを得なかったわけだ。」

「そうだよ。」

「どうやって見分けている?」

「匂い。」

やはり犬小屋だな。こいつの部屋は。

「それは何処でも分かるのか?」

犬小屋の話しは抜きにして、この能力はもしかすると。そう思って聞いてみるが、首を傾げられた。言葉が足りないようだな。

「あぁ、つまり、山とか知らない土地とかに行っても、その植物の匂いで判断出来るのかって事だ。」

「知らない植物もあると思うけど、多分分かるよ。」

そりゃすげぇ。

これは思わぬ拾い物だったかも知れない。本に載っていない植物でもこいつが居れば判断材料として使える。無駄に食費を浪費する奴が増えただけだと思っていたが、使い様によってはプラスになる。

もしそうなら、薬を間違ったのは不幸中の幸いだな。


「飯もタダじゃねぇ。その能力で自分の飯代くらいは役に立ってもらうぞ。」

「うん、いいよ。」

あっさりしてるな。そもそも、エリサが居座る前提で話していたが、こいつはそれでいいんだろうか?

「エリサは、何処かに行く当ては無いのか?家族のところに戻るとか。」

何気なく聞いただけなんだが、哀しそうな顔をされた。俺は悪くねぇぞ。

「群れから追い出されたあたしに、行くところなんかないもん。生きるだけで、精一杯だった・・・」

・・・

その手の重い話しは聞きたくねぇな。

「だから、ご主人のところに来て、今は嬉しいんだ。」

「まだ飼うと決めたわけじゃない。」

「え・・・。それに、ペットじゃないよ!」

一瞬不安そうな顔をするが、どちらかというと飼うという言葉の方に強く反応した。どっちにしろ現状は、流れで連れて来ただけだからな、結論には至らない。

「此処に居るなら、働け。」

「分かった。」

まぁ、今はこれでいいか。今後どうするかは、状況を見て判断すればいい。

「とりあえず、小屋と首輪は用意してやる。」

「だからペットじゃないってば!」

エリサの文句を背中で受けながら、俺は開店のため店の方に移動した。




開店して間もなくだ、来るべき時が来てしまった。いや、思い出したはいいが、いろいろありすぎてやっぱり忘れていた事なんだが。だから、逃げる準備もしてねぇ。


扉を開け入って来た姿を見た瞬間、そんな事を思って硬直している間に、ガリオスは目の前に迫っていた。恐る恐る見上げると、突然満面の笑みを浮かべる。

怖ぇよ・・・


「いや、ありがとう。君のお陰で万事解決したよ。」

・・・

媚薬で?

意味がわからん。

殺したいほどの相手だったんじゃないのか?

だが、本人が満足ならそれでいいか。詳細については興味ねぇし。

「実は同じ通りで店を開いてたコリーナという店主が居るんだけどね。」

いや、聞いてねぇ。

話すな。

「犬猿の仲と言うか、嫌がらせがエスカレートして手が付けられなかったんだよ。そこで、話し合いと称して薬を盛ってやったんだ。」

薬以外にも解決方法はありそうだが、思い付く範囲じゃろくな事にならないだろうな。確かに一番手っ取り早いのは相手が死ぬことだが、それじゃ自分も終わってしまう。それで気付かれないようにか。

知りたくもねぇ事をさらっと言いやがって。

「ところが、その話し合いの場でね。」

嫌な顔をしてやっているんだが、ガリオスは気付かないのか、話したくてしょうがないのか、喜々として続ける。

「彼女は共同経営の話しを持ち掛けて来たんだ。行く行くは傘下にも入りたいと言い出してね。」

そりゃ良かったな。

もう終わりでいいだろう。


・・・

約小一時間、ふざけんな。

「というわけで、こんな解決方法に至るとは恐れ入りました。」

俺はお前の口が塞がらない事に恐れ入ったよ。

誰か客でも来てくれりゃ、切り上げる切っ掛けになったんだが、こんな時に限って誰も来やしねぇ。

「では、約束の報酬です。想定内の出費をかなり抑えられましたので、少し色を付けておきました。」

ほう、気が利くじゃねぇか。

「また何かあれば、相談に乗ってください。」

もう来んな。

面倒くせぇ。

俺のそんな思いは知らないだろうが、ガリオスは小袋をカウンターに置くと、満面の笑みで一礼して店を出て行った。


「どれどれ。」

俺は早速、置かれた小袋を開けてみる。

「き・・・金貨!」

この世界に来て初めて見たぜ。銅貨や銀貨は普通に見慣れたが、金貨は見た事が無い。

日本の小銭とは違い、同じ銀貨でも大きさによって価値が違う。つうか重たいんであんまり持ち歩きたくない。スマホでほとんど済ませていた時代から考えれば、金属を使ったクソ重たい通貨なんざ邪魔者以外の何物でもない。

が、これが無いと生活出来ないってんだから、慣れる以外にないよな。

でだ、入っていた金貨は大きいのが10枚。

これ、とんでもねぇ金額なんじゃないのか?もしそうなら、ウハウハじゃねぇか、やるな俺。

「ちょっと楽しくなってきたぞ・・・」

俺は自然と笑みを零しながら呟いた。本当は笑いが止まらない状況になりそうだが、そこは堪えておく。

今回はたまたまだ、今後同様の報酬が手に入れられるとも限らない。

「だったら、金貨を貰えるような仕事の基盤を作るまでだ。」

俺は一枚、指で弾いた金貨を掴むと言う。正直、その基盤が出来れば表の薬屋なんて娯楽程度でよくなるわけだ。

それに、こんな狭い家からも脱出出来る。そうなれば、王都とやらに店を出して、さらに悠悠自適な生活も可能なんじゃないか?


なんか、リアルでゲームをしている気分になってきた。


「報酬と言えば、まだギルドに報告してねぇや。」

ふと思い出し口から出る。

客も来ないし、ちょっと出かけて来るか。

待てよ、あいつはどうする?留守番くらい出来るだろ。そうじゃなきゃ、俺がおちおち出掛けられない。

言えば黙って待ってそうな気もするが、家の中を荒らされるんじゃないかという不安もある。とりあえず言うだけ言ってみるか。


ダイニングに戻るとエリサの姿は無い。まさか中庭で薬草食ったりしてないだろうな・・・

そう思って見てみるが居ない。ちなみにトイレにも風呂にも居なかった。残るのは俺の寝室だが。


・・・

「おいクソ犬。」

よりにもよって俺のベッドで寝てやがった。

「んにゃ、ご飯か?」

俺は問答無用で足を掴むと引き摺り下ろす。

「痛っ・・・」

落ちた時に頭を床に打ったようだが知った事か。

「酷いよご主人・・・」

「そこは俺のベッドだ、勝手に寝るんじゃねぇ。いや、許可も出さないがな。」

頭を摩りながら困惑した表情で見て来るので、きっぱりと言ってやる。これは部屋にも鍵が必要だな、それは後で取り付けるとして。

「ここに住んでいいなら、あたしもふかふかの上で寝たい。」

我儘な奴め。

「分かった分かった。」

「ホントか!?」

「犬小屋に毛布を付けてやろう。」

何しろ、予想外の報酬が手に入ったからな。毛布くらい余裕だろう。

「だから犬じゃないってば!」

今の状況を見ると、家に残して行くのは不安しかないな。仕方が無い、連れて行くしかないか。

「ちょっと出かけるぞ。」

「お出かけか、行く。」

出掛けると言ったらエリサは嬉しそうにした。まるで散歩に行くときの犬のようだな。




昨日、この街に来たばかりだからか、物珍しそうに見まわしている。俺もやらなかったかと言われれば、否定する事は出来ないが、そこまで露骨にはしていない。

とりあえず距離を取って歩くが、気付くと縮められていた。

首輪が無くてもどっか行ったりしないだけいいか。

放置して責任問題になっても困るしな。


「あ、リアちゃん。本当に依頼終わらせたんだね。」

ギルドに着いて真っ先にカウンターに行くと、メリアが笑顔で迎えてくれた。ってか、何故もう知っている?

「村長さんからお礼の封書が来てるよ。」

へぇ。まぁ、馬車で2時間程度の距離なら、直ぐに届いていても不思議じゃないか。

「後味の悪い思いもせずに解決してくれて嬉しいって、書いてあるわよ。」

そう言って紙を渡してくる。

「いらん。」

そんなものを貰っても何の足しにもならねぇ。

「あら、照れてるの?」

照れてねぇよ!アホか、俺の今の態度を見て何でそうなるんだよ。

「それと一緒にね。」

まだ何かあんのかよ。

「これも入っていたわ。良かったじゃない、特別報酬よ。」

報酬と聞いたからには受け取らないわけにいかないよな。俺は受け取った用紙を確認する。


『ヘリサ特産 特級白菜引換券 3玉』


・・・

食費の足しにでもしてやるか。帰り際に貰ったのを食ってなかったら、破り捨てていたところだったぜ。

「凄いわね、良かったじゃない。」

「たかが野菜じゃねぇか。」

どうせだったら金をくれりゃいいのに。

「もしかして、特級白菜の価値、知らない?」

葉っぱにどんだけの価値があるってんだ。

「やっぱり。特級は数が少ないから、普通のお店でもなかなか手に入らないのよ。値段にすると、高い時は銀貨3枚くらいにはなるかな。」

高ぇ!!

俺の薬より高いじゃねぇか、なんだその白菜。

「マジか?」

「うん、マジ。」

待てよ、という事はこの引換券を誰かに売れば、もっと安い食材がいろいろ買えるよな。

「こういうのを換金出来るところは無いか?」

そう聞いた瞬間、メリアから笑顔が消え引いた。やっぱりその顔は可愛くねぇ、普段とどうしてそこまで差が出るのか謎だが、だんだん媚薬を使う気が薄れてきた。


「高級料理店、貴族、王城でも使われる白菜よ、一般人が食べられる機会なんてまずないの。記念に食べた方がいいんじゃない?」

まぁ、それも一理あるが、俺に高級食材を味わえるとは思えない。

「それでぇ、1玉私に頂戴?」

さらっと本音を吐きやがったな。

「だがその前に、約束を忘れてないだろうな?」

「覚えてるよ、食事でしょ?」

お、なら話しは早い。口約束しかしてないから、はぐらかされても仕方ねぇかと思っていたんだが。

「で、何時ならいいんだ?」

「割といつでも。前もって言ってくれたら予定は空けておくね。」

「そうか、それじゃ後で調整して伝えるわ。」

「うん、楽しみにしてるね。」


それが本当かどうかはさておき、実は白菜の話しが無かったら有耶無耶にされていたんじゃないかという気がしてならない。

どっちにしろ、薬を見直す時間が出来て良かった。少し改良の余地はありそうだからな。


「ところでさ、一緒に入って来たあの子、何?」

メリアが指を差した方向には、観葉植物の匂いを嗅いでいるエリサが居た。あぁ、忘れてたわ、あいつの存在。まさか食う気じゃないだろうな・・・

「さぁ、迷い犬じゃね。」

他人の振りをしておけば食ってもいいか、そう思って生暖かい視線を向ける。

「いや、一緒に入って来たよね?」

「勝手に着いて来たんだろ。」

という事にしておけば大丈夫だろう。

「それより、依頼達成の報酬は?」

「あ、そうだった。今持って来るね。」

と言って、メリアは奥の方へ走って行った。肝心なものを忘れてんじゃねぇよ。それが目的でみんな依頼を受けてるんだろうが。


「お待たせ。」

そう言ってメリアが差し出して来たのは小さい金貨1枚。手数料はギルドで取っていると聞いたが、どれくらい取ってるのかは知らない。

「今回は討伐だったから、ちょっと割がいいんだ。」

「そうなのか?」

「そうよ。」

となると、ガリオスからの報酬は相当な額だな。そうなると、此処で依頼受けるよりも個人で受けた方が儲かるのは間違いない。

ただ、俺にはその伝手が無いのが問題だ。暫くはギルドの依頼でも受けながら、時を待つか。

「今日は何か依頼受けるの?確か薬に依頼もあった気がするの。」

「そういやまだ見て無かったわ。ちょっと見て来るか。」

俺が掲示板に移動しようと振り向くと、目の前にエリサが居た。

・・・

「ご主人~、まだ掛かるのかぁ?」

「へぇ、ご主人ねぇ。」

その直後、後ろからメリアの冷めた声が聞こえた。

このクソ犬!

「どちら様ですかね?」

とは言ってみたものの、手遅れだった。

「また意地悪した。」

エリサは頬を膨らませながら言う。それはどうでもいいが、今こいつの素性を知られるわけにはいかねぇ。何故なら俺の計画が頓挫する可能性が出て来る。


「で、誰なの?」

「昨日飼ったんだ。」

「あたしはペットじゃないぞ!」

うるせぇ。

「今日のところは帰るわ、また明日来る。」

それだけ言うと、俺は逃げるようにギルドから立ち去った。

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