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05.こんな筈じゃなかったんだが

俺は死を覚悟した。まぁ、一度死んでいる身なんで今更って気もするが、それでも死に直面するってのは良い気分じゃない。

むしろ最悪な気分だ。

最悪と言っても、生の終了は気分も糞も無くなるから、そこだけは救いなのかも知れない。

とは言えだ、死にたくないと思うのも当たり前だ。もう少しでいい、せめてメリアと食事させてくれればいいのに。今度こそお持ち帰り・・・

ぺちゃ・・・

よく分からない音と共に右頬に生暖かい感触。その後に訪れる不快感。

「リア、大丈夫?」

硬直している俺の正面に回り込んだアニタが不安そうな顔で聞いてくる。そんな顔をするなら何が起きてるかまず説明してくれ。

とは思うが、慌てないところを見るに、生死に関わる問題ではないのだろう。俺はとりあえず右の方に眼球を動かして不快感の正体を確認する事にした。

・・・

何だこれは?

真横に少女の顔がある。そいつは舌を出しながら人懐っこい笑みを浮かべ、何故か俺に抱き着いている。つまりこれは、懐かれたという認識でいいのだろうか?

しかし、狼の舌ってザラついてないんだな。

そうじゃねぇ!そんな事はどうでもいいんだ。

「心不全起こすんじゃなかったの?」

そうだ。アニタに言われて思い出した。俺は薬を使った筈だ。

「あ、分かった。心臓に対してじゃなく、ココロに不全を起こしたのね。」

黙れ。

面白くもねぇ、死ね。


俺はとりあえず、狼少女を抱き返す。何が嬉しいのか知らないが、そうされる事で喜んだようだが、知るか。俺はそのまま横に、地面に転がすように投げ飛ばす。

「きゃうん。」

「あ、酷いよ。」

うるせぇ。

お前にはドロップキックをくれてやろうか。

その前に、だ。俺は薬の瓶を確認する。鼠に効果があるものは、人間にも概ね効果を及ぼす。だが、こいつは魔獣の類だ、人間でも一般動物でもねぇ。という事は、同様の結果は得られない、という事なのか?

・・・

・・・

・・・

あ・・・

これ、媚薬だ。


やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・


「どうしたのリア、頭を抱えて痛むの?」

蹲る俺にアニタが駆け寄ってくると心配そうに覗き込んで来た。頭痛じゃねぇ、頭が痛いんだよ。と、バカな発言をしそうなくらいにやっちまった。別の意味で頭が痛ぇ。

その頭痛の種も近寄って来て覗き込んで来る。

いや、蒔いたのは俺か、くそ。

「ねぇねぇ、お腹空いた。」

・・・

人語を喋りやがった。

「そう言えば、私たちも晩御飯食べてないよね。」

乗るな。

俺も混ぜるな。

「何か食わせろ。」

今すぐにでも薬を口の中に突っ込んでやりたいが、生憎手持ちの薬はこれしかない。

「でも、ご飯の前に服を着た方がいいんじゃない?」

「人狼になると破けるからやだ。」

何で食べる前提で話しをしてんだよこいつら。

「リア、上着貸してあげたら?」

「お前が脱げ。」

「え・・・肌着だけになるからヤだ。」

いいじゃねぇか。その立派な膨らみを晒して俺の目の保養にしろ。




結局俺の上着を着せて、村長宅に俺たちは戻った。

ワーウルフはエリサとう名前らしい。生意気にも女性のそれっぽい名前を使ってやがる。

エリサは野良のワーウルフらしく、食料が手に入り難くなったから、手っ取り早く手に入る村の白菜を狙ったんだとか。

村長にそれを説明して、エリサをこき使うよう押し付けたんだが、要らねぇとかぬかしやがった。俺も要らねぇ。だが、薬の所為かエリサは俺から離れようとしなかったのがさらに鬱陶しい。

退治ではないが、白菜の被害が解消された事で、依頼は無事完了となった。腑に落ちないが・・・


翌朝、一宿一飯の礼を村長に伝えると、俺たちは朝一の馬車に乗った。村長は泊めてくれた上に、お礼だと白菜までくれたよ。

通常の報酬に関してはギルドに報告すると、ギルドが依頼主から預かっていた金額から手数料を差っ引いて渡してくれる事になっている。だから、この白菜は追加報酬になるのだろう。俺はそれを有難くもらっておいた。




「と、言う事で、俺も独り暮らしだし、生活に潤いが欲しいと思っていたところなんだが、ついに念願のペットを手に入れた。」

家に戻った俺は、ダイニングで独り言のように言う。

「念願?」

黙れ。

「ペット?」

うるせぇ。

「耳と尻尾が付いてんだからペットだろ?」

「ペットじゃないよ、エリサだよ!」

そもそもペットという概念が分からないんだな。やはり人として扱うには抵抗がある。にも拘らず人語を操るとか、面倒な事この上ない存在だな。


「それよりなんか食わせろ。」

「人様の家に来て随分な態度だなクソ犬。」

俺はエリサの顎を右手で掴んで冷めた目をする。そもそも態度がなってない。

「犬じゃないもん、誇り高い狼だもん!」

「盗み食いする誇りなんざ、それこそ犬にでも食わせてしまえ。」

俺は掴んでいた顎を、そのまま投げ捨てるようにエリサを放る。

「きゃん・・・」

「ちょっと、いくら何でも扱いが酷いわよ。」

ほう。

「ならアニタが飼うか?」

「あ、私ご飯の準備するね。」

この女・・・

「やった♪」

やったじゃねぇよ駄犬が。俺はこれから二人分の食費を稼がなきゃならんのか。待て待て、報酬が欲しくて仕事の依頼を受けたのに、出費が嵩む結果になるとか阿呆過ぎじゃねぇか俺・・・


「その前にお風呂に入って来なさいよ、臭うわよ。」

俺か?若干凹んでいたところに追い打ちのような言葉。いや、多分俺じゃねぇな、アニタが見ているのはエリサの方だ。

「そう言えばお前、風呂は入るのか?」

「水浴びくらいならするよ。」

ダメじゃん。

「ね、その間に用意するから。折角だから白菜使った料理にするわよ。」

「おぅ、それはいいな。」

俺は料理出来ないからな、その点に於いてはアニタの存在は当たりだろう。他は役にも立たないが。

「リアも一緒に入るのよ、臭い移ってるし。」

やっぱ俺もか・・・

はっ!さてはこの女、臭いが付くから服を貸すの嫌がったんだな。そういうところだけは抜け目がないな。後でなんか仕返ししてやろう。

「ところで風呂ってなんだ。」

知らずに答えてたのかよ。

「さっぱりする場所だ。飯も美味くなる。」

「ホントか!?行く!」

バカめ。

「よし、いくぞご主人!」

言うだけは良いが、何処に行くかもわからずにエリサは首を傾げた。


「ほう、ここが風呂か。」

面倒くせぇ。

「まずは頭から洗うぞ。」

言いながらお湯を頭からぶっかける。

「ぬぁっ!何だこの水、熱いぞ。」

「お湯だ、覚えろ。水だと身体が冷えるから、お湯で身体を綺麗にすんだ。」

「うん、分かった。」

本当かよ。

だが、この獣を綺麗にしてやらんと、家の中に置くわけにもいかない。あれか、いっその事中庭に犬小屋を作ってそこに住ませればいいか。

「うぉ、なんだこのモコモコは?食えるか?」

「食うな。」

はぁ・・・

石鹸の泡を食おうとするエリサを慌てて止め、お湯で流したあと、今度は身体に取り掛かる。そういや、他人の身体を洗った事なんてねぇな。

「ご主人、ちょっとくすぐったいぞ。」

背中を洗い、脇に移動したくらいで身体を捩ってエリサは抵抗する。

「ちょっと我慢してろ。」

そこから前に移動して・・・無ぇ・・・アニタくらい出てれば揉み洗いくらいはしてやったのに、面白くねぇな。

「次からは自分でやるんだぞ。」

「え、ご主人がやってくれんじゃないのか?」

「風呂は一人で入るもんだ。」

毎回やってられるか。

「分かった。覚えるから、もう一回一緒に入って欲しい。」

・・・

そういう頼み方なら、仕方が無いな。

「良し、最後の仕上げだ、入るぞ。」

俺は言いながら湯船に入る。

「これに入るのか?」

「そうだ。ここでちゃんと身体を温めて、疲れを取るんだ。」

エリサは手を入れて引っ込めたりしながら、恐る恐る入って来た。怪訝な顔も、浸かっているうちに緩んで来る。

「これ、何か温かいものに包まれている感じで、何か安心する。」


しかし、媚薬の効果はあったと言えるから成功でいいだろう。ただ、それほどの効き目があったようには思えない。

となると、濃度を上げるか、成分を調整した方がいいようだ。メリアとの飯はそれからでもいいか。日程は報告しに行った時に調整しよう。

あ、そっか。この後、ギルドに報告しに行かなきゃな。

そう思いながらエリサに目をやると、今にも眠りに落ちそうだった。まぁ、風呂は気持ちいいよな。

落ちた後沈んで慌てる姿でも見てやるか。

取り敢えず俺は、媚薬の完成度を上げる方向で頑張るしかないな。心不全を起こす方は割と成功だったんだが。

・・・

・・・

・・・


「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「な、何事だご主人!?」

ある事を思いだした瞬間、湯船から行きおいよく立ち上がって叫んだ。もう叫ばざるを得ない。

このクソ犬の所為ですっかり忘れていたが、これはまずい。

ガリオスに渡した薬、媚薬じゃねぇか・・・


下手をすると俺の命に関わるかもしれん。テオドラ一家は黒い噂があるとアニタも言っていた。今のうちに夜逃げの準備でもするか?

ガリオスが何処の誰にどういった理由で薬を使おうと思っていたかは知らん。その辺の事情を聞くと面倒臭いんで、聞かない事にした。今後もおそらく方針は変わらないだろうが、一発目でこけたら意味がない。


くそ・・・どうするか。






-メルアキア地方 王都ミルスティ-


(旨い!ジャンクフード漬けだった生前に比べて、出て来る料理はまるでレストランのようだ。行った事はないけど。)

少年は食卓で、シェフが運んで来た料理を次々と平らげて行く。

「マール様、本日の予定ですが。」

その横でメイドが手帳を開き口にする。その言葉に少年、マールはこくりと頷くだけで、朝食を続けた。

「午前中は先生がお見えになりますので、勉強のお時間となります。本日は数学教師のハイデラ氏と、地政学教師のライネ氏が担当です。」

(何でこの年になってまで勉強なんか・・・)

「続いて午後ですが、ピアノのレッスンと、剣術の稽古になります。ピアノ担当は引き続きセニル氏、剣術は本日、王城よりミレヴィン大隊長がお見えになります。」

「分かった。」


返事はしたが、マールは正直面倒だった。

(僕は運が良い。ただ、この習い事さえなければだけど。確かに、東京の環境に比べたら電気も無い田舎だが、貴族の生活を出来るだけもで素晴らしい。)

食事をしながらうんざりした気分にもなったが、境遇を思い起こせば自分の幸運に口の端を上げた。

(このまま成長すれば、何れ家督を継ぐことになるだろう。当然、女を選ぶ立場にもなる。)

そう思えば、笑いすら込み上げてきた。

(僕を振ったあのクソ女も、毎日パワハラで嫌がらせをしてきたクソ上司も、首を切ったクソ会社も無い。それどころか、今度は僕が上に立ち、女を選ぶ立場なんだから、これ以上の幸運は無いだろう。)


現実にこんな事が起こるなんて思ってもいなかったマールにとって、慣れ親しんだ異世界話しのお陰で、すんなり現実を受け入れる事が出来ていた。

生前の自分を知る人間なんて誰も居ない、しかも貴族になっている事は僥倖以外の何物でもない。

そう思えば、愉快でならなかった。






-神都ヴァルハンデス-


「おい駄神。」

机に座っている女性に対し、冷たい目をした男性が話しかける。振り向いた女性は頬を膨らませて男性に目を向けた。

「ちょっとソア君、先輩に向かってその口の利き方は駄目でしょう?」

「事実だろ。」

「あのね、ソア君はまだ300歳くらいでしょ?私は幾つだと思ってるの?」

「1200歳を超えたクソババァ。」

「ソア君!!」

膨らませていた頬を戻し、勢いよく立ち上がると女性はソアを睨み付けた。

「おや、レアネ様もお怒りになるんですね。」

「当たり前でしょ。多少の悪態は気にしないけど、言い過ぎは良くないわ。」

声を多少荒げるレアネに対し、ソアは変わらず冷たい視線を向けたままで正面から受け止める。

「1200年もの間、駄神の被害にあっている方こそ怒り心頭だと思うが?」

「どういう事よ。」

ソアに言われ、怒った気を多少そがれたレアネが不服そうに聞き返す。それに対し、ソアは2枚の羊皮紙を机の上に並べた。

「あぁ、この前の二人ね、これが?」

「大神ロアーヌ様の啓示も、クソ神に掛かればこういう結果になるんだよ。誰がどう先輩なのか説明して欲しいもんだな。」

「何よ、ちゃんと入れたじゃない。」


不服そうにしながらも、レアネは置かれた羊皮紙を見比べる。確かにこの前転生させた二人ではあるのだが、自分の仕事に不備があったとは思えない。

「我々の目的は何だ?」

「精神と技術の補完よ、今更何よ?ソア君が生まれる前から私はやっているのよ。」

「つまり俺が生まれる前からクソ神は世界に不幸を撒き散らしていたわけだな。」

その言葉に、レアネはまたもソアをきつく睨んだが、手を握って力を籠めると、それ以上を堪えた。

「その言い方やめてよ。そこまで言われる筋合いはないわ。」

「じゃぁ便所紙だ。」

パァン・・・

限界に達したレアネの平手打ちが、ソアの頬を打った音が、部屋の中に響き渡る。反動で横を向いた顔を、ソアはレアネに向けなおした。

「本来、マール・アルマディに入るのはローラ・マクレディだった。アルマディ侯爵家は、王都ミルスティを更なる繁栄に導き、その功績から大貴族となって称えられる。それがロアーヌ様の啓示でもあった。」

「そんな事、言われなくても分かって・・・本来?」

淡々と話すソアに対し、更に苛立ったレアネだったが、ソアの言葉に引っ掛かり疑問を浮かべた。直ぐに慌てて先ほどの羊皮紙を確認する。


「ソア君・・・ど、どうしよう・・・」

羊皮紙を見ていたレアネは、青褪めた顔をソアに向ける。だがソアは、既に背中を向け歩き出していた。

「ねぇ・・・」

「だから駄神だと言ったんだ、俺が来てから何回やらかしたかも覚えて無いだろう。いい加減にして欲しいのは俺の方だ。」

ソアはそれだけ言い残すと部屋を後にする。

残されたレアネは、その場で頽れ床に手を付くと項垂れた。




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