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04.ケツが痛いんだが

惨劇から一週間経った有楽町某所では、献花台に乗り切らない花や供え物が溢れ道路を埋め尽くしていた。今でも花を持参し置いていく人は絶えない。

道路や歩道は洗浄済みなのか、惨劇の形跡は見られないが、当時居合わせた人間の心や脳裏には刻み付けられただろう。

買い物、帰宅等、夕方の混雑時に起きた惨劇は、メディアもネタに困らないようで、その賑わいは絶えていない。所詮他人事だと、映像越しにしか知らない他人とメディアの熱は、何れ風化していくのは常世ならではだろう。


死者16人、重傷4人、軽傷25人


軽傷には逃げる際に転んで怪我をした人間も含まれるが、起因する事柄が惨劇であったから数に含まれている。


犯人は「栁谷 聖人」24歳


栁谷は警察に囲まれた時点で、持っていたナイフで自分の頸動脈を切断し、息絶えた。伝えられている死者の数に栁谷は含まれていない。


何故栁谷は惨劇に及んだのか。メディアを含め色んな推論が出されてはいるが、死人に口なし、その真意は当然分からない。




「僕・・・死んだんじゃ?」

ベッドで起き上がった少年は、暫く呆然としていたが、そう呟いて右手で首をさする。その右手の掌を眺めて首を傾げた。

次に周囲を見渡して怪訝な顔をする。

「此処、何処?」

広い部屋にある大きなベッド。まったく見覚えの無い光景に少年は考え込む。まだ6、7歳くらいの少年は、暫し考えた後顔を上げた。

まだあどけなさが残るその顔には、笑みが浮かべられていた。口の端を吊り上げて浮かべた笑みは、とても少年が浮かべる笑みには見えない。


間もなく、部屋のドアがノックされると、少年はその笑みを消し、ノックされた扉に目を向けた。









俺は今ギルドという場所に来ている。


あれから程なく媚薬も完成したが、効果のほどは試していない。アニタは身体はいいが、使うと面倒そうなので使っていない。

そんな事よりも、カウンターに置いてあった紙袋で、一つだけ捌けないものがあった。依頼主が取りに来ないものだと思って、何てやつだ、とか思っていたんだが。その紙袋に触れたら、また勝手に状況を思い出した。


それはギルドという所からの依頼で製作したものらしく、自分で持って行かなければならなかったんだ。

面倒くせぇ、取りに来いよ。

内心、そんな悪態を付きながら向かったら、頼んでいた薬、珍しく遅かったね、とか受付の奴が言いやがった。

知るか。

こっちはそれどころじゃないんだよ。受付嬢が可愛い子じゃなかったら、確実に不満を顔に出していただろう。


まぁ、そんな事はどうでもいい。どうやら此処で薬の依頼もあるようなので、それから足を運ぶ事にした。

ゲームかよ、なんて最初は思ったが、どちらかと言えば何でも屋みたいな感じだ。人探しペット探し物探し、配達やらと日常的な事が多い。ゲームで在りそうなモンスター退治なんてものは、存在すらしない。

事は無いんだが。

畑を荒らす猪を退治してくれって、本当に猪なのかモンスターなのか不明だな。実際に猪だったとしても、現代っ子のおっさんに動物と戦う力はない!

故に、モンスターだった場合は論外どころか選択肢と存在しないな。


そんなわけで俺の目的は当然、薬の依頼だ。まぁ、薬の依頼なんてそんなに無いんだが。


今日も無いか、そう思って見ていると、気になる依頼を見付けた。

『退治依頼:一度来たワーウルフが度々来るようになりました。捕まえようと思っても逃げ足が速く捕まえられません。攻撃こそして来ませんが、こちらも生活がかかっているので、追い払おうと手を出すと反撃され怪我人も出ています。村の存続に関わる事案ですので、早期の解決を希望します。 ヘリサ村長』


これだ。いよいよ俺の薬の出番じゃないかこれ。そうと決まれば早速依頼を受けよう。俺は決断すると、受付カウンターへと向かった。先程の受付嬢が俺の方を見て来る。向かっているのだから当然だが、悪態を付かなくて良かったと内心で安堵した。今後、このギルドを利用する事を考えれば、なるべく嫌な態度は遠慮せざるを得ないよな。

「仕事が終わったら、食事でもどうだい?」

俺はカウンター越しに受付嬢に声を掛ける。一瞬きょとんした顔をしたが、直ぐに笑い出した。

「リアちゃんあんまり話さないでしょ。それに、イケメンじゃないし。」

けっ。

確かに可愛いけどよ。胸もアニタ程じゃないが、そこそこ膨らみがあり良い感じだ。だから自分に自信があるのか、あっさり断られた。仕方が無い。

「ねぇ、酒牧さん。って言ってみてくれ。」

俺の意味不明な発言に、受付嬢は首を傾げる。

「ねぇ、サカマキさん。」

いいね。

今日はこれくらいで勘弁しておいてやるか。

・・・


って、俺は何をしているんだ。仕事をしに来たんだろうが・・・

「いや、そこに掲示されている仕事をしたいんだが。」

「あれ、今日は薬の依頼無かったと思うけど。」

そんな事は知っている、俺が聞きたいのはどうやったら受けられるのかだ。だがそれを言ったところで、受付嬢は分からないだろう。

「あれだ、ヘリサ村のやつ。」

「えぇぇっ!」

俺がそう言った瞬間、受付嬢が大きな声で驚いた。周囲の視線が集まるから止めてくれ。

「別に戦うわけじゃねぇ。ちゃんと薬を使った方法を思いついたから受けようとしているんだ。」

「マジ?」

「あぁ、マジ。」

受付嬢は疑わし気な目を向けていたが、笑顔になると受付票なるものを出してペンを渡してきた。つまり、これに書けって事か。


ペンを受け取るとき、一瞬受付嬢の手に触れる。この子の名前はメリアらしい。どうやら薬に関わらず、リアが記憶しているものは触れれば解放されるようだ。アニタ等は薬と結び付けられているから名前が分かったのかと思ったが、そうじゃ無いようだな。

という事は、他にも触れる事によって知り得る知識がありそうだ。

そんな事を考えながら俺は受付票に必要事項を書いていく。書いた事もない文字を普通に書いている自分に、違和感を感じながら。

「でも助かったわ。」

俺が自分の行動に不快感を感じていると、メリアが微笑んで言ってくる。

「何がだ?」

「セルアーレは平和な方なのよ。魔獣相手となると、街の近衛兵か、王都に依頼を出すか、たまたま通りかかった手練れの冒険者くらいしか相手に出来ないわ。」

へぇ。

どうでもいい。

「そう思うなら俺と食事してくれ。」

「無事倒して帰ってきたら、いいよ。」

言ってみるもんだな。だがこれはチャンスだ。

「二言は無いな?」

「うん。本当に倒したなら、その話しも聞きたいから。」

なるほど、そういう事か。まぁ理由はどうでもいい、それよりも俺が媚薬を使う時が来たという事の方が重要だ。


「ところで、ヘリサ村ってどうやって行くんだ?」

「え・・・」

今までにこやかな顔をしていたメリアの表情が引き攣る。うぜぇ。知らないもんは知らないんだからしょうがねぇだろ。

「馬車乗り場から馬車に乗って、2時間くらいだよ。」

馬車か。

電車なんてあるとは思ってなかったが、それは悪くないな。最悪徒歩を想定していたから、乗り物があるだけで十分だ。

それに、馬車なんて乗った事もないから、楽しみでもある。

「そっか。じゃぁ終わったら報告に来るわ。」

「頑張ってねー。」

記入を終え、ギルドを出ようした俺にメリアが手を振ってきた。悪くない気分ではあるが、馬車の乗り場が何処に在るかを聞く事は出来なかった。

ぶっちゃけると、また引き攣った顔をされるのかと思うとな。あまり可愛くなかったので止めといた。




俺は家に戻ると、直ぐに出かける準備をする。まだ午前中だから、今から行けば日帰りも可能だろう。

馬車の乗り場も確認済みなので、村までは迷う事もなく辿り着けるだろう。当然、店は臨時休業だ、既に扉に下げるプレートも作ってある。


「何処に行くの?」

店を出ようとしたら、アニタが入って来て聞いてくる。こいつ、本当にストーカーなんじゃないだろうか。

「狼退治。」

黙っててもしつこく聞いてきそうだから、答えておく。

「ホント!?」

「あぁ。」

「待ってて、私も準備して来る。」

・・・

今なんて言った?

「俺の聞き間違いじゃなければ、行くと言ったか?」

「当たり前でしょ。リアを一人で、そんな危険な仕事に行かせられるわけないじゃない。」

危険でも何でもないんだが。だが言ったところで聞きはしないだろう。

「いいけど、邪魔はするなよ。」

「失礼ね。」

いやどっちがだよ。俺は仕事で行くんだっての、着いて来る方がどうかと思うがな。とりあえずアニタは準備にしに行ったので、俺も店を出る。


外から扉に鍵を掛け、本日臨時休業と書かれたお手製のプレートを下げた。

「よし、行くか。」

待ってやる義理はない。




馬車乗り場に着くと、ヘリサ行の馬車は昼に出発らしい。その辺の確認不足は仕方が無い。スマホが在れば検索可能な事も、この世界じゃ出来ない。

そうなると、馬車も定時に往来すると考えるのは間違いな気がしてきたな。御者の気分で時間変更も十分にあり得る。

「待ち合わせは乗り場だったかしらぁ?」

「痛い痛い・・・」

そんな事を考えていると、後ろから頬を掴まれて引っ張られる。アニタさんは明らかにご立腹のようだ。

「私も行くって言ったでしょ。」

置き去り作戦は失敗だったか。

いや、置き去りにしても後から来そうだな・・・




馬車というものは初めて乗ったが、乗り心地は悪い。というのも、椅子の部分は木製だが剥き出しだ。その状態で街中の石畳や、舗装もされていない道を走るのだから、良いとは言えないだろう。

せめて、クッションの様なものを用意してもらいたい。

つまり、ケツが痛ぇ・・・

現代っ子の俺には耐えられる乗り物じゃないな。今度利用する時は、自前でクッションを持ち込む必要があるな、これは。

「どうしたの?お尻なんか触って。」

うるせぇ。

何でアニタは平気なんだよ。とは思ったが、もともと生活しているのだから、それが当たり前で慣れているんだろうな。

「振動がダイレクトに尾骨を打つんだよ・・・」

「細いからじゃない?」

細いのは俺の責任じゃねぇ。

きっとあれだ、人間は環境適応能力が高いから、普段馬車に乗っている奴は、ケツの皮が厚くなって固いに違いない。

そう思ってアニタのケツを掴んでみる。

「ちょ、急に何?」

「平気そうにしているから、どんな構造をしているのかと思って。」

「いや、同じ人間だからね。」

呆れた目をされる。だが、皮が厚いなんて事はまったくなかった。むしろ俺が求めている感触と言ってもいい。

「脂肪の差だな・・・痛い痛い・・・」

「イヤな言い方しないでよ。」

くそ・・・

だが、理由を付けてケツを触った俺の勝ちだな。




「生贄?」

「誰が生贄だ阿呆!」

村に着いた俺たちは、村長の家を確認して訪れていた。依頼を見て来たと言ったらこの言い様だ。お前を生贄にしてやろうか。

「いや失礼。」

本当にな。

「まさかこんなお嬢さんがワーウルフと戦えるなんて思いもしなかったもので。」

そもそもその発想が勘違いのもとなんだがな。

「そうなの。凄いでしょ。」

お前がドヤ顔すんな。

「格闘だけが戦いじゃない。それで、一つ頼みがあるんだが。」

アホどもの相手はしていられないので、本題に入る事にする。俺の真面目な態度に、村長も表情を引き締めた。

「私で出来る事であれば。」

白菜シロナを少し分けてもらいたい。もちろん、その分の代金は払う。」

「そりゃ構わんが、どうするんだね?」

「それは企業秘密だ。」

これは俺が生きていくための方法だ。他人においそれと教えるものじゃない。


「薬を使うんですよ!・・・いったーい・・・」

思わず太腿にローキックを入れていた。

「何をドヤ顔で人の秘密吐いてやがんだ。」

「いいじゃない別に。」

「俺が生活するために必要な技術であり知識なんだよ。この村だって白菜がなきゃ困るだろ、それと同じ、つまり大事な財産なんだよ。」

今後、仕事をするにあたりアニタを連れて行くのは考えた方が良さそうだ。

「ごめん・・・。」

意外と素直に謝ったな。大人しくしていれば可愛いんだが、やはり残念だ。

「で、ワーウルフとやらは何時出るんだ?」

「そりゃ夜行性だから、夜に決まっとる。」

・・・

おい。

何だその、何当たり前のことを聞いてるんだ的な言い種は。

「教えとけよ。一泊じゃねぇか。」

「私だって知らなかったわよ。」

使えねぇ。




とりあえず村長の好意で泊めてもらえる事にはなった。

俺は夕方から白菜に薬液を含め、ワーウルフが現れると言うルートに幾つか配置する。普段はそんなところに置いておくなんて事はしないと言っていたから、食うかどうかは不明だ。

保険として、一番近い民家の白菜保管場所にも設置してある。概ね狙われるのはその家らしいから。


実はこの薬、テオドラ一家の奴にも渡している。

リア自身は本当に興味が無かったのか、記憶に名前は存在しなかった。だが、薬を渡すにあたり、誓約書にサインをさせたのでガリオスという名前は判明している。偽名じゃなければだが。

誓約書には主に

・薬の出処は一切口外しない

・俺の名前も口外しない

・薬による弊害が発生した場合は自己責任であり、俺が責を負うものではない。

・薬の効果が望む結果を齎さなくても、俺が責を負うものではない。

まぁ、他にもあるが俺が被害を被らないような内容をつらつらと書いたものだ。


「今夜も来るかな?」

来てもらわないと困るんだが。何泊もこんな村に居るわけにもいかない。

「味を占めたのか、最近はほぼ毎晩と言っていたから、来るだろ。」

「今日はお腹を壊してるかも。」

可能性としは無いと言えないが。

「なんだ、失敗でもして欲しいのか?」

「あ、そういう意味じゃないのよ。」

一応、近くの民家の人に許可を取り、その近くで監視する事にしたが、ただ待ってるのも暇だ。


と思ったが、その瞬間はそれ程待たずして訪れた。森の方から凄い速さで何かが走って来る。暗くてよく分からないが、おそらくターゲットだろう。

そいつは道端に落ちている白菜に気付き、急停止した。足を地面に踏ん張り滑ると、土煙が舞う。

どんな速さで走ってんだよ。

その頃には肉眼で視認できる距離だったので、ワーウルフというものが本当に存在するんだと、確証を得られた瞬間だった。

確かに、二本の後ろ脚で立ち、その姿のまま行動している。

ファンタジーだな。

ワーウルフは道端に落ちた白菜を、右前足で掴んで口に運んだ。左前脚は腰に当てている。まるで銭湯上がりに牛乳を飲んでいるように。

人間かよ・・・

(強そう、確かに襲われたら怖いわね。)

小声でアニタは言うが、俺はその行動から緊張感を持つには至らなかった。ギャグだろ、その食べ方・・・


ただ、食い方は綺麗とは言えなかった。凄い勢いで齧るために、破片が飛び散っていく。俺としては食ってくれればなんでもいいんだが。

(もうそろそろか・・・)

ワーウルフは一つ食べ終わると、次の落ちている白菜に気付いた。念のため複数用意しておいて良かった。

だが、次の白菜に向かう前に、ワーウルフはよろめいて横倒しに倒れた。

「成功?」

「多分な。確認してくる。」

「私も行くよ。」

薬が効いていれば危険は無いよな。そう思うと着いて来る事に異は唱えなかった。


「これ、誰だ?」

「ワーウルフでしょ。」

「人間じゃねぇか。」

「気分が昂ると全身狼になるのよ。」

こいつは・・・

「他に隠している情報は無いか?」

俺はアニタの肩を掴むと、下から睨め付けて聞く。

「あの、隠していたわけじゃないのよ・・・」

はいはい。そんな真似が出来るとは思ってねぇよ。ただ、まだあるなら今言っておけという意味で言ったんだが、もう無さそうだな。

「ん・・・んん・・・」

げっ!

突然聞こえた声に振り向くと、ワーウルフが起き上がっていた。

「ちょっと、生きてるわよ?」

失敗だったか。が、今なら間に合う、残りの薬を口の中にぶち込んでやれ。

「わん。」

俺はそう思って瓶に手を掛けた瞬間、ワーウルフは俺に飛びついて来た。

くそ、間に合わなかったか。


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