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03.一人で行きたいんだが

いい加減認めざるを得ないか。


翌朝、俺はアニタが用意した朝飯を食いながら、諦め気味にそんな事を考えていた。明らかに死んだ俺が、精神としてガキの身体に入り込んでいるなんて、どう考えてもそれしかないだろう。

以前はかなり流行っていた転生とかいうやつだろう。俺自身、そこまで興味も無いし、当時はこんなのもあるんだなぁ程度に見ていた事もある。だがそんなものは飽くまで空想の範疇でしかない。


誰だってそう思うだろう?


日本に帰るなんて、この現実を受け入れたくなかった俺のささやかな抵抗でしかない。生前の生活考えれば、この生活は不便な事この上ないな。特に電気が無いのは困る。トイレは匂うし、水も手動だ、夜は蝋燭の灯りに頼り・・・って、俺風呂に入ってねぇよ!


それを思い出した俺は、飯を食べ終えると中庭にあった風呂場に向かう。小屋の横に積んである薪を見てうんざりした。日本でもたまにあるけどさ、田舎の昔ながらの家とか、酔狂で薪風呂にしている奴くらいだろ。

まぁ、さっぱりしたいからやるけどさ・・・

この世界に温泉地とかあるんだろうか。


女の身体で風呂に入ったからと言って、何かあったわけじゃない。面倒なのは髪を洗うくらいか。身体に関しては身長も低く細いので、むしろ楽だったがそれだけだ。あとは付いてるものが付いてないくらいで・・・。

あぁ、やっぱりアニタとかの身体ならもっと気分が違ったのかもしれない。まったく、こんなガキに転生させるくらいなら、いっそそのまま死んだままにしてもらっても良かったくらいだ。


「うぇ・・・」

タオル用意すんの忘れたぜ。仕方がねぇから脱いだシャツを着たが、張り付いていい気分ではない。

「あ・・・」

どうせ俺一人なんだから、部屋まで裸で移動すりゃいいじゃねぇか。


ダイニングにあったタオルで適当に拭いたあと寝室で着替え、俺は店内に移動して椅子に座ると本を手に取った。昨日の続きだが、俺がここで生活するためには必要な知識だ。もう帰る帰らないの問題じゃないのなら、ここで生きていくしかねぇだろ。

だったら俺は俺のやりたいようにやってやる。前のこいつがどういうやり方をしていたかは知ったこっちゃない。


そこまで考えたところで、店の扉がガチャガチャと音を立てた。うるせぇな、勝手に入れ・・・

そういや、鍵を開けてねぇな。

俺は渋々立って扉に向かう。一応、扉に備え付けてある丸硝子から外を見てみるが、誰か居るようには見えなかった。

(もう諦めて帰った?)

それならそれでいいが、店は開けておこうと思い鍵を開ける。

「痛っ!」

鍵を開けた瞬間、勢いよく内側に開いたドアは俺の顔を直撃した。

「あ、ごめんリアちゃん、居たとは思わなくて。」

居る居ないの問題じゃなく、もう少し静かに開けやがれ。そう思いながら開けた人物を見ると、そこに居たのはガキんちょだった。10歳前後だろうか、こんなガキも薬が必要なのか?

「で、何の用だ?」

「え?お母さんの薬取りに来たんだよ。」

知らねぇ。

毎回これかよ。

取り敢えずカウンターに行けば分かるか?

「ちょっと待ってろ。」


案の定、カウンターに行くとなんとなくわかった。ただ、紙袋の量が少なくなってきた事を考えると、今後俺が受けていかなきゃならないだろう。

「ガーナンという成分を配合している。食が細くなって痩せてきたというのなら、これで少し様子を見るよう伝えてくれ。」

「ありがとうリアちゃん。」

エイミーはそう言うと、金を手渡してきた。どうやら事前に決めていたようだ。名前に関しても勝手に出て来やがったし。

「今度遊ぼうね!」

「あぁ。」

エイミーは紙袋を両手で抱え、そう言うと店を出て行った。ガキと遊ぶ趣味は無いが、容姿から想定するに母親は美人かもしれない。年齢から考えても30前後といったところか。もちろん、高齢出産していなければ、だが。

だったら、仲良くしておいても損はないだろう。


開店早々に邪魔が入ったが、話しが短いのは助かった。早いところ本を読んで少しでも知識を開放しないと、店の運営もままならない。いざ自分が受けるとなると、現状では出来ない事が多すぎる。

薬を調合さえ出来れば、生きる事自体は何とでもなる。金さえ手に入れば、食事には困らないからな。

そう考えながら本を手に取り、続きのページを開いた。

・・・

瞬間、店内に鈴の音が響く。

(本日都合により休店しますとでも貼っておこうか・・・)

「あのぉ、薬の事でご相談が・・・」

面倒なので話しかけて来るまで相手にしないでおこうと思ったが話し掛けられた。しかも面倒な方だ。

「はい、どんな事でしょうか?綺麗なお嬢さん。」

俺は躊躇う事無く本を閉じ、足を組んで顎に指を当てると、見栄えのいい角度で優しい表情を作り問い掛ける。

「え・・・?」

え?

何故かその女性は引き気味だ。

むしろ不安すら滲み出ている。

「あの、良く効くと評判を聞いて来たのですが、お店の人は?」

「私が店主の酒・・・いや、リアですが。」

そう言えば俺、俺じゃなかったわ。昨日今日で慣れるかっての。


「で、どんな薬をお探しで?」

もういいや、こんな見た目で格好をつけても締まらん。むしろやっちまった事が滑稽でしかない。

「あの・・・」

二十歳そこそこだろうか。その女性は恥ずかしそうにしている。困ってるから来たんじゃないのか?

「最近、なかなか出なくて・・・」

何が?

顔を逸らして言うが、それだけじゃ何も分からん。むしろ何故恥ずかしそうにしているのかも疑問だ。だが、それ以上言葉を発するでもなく、たまにこちらの顔を伺う様に目線を向けて来る。

女性が目線を少し落とした事で、俺はやっと何が言いたいのか気付いた。その女性はお腹をさすっている事から、おそらくアレが出ないんだろう。つまり便秘だな。そんなもん、さらって言えばいいじゃねぇか。

・・・

昔付き合ってた女に、なんであんたはそうデリカシーが無いの!?って言われた事を思い出した。


まぁ、そんな事はどうでもいい。

「どれくらいの頻度だ?」

「4、5日くらい・・・かな。」

俺には分からん。

それに、該当する薬も思い当たらないから、まだ読んでないんだな。

「少し時間を貰っていいか?明日か明後日には。」

「あ、はい。急いではいないので。」


スレイニフ・ネーレ 21歳 便秘 5日程度

ネーレが店を出た後、俺はそうメモに残しておいた。お、なんかそれっぽくなって来たんじゃね?




その夜、たまたま見つかったマグーネムという成分が効果的である事を知り、翌日にはネーレに薬を渡す事が出来た。

それからは依頼されていた薬を渡したり、新たに受けたりしながら只管本を読みふけった。家の中庭に生えていた雑草だと思っていたものは、薬草だという事にも気付いた。おそらくリアが自家栽培していたのだろう。


そんな中、早くもアニタが次の揉まれる日・・・じゃなくて、食事を作りに来る日が回って来た。あれから既に5日も経ったのかと思うとあっという間だった気がする。まぁ、ほぼ本を読むのに費やしたが、こんなに読んだのは人生で初めてだろう。

大学入試の時ですら此処まで食らいつかなかった。

だが、お陰で一つの目標値に達した。


本当は媚薬を先に完成させたかったが、最初に出来たのテオドラ一家が望むものであろう薬だ。一家が欲しているのか、訪ねて来た男が欲しているのかは不明だが。

ジゴキスという成分を調整し、とある成分を混ぜると心不全を起こす。

・・・

多分な。

という事で、アニタが帰った後、俺はそれを試しに行こうと思っていた。街の中でたまに見かける鼠あたりが妥当だろうと思っているのだが、出くわすかどうかだけは運次第だ。




アニタが帰って暫くして、俺はクローゼットから暗めの服を見繕って着替える。流石に堂々と薬の試験を行う気にはなれない。

「さて、行くか。」

「何処に?」

「うおっ・・・!」

余りの驚きに叫びそうになったが、夜も遅いので何とか堪えた。別に周囲に気を遣ったわけじゃ無い、俺が気付かれたくないだけだ。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ。」

失礼ね、とでも言いたげな顔で、アニタが近くに居た。お前が失礼だっての。帰ったんじゃねぇのかよ。いよいよストーカー説が濃くなってきたな。

「散歩だよ。」

「珍しい、私も行こうかな。」

行こうかな、じゃねぇよ。ふざけんな。帰れ。

「俺は一人で行きたいんだよ。」

「そんな邪険にしなくてもいいのに・・・分かったわ。あまり遠くに行っちゃダメよ。」

「分かってるって。」

保護者か。

まぁ、すんなり引き下がってくれたのは良かった。着いて来られても面倒だからな。


俺は店から歩き出すと、裏路地を見つけては覗くを繰り返していく。残念ながら今のとこ当たりは無い。昼間でもたまに見かけたくらいなんだから、居てもいいだろうが。

そう思いながら次の路地まで行くとまた確認する。

それを追いかけるように、アニタも路地を覗くとまた俺の後ろを付いて来た。


って待て・・・

「何で着いて来んだよ。」

「違うわよ。私も一人で散歩しているだけよ。」

物は言い様だな、おい。

胸は良いんだが、多分頭の方はアレだ、危ない奴だな。そういうの、知らない方が楽しめたんだが、残念だ。

「・・・」

突っ込もうとも思ったが、不毛な思いをするだけな気がしたので止めた。アニタの事は気にせずに、やる事をやってしまおう。


それから何度目かの路地で、やっと鼠を見付けた。餌を探しているように、鼻をひくひくさせながら周囲を伺っているようだった。俺はその鼠に近付かないようにして、チーズを投げてみる。

まぁ、あまりコントロールは良くないので近くには落ちなかったが、そこは鼠が頑張った。匂いに釣られてチーズを見付けると、手に持って齧り始める。

「ねぇ、鼠の餌付けなんて何考えてるの?」

・・・

俺はもう一欠けチーズを取り出すと地面に置く。

「鼠は止めた方がいいと思うわ。汚いイメージだし。他の動物にしたら?」

無視だ、無視。

そのチーズに、俺は持ってきた瓶から薬液を一滴垂らす。そのチーズをまたも鼠に向かって投げた。今度も近くには落ちなかったが、味を占めたのか先ほどよりも匂いに早く反応する。

「ね、その液体何?」

一人で散歩してんじゃねぇのかよ!

と、突っ込みたいのは山々だが我慢だ、俺。突っ込んだら負けだ、きっと。

薬液は無味無臭、チーズの匂いに釣られて齧るなら、薬液が付いていたとしても食べるだろう。


案の定、先程のチーズで味を占めたのか、掴んで直ぐに齧り始める。

食べ終わった鼠は、他にも無いか探していたが、やがて横倒れになって藻掻き始めた。

「え?どういう事?」

驚いているアニタは無視して、俺は動かなくなった鼠を確認しにいく。結果が正しければ不整脈による心不全で死んだはずだ。

「もしかして、死んでるの?」

五月蠅いな・・・

俺は動かなくなった鼠を、取り出した布で丁寧に包んで持ち上げた。

「それ、食べるつもりじゃないわよね?」

「だぁ、うるせぇ!一人の散歩なら黙ってしろよ。」

「たまたま近くにリアが居たんだから、話しかけてもいいじゃない!」

ダメだ、話しが通じねぇ。何のために俺は一人で散歩したいと言ったか分かってねぇな。やはりここは相手をしないで帰った方がいいだろう。


「何故家まで着いて来る・・・」

「散歩の途中にリアの家があっただけよ。」

はぁ・・・

俺は媚薬を作っても、こいつには使わない方がいいんじゃないかと思い始めていた。効果は試してみないと分からないが、絶対面倒な事になりそうな気がしてならない。

アニタの事は放っておいて、俺は中庭に移動すると、小さな穴を掘って、その中に鼠を埋めた。小さく盛り上げた土に向かって、両手を合わせる。

俺の勝手な都合でしかない。

鼠はそれに巻き込まれたに過ぎない。

ただ、一度始めてしまった以上、しかも生を奪ったのだから、もう後には引けない。

「何でアニタまで手を合わせてんだよ。」

結局此処まで着いてきやがって。

「埋葬なんでしょ?」

「そうだけど、アニタには関係ないだろ。」

「そういう冷たい事は言わないの。家族同然で、姉みたいなものなんだから。」

鬱陶しい。

仮に俺が男だったら、もう少し違った受け取り方が在ったのかも知れない。血の繋がりのないスタイルの良い姉、なんて妄想が膨らみそうだしな。


まぁ、そうじゃなくても現状に慣れるのに大変なんだが。

「もういいだろ。」

それよりも、俺にはまだまだ必要な知識がある。本を読んだり薬の試作とやる事は山積みだから、さっさと帰って欲しいものだ。

「まだよ。その薬、何に使うの?」

さっきまでの阿呆っぷりとは変わって、真面目な顔で聞いてくる。そりゃそうだよな、薬液を付けたチーズで鼠が死んだんだ。馬鹿でも薬の効果を試していた事くらい分かるわな。

だから一人で行きたかったんだよ、面倒くせぇ。

「いや、ヘリサ村に対しての杞憂だよ。被害が続くなら、この方法も必要なんじゃないかと思ってな。」

お、我ながら良い事を思いついた。丁度ワーウルフの話しが出た直後で良かったよ。

「そういう事、思う様になったのね。」

・・・

何の話しだよ。

「ずっと淡々と必要な薬を作るだけで、他には興味を示さないというか、ちょっと不安だったのよ。」

へぇ、どうでもいい。

「でも、あんまり危ない薬を作るのは止めてよ、それだけ危険に巻き込まれる事も多くなるんだから。」

「分かってるよ。」

そんなのは言われなくても分かっている。だが折角手に入れた能力だ、使わない手はないだろう。

「それじゃ、私は帰るね。」

「あぁ。」

頼んでもいないのに来たのはアニタじゃねぇか。これでやっと解放された。


アニタが帰ると俺は店の出入り口に鍵を掛け、読書と試薬製作の続きを始める事にした。

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