30.子供じゃないんだが
それは、俺が変わってしまったからなのか、それともこの身体の所為なのか、それは分からない。
それとは別に、今はそういう気分になれないだけなのか。
「こんな状況、子供の頃依頼だわ。」
「俺なんかやった事もねぇよ。」
あれだろ、パジャマパーティみたいなもんだろ?男同士じゃそんな事はやらないだろ。
「改めて、今日はいろいろありがとうね。」
「いや、気にするな。それに、こっちこそ贅沢させてもらって感謝しているよ。」
ギルド本部の食堂に比べれば遥かに良い。それに、宿泊施設に関しても、乗って来た船より環境は良くなかった。それを考えれば、一泊でも贅沢させてもらえたのはありがたい事だ。
「最初は緊張したが、気さくな人たちで良かったよ。」
「そう?ありがとう。ちなみにリアちゃんの両親ってどんな人?」
両親、ねぇ・・・
生前も良い思い出は無いが。
「知らない。気付いたら独りだったからな。」
「え・・・ごめんなさい。」
「気にしなくていい。何より、俺自身が気にしてないからな・・・」
「大変だね。」
そう言って、ユアナは俺を抱きしめた。
いや、話し聞けよ。
気にしてないって言ったよな俺?
存在すら分からない奴らにはなんの感慨も無い。だが、これはこれで俺が嬉しいだけなので、存分に胸に顔を埋めておこう。
大きさ的にはアニタと同じくらいだな。久々の感触。
家に居ると邪魔が入るようになったからな、今のうちに堪能しておこう。
・・・
・・・
・・・
って、苦しい・・・
「息が・・・」
「あ、ごめん。」
「そもそも、気にしてないからな、本当に。」
「強いんだね。」
それも違うが、面倒だから否定はしないでおく。それよりも、ユアナの方が何処か浮かない顔をしている気がした。
「何か、言いたい事でもあるのか?」
おそらく、俺を部屋に入れたのもそういう打算があってなんじゃないかと思う。
「うん。検定終わってないし、まだフェルブネスに居るわよね?」
「あぁ、仕事か?」
聞き返すと、声には出さず頷いただけだった。依頼するには、何か都合の悪い内容なんだろうか。
「アイエル支部にもあると思うんだけど、裏の方の話し。」
あれか。
「あぁ、無修正の。」
「無修正?」
・・・
「いや、気にするな。サーラから話しは聞いている。まだ受けてはいないが、何れ受ける事にはなるだろう。」
「そうなのね。」
ユアナは相槌を打っただけで、話しを切り出そうとはしない。
「そんなに面倒な内容か?」
「ううん、そうじゃないのよ。依頼は薬を調合するだけなんだけど・・・」
依頼内容に懸念があるわけじゃないなら、一体何を気にしているんだ?浮かない表情は変わらないから、何かしらの思いはあるのだろうが、俺には分からない。
「何が気になるんだ?」
「私は、好きじゃないのよ。」
「裏が?」
「えぇ。ギルドって困っている人のためにあるのに。」
あぁ、そういう考え方か。それじゃ俺には想像もつかねぇや。そういうのは面倒くせぇんだ。
「裏でも困っているのは人だろ。対象が何かってだけの差で。」
「それを言ったら、身も蓋もないじゃない。」
ってなるんだよな。この手の議論は交わらないんだ。だから、これ以上は話すだけ無駄だろう。
「薬の調合はするよ。ただし、それなりの報酬なんだろうな?」
「それはもちろん。ただ、嫌じゃないの?」
嫌も何もなぁ。
「もう足を突っ込んじまってるし、その辺は通り過ぎてしまったな。」
葛藤が無くなったわけじゃないが、後に戻るつもりも無い。そもそも、もう戻るなんて出来ないだろうが。
「そうか。」
「それが嫌なら、辞めればいいじゃねぇか。」
「私が独り身ならね。でも、本部勤めでしょ。それに、給料も良いのよ。あまり、心配はかけたくないのよね。」
なるほど、あの両親のためってか。
「ユアナの人生はユアナ自身のためにあるんだ。両親のためにというのも良いと思うが、ユアナがギルドを辞めたからと言って、何かを言う人たちには思えないがな。まぁ、要は自分の有り様だろ。」
「・・・」
何故か驚いた顔をされた。俺はそんなに変な事を言ったつもりは無いが。
「リアちゃんって歳の割にはたまに達観してるわよね。」
あぁ、そういう事か。そりゃ、お前よりは人生経験豊富だからな。
「少し、気持ちが軽くなったわ。ありがとう。」
「いや。」
まぁ、本人がそれでいいなら、俺が何かを言う事も無い。
「そろそろ寝ないとね。」
「んじゃ、俺は部屋に戻るよ。」
「え、一緒に寝ないの?」
何だって?
今、一緒に寝ると言ったよな?俺の幻聴ではないよな?
つまり、向こうから誘ってきたって事は、あんな事やこんな事が公認って事じゃねぇか!
今までは辛酸を舐めさせられたが、ついに俺の時代が来たぞ!
「良いのか?」
「勿論よ。」
よし、言質は取った!
どうしてこうなった・・・
何故俺が腕枕で寝なければならないんだ。
「ふふ、妹が出来たみたい。」
腕枕をしつつ、人の頭を撫でながらユアナがそんな事を言う。くそ、話しが違うじゃねぇか!ここは強引に胸から揉みにいってやる!
「はいはい、動かないの。」
う、動けねぇ・・・あの短剣捌きから考えるに、肉体的な力じゃ勝てそうにねぇ、くそ。
だったら寝るのを待つだけだ。ユアナが寝てから俺のターンにすればいい。見てろよ、寝ている間に俺だけが楽しんでやる!
何か眩しいな・・・
そう思って目を開けると朝だった。
やっちまったぁ!!
「あら、起こしちゃった?」
ベッドの上で飛び起きると、ユアナがちょうど着替え終わったところだった。
着替えを見逃した。いや、それどころじゃない!夜の楽しみすら全て通り過ぎてしまったじゃないか・・・
「ご飯の準備出来たら起こそうと思ってたのよ。」
「あぁ、うん・・・」
何だ、この喪失感は。
「今日検定よ、食べたら一緒に本部にいくでしょ?」
「そうだな。」
何か、色々終わった気分だ。
いや、始まってもないけど。
だがここで終わっては勿体ない。俺はそう思うと、ベッドから降り着替えに向かうついでにユアナの尻を触っておく。
「きゃ。」
お、良い反の・・・
そう思ってユアナを見たら、短剣を抜いて冷めた目をしていた。
「何をしているのかしら?」
「朝の挨拶だ。」
「そうなのね。だったら私も。」
「うぉぅ・・・」
本当にやりやがった。俺は触られたいんじゃねぇ、触りたいんだよ。
だが、まぁこれはこれでいいか。
「ふふ、これ面白いね。」
今更挨拶じゃないとは言えないな、言ってしまったら俺の五体の方が心配だ。
「着替えたらご飯ね。」
「分かった。」
あ、すっかりエリサの事を忘れていた。まぁ、いっか。
だが、向かいがてら部屋を確認したらエリサは居なかった。何処に行ったか不明なので、とりあえず1階に降りると、ユアナの両親と既に朝飯を食っているエリサを発見。
「早いな・・・」
「お、ご主人遅いぞ。」
うっせぇ。
「勿体ないから出来たてのうちに、ご主人の分もあたしが食っておいたぞ。」
・・・
「何してくれてんだこのクソ犬!!」
「むぎゃぁっ!」
得意げに言ったエリサの顔面に飛び蹴りを入れたら、椅子から転げ落ちていった。
「本当に受けるで良いのね?」
「あぁ。だけど、俺の必要もないんじゃないのか?」
ギルド本部に着くと、ユアナが昨夜の話しを再度確認してくる。
「ギルドには登録しているけれど、薬師の殆どは各地の街に居着いてしまっているのよ。ギルド本部の備蓄の為に、出向いて来る余裕なんて無いわ。」
あぁ、なるほど。それに関しては俺も同感だ。調合してくれと言われて、こんな長い距離を移動してまで来たくねぇ。その間の、街での仕事も滞るしな。
「そもそも事情を知っている薬師自体が少ないのも理由だけど。」
まぁ、毒薬作ってくれなんて、そうそう言えないわな。
「じゃぁ、今ある薬はどうしたんだ?」
「街に居着いてない薬師も居るのよ。それでいて事情を知っている薬師は現在二人なのだけど、連絡の取りようが無いから、本部に立ち寄った時に依頼をしているわ。」
いいのか、それで。
だが、その流れからいくと俺もその一人になるんだろう。たまたま本部に来た、事情を知る薬師。今後、俺も本部に寄ると依頼されそうだな。
いや、今後も何も、もう来る予定はないが。
「面倒だな。」
「そうなのよ。本部勤めの薬師は居ないし、この街の薬師は事情を知らない。現状の運用はかなり面倒なの。」
「まぁ、出来る限りの事はするよ。一宿一飯の恩もあるしな。」
「嬉しいわ。リアちゃんが検定を受けている間に、私は許可を貰っておくわね。」
「ギルドマスターか?」
「そうなのだけど、本部には7人のギルドマスターが居て、そのうち3人が部屋の管理をしているのよ。つまり、その3人全ての許可が必要なの。」
うわぁ・・・
何処の世界も管理となると、似たようなものだな。
「エリサはどうしてる?」
「暇だから散策してくるよ。」
迷子にならねぇだろうな・・・
「そうか。夕方までには此処に戻って来いよ。」
「分かったぞ。」
エリサがギルド本部を出て行くのを見た後、俺はユアナに検定を受けるための部屋に案内してもらった。
さて、やるか。
-王都ミルスティ郊外 ホージョの畑-
陽が高くなり始めた頃、マーレは屋外のテーブルに図面を広げてホージョ達と話していた。
設計図に関してはほぼ完成しているため、現在は内装や配置について最終確認をしているところである。マーレにとっては外観なども拘りたかったが、ホージョ達はそこに興味を示さなかった。
そもそも、その外観を整える材料があるかも疑問だったため、ある程度は妥協するしかないと思ってはいた。
「こんな感じでいいかな。」
「うむ。なかなか立派な工場になりそうだな。しかし、マーレ殿には才があるな。」
「え、そう?」
とは言うが、内心では褒められて嬉しかった。
「その通りだ。我らでは考えが及ばぬ故、感心するばかりだ。」
「ありがとう。リアが戻って来たら、本格的に建設の方も始めるよう進めるね。」
「リア殿には感謝してもしきれぬな。」
「本人、そんなの気にしないと思うけど。」
(ただ面白そうだからやっただけ、とか言いそうだし。)
マーレはそんな事を考えながら、図面を片付けて帰る準備をする。
「あの者、何処かで見たような。」
片付けをしていると、王都の方を見ていたホージョが訝し気に言った。マーレも釣られて同じ方向に目を向けると、それまでの気分が一気に崩壊する。
(何?リアもエリサも居ないって時に、仕返し?)
明らかにマーレの方に向かって来るマールを見て、嫌な気分になる。
「仕返しにでも来たの?」
「そんなつもりは・・・」
近付いて来たマールを睨み付けながらマーレが言うと、マール顔を逸らしてはっきりしない態度をした。その態度に、マーレは苛立つ。
「じゃぁ、何?リアには近付くなって言われているでしょ?」
「ちょっかい出すなと言われただけだよ。」
「揚げ足取りはどうでもいいわ、何をしに来たか聞いているのよ!」
「・・・」
顔を見ようともしないマールに、苛立ちが募り、マーレはつい声を荒げてしまう。マーレはそんな自分が嫌だと分かってはいたが、感情を抑える事は出来なかった。
「用が無いなら帰って!こっちに来てまであんたに翻弄されたくないわ。」
「助けて・・・欲しい。」
「はぁ?」
「家を、追い出されたんだ。他に行く当てもないんだ。」
「知らないわよ!・・・自業自得でしょ。」
「・・・」
掴みかかりそうな勢いでマーレは言ったが、堪えると呆れを含んで言った。翻弄されている自分が情けないとも思いつつ。
「生前に起きた事はどうしようもないし、もうどうでもいいけど、あんたが私にした事だけは許さないから。」
「・・・」
「それに、今のあんたは何も変わってない、リアの言った事が全然伝わってないじゃない。」
「どうしていいか、分からないんだよ!」
此処に来て初めて顔を向けたマールの目には、涙が溜まり零れ落ちそうになっていた。マーレはついに、マールの胸倉を掴んで引き寄せる。その反動で、溜まっていた涙が頬を伝った。
「自分はどうだ、自分はこうして欲しい、自分は、自分はって、自分の事ばっかりじゃない!自分の行動で回りにどんな影響が及んでいるか少しは考えられないの!?どうしていいか分からない?自分の事しか考えて無いから分からないのよ!!今まで自分がしてきた事、客観的に考えなさい!!」
マーレは叫ぶように言うと、掴んでいたマールの胸倉を突き放した。
「マーレ殿、何があったか我は分からぬし、並々ならぬ事情であろう事は察する。だが、少し深呼吸をしてはどうか。」
肩で息をしているマーレに、ホージョが静かに話しかける。
「ごめんねホージョ。みっともないところを見せちゃったね。」
「何、それは一向に構わぬ。」
「ありがと。」
マーレはホージョに笑顔を向けて言うと、マールに向き直って近付いた。
「あんたは私が茉莉だから此処に来たんじゃないの?此処はもう日本じゃないのよ。それに、今の私はリアに仕事も家も与えられている立場。私に言わないで。」
「・・・」
俯いて鼻を啜るマールに静かに言うが、聞いているのかいないのか、反応は無い。
「私にも一因があったとして、あんたがやった事は許される事じゃない。私はきっかけの一つだったとしても、リアはまったく関係の無い他人だったはず。あんたはそのリアに、何をしたか分かってる?助けて欲しいなら、まずそのリア本人に話してよね。ちゃんと、今の自分の考えと言葉で。」
「あやつ、行くところが無いのか?」
マールから離れ、近付いて来たマーレにホージョが確認する。
「らしいわ。」
「ふむ。リア殿が戻るまで、此処に置いてもいいが?」
ホージョの発言に、マーレは目を大きくした。
「リア殿とマーレ殿、二人にどんな因果があるか我には分からぬ。が、我らが預かる分には関係の無い事であろう?」
「あはは。そうね、はっきりしていていいね。ホージョの言う通りよ。」
「えーっと、マールだっけ?」
マーレがマールに確認すると、マールは顔を上げただけだった。
「行くところが無いなら、リアが戻るまで此処に居ていいそうよ。」
「え・・・」
その言葉に、マールは戸惑いを見せた。その戸惑いは、オークと一緒に過ごす事に対してなのか、手を差し伸べられた事に対してなのかは、マーレには分からなかった。
「どうするのよ。」
「あの、お願いします。」
マーレに突き飛ばされ尻餅をついたままだったマールは、立ち上がるとホージョに向かって頭を下げた。
「うむ。その代わり、仕事はしてもらうぞ。」
「はい。」
「じゃ、私は帰るね。」
「うむ、引き続き宜しく頼む。」
「時が経つほど柵は絡みつく。言いたい事があるならば、早い方がいいぞ。」
去っていくマーレを見ながら、ホージョはマールに聞こえるように言った。それを聞いたマールは、マーレの方に顔を向けると走り出す。
「待って茉莉・・・」
「その名前で呼ばないで!」
呼ばれた瞬間、振り返ったマーレは大きな声を出した。
「で、何よ。」
「謝って済む事じゃないし、取り返しがつかない事だと分かっている。だけど、ごめんなさい。」
マールは言いながら、地面に膝を付いて頭を下げた。
「言われた事、自分で考えてみます。」
「はぁ・・・」
マーレは腕を組んで大きく溜息を吐いた。納得などしているわけもなく、存在自体が苛立たせるのも確かだった。
「当たり前よ。」
この世界でも一緒に存在していた、その事実を知った時から鬱積とした思いはあるものの、自分がそうじゃなかったかと聞かれれば似たようなものだったとマーレは思っていた。
「私だって、ホームレスから始まって世界を呪いたい気分だったわ。でも、リアがそんな私を立たせてくれた。変わろうと思えば、変われるのよ。」
「はい。」
忘れる事は無理だとしても、向いている先があり今の自分が在る。だから、過去に囚われる事は無く、歩めるんだとマーレは思いを吐いた。
伝わったかどうか分からない。だけど、それは時間経過と本人の態度が示すだろうと、頭を下げたままのマールに、マーレは背中を向けて立ち去った。




