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02.揉む気は無かったんだが

2023年5月18日(木曜日) PM6:23


とある葬儀場内で通夜が続いている。

「私が気になるなって言ったばかりに・・・」

顔を上げる事も出来ず、啜り泣きながら染谷は口にした。その染谷の肩に、となりに居た女性がそっと手を乗せる。

「貴女が悪いわけじゃないわ。悪いのは犯人よ。それに、酒牧さんは染谷の事を守ってくれたのよ、だから彼に恥じないように生きた方がいいんじゃない?」

「そうですね・・・」

同僚の言葉を理解しつつも現状、染谷は気持ちの整理をつけるには至らなかった。あの時気になるなんて言わなければという自責の念から。






「はぁ、ほんと無ぇな・・・」

俺は自分の胸を触りながらまたも落胆した。もしかすると、前に触ったのは気のせいじゃないか?そんな事を思ってみたが現実は現実だった。


それよりも、少し前に来た男の話しだ。

予想通り、ろくでもない話しだった。簡単に言うと、人を殺す薬を作ってくれって内容だが、薬を使ったと判らないようなものとか、我儘な事を言いやがった。とりあえず考えてみるから帰ってくれと追い返したが。

前から来ているという事は、何度も同じ話しを持ってきているのだろう。それに、足繁く通うという事は、このガキにそれだけの知識があるという事だ。


だが、そんな薬の事を考えても都合よく答えは出て来なかった。

出て来いよ!

こんな時は出て来ないとか、都合の良い記憶だな。


まぁ、出来たからと言って作るかどうかは微妙なところだな。俺は人殺しの薬よりもアニタをどうにかする薬の方が作りたい。

はっ!?

媚薬!?

これだ。


待て待て俺。アニタよりも此処が何処なのか、まずそこからだろう。すっかり忘れていたぜ。

「腹も減ったし、買い出しがてらこの辺の状況でも見て回るか。」

あんな固いパン1個じゃ腹も膨れない。考えるにしてもまずは飯だな。さっきもそんな事を考えた気がするが、状況についていけなくて進んでねぇ。

まずは、さっきの男に割高で売った頭痛薬の代金でも持って行くか。俺の中の記憶だと、銅貨5枚らしかったが、銀貨にしておいた。不信に思うでもなく、男はあっさりと払って帰っていったが。




買い出しをしながら街の人間に、さらりと情報を聞いた。さりげなく聞いたつもりだったが、何故かみんな不審な顔をしやがったが。


冷蔵庫は無いので、生ものは買うのを止めた。そもそも俺に料理は出来ないから、買ったところで美味しく食べられるか疑問だったからだ。

今のところ見つけたのはパン屋、肉屋、魚屋、八百屋、酒場だ。とりあえず生活は出来そうな気がした。街の家は殆ど木製か石造りの家が多く、ビルの様な建物は存在しない。俺の生活から考えると、まるで御伽噺の本の中に入り込んだ気分だ。


俺は買ってきたパンに、同じく買ってきた焼いた何かの肉を挟んで食べながらまたも考える。

「お、これ旨いな。」

固いパンは美味しくもなんともなかったので、期待はしてなかったが、買ってきたパンと肉は普通に旨かった。

で、俺が聞いた情報だとこの場所は、リュステニア王国のメルアキア地方らしい。確か、本棚にこの地方の薬草についての本があったな。

俺は地理に詳しくはないので、地球上にそんな国が存在するのかの判別は出来ない。ただ、初めて聞く名前なのは間違いない。

もしかすると、俺・・・

そこまで考えると、店のドアが鈴の音と共に開け放たれる。落ち着いて考え事も出来やしねぇ。


「あ、何でパンを食べてるのよ!」

入って来たのは胸・・・じゃなくアニタだった。

「待て、まだ媚薬が・・・」

あ、つい思惑が。

「媚薬?何の話し?そんな事より、今日は私が夕食を作ってあげる日でしょ、何で食べちゃうかな。」

知るか!

ってか俺とアニタはそういう関係なのか?媚薬の話しはスルーされたから良しとして、別の疑問が浮かんでくる。

「そうだったか?」

「カレンダーに丸してあるでしょ!」

と言って、アニタは店内にあるカレンダーを指さした。あぁ、そんなものがあったんだな。薬が置いてある棚の横に、それらしきものが掛けてある。


何だあれ・・・

陽、月、水、風、土。曜日の事か?だとすれば、此処では週5日という事になるのか。そんな国も存在するのか?

それはいいとして、毎週土のところに丸が記してある。

「今日はあれか、土の17か?」

その前は丸に斜線が引いてあるので終わったのだろう。予想するまでもなくそうだろうな。

「何を当たり前の事を。どっか具合でも悪いの?今日ちょっと変よ。」

うるせぇよ。

「いや全然、むしろ育ち盛りだ。」

自分で言ってなんだが、是非育ってくれ、俺の身体。主に出るとこだけ。

「はいはい、そうよね。」

アニタは笑顔で言うと、ダイニングの方へ入って行った。そんなに可愛い笑顔を見せてくれるという事は、脈有だな。


・・・

ねぇよ。俺、女じゃん。いや、そういう趣味だったら?俺がねぇよ!

しかし、そう考えるとダイニングにろくな物が無かったのは納得いく。アニタが定期的に食事を作りに来て、今日がその日なのだから。冷蔵庫も無いんじゃ保存も出来ないしな。

でも、どういう関係で飯を作りに来てんだ?

それは聞かないと分からないだろうが、聞いて不信に思われても困る。


さて、例の話しでも考えるか・・・

いや、先ずはアニタの料理風景でも見るか。昔はあったが、最近は彼女も出来やしなかったから、女に食事を作ってもらうなんて久々だし。

俺は思い立つと早速ダイニングに移動した。野菜を切る包丁が、まな板に当たる音を聞くと懐かしい気分になる。

(そういや、最近はほとんど外食だったしなぁ。)

椅子に座ってそんな事を考えていると、アニタが目を細めて俺を見た。

「お店に居なくていいの?」

「ん?客が来たら鈴が鳴るから問題ないだろ。」

「またそんな適当な。あ、それで思い出したけど、またテオドラ一家の人が来てたでしょう?しつこいよねぇ。」

何の話しだ?

「テオドラ一家?」

「惚けないでよ、スーツ着た人、お店に入るの見たよ。」

あぁ、あいつか。

ってか何で見てんだよ。ストーカーか。

「そんなに来てるのか。あんまり気にしてないからな。」

「少しは気にした方がいいんじゃない?表ではテオドラ商会として、色んな商売をしているけど、結構黒い噂が多いんだから。」

まぁ、そんな気はしていた。気はしていたというか、人を自然死に見せかけて殺す薬を依頼してくるんだから、真っ黒だよな。


だが、生活をするにも金は要る。この場所の物価は知らないが、多いに越した事はないだろう。それに、俺の頭の中にはそれを実現するだけの知識が詰まっている筈だ。そうじゃなきゃ依頼なんて来ないだろうから。

日本に戻るまで、貯蓄はいくらあってもいいよな。

「ねぇ、お皿取ってくれない?」

「あぁ。分かった。」

懐かしいな、俺も昔はそんな事を言われた事があったよ。

「どの皿だぁっ・・・」

立ち上がった瞬間、バランスを崩して前のめりに身体が傾く。突然身体が変わったから、まだ慣れていないのが原因だとは思うが。

運悪く、俺の倒れ込む先にアニタが居た。

・・・

運良く、俺の倒れ込む先にアニタが居た。これはハプニングを装って押し倒すチャンス!

「危ないなぁ、大丈夫?」

しかし、貧相な身体の俺はがっしりと受け止められた。まぁ、そうだよな・・・

!!

この感触は!

だが、こっちの方が幸運だった。俺の左手は吸い込まれるように、アニタの右胸をしっかりと掴んでいたらしい。いやぁ、久々の感触。

「何処か痛むの?」

「大丈夫だ・・・」

俺が無反応だったため、さらに心配を口にするアニタ。胸に手が触れている事に関しては気にしてないようだ。これは、もう少しいけるんじゃないか?俺はそう思って揉んでみる。

「ちょ、くすぐったいって。何で揉んでるのよ。」

と言って引きはがされた。


・・・

・・・

・・・

これだ!!

「いや、羨ましいと思ってな。」

「アニタもそのうち大きくなるから。」

そんな事はどうでもいい。とりあえず誤魔化しておいたが、これは僥倖だ。本来なら揉んだ瞬間、手にワッパを掛けられるのは必然だが。

ちょっと何処触ってんのよ。

やだ、くすぐったいってば。

とか言われて済むんだろ。つまり、今の俺が揉んでも犯罪にはならんという事だ。なるほど、気付かなかったがこれはこれで有りだ。その先に行けないのは構造上どうしようもないが。

媚薬を完成させれば、もっと自然な流れにも出来るんじゃないか?

がんばろ。


「はい、出来たわよ。」

そんな妄想をしている間に、サラダやらスープやらメインやらが並んでいる。主食はやはりパンのようだ。

「おう、ありがとな。」

「いいのよ。みんなリアの薬には助かっているし、身寄りのないリアがこの街に来てから世話をするの、みんな好きでやっているのよ。」

ほう。

さらっと知りたい事が聞けたな。

「そうか。」

それ以上は聞く事は出来ないが、とりあえず相槌は打っておく。

「それより、此処から少し離れたところにヘリサって村があるでしょ?」

「あぁ。」

知らねぇよ。が、面倒なので話しを合わせておく。

「ついに、村人がワーウルフの犠牲になったらしいの。最近増えて来たよね、そんな話し。」


・・・

「わーうるふ?」

一瞬思考が止まったぜ。そりゃファンタジーな世界だろう。大丈夫かこの女。どこのゲームの話しをしているんだ。

「うん、知ってるでしょ?」

知っているか知っていないかで聞かれれば知っているが。

「妄想か?」

「そんなわけないでしょ!いつこの街に来てもおかしくないのよ。」

これは、俺がおかいしのか?

「ちんちんをする狼じゃないよな?」

「何バカな事言ってるの。」

逆にそんな狼が存在するならメディアに出そうだな。しかも愛嬌のある顔をしていたら人気も出そうだ。が、そんな事はなさそうだ。

「二足歩行の狼だよな。」

「当たり前でしょ?」

「お前とは今夜だけの遊びだよ、とか言いながらベッドで煙草吸うヤツか?」

送り狼的な。

「さっきから何訳の分からない事を言っているの?今日、本当に変よ。」


真面目な表情で言うアニタの言葉に、俺は認めたくない現実が忍び寄って来るのを感じた。もしかすると、というのは頭の片隅にはあった。だが、そんな非現実的な事を俺は認めたくないという思いの方が強かったため、考えないようにしていた。


うん、考えないようにしよう。


「ワーウルフは普段から人を襲うのか?」

とりあえず、事情は知っておこう。

「そうでもないわよ。手を出さなければ。もし襲う目的のワーウルフが居たなら、国が討伐隊を派遣して退治されているわ。」

ふーん。

俺はそんな話しに汚染なんかされないぞ。

「何で村の人は襲われたんだろうな。」

だが実際に存在すると仮定しよう。この街に現れたとしても、そこが分かれば回避出来るわけだ。自分から危険に飛び込む必要は無い。

「ヘリサの白菜しろなは有名なのよ。どうやらそれが目的で来たらしいけど、家の人が気付いて追い払おうとしてやられたらしいわ。」

グルメか。

どんなワーウルフだよ。犬まっしぐら的な餌でもあれば逃げれそうだな。

「もし現れたら、家の外に出ないのが一番ね。」

「そうだな。」

まぁ多分、存在しないがな。とは言わないでおく。今までの反応を見る限り面倒そうだから。


「それじゃ、私は帰るね。」

「あぁ、ご馳走さま。」

色んな意味で美味しい思いをさせてくれてありがとう。とは、口には出せないが。

「朝の分も作ったから、入れとくね。」

入れとく?まさか、冷蔵庫が!?

と思ったが、アニタが開けたのは床だった。ちょっとした収納スペースになっている。

「悪いな。」

「気にしないでよ。」

アニタはそう言って、優しい笑みを浮かべて店を出て行った。


俺は早速床下のスペースを確認する事にする。その場で聞かなかったのは面倒だからだ。だんだん慣れて来たぞ。

床下のスペースはひんやりしていた事から、食料の保存用に使っているのだろう。冷蔵庫とまではいかないが、多少の物なら置いておけそうだ。

それと一緒に、野菜が入っているのが確認出来た。流石にここは気が付かなかった。床の収納スペースを閉めて、部屋の中を見渡すと、何時の間にか薄暗くなっていた。

(もうすぐ夜って事か。)

そう思って電気を付けようとしたが、そう言えば電気ねぇよ。

俺は慌てて引き出しやら棚を開けて火を点けるものを探す。昼間は食い物の事しか考えて無かったから、何処に何があるのか把握できていない。

「これか?」

燐寸のようなものを見つけ、擦ってみると火が点いたので、その火を蝋燭に移す。

「こりゃ、不便だな・・・」

今までの生活で在って当たり前のものが無い、というのを実際に体験すると、口からそう漏れていた。

それに、まだ一日も経っていないが、いろいろな事があり過ぎたのだろう。疲労からか身体が重く感じた。


店も閉めなきゃならないなと気付き、入り口の扉に鍵を掛ける。それからまだ見えるうちに、気になる本を数冊持って俺はダイニングに戻った。


昼間思った事の実証は直ぐにされた。やはり、この身体は薬やその成分に触れると知識が解放されるらしい。

動植物から土や鉱石などに含まれる成分で、薬になるものはしっかりと詰め込まれている。その成分だけでなく、どの成分をどう組み合わせたら、どんな効果の薬が出来るかまで、しっかりと知識として存在していた。

それに、一度解放された知識は記憶として残るようで、本を読み終わった後でも覚えていられた。という事は、店にある本を読み続ければ、かなりの知識量を得られることになる。

これ、マジですげぇな。

気分が高揚しているのか、疲れも忘れそんな事を感じた。まるで生殺与奪の権利が、俺の掌の上にある、そんな気分にすらなれた。


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