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01.薬の知識は無いんだが

俺は脛を抑えながらも本の在った部屋まで移動する。本当はこんな姿で人と関わりたくないが、俺が何故こうなっているか情報が必要だ。

さも当たり前の様に家に入って来たという事は、何かしらの情報を持っている可能性は高い。であれば、我慢してでも会話をする必要はあるだろう。


「どうしたんだい?何か辛そうな顔をしているけど、何かあったのかい?」

お前の所為で脛をぶつけたんだよ。女性の声だと思って少し期待もしたが、40歳くらいのおばちゃんだったためにテンションが下がり、内心で悪態をついておく。

「ちょっと、脛をぶつけて。」

「若いのにおっちょこちょいだねぇ。」

と言って笑いやがった。お前の脛を打ってやろうか。おっちょこちょいに年齢は関係ねぇ、本人の資質の問題だ阿呆!と言いいながら。

ふとそんな事を思ったが、貴重な情報源だ、此処は大人しくしておこう。

「あの、此処は・・・」

「頼んでいた薬取りに来たんだよ。もう出来てるんだろ?」

此処は何処か聞こうとしたが、被せて来やがった。人の話しを聞きやがれ。


って、頼んでいた薬?

「旦那の腰の薬、頼んでおいただろ?」

知らん。

だが、カウンターらしきものの上には、幾つかの紙袋が置いてある。これのどれかの可能性はあるな、そう思いながら眺める。

「まさか、その歳で物忘れじゃないだろうね?」

うるせぇババァ。ちょっと黙ってろ。

こっちはそれどころじゃないんだと思いながら、紙袋に目をやっていると、不思議とどれを渡せばいいか分かった気がした。俺はその袋を手に取ると、目の前の婦人に差し出す。

「確か薬が効きずらくなって来たと言っていたな。だからモリーファを微量だが増量している。こいつの適量外摂取は身体に有毒だから、必ず既定以上の服用はするな。」

何を言っているんだ、俺は?

「分かってるよ。それをやってリアちゃんに助けてもらったんだ。旦那も身に染みてるよ。」

「ならいい。」

何がいいんだ?

いやいやいや、俺の知らないところで俺が勝手に喋ってやがる。これは一体どういう事だ?そういや、あの訳の分からない文字も読めるのはおかしい。これは、この身体が本来所有している知識を俺が使っている?


一つ確かめてみるか。

「なぁ、一つ聞きたいんだが?」

「なんだい、改まって。」

手提げの鞄から財布を取り出したところで、婦人は怪訝な顔をする。

「俺って、普段こんな喋り方じゃないよな?」

もしそうなら、俺はどうやってこの身体に入り込んだんだ?入り込んだというか、精神だけ乗っ取ったような気分だ。だが、俺の言葉に婦人はきょとんした表情をした後、笑い出した。むかつく。

「何言ってんだい。リアちゃんは昔からそのおっさんくさい喋りじゃないか。」

黙れババァ。

おっさんくさいとは何事だ。ま、おっさんだけどよ。ただ口調はさておき、声は少女っぽい。周りはそれで納得しているのかもしれんが、いいのかそれで?

「そうか、そうだよな。」

「今日はちょっと変だよ?」

お前に言われたくねぇよ。

とりあえず、苦笑いしながら相槌は打っておいた。婦人は財布から銀貨を2枚、カウンターの上に置いた。見た事もねぇよ、こんな硬貨。いやいや、それ以前に俺、海外に行った事もねぇし、海外の硬貨も知らねぇよ。

「あ、料金はいつもと違う?さっきモリーファ増量したって言ってたよねぇ。」

「多少増量した程度じゃ変わらん。これで大丈夫だ。」

「そうかい、ありがとね。また来るよ。」

婦人は笑顔で言うと、その場から去って行った。


独りになってから改めて考えると、この場所は薬屋といったところだろうか?疑問を解消するために、俺は外の通りにもう一度出てみる。今回は完全に外に出て、建物を確認した。

【リアの薬屋】

扉に木製のプレートがぶら下げてあり、手書きでそう書いてあった。

まんまじゃねぇか。


店内に戻ると俺は、状況を整理する事にした。

まず、此処は国内の何処かのコスプレ村の可能性だ。だが、訳の分からない文字が読める事から、国内という可能性は少ない気がする。

じゃぁ、俺は東京から何処に連れてこられたんだ?


いや、そもそも俺が俺だという根拠が無い。それがこの身体だ。確かに、精神は俺のもので間違いないが、本来俺が持っていない知識を有している。これが一番の謎だな。そんな事が現代の科学や医学で可能なのか?

聞いた事も無い。

それは表に出ていないだけで、実は可能なのかもしれない。ただ、仮に可能だったとしてそれは倫理に関わる事だと俺でも思う。だから、表には出ないだろう。だが、それを実現するには一番の疑問がある。

何故俺なのか、というところだ。

つまり、この仮説は無いな。やるならもっと存在価値のある奴を使うだろうし、一般人を使うとも考えられない。精々、内臓移植が良い使い道だろう。

だが俺はドナー登録なんざしてねえ。


やっぱ分からねぇ・・・


だが、折角女子の身体を手に入れたんだ。何も胸だけじゃない。

考えても分からない事は放置して、今の現状を楽しんでおこうと思った。何しろ、何時元に戻るかわからんからな。大丈夫、胸が無くてもスタイルだ。

俺はスカートを捲って自分の足を確認する。

細ぇ・・・

俺はもっと肉付きの良い方が好みなんだよなぁ。太いという意味ではなく、ある程度の弾力は必要だろう?


「リアちゃん、薬出来てる?」

「うわぉぅ・・・」

いきなり声を掛けられて変な声が出たじゃねぇか。

大体、勝手に入ってきていきなり声を掛けるな、うるせぇな。人が考え事をしている時になんなんだ、そう思って俺は振り返る。

「薬か、ちょっと待ってくれ。」

俺はそう言ってカウンターへ移動する。そりゃそうだろう、可愛い子には悪態は付けない。むしろ好感度を上げて俺の評価を上げなければ。

そうだよ、こういう展開を待ってたんだよ。おそらく20代前半、顔だちも良い。何より、こいつと違ってちゃんと胸に膨らみがある。パンツスタイルだが俺にはわかる、あれは良い足だ。


・・・

どうせだったらよー、俺の意識はあの子に入って欲しかったよな。何でこんな面白くも無いガキになったんだよ。

だが考えようによっては、あの子をどうにか出来る立場に居る方が良い気がしてきた。ここは優しく接して俺の株を上げてやる。

「それより、何でスカート捲ってたのよ?」

そう思った瞬間だった。だいたい部屋に入るならノックくらいしやがれ。

・・・

いや、ここは店か。

「いや、足の形を・・・」

あ、うっかり本音を。

「え?」

おいおい、引いてるじゃねぇか。

「俺もスタイル良くなりてぇなと思って。」

「そう?今でも十分可愛いじゃない。」

俺が可愛いかどうかは問題じゃねぇ。俺は可愛い子をどうにかしたいんだよ。今すぐ襲ってやろうか?

とも考えたが、まだ早いな。現状の把握が出来てねぇ。それより早く薬を渡して帰ってもらうか。口ぶりからすれば、今後も店の利用はあるだろう。顔見知りのようだからな、チャンスは今だけじゃない。

それに今問題を起こしても俺の得にはまったくならないだろう。此処は我慢して、やはり現状の把握に徹するしかないな。


俺は冷静になるとカウンターの紙袋、まだ数個置いてあるのを見る。・・・ところでこの女、名前はなんだ?

俺は一つの紙袋を取ると、それを女性の方に向かって見せる。

「アニタの鎮痛剤だけど、今回パラセリールの配合を変えてみたんだ。少し効きが良くなるといいんだが、前も言った通り胃に負担がかかるのは変わらねぇ。何か食べたり、牛乳を飲んだりしてから飲むといいだろう。」

「そっか、ありがとう。効かないって事はないのよ。」

「いや、症状に合わせた配合をするのが俺の仕事だからな。次来る時にまた症状を教えてくれ。」

「わかった。いくら?」

「いつも通りでいい。」

俺がそう言うと、アニタは銀貨を3枚渡してきた。

「もっと取ってもいいと思うけど。私は助かってるけどねぇ。それじゃ、ありがとう。」

・・・


まるで知らない誰かが勝手に俺の身体を乗っ取って喋っているようだ。だが、懸念はひとつ払われた。俺の不振さを露呈せずに相手の名前が知れたわけだからな。

そう、アニタという名前なんだな。まぁ、アニタを落とすのはそのうちとして。問題はこの良く分からない状況だ。薬の事になると勝手に俺の知らない情報が口から紡がれる。それが一体なんなのかだ。

それよりもとりあえず腹が減ったな。冷蔵庫は無かったが、冷蔵じゃなくても食い物くらいは置いてあるだろう。考えるにしても空腹じゃまとまるものもまとまらない。まとまるか不明だが。


ダイニングに移動した俺は、引き出しやら扉を片っ端から開けてみた。見つかったのは固いパンと、おそらくジャムらしきもの。それとジャムと同様で瓶に入った黒い物体。

「なんだこのダークマターは・・・」

が、もしかすると高級な食品かもしれない。俺は恐る恐る蓋を開けてみる。

「!!・・・くっさ!」

慌てて蓋を閉めると投げ捨てようと振り被る。

が、そこで止まる。投げて瓶が割れた日には大惨事だ。それよりも普通にゴミ箱に捨てよう。いや、店に置いて誰かに聞こう。もしかすると調理方によっては激ウマな何かに変化するかもしれない。捨てるのは何時でも出来るが、捨てた後に知ったら後悔しか残らないからな。

まぁ、この臭いでパンは食えないから、ジャムらしきものでも使ってみるか。

「・・・」

俺はそっと瓶を閉めた。

イチゴジャムみたいな見た目だったんだよ。だが、デロっとした液体に昆虫の足のようなものが見えた瞬間、そうするのは必然だよな。


「くそ、ろくな物が無いな、この家。」

他にも物色してみるが、他に食べられそうなものは無かった。

俺は固いパンを齧りながら店内に戻る。

まともな食事をするには、買い出しに行くしかないな。しかし、金の置き場所も分からん。とりあえずさっき貰った銀貨で買い出しに行くしかないか。

そんな事を考えながら、手近にあった一冊の本を取って捲る。

表紙には「効能の境界。」と書いてあった。

なんのこっちゃ?


適当に捲ったページに載っている薬草、ベラヒメ。聞いた事も無い・・・

いや、こいつは毒草だが、一部の成分には解毒作用が含まれている。その成分を抽出した瓶が確かあそこに。

・・・

何となくわかって来た。生活に関しての情報は出て来ないが、薬に関してだけは知識がひっぱり出されるらしい。なんて面倒な身体だ。

俺には薬の知識なんてもともと無い。そうなると、やはりこの身体に俺の精神が入り込んだのは間違いないだろう。ただ、口調はもともとこうだったと言われた事から、このガキはもともと態度が悪い。

いや、俺もか?

うるせぇ。

「パンがパサパサ過ぎて喉が渇く・・・」

俺は渇いた口内を潤そうと、開いていた本を閉じてまたもダイニングに移動した。そこで水を飲んだ後に気付く。飲食をするという事は、排泄も摂理。

トイレの場所を確認しておかなければ、行きたくなった時困るな。


そう思って探したが、家の中にはそれらしい場所は無かった。いや、どうしてたんだよ。まさか出ない身体?

んな事は無かった。どちらかと言えば、トイレという単語を思い浮かべた時から行きたい気分になっている。

「まさか、あそこか?」

ダイニングには外に続いている扉があった。店とは違う住居用の出入り口だと思っていたが、他に思い当たる節も無い。だから、確認の為に外に出てみた。

てっきり住居用の出入り口と思いきや、中庭の様になっていて、そこには別に小屋が二つ存在した。一つは風呂で、一つはトイレだ。


まぁ、解決したのはいいんだが・・・

まさかのぼっとん便所。聞いた程度で、実際に見た事は無いが、まさか存在するとは。そうか、電気が通ってないのなら、水洗は出来ないのか。どんだけ田舎だよ、ここは。

うんざりしながら用を足そうとして、ズボンを下げる・・・いや、俺スカートじゃん。下げようとしたのを止め、捲って股間に手を持って行く。

ねぇっ!!

そうだよ、無いんだよ、俺の大事なもんが。

はっ!!

って事はあれだ!アニタと仲良くなっても出来ねぇじゃねぇか!!


俺は何か、凄く大切なものを失った喪失感の中で、用を足して店に戻った。


何か、何もする気になれねぇ。


店内の椅子に座ってだらけていると、鈴の音が来訪者を知らせる。が、まったく相手にする気になれねぇ。

「リアさん、そろそろ良い返事が欲しいところですねぇ。」

カウンター前まで来たそいつは、そんな事を言った。声からするに男だろう。じゃぁ、相手にしなくていいか。

「私も何度も同じ話しをしたくはないんですが。薬も買って売り上げに貢献しているじゃないですか、そろそろどうでしょう?」

何度も同じ話し?悪いが興味ねぇな。そもそも記憶にねぇし。まぁ、生活費は必要だ、薬を買うなら相手くらいしてやってもいいか。そう思ってやる気の無い目を向ける。

「却下だな。」

俺はそいつを見た瞬間そう口にしていた。

いや、どう見ても怪しい。確かに見た目はスーツを着た紳士風に見えるが、目が良くねぇ、こいつは多分裏のある奴だ。

「連れない言葉ですね。」

男はそう言うが、表情を変えずに穏やかに微笑んだままで言った。

「いや待て・・・もう一度詳しく聞かせてくれないか?」

事情も知らずに帰すのもあれだ、とりあえず何の件で何度もこいつが来るのか知っておく必要はある。そう思っただけなのだが、男は口の端を僅かに吊り上げて嗤った。


それを見た瞬間、ろくでもない話しなのは想像に難くなかった。








2023年5月18日(木曜日) PM6:15


とある葬儀場では、通夜が行われていた。式場で、会社関係の参列者はそれなりに居たが、親族の席は殆ど人は居なかった。

遺影の傍には「酒牧嗣政 享年35歳」と書かれていた。


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