プロローグ①
「江島君、口が止まってるよ」
机を挟んで対面に座っている卯ノ花さんが俺の皿に半分ほど残っているベーコンエッグとしかめた男の顔を交互に覗き込んでくる。
「いや、別に」
「む、あ、そうだ、君の方は少し焦がしてしまった。すまん」
ややぶっきらぼうな口調とは反して彼女は真剣な目つきをしてこちらを見つめている。
多分自分の作った朝食ではなく、俺の体調を心配してのことだろう。
俺は止めていた手を動かし端の方が少し焦げたベーコンをほおばりながら答える。
ベーコンは噛むと少し固かったが、しっかりと脂がのっていて別に謝られるほど悪いものじゃない。
「飯のことじゃなくて、明日のことが心配になっただけです。」
「あぁ、転校のことかぁ。やっぱり緊張するの?」
「まぁ、そりゃあこっちの世界の人と上手くやれるか全然わかんないし」
こっちの世界っていうのは何かの比喩ではなくそのままの意味だ。
俺、江島玄意は1ヶ月ほど前のある晩、原因不明の火災に見舞われた。
あれは異常だった。
炎は島すべてを燃やし尽くすかのように大きく、そして何よりあの大火事は1つの予兆もなく突然だった。
到底俺が、人間が、逃げられる災害ではなかった。
だから目も耳も閉じて、ただ泣き続けたんだ。
どうしようもできないのなら、せめて悲劇から目を背けたかった、絶叫なんて聞いてるだけで狂いそうだった。
けど熱と灰は現実から逃げ去ることを許さず、ただ此処が地獄なんだと理解させられた。
気がつくと俺は見知らぬベッドの上に寝ていた。
体を起こすとそこには銀髪の綺麗な女性が立っていた。
目の前の女性、卯ノ花汐織によって俺は命を助けられたらしい。
彼女は自分を魔法使いだと言い、俺は彼女の魔法によって救われたそうだ。
にわかに信じられず、確かめるように聞き返したのだが、彼女は本当のことだと言う。
そんなことただでさえ信じられないことこの上ないのだがさらに、魔法使い曰くどうやらここは俺が生きてきた世界とはまた別の世界らしい。
冗談を言われているのかと思ったが、彼女の態度は俺のことをしっかりと見つめ真剣そのものだった。
静寂は数秒。
俺はそれを信じた訳ではないが仕方なく受け入れ、あまり訳が分からぬまま、
とりあえず助けてくれたらしいので彼女にお礼を言い、では、と立ち去ろうとしたのだが、
「ちょっとちょっと、1人でどこ行くつもり?私の話聞いてた?君、ここがどこかも知らないでしょ?詳しく話すから、とりあえずお昼ね」
とまるで近所のおばさんみたく言われ、今現在なんだかんだと、なし崩し的に彼女の家で暮らしている。