遺伝子組み換え桃太郎
いいなぁ、みんな楽しそうで。私も仲間に入れてください。
昔、山奥におじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは退職金で家の裏に研究所を建てて、日夜研究に勤しんでいました。おばあさんもその研究所でラボテクとしておじいさんの研究を手伝っていました。
ある日、おばあさんが近所のヤ○コーに買い物に行った時に、ひときわ大きな桃が売られているのを見つけました。
これが、おばあさんが巡り会うという桃であると、おばあさんはすぐにピンと来ました。
「ついに来たわよ、鬼を退治する時が」
おばあさんは、貯めていたヤ○コーポイントをはたいて、桃を買いました。
「おじいさんや、ついに巡り会いましたよ」
おばあさんは大きな桃をオンアイスで実験室に運び入れました。
「ついにこの時が来たか、このためにわしは技術開発をしてきたのじゃからな」
おじいさんは実験デスクに、アイスボックスごと大きな桃を置き、冷凍庫から試薬を取り出して準備を開始しました。
おじいさんは、桃の左右に電極を貼り付けました。
「じゃあ、ばあさんや、いくぞ」
おじいさんはCRISPR/Cas9のmRNAとsgRNA発現用DNAコンストラクトと相同組み換え用のノックインドナーDNAの混合液を桃に注射しました。
「よし」というおじいさんの声を合図に、おばあさんは足元のペダルを踏みます。
すると、桃に瞬間的な電流が流れました。電気穿孔法による遺伝子導入です。
「うぐっ」と桃の中から聞こえた声を二人は無視しました。
そして、おばあさんが桃を切ろうと、包丁を構えた時、桃がパカッと開いて、桃の中から赤ん坊が飛び出しました。
二人はこの赤ん坊を遺伝子組み換え桃から生まれた『遺伝子組み換え桃太郎』と名付け、大切に育てました。
遺伝子組み換え桃太郎はヒトとは思えない早さでスクスクと育ちました。まるでがん細胞のようです。
そして瞬く間に、遺伝子組み換え桃太郎は、強靭な肉体をもち、鬼とも互角以上に戦えそうな背格好に育ちました。おじいさんは筋肉遺伝子を過剰に発現させるように遺伝子を導入していたのです。
ついに、桃太郎が鬼退治に出発する日がやって来ました。
遺伝子組み換え桃太郎の見送りの日、スーツで身を固めた役人が3人、おじいさんの研究室に訪れました。
「あら、政府の役人さんたちですか、ついに鬼退治に出発する時が来ました。政府も遺伝子組み換え桃太郎の活躍に期待していただいているようですな。わしの研究成果がひとさまの役に立てる時が来て嬉しく思っております。あなた方3人は、遺伝子組み換え桃太郎のお供として働いてくださるのですか?」
おじいさんはにこやかに言いました。
「いえ、違います」
3人の役人は、揃って首を横に振ります。
「おじいさん、私たちも鬼退治に出かける遺伝子組み換え桃太郎さんを応援したいのですが、遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称『カルタヘナ法』)により、遺伝子組み換え桃太郎さんは、P1レベル実験室から外に出してはいけません」
役人は、冷静な声で言いました。
「あら、そうじゃったの」
おじいさんは笑って頷きました。
「あらら、まぁ、そうでしたわね。うっかりでしたわね。危うく法に触れるところでしたわね」
おばあさんも笑っています。
そして、遺伝子組み換え桃太郎は鬼退治に出発するのを断念し、おじいさんとおばあさんと仲良く暮らしましたとさ。