85.嘘はいけません
王都の広場に降り立ったルベレント達は、驚きながら辺りを見回した。
広場にある花屋の前には、沢山の花が用意されていた。
そんな中、フワリと降り立ったマギルスに、フォガントが歩み寄った。
「マギルス様、お待ちしておりました」
ペコリと頭を下げた第一小隊五人と共に、マギルスは花屋の前へと連れて行かれた。
キョロキョロと辺りを見回していたルベレントは、ラファレイドの元へと歩み寄っていく。
「あの・・。これは一体・・」
「マギルス様が師匠の花を持っていったと言うのなら、ほぼ確実にその花はもう無いと言う結論に至った。そこで、球根から咲く花限定で此処に集めている。マギルス様に、どの花を持って行ったのかを示して頂くのだ」
「成る程。そう言う事だったのですね」
軍隊員達・・特に第一小隊の五人は、花を持ち去ったのがマギルスで有ると聞いた瞬間から、花の事は諦めていたらしい。
持ち去られた花を特定し、その花をザガリルの元へと持って行く事に決めていたのだとか。
マギルスの行方を探しながら、見かけた軍隊員達に命じて、球根から咲く花の収集をさせていたのだ。
(これで何とか、命だけは助かるかもしれない)
軍隊員達の期待を込めた眼差しが、マギルスへと向けられた。
花の元へと連れて行かれたマギルスに、軍隊員達が近付いて行った。
「副官!師匠のお花は、この花ですか?」
花を見たマギルスは、コクリと頷きを落とした。
軍隊員達の顔に、パァーッと明るい笑顔が広がって行く。
しかし、マギルスの返答を聞いていなかった他の軍隊員が歩み寄り、マギルスに尋ねた。
「師匠の花は、此方ですか?」
その花を見たマギルスは、コクリと頷きを落とした。
その瞬間、軍隊員達に絶望が広がった。
(駄目だ・・。副官は、花の区別がついていない)
マギルスの花に対する意識は、花は花で有り、花以外の何物でもないと言う物である。
簡単に言えば「種類?何それ。花は花でしょ?」と言う、ザガリル並の大雑把な区別しかされていないのだ。
しかし、命が掛かっている軍隊員達は、此処で諦める訳にはいかなかった。
第一小隊はマギルスを座らせて、何とか僅かな情報でも聞き出そうと必死に話し掛ける。
「軍隊員の施設裏に花壇があったのは、ご存知ですよね?あれは、師匠が作った花壇だったのです」
マギルスは首を傾げる。
花壇?そんなのあったかな?と言う反応である。
(どうしよう・・)
初っ端から躓いてしまい、軍隊員達の顔色が益々悪くなっていく。
「今日、そこに咲いていた七本のお花を、マギルス様が抜いていきましたよね?」
場所は分からないけど、花を抜いて持って行ったのは覚えている。
コクコクと頷きを落としたマギルスを見て、軍隊員達の顔に喜びが浮かんだ。
「そのお花は、どんなお花でしたか?色は?大きさは?花びらは多い感じでしたか?」
うーん。と天を仰いだマギルスは、首を傾げた。
(さあ・・。よく分からない・・)
そんな気持ちが伝わって来る顔だった。
「マギルス様、どうか思い出して下さい。このままでは、師匠のお怒りが鎮まる事はございません」
第一小隊のヌディカリルの必死な懇願に、マギルスは周りに置かれている花に瞳を移した。
ジッと花を見つめる金色の美しい瞳に、誰もが期待の眼差しを向ける。
花を見回していたマギルスは、徐に空を見上げた。
そろそろ夕日が沈む時間なのかと、夕焼けに染まる空を見上げ続けている。
そんなマギルスを見て、軍隊員達は項垂れた。
何とか花探しにやる気を出してくれたマギルスだったが、二分で飽きてしまったらしい。
これはもう、無理なのでは無いか。
誰もが死を覚悟した、その時だった。
上空から、タナウスとネルダルが広場へと降り立った。
深刻な顔で項垂れる軍隊員達を不思議そうな顔で見回しながら、マギルスへと近付いて行く。
ネルダルは歩きながら、魔導発信具の受信機のスイッチを切った。
これはネルダル達がマギルスを探す為だけに、マギルスの服に取り付けている発信具だ。
リオール家の夕飯の時間になってもマギルスが帰って来ない時は、受信機を使ってこうやって探しに来るのだ。
「マギルス様、お夕飯のお時間です。リオール家の皆さんがお揃いになる前に、ご帰宅下さい」
ネルダルの言葉に、マギルスが素直に立ち上がった。
「えっ!お待ち下さい、マギルス様!」
止めようとしたディレイルを無視して、マギルスはリオール家を目指して飛び立ってしまった。
「ああぁ!!!!」と言う、軍隊員達の絶望の声に、タナウスとネルダルが首を傾げた。
「どうかしたのか?」
ネルダルは顔色の悪いラファレイドに尋ねてみた。
「・・それが、師匠が育てていたお花を、マギルス様が抜いてしまったらしいんだ。どんな花を持って行ったのかを聞いている最中だったんだが・・」
「師匠が育てていた花?それってもしかして、軍隊員の施設裏の花壇の話か?」
「えっ?お前、知っているのか?」
「知っているも何も、師匠に手伝わされたからな」
ネルダルの言葉に、第一小隊が慌てて駆け寄った。
「それは本当なのか?それでお前は、そこに植えてあった花の事を知っているのか」
「ええ。エンドミリルという花の球根を、七つ植えましたが・・」
「それは本当か!!!」
「は、はい・・」
第一小隊の鬼気迫る顔に、ネルダルとタナウスは少し後退りをする。
「師匠が球根を買う時に、私とネルダルも同行しておりますので、間違いありません」
「それで、色は?色は覚えていないのか」
「色は、赤が三本、黄色が二本、白が二本です」
「本当か?その色に間違いはないんだな」
此処で間違えたらマズイ事になると瞬時に悟ったネルダルとタナウスは、互いに顔を見合わせた。
そして、もう一度記憶の中の花を確認してみる。
やはり間違いはない。
「はい。間違いはありません」
「絶対に、この三色です。師匠が毎日歌っておりますので、間違いありません」
「歌っている?」
不思議そうな顔をした第一を見たネルダルが頷きを落とした、
「チューリップという歌です。歌詞の中に色が出て来るのですが、それが、赤、白、黄色なのです。師匠はその歌の通りに花を買いました。間違いはありません」
「本数も、奥様に渡すのは二本ずつ。一本多い赤は、自分の髪の色と同じだからシルフィナに渡す、との事です」
全軍隊員達の顔に笑顔が戻った。
花の種類と色と本数が分かったのだ。
助かったのだと、みんなの肩の力が抜けていく。
「あ、あの・・。リオール家の夕飯の時間に、遅れる訳にはいかないのですが・・」
「ああ、もう戻っていい。今日の夕食が終わった頃の時間に、師匠にお会いしたい。お時間は取らせないと、お伝えしておいてくれ」
「承知致しました」
頭を下げたネルダルとタナウスは、リオール家を目指して飛んで行った。
ようやく命の危機から脱した第一小隊は、エンドミリルの赤と白と黄色の花を用意させた。
そして七本の花を持つと、第一小隊全員と、第二ラファと第三ルーベンの小隊長の合わせて七人が、代表してリオール家へと向かって行った。
夕飯を終えて庭へと出て来たルシエルに、全員が頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございません。師匠のお花を、お届けしに参りました」
フォガントが代表して花を差し出したが、ルシエルが花を受け取ろうとしない。
シーンとした空気が流れた。
「俺の花か・・。成る程。それを届けに来たのか」
「はい!」
「ふーん・・」
やはり嬉しそうな声では無い。
何なのだろうかと、互いに瞳だけで見合う軍隊員達に、ルシエルが背を向けた。
「まあ、それなら中に入れ」
ルシエルの手招きを受けて、ゾロゾロと部屋の中へと入って行く。
通されたのは、片付けの終わったダイニングだった。
全員が席に着いたのと同時に、ルシエルはフォガントから花束を受け取った。
沈黙の時間が流れる。
ジッとお花を見つめていたルシエルが、ようやくその口を開いた。
「この花をお前達は知っているか?これは他国の花で、エンドミリルと言う名の花なのだそうだ。球根を買いに行った時、母様の名前エミリアに似ていたから俺が選んだんだ」
フォガント達は、へえ・・っと納得をする。
とは言え、あんまり興味はない。
師匠の話だから聞いているに過ぎない。
「今日母様に聞いたんだが、他国においてこの花の主な使い道は、亡くなった者の命日に墓へと供える事なのだそうだ。そんな花を、マギルスが誰かにプレゼントしようとしていたらしくてな。花の事は詳しく知らないのだろうと、説明してあげたらしいんだ」
へえ・・と、またしても心の中で返事を返した。
花びらも多くて見た目にも鮮やかな花なのに、墓に供える為だけの花だったらしい。
ってか、そんな用途の花を、師匠は母親の誕生日にプレゼントしようとしていたのか。
きっと自分でも、渡さなくてよかった〜とか思っているに違いない。だから持って来てやった花に対して、あまり喜んでいなかったのだ。
散々苦労して持って来たのに・・とため息を吐きたくなるが、師匠の前だから我慢するしか無い。
もう早く解放してくれないかなぁ〜とか思っていた軍隊員達は、ルシエルの顔を見て、ビクッと肩を揺らした。
天使の様に可愛い筈のルシエル君の、魔王よりも魔王らしい笑顔。何か嫌な予感がする。
ニコニコと笑顔を見せるルシエルは、机の真ん中を指差した。
そこには、大きな花瓶に入れられた花が飾られている。
ジッと花瓶を見つめていた軍隊員達の顔が、とある事に気が付いて、徐々に蒼くなっていった。
色んな花に紛れて、赤、白、黄色の七本のエンドミリルの花が顔を出していたからだ。
「墓に供える花を渡させる訳にはいかないから、家にあった花を持っていかせたんだってさ。マギルスが持って来た花は勿体無いから、母様が此処に飾ったんだって言ってたよ」
ルシエルは、フォガントから受け取った花を持ち上げた。
「・・それで?この花が、俺の何だって?」
トーンが低くなったルシエルの声に、全員が俯いた。
師匠に嘘の報告だけはしてはいけないと言う約束事が頭を過ぎる。
(殺される・・)
顔面蒼白になった軍隊員達は、本日何度目か分からない死の覚悟をするのであった。




