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7.使用人マギルスのお仕事

「失礼致します。奥様、少々お聞きしたい事が」

「あら。どうしたの?マギト」


エミリアは刺繍をしていた手を休め、使用人として働き出したマギトに視線を移した。


「ゴミはどのように処分すればよろしいのでしょうか」

「そのゴミは燃えそうな物?」

「はい」

「日が経ったら匂いが出てきそうな物かしら」

「はい」

「それなら、裏庭に穴を掘って燃やしてから埋めてくれる?」

「はい。分かりました」


マギトはペコリと礼をすると、静かに部屋を出て行った。マギトが出て行った事を確認したエミリアは、再び手元の刺繍をし始める。


マギトがこの家に来てから1週間が経った。

当初は無表情で必要な事しか話さないマギトに、恐怖心のようなものを持っていた。

しかし、ファスターは彼に絶対的な信頼を寄せているし、ルシエルが懐いている様子を見てエミリアは考えを改めた。


今では、ちょっと無口な少し変わった人と言う認識だ。


マギトは使用人として働くのは初めてらしく、ファスターに分からない事があったら自分か妻に聞いて欲しいと言われている。

その為、仕事で分からない事があると、こうやって聞きに来るのだ。

今日は彼が来てから初めてファスターがお出掛けをしているので、朝から度々エミリアに聞きに来る。

大抵の事はルシエルに教えて貰っている様なのだが、流石にゴミの捨て方はルシエルでは分からなかったようだ。


(もうじきファスターが帰って来るわ。それまでには、この刺繍を終わらせてしまいたい)


穏やかに過ぎていく午後ののんびりとした時間を過ごしながら、エミリアは刺繍に没頭するのであった。



◇◆◇◆◇



両手に沢山のゴミを抱えて裏庭へと歩いて行くマギトに、ロイドとマイロが駆け寄って来た。


「マギト、それはゴミ?それなら僕達も持つよ」

「随分沢山あったね。これ燃やすの?兄さんに頼めば火を出してくれるよ」

「はぁ・・」


マイロは父親に似て魔力が全く無い為、剣術を中心に腕を磨いているが、兄のロイドは魔力保有者で、火属性の魔法を得意としている。


あの日、父とマギトの戦いを見ていた二人は、あれ以来マギトに興味を持った。

しかし、マギトはルシエルの護衛の為、ルシエルの側に仕えていて全く話しが出来ない。それでいて無口な性格の為、二人が見掛けて話し掛けても殆ど会話にはならなかった。しかしめげる事なく、こうして何とか話をしようとしているのだ。


ふと顔を横に向けたマギトの視線を二人が追っていくと、そこには庭のテーブルで本を読んでいるルシエルがいた。


「あんな所で本を読んでいたのか」


ロイド達は互いの顔を見合わせ、小さく溜息を零し合った。


マギトが来てから、ルシエルはこうやって庭で何かをする事が増えて来た。外に出る事は良い事だが、父が出掛けている今は止めて欲しい。

凄腕の父がいない事で、今がチャンスと屋敷を襲おうとする者達が現れる可能性が高いのだ。

今はマギトが居るので、もし襲って来たとしても平気だとは思うが、敵の数が多ければ危険となる。

出来る事なら、家の中で大人しくしていて欲しいと願ってしまうのだ。


「あっ、兄様。今日はとても暖かくて良い天気ですね」


天使のような弟は、危機感ゼロの楽しそうな笑みを浮かべている。

マギトがルシエルの方へと歩き出したのを見た二人も、後をついて行った。

ルシエルから少し離れた場所にゴミを下ろしたマギトは、ルシエルに近付いて行く。


「それはゴミですか?」


ルシエルの前にあるテーブルには、丸めた紙がいくつか置いてある。

燃えるゴミならついでに持っていきたい様だ。


「そうだよ。ゴミを集めていたの?それなら持って行って」


ルシエルが差し出したゴミを、マギルスは黙って受け取った。


「ルーシェ。今日はお父様がいないから家の中にいなきゃダメだろ」


少し怒りながら近付いて来た兄達に、ルシエルは天使の微笑みを向ける。


「大丈夫だよ、兄様。僕にはマギトがいるし」


実際は襲われたとしても自分で簡単に排除出来るからなのだが、それはみんなには内緒だ。

愛らしくて可愛い天使のようなルシエル君のイメージを、全力で守らなければならないのだ。

イメージって言うのは大切だからね。

ニッコリと微笑んだルシエルは、何故かゴミ集めに精を出すマギルスを見る。


「そうそう。そういえばマギト、あの山は何?」


ルシエルは裏庭の方に見えている土の山を指差した。

少し離れた場所にあるにも関わらず、こんもりとした少し大きめな土の山がよく見える。


「先程、奥様にゴミはどうするのかと聞きましたら、穴を掘って燃やしてから埋めるようにと指示を頂きましたので」

「それであの山が出来たの?あまり大きな穴を庭に掘らないようにね」

「承知致しました」


無表情のマギルスは、素直に返事を返す。


(ってか、あの土の量。あれってかなり大きくて深い穴を掘ったって事だよな・・。こいつに加減という物を教えなければならないかもな)


困った奴だと、ルシエルは小さく吐息を零した。


ルシエルが側にいると割とマギトの口数が増える事が分かっている兄二人は、思い切って話し掛ける。


「マギト。この後の予定は?もし無いなら、僕達に稽古をつけてくれないかな。僕は剣術はあまり得意では無いけど、マイロは割と出来る方なんだよ」

「良いだろ?少しでも良いから、教えて欲しいんだ」


頼み込む兄二人に、マギトが視線を移す。


「無理です。弱すぎて教えられません。もうじき帰って来られる旦那様に教えて貰って下さい」


マギトから伝えられた言葉に、二人は愕然とする。

弱すぎて教えられない。これはショック以外の何物でも無い完全拒否の言葉であった。

言葉を返そうとした二人は、無表情のまま二人を見つめるマギトの威圧感に口を閉じた。


「ゴミ、僕達が捨ててくるよ。あの穴に入れて燃やせばいいんだよね」


ロイドは、マギトの手にあるゴミをサッと受け取り、マイロと共に庭に置いたままのゴミを持って裏庭に出来た山へと向かっていった。


兄二人が離れた事を確認したルシエルが口を開く。


「もう少し他の言い方はなかったのか?」

「他の言い方と申しますと?」

「いくら本当の事とは言え、あれでは兄達を傷付ける。オブラートに包むと言う事をお前は覚えろ」

「はぁ・・」


マギルスは返事を返したが、意味がよく分からない。

本当の事を言ってはいけなかったのだろうか。

しかし、どう考えても、あの二人に自分が教えられる事はない。

それに、何かに包むというのも理解不能である。


「オブラートとは何ですか?」

「ん?ああ、そうか。この世界にはなかったな。苦い粉の薬を飲む時などに使う、すぐに溶けて無くなるくらいとても薄い紙の様な物の事だ。それに包んで飲む事で、苦味をあまり感じる事なく薬を服用出来る。それと同じで、苦い言葉を相手にあまり感じさせないように言い回しを考えろと言う意味だな」

「へぇ・・」


昔は直接的な物言いしかできなかったザガリルの言葉とは思えない発言だ。

これでも自分はザガリルよりも優しい言い方をしていたつもりなのだ。

転生というものは、こんなにも人を変えるものなのかと、少々驚きである。


「旦那様がお帰りのようです」

「その様だな」


玄関に着いた馬車から、こちらへと向かってくるファスターの気配を二人は感じ取っていた。

思っていたよりも早い帰還だった。


庭にマギルスとルシエルの姿を捉えたファスターが、足早に二人に近付いて来た。


「ただいま、ルーシェ。私がいない間、マギトと一緒に大人しくしていたかな?」

「お帰りなさい、父様。僕ならちゃんと良い子にしていたよ」

「そうか。それは良かった」


ファスターに頭を撫でて貰ったルシエルの機嫌はとても良くなる。ニコニコとした笑顔でファスターを見つめ返した。


「マギト。私の留守中、何か起きなかったかな?」

「特にはございません」

「そうか。それなら良かった。君がいてくれるから平気だとは思っていたがね」


ファスターは安堵の表情を浮かべた。

自分が出掛けている事は、みんなが知っている事だ。

その隙に、この家を襲おうとする輩がいるかもしれないと警戒してはいたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


たとえ襲われたとしても、このマギトが守ってくれているのなら、この家の安全は保障されているようなものではあるが、それでも不安は拭い去れなかった。

その為、少し早めに仕事を終えて帰って来たのだ。


ホッと吐息を落としたファスターの後ろから、突如として息子二人の悲鳴が聞こえて来た。


「ギャアー!」

「マ、マギト!」


声のする方にハッと顔を向けたファスターは、それと同時に剣を抜いて走り出した。

こちらへと向かってくる二人の息子の元へと急いで駆け寄る。


「何があった!」

「お、お父様?お帰りなさい」

「お帰りなさい、お父様」


父の姿を見て驚いた顔をした二人は、直ぐに父に挨拶をする。


「そんな事より何があった。さっきの悲鳴は?」

「あっ!そうでした。お父様、あの穴の中を見て下さい!」


父の腕を引っ張りながら、ロイドとマイロはゴミの穴へと連れて行く。

かなり深そうな穴の中を覗いてみると、底の方には三十人以上の人間がいる。黒色の紐の様な物で縛られており、彼らは血だらけである。


「如何致しましたか?」


茫然と穴の中を見つめるファスター達の後ろから、マギルスとルシエルが歩み寄った。

それまで穴の中から上を睨みつけるように見上げていた男達は、マギルスの姿を見た瞬間に怯えを見せて悲鳴をあげる。


「マギト。あの穴の中の者達は?」

「あれは旦那様がお出かけになられて暫く経った頃、この屋敷に侵入して来たゴミです。奥様にゴミの処分はどうするのかとお聞き致しましたら、臭くなりそうなら燃やしてから埋めるようにとのご指示を頂きましたので、今から焼却処分をしようとしておりました」

「ゴ、ゴミ・・」

「はい。暫く放置すると臭くなりそうでしたので。どこか問題がありましたでしょうか」


侵入者の処分方法を確認していなかったマギルスは、仕方なしに彼らを生かしたまま魔力で縛り上げ、エミリアの元に確認をしに行った。

このまま埋めても、死んだ人間は臭いを発する。だからエミリアに言われたように燃やす事にしたのだ。


自分は真面目に仕事をしていたのだと無表情で主張してくるマギルスに、流石のファスターも開いた口が塞がらない。


そんなマギルス達の横にいたルシエルが、その空気を遮り横から口を挟んだ。


「あれを燃やしたら駄目だよ、マギト」


穴の中を覗き込んでいたルシエルは、お前は全然分かっていないと呆れ顔で指し示す。


「ほら、あの剣とか防具は燃えないでしょ?だから一緒に入れたら駄目なんだよ」


ゴミの分別は大切な事である。

日本人だった時、ゴミ捨てに関してとても煩い地域に住んでいたのだ。


(僕は君とは違うのだよ、マギルス君。僕にはキチンとした分別の精神とその知識があるのだ。お馬鹿な君に僕が教えてあげよう)


エッヘンと言わんばかりに胸を張ったルシエルは、自慢げに自分の知識をマギルスに伝え始めた。


「剣や防具は鉄を使っているから、資源ごみと言って、溶かして再利用するんだ。でも、この場合はゴミには出さずに中古として売った方が良いんだよ。大した品じゃ無いから殆ど価値はないけど、ゴミ削減は人類の課題なんだからね」


どうよ、この俺様の素晴らしい知識は。とマギルスを見ると、彼は納得した表情で頷きを落とす。


「ああ、成る程。そう言う事・・」

「じゃない!」


ファスターが慌てて話を遮った。

問題なのは剣や防具などでは無く、焼却されようとしている人間達なのだ。

しかも気絶している者はいるようだが、全員まだ死んではいない。そんな者達を、家族の住まう家の裏庭で焼くなど、とんでもない話である。


えっ?違うの?とキョトンとした顔を見せる二人には、溜息しか出ない。


「ルシエル様。燃えないと言うのは間違いなのではありませんか?」

「うーん。マギトの火力なら確かに燃えるとは思うけど・・。リサイクル精神は大切なんだけどな」


この世界では、未だにリサイクルの精神が無いようだ。世界が違うから仕方がないかと、ルシエルはマギルスに頷きを落とす。


それを見たマギルスは、近くに置き去りになっていたゴミを穴の中に放り込み、その手に炎を出した。

マギトの手の平の上で、ゴォーッと言う音を立てながら激しく燃え盛る炎を見たファスター達は唖然とした表情をする。

穴の中では凄まじい悲鳴が響き渡り、なんとか逃げようと這いずる者達が芋虫のように動き出した。


「マ、マギトって魔法も使えるんだ・・。兄さん、あれは何て言う魔法?」

「あれってまさか高火力魔法、ファイヤーギガメテオ?俺も初めて見た。かなりの上級魔法だよ。それなのに、詠唱無しであんなに簡単に出せるなんて・・」


学校にいる教師達ですら使う事が出来ない魔法をあっさりと出すマギトに、ロイドは茫然とする。

剣術も尊敬する父より凄いのに、火属性の上級魔法もアッサリと使ってみせる。

一体マギトって何者なのだろうかと見つめ続けた。


同じ様に茫然としていたファスターは、心の中で溜息を零した。


(やはり魔法も使えるのか・・)


想定内ではあるが、剣術だけでもかなりの腕前を持つマギトが、容易く魔法を使ってみせるその姿には溜息しか出ない。


ルベレント伯爵にマギトの事を詳しく聞く事は出来なかった。学園で話をした時、詳しく話せないと言われていたからである。

しかし、これで確実であろう。

マギトは、あの軍にいたのだ。

少々物知らずな所は、そこから来ているのだと思う。

彼らは彼らの意思で動く。

敵とみなした者を処分する事に、いちいち国の許可など取った事はないのだ。

敵は即排除。敵には一切の慈悲をかけない。

これこそが、あの軍の誇る強さであったのだ。


発動されようとする魔法を見て、ファスターはハッと現実に引き戻される。

慌ててマギトを止めに入った。


「待ってくれ、マギト。燃やさなくていい!」

「よろしいのですか?放置すると臭いが出てきてしまいますが」

「全員まだ生きている。だから彼らを国に引き渡す。彼らの処分は国がする」

「国ですか?」


なんでこんなのをいちいち国に引き渡さなければならないのかとマギトは首をひねる。

まあ、この家の家長が駄目だと言っているので、素直に魔力を鎮め、炎を消し去った。


「マギト。今度襲って来た敵を倒したら、穴に入れずに、私か近くに駐留している国の兵士達に言ってくれ」

「承知致しました」


ペコリと頭を下げるマギトの横で、ルシエルは考え事をしていた。


ちょっとまずい事になっているかもしれないのだ。


ルシエルとしての記憶は、二十五年。

日本人としての記憶は、六十三年。

ザガリルとしての記憶は、千四百年以上。


どうやら、ザガリルの記憶にルシエルが引っ張られているようなのだ。

ルシエルの感覚では、ファスター達と同じで、敵とはいえ生きている人間を焼こうとしているマギトの行動は、奇行でしか無い。

しかし、先程穴の中を見たルシエルに浮かんで来たのは、人間は燃えるゴミ。剣などはリサイクル品と言う感覚であった。

これは軍にいたザガリルの感覚である。


百年未満の記憶は、千年以上生きて来たザガリルの記憶に勝てないのだ。


このままではパパンとママン、そして兄姉達に愛されて育っているルシエル君が、消え去ってしまうかもしれない。これからはもう少し注意しながら生活をする必要がありそうだ。


愛し愛されるルシエル君を取り戻す為、今後はもっと家族に甘えまくらねばならない。

願ったり叶ったりである。


(今日は父様と母様と一緒に寝よっと)


ルシエルは、ニッコリと天使の微笑みを浮かべるのであった。



マギルスの魔法によって拘束されていた男達は、その後穴から引き上げられて国に引き渡されていった。


彼らは国の兵士達の姿を見ると、我先にと兵士達に助けを求めた。

一体彼らの身に何が起きたのであろうか。


ファスターは、何となく聞くのを避けると、念の為、ルベレント伯爵に手紙を書いて送っておいた。

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