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6.マギルスとザガリル

マギルスを案内した部屋から出て来たファスターに、不安げな表情をしたロイド達が駆け寄って来た。


「お父様。あの方を家の中に招いて本当に大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫だ。あの方は相当強い。本気で殺そうと思っていたのなら、私は先程切られていた」

「えっ?お父様がですか?」


一流と褒め称えられる剣術の腕前を持っているファスターの意外な言葉に、ロイドは驚きを隠せない。


「で、でも・・力はほぼ互角。少しお父様が押していました」


ロイドの後ろから、慌ててマイロが口を開く。


「お前達にはそう見えたか。あれは違う。彼は私の力量を瞬時に見定め、怪我をさせない程度の力で相手をしていたのだ」

「お父様相手に手を抜いていたと言う事ですか?そんな事、あり得ません」

「そうですよ。手なんて抜いて無かった筈です。途中で握りを変えたんですから!」


マイロの言葉に、ファスターは驚きを返し、そして嬉しそうに笑みを零した。


「あれに気が付いたのか。よく見ていたな、マイロ。剣術学校に行かせたのも悪くはなかったという事か」

「はい。しっかりとお二人の戦いを見ていました。だからこそ、力は互角だったと・・」

「だが、もう少し鍛錬が必要な様だな。私が剣を抜いたのは、彼が本当にあの剣の持ち主なのかを確かめる為だった。しかし、久し振りに手応えのある相手だった為、私は当初の目的を忘れて戦いに没頭してしまった。だが、そんな私を現実に引き戻したのは、あの握り直しだった」


ファスターは、あの時の事を思い出す。

手を抜いている事は分かっていた。

剣の握りが甘かったからだ。

しかし、それでも自分の動きにキチンとついてくる。


この剣が本当に彼の物なのかを見定める為には、全力を出させるしか無い。

今までよりも深く切り込んだファスターに対して、彼の瞳が妖しく輝いたのをファスターは見逃さなかった。


グッと握り直しをした剣は、先ほどとは比べ物にならないくらいの鋭さを返して来る。

しかし、彼の動きや剣技には、何処か違和感があるように思えた。


とは言え、彼の繰り出す攻撃を見ても、その剣の特徴や癖を熟知している者の動きである事に間違いはないのだ。

それが指し示すものは・・。

ハッとしたファスターは、剣を止めてそこで勝負を収めた。


「あの握り直しの後、確かに彼の動きは良くなりましたが、それでもお父様が負けるとは思えなかったです」

「マイロ。私は最初から最後まで、彼に本気を出させる事はできなかったのだよ」

「えっ?でも、握り直したじゃ無いですか」

「そう。私が出来たのは握り直しだけだった。持ち返られたら即座に決着はついただろう」

「えっ?持ち返え?」

「彼は右利きじゃない。左利きなのだよ」


苦笑いを零したファスターは、呆然と立ち竦む息子達を残して自身の部屋へと入って行った。


直ぐにルベレント伯爵宛に手紙を書き、押印をして魔導即送鳥に持たせる。

パッと消えた鳥を見たファスターは、吐息を落としながら、背凭れに寄り掛かった。


一応確認の為に送っては見たが、彼がルベレント伯爵の言っていた者だと言う事に間違いはないだろう。

あれだけの剣の使い手が、他人に大切な剣を渡すと言う行為は、剣士にとってこれ以上ない身の潔白を示す物となる。

そして、あの強さ。


この世界では、千年以上生きる者達を『千年超(せんねんちょう)』、二千年以上生きる者達を『数千年超(すうせんねんちょう)』と呼ぶ。

あれは間違いなく長き時を生きる『数千年超』のツワモノである。


ルベレント伯爵の伝え聞く経歴から考えて、マギトは間違いなく、あの伝説の英雄ザガリルの軍関係者であろう。


「上には上がいるとは分かっていても、ここまでの差があるとはな・・」


ファスターは、グッと拳を握り締め、そしてその瞳を静かに閉じた。



◇◆◇◆◇



「それは一体何の遊びですか?」


ソファーに座って大人しくしていたマギルスは、背後に感じた気配に向かって話し掛けた。


「転生って奴だな」


歩み寄ったルシエルは、マギルスの横を通り過ぎ、対面のソファーに腰を下ろす。


「転生・・。ザガリル本来の魔力を感じますが?」

「そこが生まれ変わりと転生の違いだ。生まれ変わりは一度無になり生まれ変わる。しかし転生は、その時の記憶や魔力を有したまま、新たな生を受ける」

「成る程。面白そうな遊びですね」


そうは言っても、マギルスの顔は無表情のままだ。

興味はあるようだが、どうでもよくなったのだろう。

無言のままジッとルシエルの姿を見つめている。


マギルスを前にすると、やはりルシエルの意識よりもザガリルが強くなる。

意識しなくても自然とザガリルとして話し始めた。


「俺のいない間、そんなに寂しかったのか?随分早い登場だったから驚いたぞ」

「暇でしたね・・。六百年以上、特にする事もなくボーッとしていましたから」


マギルスの言葉に、ザガリルはあれ?っと首を傾げた。

なんか責められている気がする。

暇なら暇で、何か他の事でもやっていれば良かっただけなのに、なんで責められなければならないのか。


「お前はお前で、遊んでいればよかったんじゃねえ?」


軽い気持ちで伝えたザガリルの言葉に、マギルスが無表情で無言を返す。

長い付き合いだから、無表情でも伝わってくる。

これは抗議する時の顔である。

どうやら本当に心の底からつまらなかったようだ。


「分かった。もし次があったら、お前も連れて行く」


ここはザガリルが折れる事にした。

じゃ無いと話が進まないからだ。

抗議から来る無表情で無言の状態を放置すると、本人が納得のいく答えを貰えるまで、何ヶ月も何年もこのままになるのが、この男の特徴なのだ。

本当に面倒臭い男である。


「それで?これからどうするんですか?」

「別に。特に何をするって事は無いな。平和に楽しく家族との時間を過ごす」

「へぇ・・」

「お前も此処にいろ。仕事なら見つけてやった」

「仕事?」

「俺の護衛及び使用人だな」


ふーんと返事を返したマギルスは、ん?と不思議そうな表情をする。表情にあまり変化はないが、ザガリルだけはそれが分かる。

マギルスとザガリルが出会って千年以上経っている間柄だからこそ出来る芸当である。


「護衛なんて要らないのでは?」

「魔力が使えない筈のルシエル君が、魔力を使った時の隠れ蓑」

「成る程」


マギルスは納得してみせる。

長い付き合いなので、ザガリルが求めていた物が家族である事は分かっている。

ようやく手に入れた家族を失わない為に、正体を隠したまま生活をしたい様だ。


(そんなに大切なものなのだろうか。家族とか言うものは・・)


マギルスも家族がいた事は無いが、別に欲しいとは思わない。だから、わざわざ転生をしてまで手に入れるザガリルの気持ちは全くもって分からないが、取り立てて自分にやりたい事が無いのが現状である。


「まあ、いいですよ。どうせ暇だし・・」


ザガリルがいない間、本当に暇で暇で仕方がなかった。もう一層の事、この世界自体滅ぼしてしまえばスッキリするかな。とか考えていたくらいである。

破壊者となる前に、ザガリルが帰って来てしまったので、その案は消え去った。

まあ、この人さえいれば、退屈しないで済むだろう。

マギルスは改めてザガリルを見る。


「ところで、使用人と言うのは何をすれば良いのですか?」

「そこからかよ!」


ザガリルは呆れた表情を返す。

コイツはマジで面倒臭い男である。

あまり深く考えずに、マギルスを護衛にと言ってしまった自分を恨みたい。

まあ、来てしまってから文句を言った所で、この男が帰らない事は分かっている。

諦めるしか無いのだ。


こうしてルシエルは、一抹の不安を抱えながら、副官マギルスと共に生活を始めたのであった。


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