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54.遠い日の記憶

「師匠・・。シルフィナは、本当に大丈夫なのでしょうか」

「知らん」


何度目か分からないルベレントの質問に、ザガリルはぶっきら棒に答えを返した。


ベッドに寝かせたシルフィナの横で、椅子に座って手を握るルベレントは、ポロポロと涙を流している。


あの場から飛び立ったザガリルは、ルベレントの家にあの箱を持って行った。

軍隊員施設より、ルベレントの家の方が近かったからだ。


寝ていたシルフィナを取り出してベッドに寝かせてはみたが、一向に目覚める気配はない。


しかし、目覚めて貰わなければ状況の把握が出来ない。

取り敢えず、魔力を使って全身を調べて見る事にしてみた。


首の辺りに圧迫された形跡は見受けられたが、他には特に大きな怪我などを負った形跡もなく、体内の魔導も正常だった。


と言う事で、首の辺りに回復を掛けてやったのだが、それだけではルベレントが納得しなかった。

寝ているだけの奴にこれ以上回復を掛けても無駄だと言っているのに、引き下がらないのだ。


娘が人の気配で起きない事などないので、寝ているとは考え難いのです。と必死に訴えてくる。


どうやら普段寝顔を見に部屋に入ると、必ずシルフィナが起きてしまうらしい。

こんなにも長く可愛い寝顔が見られるのはおかしい。

絶対に寝ているだけではない筈だと言う事なのだそうだ。


それに対してのザガリルの返答は「んな事知らねえよ」である。


ベッドから少し離れた場所にあるソファーに座って寛いでいたザガリルは、そんな事よりも・・と机の上に置いた紅蓮を見つめた。


力の殆どを使い切ってしまい、グッタリとしていて殆ど瀕死の状態だ。

回復を掛けてやっても良いが、また暴れ出すと面倒なので、取り敢えず放置している。


(まあ、シルフィナに何か原因があるとしたら、こいつだとは思うがな・・)


先程の異空間で、紅蓮のおかしな行動が多々見受けられた事は確かである。


何故、ザガリルでも気が付かなかった異空間での戦闘に紅蓮が気が付いたのか。

何故、無理矢理巨大化するほどの力の暴発があったのか。

何故、自身の体内に保存した魔導合金をシルフィナに与えたのか。

何故、急にナディア達を攻撃しようとしたのか。


理解不能な事が多すぎる。


そして、家の庭で紅蓮が見せたあの瞳・・。

何処で見たのかがどうしても思い出せない。

しかし、間違いなく何処かで見た瞳だった。


ジッと紅蓮を見つめるザガリルの足元に、ルベレントが涙を流しながら縋り付いて来た。


「師匠・・お願いです。もう一度、もう一度だけシルフィナを見てあげてください」

「しつこい!何度言えば分かるんだ。あれは寝ているだけだ!」

「そこをなんとかもう一度だけ、お調べになって下さい!絶対におかしいのです!」

「だから、もう二回も調べただろうが!間違いなく寝ているだけだ!」

「師匠!」

「しつこい!!!」


ザガリルは跪くルベレントを蹴り飛ばした。

床に倒れ込んだルベレントは、そのまま伏せって大泣きをする。

なんとも面倒臭い男だ。


まあシルフィナに、なんらかの心理的な負荷が掛かった可能性はある。

箱から何かを感じたすぐ後に、紅蓮がナディア達を襲い始めたからだ。


(悪夢でも見ているのか?まあ、どちらにしろ、寝ている事には変わりないけどな)


大の大人がオンオンと泣き続ける部屋の中で、ザガリルは深いため息を付いた。



◇◆◇◆◇



なんだろう・・。

とても懐かしく感じる会話が聞こえてくる・・。


シルフィナは真っ暗な空間の中で耳を澄ました。


『だからお前はしつこいんだよ!何度言えば分かるんだ』

『後一回だけでも!』

『しつこいって言ってんだろうが!』


また喧嘩している・・。

どうして仲が良いのに、毎日喧嘩をするんだろう・・。

意味が分からないわ。


リビングのソファーに座って言い合いをする二人。

そんな二人を、ダイニングのテーブルに頬杖ついて座りながら、呆れ顔で見つめ続けた。


段々とヒートアップして行く喧嘩は、互いに意地を張って一歩も引かない為、誰かが止めないと納まりは付かない。


そんな二人を見ながら、何回目なのか分からないため息を落とした。


その時、彼の怒りに任せた大きな声が、今日も部屋に響き渡った。


『うるせえ!お前は、この部屋から出て行け!』


パッと瞳を開いたシルフィナは、ガバッと体を起こして大声で叫んだ。


「いい加減にして!たかちゃん、おじさんに謝って!」


頭に血が上っているザガリルは、またかと苛立ちを覚え反射的に怒りを返す。


「うるせえ!魚は黙ってろ!」

「魚じゃないもん!鮎子だもん!!!」


互いにプイッと横を向く。

シーンと静まり返る部屋の中で、ザガリルとシルフィナは、互いに口を噤んだまま時を刻んだ。


ポカーンとした表情を見せたルベレントは、シルフィナとザガリルをゆっくりと交互に見つめる。


娘が目覚めた事はとても喜ばしい。

しかし、急に目覚めた娘と師匠の言い合いがよく分からない。


(おじさん?魚?鮎子??)


意味不明な会話の理由が知りたくて、ルベレントはザガリルに尋ねてみた。


「あ、あの・・師匠。魚と言うのは、娘の事・・なのでしょうか?」

「ああ?うるせえって言って・・ん・・」


顔を向けたザガリルは、床に跪くルベレントを見て違和感を覚えた。

何か違う気がする。

目の前にいる薄緑色の長い髪の男、これは・・。


「・・ルーベン?」

「はい。どうか致しましたか?師匠」


そうだ。先程から言い合いをしていたのは弟子のルベレントだ。


(なんで急に・・)


ハッとしたザガリルは、ベッドに座るシルフィナへと視線を移していく。

聞こえて来るザガリルとルベレントとの会話に、シルフィナも何か変だと、顔を二人の方へと戻した。


目と目があったザガリルとシルフィナは、暫し見つめ合った。


(俺は今何をしていたんだ?確か、泣いていたルベレントが、またしてもシルフィナを調べろとかなんとか言ってきて・・。それで・・)


(あれ?私、今何を・・。おじさんとたかちゃんが喧嘩してて、それを止めようと・・。あれ?でも、あそこに居るのは・・お父様?)


二人の頭の中はパニック状態となる。

意味が分からない。

日本の家のリビングでの言い争いの筈が、シルフィナの部屋での言い争いに・・。

いや違う。

逆だ!


立ち上がったザガリルは、ゆっくりとシルフィナの元へと歩いて行く。

そんなザガリルの姿を、シルフィナはジッと見つめ続けた。


「・・あ・・ゆこ?」

「たか・・ちゃん?」


茫然と立ち尽くすザガリルを見て、シルフィナは益々意味が分からなくなる。


「えっ?なんで??なんでザガリル様が、たかちゃんなの?夢?これは夢?」


シルフィナは、思いっきり頬を抓ってみる。


(痛い!)


遠慮なく抓った頬は、とても痛くて熱を持った。

間違い無い。

これは現実の世界なのだ。


シルフィナは、恐る恐るザガリルに声を掛ける。


「たかちゃ・・鷹矢なの?ザガリル様が、鷹矢なの?」


もう自分の名前ですら思い出せなくなっていた日本人の記憶。

鮎子が自分を呼ぶ度に、断片的にしか覚えていない記憶が鮮明に蘇って来る。

小さい頃からずっと側に居た彼女。

幼なじみという枠から抜け出し、互いに愛し合ったあの日々。


瞳にジワッと熱を感じたザガリルは、シルフィナを強く抱き締めた。

驚き固まるシルフィナに、ザガリルが尋ねる。


「鮎子・・なんだな」

「うん、鮎子だよ。鷹矢・・なんだよね?」

「ああ・・」


間違いでは無いと、互いに背に回した手に力が入る。


ギュッと強く抱き合った二人の頬を、涙が静かに落ちていった。



◇◆◇◆◇




「んで?いつからお前は、鮎子だったんだよ!」


ソファーの背凭れに腕を掛け、ムスッとした表情のザガリルが尋ねた。

向かいのソファーに座ったシルフィナは、記憶を思い出す。


「多分、最近だと思う。博物館の時、ザガリル様が私の背中に手を回して・・あの時に、何かを思い出した様な気がしたの。今思えば・・」

「・・思えば、なんだよ」

「それは・・」


シルフィナは、チラリと床に視線を移した。

そこには、ザガリルの魔力によってグルグル巻きにされ猿轡まで嵌められたルベレントが横たわっている。

抱き合う二人を見たルベレントが発狂し、苛立ったザガリルの魔力によって簀巻きにされたのだ。


とは言え、喋られなくても二人の会話は筒抜けだ。

お父様の前でこの話は出来ないと、シルフィナは口を閉じた。


ムッとしたザガリルは、漆黒のオーラをシルフィナに向かって薄らと出す。

彼女の考えている事が、オーラを伝って流れて来た。


(たかちゃんとの初めての時を思い出したなんて、お父様に言える訳ないじゃ無い!)


「ああ・・。成る程・・」


ポツリと呟いたザガリルは、博物館での事を思い出した。


そう言えば、意識を失う前のシルフィナが、手を伸ばしてザガリルの髪に触れた気がする。それは、鮎子がベッドで見せる癖だったなぁと今なら思える。

あの触れ合いが記憶を思い出すキッカケだったのかと、納得をした。


そしてザガリルは、テーブルに横たわる紅蓮に視線を移す。


(こいつの瞳・・。何処かで見た事があると思ったら、異空間で日本人の俺が怒りを見せた時の瞳にそっくりだったんだな)


その事から、ようやく点と点が繋がり、全ての事に納得が行った。


ザガリルが作り出した紅蓮は、鷹矢の思いをかなり強くインプットされてしまった様だ。

日本人である鷹矢の記憶を思い出しながら紅蓮を作成したので、それは仕方がない事だと思う。


そして、シルフィナに紅蓮がとても懐いていたのは、鮎子の魂の生まれ変わりだと何となく気が付いていたからだろう。


鮎子が困っていたらなんとかしてあげようとする、鮎子が危ないのなら自分が守る。

これは、日本にいた鷹矢の行動そのものだった。


そして、何故鮎子の魂がという疑問にも、何となく理解が出来た。恐らく、日本人であった時、鮎子と育んだ愛が原因なのだと思う。


まあ、綺麗事を取っ払って、ぶっちゃけて言ってしまうと、エッチの最中、鷹矢が絶頂を迎える時、ザガリルの魂に掛けられていた封印が一時的に弱体化したのだと思う。

んでもって、気が付かない程度の少量の魔力があれと一緒に放出されていたと考えられる。


ザガリルの魂から放出された魔力は、鮎子の魂に蓄積していった。

そして、魂だけの存在となった時、こちらの世界にあるザガリルの本体に、蓄積した魔力が引き寄せられてしまったと考えられるのだ。


とは言え、この世界に来たとしても拠り所(ザガリルの体)は封印されたまま。

行き場を失った鮎子の魂は、あの公園の管理を任されてちょくちょく様子を見に行っていたルベレントに寄り添い転生した・・という感じだと思う。


殆どが確証の無いザガリルの想像ではあるが、ほぼ間違いないと思われる。


という事で、先程の異空間での紅蓮の怒りは、鮎子を傷付けられた鷹矢の怒りだったという事になる。

まあ、良くやったと評価してやろう。


「・・そう言えば、鮎子。お前さっき、なんか嫌な夢を見なかったか?」

「夢?たかちゃんとおじさんの?」

「違う。その前・・」


シルフィナは、宙を見つめながら思い出してみる。

そう言えば・・と先ほど見た夢を思い出した。


「中学の時の夢を見た気がする。鷹矢が由利子達と、映画に行く約束している時の・・」

「あれかよ!!お前、何度言えば分かるんだよ。あれは男バスの奴らと行く約束してたのに、他の奴が由利子達も誘ったってだけだろうが!」

「だって知らなかったんだもん!あの時は、たかちゃんが由利子達と約束している様にしか見えなかったの!」


ザガリルは唖然としてしまう。

鮎子と付き合う様になった頃、中学の頃の話をしていて、この話題が出た。

その時もキチンと違うと説明したのに、未だにそんな事を夢で見るだなんて・・。


「お前、馬鹿だよな・・」

「違うもん!由利子達は、昔から鷹矢の事が好きだったから、凄く嫌だったんだもん」

「はいはい。ヤキモチ焼いたんだよな」


ザガリルはケラケラと笑い出した。

そう言えば、昔の鮎子もそんな事を言っていた気がする。

だから、俺から離れたくなくてギリギリまで中学に通い続けたんだと言われて、可愛くて抱き締めたっけ。


笑い続けるザガリルに、シルフィナが頬を膨らませた。


「もう!たかちゃんの、意地悪!!!」


顔を赤めながらクッションを投げ付けて来る。

キャッチしたザガリルは、笑うのを止め吐息を溢した。


「・・本当に、鮎子なんだな」


未だに信じられない事ではあるが、ザガリルが覚えていない昔話をポンポン出して来るのだから、鮎子に間違いはない。


まさかもう一度鮎子に会えるだなんて、思ってもいなかった。


鮎子は、二十四歳でこの世を去った。

シルフィナは七十歳。

逆算して計算してみると、俺が五十五か五十六歳位の頃に、この世界に転生した事になる。

その数字には覚えがあった。

鮎子の親が歳を取って来たからと言う理由で、三十三回忌を目処に、鮎子の弔い上げをしたのがその頃だ。


鮎子の家には、墓をみて行く跡取りがいなかった為、そう決めたらしい。

もしかしたら、鮎子はあの日まで俺の側に居てくれたのかもしれない。


少し感傷に浸っていると、目の前のシルフィナがキュッと唇を噛んだ。


「ごめんね・・」


一人置いて行かれた二十四歳の夏。

あれ程までに辛い思いは、した事が無かった。


でも、辛かったのは(鷹矢)だけじゃ無い。

置いていかなければならなかった鮎子だって、辛かったのだから。


「もう良い。もう一度、鮎子に会えたんだからな」


笑顔を見せたザガリルに、シルフィナが微笑みを返した。


「うん!」


笑い合う二人の目には、遠い日に失った筈の愛する人が笑う姿で映し出されていた。


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