52.それは大きい方が・・
ザガリルは、王都の広場へと到着した。
広場の上空には、空間の歪みが残されていた。
(ん?あの馬鹿は、何処かの空間に侵入したのか?)
しかし、今の力の紅蓮では誰かの作った異空間に侵入出来るほどの力はなかったように思える。
もしかしたら、紅蓮を作成するにあたり、意図せずその力を付与してしまったのかもしれない。
日本人の記憶によって作られた紅蓮。
ドラゴンの異空間への移動は、割と思い付きやすい物だからだ。
まあ良いかと、ザガリルは空間の歪みへと侵入して行った。
空間の中では巨大化した紅蓮が、上級高魔族の二人を相手に暴れ回っていた。
不思議そうな顔で紅蓮を見たザガリルは、下から聞こえて来た声に反応して顔を向けた。
そこにはハンザナム達と共にナディアの姿がある。
ザガリルは、ナディアの元へと降りて行った。
「ザガリル!」
「ナディー。こんな所にいたのか」
「良かった!呼んでも聞こえないかもしれないって虹子達が言うから・・」
「ナディーの声は聞こえなかったが、あれが急に移動したのが気になったんだ。何処かの空間に移動した様だから、追い掛けて来てみたんだが・・」
ルシエルの体でいる事が多い為、最近ではルシエルの体でもナディアの声が届くようにしてあった。
しかし、流石に敵が空間分離した場所からの声は、届かなかったようだ。
ザガリルは、再び紅蓮を見つめた。
マギルスとの戦いで力を使い果たした紅蓮。
ある程度までは直ぐに回復したが、まだ巨大化出来るほどの力の回復はできていない筈だ。
何らかの怒りで我を失い、限界を突破しているのかもしれない。
やれやれ、とため息をついたザガリルに、サジェリナが駆け寄った。
「あん、ザガリル!会いたかった!!」
豊満な胸を押し付けながら、ザガリルの腕に纏わり付く。
「ちょっと!ザガリルに触らないで!」
ザガリルの反対側の腕に、負けずとナディアが抱き付いた。
ザガリルを挟んで睨み合う二人は火花を散らす。
「しつこい小娘ね!ザガリルからプロポーズされたのは私だと言っているでしょ!」
「何かの間違いよ!そのネックレスだって、貴女が何処かから拾って来たのでしょ?返して。それは・・私のよ!」
言い切ったナディアは、チラリとザガリルの顔を見上げた。
ザガリルは、上空の一点を見たまま動こうとしない。
ナディアは不安げな表情を向けた。
「ほら見なさい。ザガリルはうんと言わないじゃない。貴女の方こそ、嘘を言わないで」
「嘘なんて・・。だってそれは・・」
「これは間違いなく、ザガリルが私に渡した物。なんならザガリルに、どちらがこのネックレスを持つにふさわしいのか、この場で決めて貰いましょうよ」
「・・望むところよ!」
ナディアとサジェリナの、自分を挟んで繰り広げられている争いを、ザガリルは全く聞いていなかった。
別の事に、気を取られていたからだ。
(うーむ。ナディーの方が・・少々小さいか・・)
押し付けられる柔らかな感触を、じっくりと堪能していた。
この世界の住人達は日本人と違い、発情期が滅多に来ない。
寿命の長いこの世界で、日本人のように年がら年中発情していては、人口爆発で手に負えなくってしまう事からも、その理由は分かると思う。
愛情表現としての営みはあるが、発情期以外の営みでは、子はかなり出来にくい。
ザガリルも、昔はこの脂肪の塊に特に夢を持った記憶は無い。
がっ!しかし、日本人の記憶を持った今、忠実なお胸のシモベとなっていた。
(ナディアは・・Cか?いや、Dはあるかも知れん。鮎子のあの胸でCだったもんなぁ)
ザガリルの接触による胸の大きさの判断基準は、鮎子基準のみである。
その他は目視確認であった為、もしかしたら目視の方が正確かもしれない。
まあ、折角触らせてくれているのだからもう少し味わっておこうと、もう一人の方へと意識を移す。
(それにしてもでかいな・・。これは、まさかのF?いや、G・・かも知れん)
初のデカ胸の感触を堪能するザガリルに、ナディアが声を掛けた。
「ザガリル、どっちなの?」
夢見心地なザガリルは、正直に答える。
「うーん。残念ながら、ナディーよりこっちの女の方がでかい」
「・・えっ?何の話?」
ナディアの不思議そうな声に、ザガリルは即座に現実に引き戻された。
ヤバッ!という顔をしたザガリルに、ナディアは首を傾げながらサジェリナへと視線を移す。
ザガリルの腕に当たっている彼女の大きな胸。それを見た時、ようやくザガリルの発言の意味を理解した。
ワナワナと怒りのボルテージが上がっていくナディアに、ザガリルが慌て出した。
「落ち着け、ナディー。俺は別に、大きさなんて気にした事は無い」
「あら〜。そんな事はなくってよ。殿方は皆、大きな胸が好きなんだから。貴女のその胸だと、ザガリルは満足しないみたいね」
クスリと笑ったサジェリナは勝ち誇った顔を見せる。
ザガリルから腕を離したナディアは、頬を膨らませてザガリルを睨んだ。
「ザガリル!!!」
「いや。だから、違う!」
「ええ!師匠ったら、大きな胸が好きだったのですか?それなら、私も・・」
ずっと後ろで話を聞いていた虹子が、ザガリルの空いた腕に自身の胸を押し当てた。
「離せ、虹子。ナディーと話しをしているだろうが!」
「師匠。私とこの女、どちらが大きいですか?」
「ん?・・・・僅差でお前・・か?」
「ふふん。この中では私が一番のようね!」
自信満々な顔をしたレインフォリアに、サジェリナが首を傾げた。
「貴女・・。なにか匂いが違う気がするわ。雌なの?」
「虹子!貴方は男でしょ。女の戦いに入って来ないで!」
「まあ!男女差別ですわ。師匠をご覧になって下さい。男であろうと女であろうと、それは些細な事。胸さえデカければ問題はないのですよ!」
確かに、お胸の忠実なシモベとなっている今のザガリルにとって、男だろうが女だろうが、それはどちらでも良い事である。
虹子の胸は、魔力溜まりを使って己で作った物ではあるが、正直魔力溜まりも脂肪の塊も大差ないと考えられる。
と言う事で、お胸の素材よりもデカイか小さいかが何よりも重要な事となる。
思わず「うむっ」と頷きを落としてしまったザガリルに、ナディアの怒りが炸裂する。
「ザガリル!」
「・・ち、違う!!虹子!お前、余計な事言うな!」
焦るザガリルは、自分の腕に張り付いている二人から腕を抜きながら虹子を叱る。
「ええ!でもぉ。師匠の発情期に立ち会えたのですから、私も全力で奪いに行きますぅ」
「発情期?」
ザガリルは首を傾げた。
発情期と言うと、性的な興奮がマックスの時だ。
それは日本人の時、鮎子を前にして体験済みである。
確かにお胸の感触には心地良さを感じていたが、あの発情した時の様な興奮は無い。
「いや・・。発情はしてな・・」
顔を上げたザガリルの目の前では、ナディア達の激しい言い争いが繰り広げられていた。
「ザガリルに近付かないで!」
「貴女は何を言っているの?ザガリルが発情しているのなら、女として今、子種を貰うべきでしょ!」
「そうよ、そうよ。私も師匠の子種が欲しいわ!」
「いい加減にして!ザガリルは私のよ!」
「はあ?だからプロポーズされたのは私だって言ってるでしょ!」
「私は別に師匠の発情のお相手さえ出来れば、そんな事どうだっていいわ」
よく分からない言い争いは、ザガリルを置き去りに段々とヒートアップしていく。
茫然としていたザガリルは、日本人の父親に言われた教訓をふと思い出した。
『女の争いに、男は口を出すな』
流石、父である。
やはり息子として、父の教えを無駄には出来ない。
と言う事で、ザガリルはコッソリとその場から離れていった。
「師匠。紅蓮ですが、あの男を捕らえたようです」
ハンザナムの視界の先には、大きな右足でグルドブを踏みつけて押さえ付けている紅蓮の姿がある。
チラリとそれを見たザガリルは、やはり首を傾げた。
「あの馬鹿は、まだ巨大化は出来なかった筈だ。何かきっかけがあったと思うのだが、気が付いたか?」
「恐らくではありますが、ルーベンの娘の為かと思われます」
「ん?シルフィナか?」
「はい。あの娘を、あの魔族が捕らえていたのです。空間に侵入して来た紅蓮は、それを見て怒り狂い巨大化したように見えました」
「そうか・・。それでシルフィナはどうした」
「あそこに置いてある箱の中に紅蓮が仕舞ったのを確認致しました」
ザガリルは、ハンザナムが示した箱を見つめた。
どうやら魔導合金のようだ。
だが、あれが魔導合金ならさらにおかしな事になる。巨大化した紅蓮は強欲な部分が強くなる筈だ。
それなのに、人間の女に魔導合金を与えるなど信じられない。
ジッと紅蓮を見つめるザガリルの腕に、またしてもサジェリナが抱き付いて来た。
「ねぇ、ザガリル。早く城に帰りましょう?私も待ちくたびれたわ。子種を宿す準備なら、バッチリよ!」
チラリと視線を向けたザガリルは、ようやくその女性の存在を認識した。
「誰だ?お前・・」
さっきまではデカ胸のみの認識であった為、気にしていなかったが、見た事のない魔族の女である。
しかも弱い。
この女に対しての興味は、胸の大きさのみである。
「女らしくなったから気が付かないの?私はサジェリナ。貴方がプロポーズした女よ」
「はあ?」
この女の事もプロポーズの事も全く記憶に無い。
もしかしたら、妄想を拗らせた厄介で面倒な魔族女なのかもしれない。
嫌そうな顔で腕を引き抜いたザガリルは、ハンザナムを見た。
「お前にやる」
「要りません」
「遠慮するな」
「遠慮致します」
「胸だけはでかいぞ」
「必要ありません」
互いに押し付け合う二人を見て、サジェリナはムッとした表情を向ける。
「貴方が私にプロポーズして来たんじゃない!だから私は待っていたのよ!」
「だから、そんな覚えはない。違う奴なんじゃないのか?」
「貴方に間違いないわよ!ほら、これが証拠よ!」
サジェリナは首飾りを手に取って見せた。
それを見たザガリルは、石から伝わる波動を感じ取った。
この波動には覚えがある。
「あの魔王の心臓と魔力の結晶石か。お前、それを何処で手に入れた?」
「だから、貴方が私に渡したんじゃない!自身が狩った獲物の中で一番強かった者を私に渡してプロポーズしたでしょ?まだ私が弱かったから、強くなってからって言ったじゃない!」
ザガリルは首を傾げた。
そんな事言った覚えはない。
あれは確かナディアに婚姻承諾の証として渡した筈だ。
何故この女が持っているのだろうか・・。
考え込んだザガリルは、あの日の夜の事をようやく思い出して来た。
そう言えば、ナディアを自由にする為に、首元からネックレスを外して家に持ち帰ったような気がする。
それを見ながら家で酒を飲んでいて・・。
「ああ!思い出した。そう言えば、魔王の息子だとか言うガキが、俺の家に侵入して来やがったんだ。要らない物だったし、親の形見にくれてやったんだったな」
「む、息子?」
「ああ。あいつのガキにしては、随分弱くて貧相なガキだったな。弱過ぎて相手にするのも面倒だったから、せめてもう少し強くなってから親の仇を取りに来いと言ったんだ」
ザガリルの言葉に、サジェリナは唖然とする。
あの日、父親である魔王の敵討ちに行ったサジェリナは、対象者であるザガリルから急にネックレスを渡されてかなり戸惑った。
魔族の間ではプロポーズの時に、自分が倒した者の中で一番強かった者の品を婚約の証として渡すからだ。
ザガリルに一目惚れされたと勘違いしたサジェリナは『お前は弱すぎるんだよ。あいつくらい強くなってから来い』と言われた言葉を、もう少し君が強くなったら結婚しようと言う意味だと思い込んでしまったのだ。
「で、でも!この間、メッセージ送って来たじゃ無い。いつまで経っても私が側に来ないから、俺に不快な思いをさせるな!って」
「そんなメッセージを送った覚えはない。雑魚どもに、俺の周りをチョロチョロするなと言う意味で送っただけだ」
ザガリルにプロポーズされたと思ったあの日から、サジェリナは恋する乙女となった。
なんとか強くなろうと日々努力を重ねたが、なかなか強くはなれなかった。
それでも周りの者達よりは成長が早い方だ。
このまま頑張ればいつかは・・と、サジェリナは一途に思い願っていた。
そんな中、ザガリルが苛立ちながらメッセージを送って来た。
乙女の思考は、都合の悪い部分をかき消し、そして勝手に言葉を付け加えて伝える。
「いつまで俺を待たせる気だ。不快な思いをこれ以上させるな」
と言う、脳内補正されたザガリルの言葉に、早く会いに行かないとと思い立ち行動に移したのであった。
「嘘よ・・。そんなの嘘よ!ザガリル、私と結婚して!」
ザガリルに抱き付いたサジェリナに、ナディアが負けずとザガリルの腕を引っ張った。
「勘違いだったんだから諦めて!ザガリルから離れて頂戴」
「いやぁー。ザガリル。私と結婚してぇ!そして魔王になってぇ」
「ちょっと!ザガリルが魔王になんてなるわけないでしょ!」
「嫌よ!諦め切れないわ。ザガリルの子供を産むまで、絶対諦めない!」
「私も師匠の子種を貰えるまで諦めません。師匠!私にもチャンスを!」
「貴女達、いい加減にして!」
またしても始まった女達の争いに、ザガリルはうんざり顔を返した。
面倒臭い。
地蔵のように立ち続けるザガリルの両手は先程から右に左にと引っ張られている。
収まりの付かない女性達の言い争いに、深いため息を吐くのであった。




