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5.副官マギルス

「あぁー!いない。何故だ。今日伺うって手紙を出したのに!」


古ぼけた小さな一軒家の前で、ルベレントは天を仰いだ。


昔の仲間達に連絡を取りまくって、ようやく昨日、副官マギルスの居場所を掴んだのだ。

直ぐ様、手紙を早馬にて出し、今日伺うと書いておいたのだが、肝心のマギルスがいない。

ボロ屋の中は殆ど物がなく、綺麗に片付いていた。


「まさか、逃げた?」


手紙には『師匠の有力情報を掴みました。場所はファスター・ノーザン・リオール男爵家です。詳しくは明日そちらに着いてからお話を致します』と書いただけである。


師匠と書いてしまったのが悪かったのかもしれない。

やはりマギルス様も、師匠にはこれ以上関わり合いたくなかった様だ。

しかし師匠から、護衛はマギルスにと命じられている。まさか逃げ出したとは言えないし、代替え案を出した瞬間に殺される。


どうしたら良いのだと頭を抱えてしゃがみ込んだルベレントの頭に、ドアの木枠に挟まれていた紙がヒラヒラと落ちて来た。


『リオール男爵家に行く』


筆跡はマギルスの物であった。

それを見たルベレントは、ホッと安堵の表情を浮かべる。


逃げ出したのではなかった。

それどころか、あの方は率先してあの魔王よりも魔王らしい師匠の元へと向かってくれたのだ。

なんて素晴らしいお方なのだろうか。

副官の中の副官!

流石、マギルス様である。


普段のマギルスは、無表情で何を考えているのか全く分からないが、いざ戦闘となると生き生きとした表情を見せながら敵の血で地面を真っ赤に染め上げる。

片っ端から敵を冥府に送り付けると言う偉業から、死神のマギルスと呼ばれている人物だ。


魔王よりも魔王らしいザガリルと、その副官の死神マギルス。この二人を、あのクソ田舎の貧乏男爵家に閉じ込められたのは、この世界で生きる者にとって非常に喜ばしき事である。


こんなにも上手くいくとは思ってもみなかったが、これで一安心だ。


堪えきれない笑いに包まれながら、ルベレントは空に向かって大声で願う。


「マギルス様!どうか世界の平和の為、師匠と共にその田舎で埋もれて下さいね!」


今日はなんて素晴らしい日なのだろうか。

心なしか、いつもより太陽が輝いて見える。

さて、サッサと家に帰ってリオール男爵に手紙を書き、護衛は数日で到着すると伝えなければならない。


ルベレントは、意気揚々と馬車に乗り込み、家路を急いだ。



◇◇◇



夜の帳が下りた頃、夕食を終えたルシエル達は、家族団欒の時間をリビングで過ごしていた。

家族みんなに甘えられるこの時間は、ルシエルにとって至福の時である。


今日も父の膝に乗り、ご満悦な顔で家族と談笑していると、屋敷の玄関から来訪者を伝える大きな鐘の音がした。魔導式の玄関チャイムの様なものである。

穏やかな時を過ごしていた家族に、緊張が走った。


「こんな時間に客か?」


父ファスターの眉間にシワが寄る。

ルシエルを下ろして立ち上がると、立て掛けてあった剣を帯剣して家族を見た。


「この部屋から出るんじゃ無いぞ。ロイド、マイロ。お前達も剣を持て。家族を守るんだ」

「「はい」」


真剣な表情をした兄達が急いで剣を持つ。

それを見た母や姉は寄り添い合い、表情を曇らした。

こんな夜の遅い時間に来訪者など、普段なら有り得ない事である。

何かが起きた。いや、これから起きるかもしれない。そんな恐怖が家族を包む。


ファスターはロイド達に「頼むぞ」と伝え、部屋から出て行った。


「ルーシェ。お母様の所にいらっしゃい」


差し伸べられた手に、ルシエルは喜んで駆け寄って行く。息を潜めながら、家族は不安げに部屋のドアを見つめ続けた。


階段を降りて一階に着いたファスターは、玄関のドアの前に立つ。


「どちら様かな?」


ドアの外に向かって声を掛けるが、返事は無い。

ファスターは警戒を示す。

ゆっくりとドアノブに手をかけ、一気にドアを開ききった。


そこには、少し長めの濃い藍色の髪に、金色の瞳を持つ男が無表情で立っていた。


「我が家に何用だ」


ファスターの右手はいつでも剣が抜けるように、剣の柄を意識している。

ジッと無言のままファスターを見つめていた男は、開かれたドアから中を探るように見た。


「答えなければ、この場で切る!」


少し左足を下げて体を屈めたファスターは、狙いを定める。

その時、家の二階から大きな声が聞こえて来た。


「駄目よ、ルーシェ!」


妻エミリアの声である。

意識をそちらに移してしまったファスターは、慌てて目の前にいる男に意識を戻した。

相手に隙を与えてしまったが、男は微動だにもしていない。

彼の目的が何なのか分からなかった。


「父様!その人、ルベレント伯爵の知り合いの人だよ」


玄関ホールに、階段の上から叫ぶルシエルの声が響き渡った。


「ルーシェ!部屋にいろと言った筈だ!早く戻れ!」


ファスターは怒りの声を上げる。

これでもファスターは戦いに身を置く男である。

目の前にいる男は油断出来ない相手であると、空気から察していた。


「この間の時に、ルベレント伯爵と話していたのを見たから僕は知ってるの。今度来るって言ってたの、多分この人の事だよ」


階段を降りて来たルシエルをジッと見つめていた男が、ほんの少し眉をピクリとさせた。

他の人から見ると全く変化が無い様に見えるが、ルシエルには分かる。


(やはり直ぐに気が付いたか)


能面と言われた男でも、流石にルシエルの姿となったザガリルを見て驚いたようだ。

まさかマギルスがこんなにも早く到着するとは思ってもいなかった。

どんな奴が来たのかと、魔力を飛ばして探ってみて良かったと吐息を零す。


「ルベレント伯爵に言われて来た人だよね?」


ルシエルが語り掛けると、マギルスはコクリと頷いた。それを見たファスターが少しだけ警戒を解く。


「貴方がルベレント伯爵の仰っていた方なのですか?ご到着は二、三日後と聞いていたのですが」


ルベレント伯爵の寄越した者なら失礼な態度は取れない。しかし、そうであると言う確証が持てないのだ。

ルシエルが、あの学園でこの者と見たと言う事以外に証拠がない。

ルベレント伯爵の手紙に書かれていた日にちとは違う来訪に、疑いは拭い去れなかった。

歩み寄ったルシエルは、未だに疑いの目を向け続けるファスターに提案をする。


「父様、ルベレント伯爵に確かめてみたら?この間の手紙に、魔導即送鳥が付いていたでしょ?」


魔導即送鳥とは、簡単に言うと伝書鳩の様な物である。対になった紋章と紋章を持った者同士の間を行き来する魔導鳥だ。

もちろん魔導がかかっている為、一瞬で相手の元に手紙を届けるという便利な物である。

日本で言う携帯のメールの様な感じだと思って貰うと分かりやすいかも知れない。


「分かった。そうさせて貰おう。貴方の名は?」

「マギル・・」

「ウゲホ、ゴホゴホ、ゴホッ」


突如として、ルシエルが大きく咳き込んだ。

ファスターは、ルシエルの背中をさする。


「大丈夫か?ルーシェ」

「はい。お話の邪魔をしてすみません」

「いや。大丈夫だよ。えっと、すみません。よく聞き取れず、マギ・・」

「マギトさんって言うんですね!僕はルシエルと言います。よろしくお願いします」


ペコリと頭を下げたルシエルを見て、マギルスも頭を下げる。


「マギトと言います。どうぞよろしく」


初めて話したマギルスに、ファスターは頷きを落とす。


「こちらこそ、よろしく。ただ一度、ルベレント伯爵に確認をさせて頂きたい。よろしいかな?」

「どうぞ」


男から了解は貰ったが、どうやって確認をしに行けば良いのだろうか。

この場を離れる事に、ファスターは戸惑いを見せる。


「大丈夫だよ、父様。僕とマギトさんは、ここで一緒に待ってる。だから確認して来て」


(それが一番不安なのだが・・)


ファスターは困惑しながら溜息を零した。

この家に財産と呼べる物など殆ど無い。

賊が欲しがり狙われるとしたらルシエル位なのだ。

身元の確認が終わっていない者とルシエルを置いていくなど、恐ろしくて出来ない。


そんなファスターを見て、マギルスは腰に差してあった剣を鞘ごと抜くと、ファスターに差し出した。


ファスターは驚きながら、マギルスを見つめ返す。

剣と言う物は、その者の命とも呼べる物である。

おいそれと他人に渡す物ではないのだ。

しかし、彼の瞳に迷いはない。


両手で丁重に剣を受け取ったファスターは、ゆっくりと鞘から剣を抜き、ジックリと品定めする。


このマギトという男は、身なりはとても質素だが、この剣だけは違う。

彼の剣は、とても高価で良質な素晴らしい剣である。

とても長い間使い込まれており、男の癖も敵の血もかなり染み込んでいる。

それでいて、未だ輝きを失う事なく敵を求めて見せる刃に、感嘆の声を落とす。


「かなりの激戦を潜り抜けてきた様ですね」


ファスターは、剣を鞘に戻すとマギルスに返した。


「ルーシェ。あちらに行きなさい」


ファスターが示したのは階段の方である。

階段の上では、兄達が心配そうにこちらを覗き込んでいるのが見える。

ルシエルは逆らう事なく、足早に階段へと向かって行った。


ルシエルが離れたと同時に、ファスターが剣を抜いてマギルスに斬りかかった。

マギルスは即座に剣を抜いて、その剣を受け止める。

次から次へと繰り出されるファスターの攻撃を、難なく受け止めていたマギルスの瞳が、徐々に光を灯していく。


玄関ホールで繰り広げられる攻防は、その激しさを増していき、家族達は固唾を飲んで見守り続ける。

ギーンと言う鈍い音を立てて、互いの剣を交えたまま、瞳と瞳がぶつかった。


「成る程、良い目をしている。そちらが本来の貴方のようだな」


ファスターの言葉に、小さく口角を上げたマギルスの瞳は、久し振りの戦闘を楽しんでいるのが見て取れる。


それを見たファスターは、力を緩め剣を下ろした。


「大変失礼を致しました。貴方を信用致しましょう。ルベレント伯爵には、後で確認を取らせて頂きます」


まだ物足りなさを感じているマギルスであったが、コクリと頷いて素直に剣を鞘に戻す。


「さあ、どうぞこちらへ」


先程とは打って変わっての対応である。

ファスターは二階にある客間へとマギルスを通した。

エミリアにお茶を出させたファスターは、ソファーに座るマギルスに視線を移す。


「ここで暫くお待ち下さい。確認を取って参ります」


頷きを落としたマギルスを一人置いて、ファスターは部屋から出て行った。



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