39.ナディレミアの花
優しい太陽の光が、古ぼけた小さな部屋を明るくしていく。ゆっくりとその瞳を開いたナディアは、ボーッとする頭を支えながら体を起こした。
何故こんなにも頭が重いのか。
孤児院の朝は、やる事が多い。
早く着替えて食事の支度をしに行かなければならない。
気怠い体を動かし、ベッドから降りようとしたナディアは、自分の着ている服を見て驚いた。
何故、パジャマに着替えていないのか。
昨日は一体何をしていたのかと、思い出そうとするナディアの手が、一枚の上着を握り締めている事に気が付いた。
(男の人の上着・・)
回転の遅い寝起きの頭は、一人の男の姿をようやく思い出した。
「ザガリル!!」
慌てて立ち上がったナディアは、急いで部屋の外に出て行った。
狭い廊下には、ナディアに頭を下げるガフォリクスが立っていた。
「おはようございます、ナディア様」
「おはよう、ガフォリクス。あの、ザガリルは?ザガリルは何処?」
もう何処にも行かないと言ってくれた筈なのに、ザガリルが側に居ない。
またあの日のように居なくなってしまったのでは無いかと言う不安がナディアを襲う。
ナディアの目に、ジワリと溢れて来た涙を見たガフォリクスは、慌てて外を指差した。
「ザガリル様でしたら、あちらにおります」
ガフォリクスが示した中庭の方へ、ナディアは急いで走って行く。
中庭に着くと、ザガリルの大きな声が聞こえて来ていた。その姿を瞳に捉えたナディアはホッと胸を撫で下ろした。
地面にしゃがみ込んでいるザガリルの周りには、沢山の子供達が集まっていた。
「うるせえな!なんなんだ、お前達は。俺は暇じゃねぇんだ。ガキはガキ同士遊んでいろ!」
「だって、それは抜いちゃダメなんだよ!」
「お野菜だから取っちゃダメなの!」
「みんなで育てて食べるんだよ」
「知らねぇよ。野菜が食いたきゃ買って来い。邪魔だって言ってるだろうが!」
シッシッと手を振って、ザガリルは子供達を追い払う。
ナディアの姿を見つけた子供達が、半泣きになりながら駆け寄って来た。
「英雄さんが、お野菜抜いちゃったの」
「駄目って言ったのに・・」
「ごめんね。直ぐに止めさせるからね」
どうやら皆んなで植えた野菜の苗を、ザガリルが抜いてしまっているらしい。
子供達の向こう側には、院長とサーシャが弱り顔で立っていた。英雄ザガリルの行動を止める事ができず、困っているようだ。
子供達を慰めながら、ナディアはザガリルの元へと歩み寄って行った。
「ザガリル。何をしているの?」
「もう起きたのか、ナディー。よく分からんが、コイツらが邪魔をするんだ。なんとかしてくれ」
「そこには、野菜の苗を植えてあったの。だから、それを抜かないで」
「ん?」
ザガリルは手を止めて、ナディアの顔を見る。
ナディアの瞳は、地面に無造作に置かれた葉っぱに向けられている。これは抜いてはいけない物だったのかと、今頃になって気が付いた。
そう言えば、父ファスターが植えていた苗に似ている気がしないでも無い。
しかし、あまり元気がないシオシオの苗だった為、雑草にしか見えなかったのだ。
「戻した方がいいのか?」
困り顔を見せたザガリルの横に、ナディアがクスリと笑って座る。ザガリルが苗など知っている訳はないのだから、仕方がないかと地面に置かれた苗を持った。
「これからは、ちゃんと確認してから抜いてね」
もう一度、苗を植えようとしたナディアは、ザガリルの前に置いてある草を見てハッと表情を変える。
「ザ、ザガリル・・。その草って・・」
「ああ。ナディレミアだ」
それはナディアを象徴する花、ナディレミアであった。
ナディアの名前の由来ともなった大好きなナディレミアの花は、かつてこの国の象徴として大切に育てられていた。
しかし、大罪人となってしまったナディアを象徴とする花は、その後この国から根刮ぎ排除されてしまったのだった。
種すら全て焼却処分されてしまった事で、もう二度と見る事はできないと思っていたナディアの花であった。
「花屋に行って来たんだが置いてなくてな。だから王宮から取ってこようとしたんだが、あそこにも無いし・・。やっと見つけたんだが、まだ花が咲いていなかった。だから、これで我慢してくれ」
ザガリルは掴んだナディレミアの草を、ナディアに渡す。
まだ王宮にいた頃、ザガリルはナディアを泣かせてしまった時は、必ずナディレミアの花束を買ってきて渡していた。
今回も仲直りの証にナディレミアを探したのだが、何処を探しても見つからなかった。
実家の領土の手付かずの場所で、ナディレミアの葉を見た事を思い出し、急いで取りに行ってきたのだが、残念ながら花が咲いているのは無かった。
植えておけば、そのうち咲くだろうと、根っこごと抜いて持ってきたのだった。
ザガリルに差し出されたナディレミアの葉を、ナディアは震える手で受け取った。
この国から全て排除されてしまった花。
それは、この世界にナディアは不要な者だと知らしめる為の罰。ナディレミアと共に、ナディア自身が消え去ったようにも思えていた。
「あ・・りがとう、ザガリル。凄く・・嬉しい」
ナディアは、葉を抱きしめ涙を流した。
ザガリルが手渡したナディレミアは、王宮で育てられていたような大きくて立派なものではない。
葉は小振りで、花を咲かせたとしても、その花も小さく小振りとなるであろう。
それでも、この世界にまだ残っていた小さなナディレミアは、きっといつか美しい花を咲かせてくれる。
それは、全てを失ったナディアにとって小さな希望となった。
「ああぁ!!またねえちゃんを泣かせてる!英雄が、ねえちゃんに意地悪した!」
急いで走って来たフォリオは、ザガリルの前に仁王立ちする。ムッとした表情を向けたザガリルにも怯まず、怒りをぶつけ始めた。
「ねえちゃんを泣かすな!お前、英雄じゃなくて悪い奴なんだろ!」
「なんなんだ、こいつは・・。俺は、ガキは嫌いなんだ。近付くな」
「俺は知ってるぞ!お前は悪い奴だ。昨日、騎士団長様を蹴り飛ばしたのを、俺はちゃんと見ていたんだからな!」
「騎士団長?」
魔物を殺した事は覚えていたが、騎士団長とやらを蹴り飛ばした記憶が無い。
そんな事したっけ?と思い出してみる。
「ああ・・。ガフォリクスの事か。ナディーを守れなかった雑魚に、罰を与えただけだ」
「違うのよ、ザガリル。ガフォリクスは騎士団長をもう辞めたの。今は、アウレムが騎士団長をしているのよ」
そう言えばそんな事も聞いていた気がする。
しかし、ガフォリクスのいない騎士団とか言う役に立たない集まりなど、興味は無いから記憶に留めたいとも思わない。
「アウレム?ああ、あのガキの事か」
「ガキじゃ無い!騎士団長様は凄く優しい人なんだぞ。時々、ここに来て遊んでくれるし、寄付だってしてくれるんだ。ねえちゃんにも優しいし、お前みたいに悪い奴じゃ無いんだからな」
「ほう・・。ナディーに、あの馬鹿が近付いていたのか・・」
「そんなんじゃ無いわ!違うから。絶対に違うわ、ザガリル」
途端に不機嫌になったザガリルに、ナディアが慌てて訂正をする。
昔からナディアに近付いた者達には、ザガリルからの制裁が下っていた。
邪な思いを抱いて近付く者は勿論、ただナディアに挨拶をしただけの者も、その時の気分でぶっ飛ばされていた。
その頃の城では、ザガリルの困った行動等は、皆んなから頼まれたナディアが禁止するようにしていた。
しかしナディアは、このザガリルの焼き餅とも言える制裁や行動だけは絶対に禁止しなかった。
ザガリルの起こす行動を見て、自分への愛情を測っていたのかもしれない。
と言う事で、ナディアに禁止されていないザガリルは、未だに思ったままの制裁を加えるのであった。
アウレムの命の危険を回避しながら、困った人だとザガリルを見たナディアだったが、やはりその行動を諫めようとはしなかった。
ホッとしながら、心の中で嬉しく思う。
自分にだけ見せるザガリルの独占欲。
それはナディアにとって、生きる希望となる物なのだから。
ザガリルと共にナディレミアを植え終えたナディアの元に、一人の少女が近付いて来た。
「お姉ちゃん、お腹空いた」
「そうね!早く朝食の準備をしなくっちゃ。ザガリル、残りの苗を植えておいてくれる?」
「ああ。分かった」
ナディアは続きをザガリルに任せると、サーシャと院長と共に、食事の用意をしに向かって行った。
苗を植え終わったザガリルは手を洗い、食堂へと向かって行く。
食堂に着いたザガリルは、空いている席に腰を下ろした。
ふと視線をあげると、食堂の隅に設置されている神棚に気が付いた。
そこには、この世界の神として崇められている女神リルネシアの像が置かれている。
色が褪せて古ぼけた像は、服などが欠け始めていた。
ジッとその像を見つめていたザガリルの前に、ナディアが食事を運んで来た。
「ザガリルの分よ。ガフォリクスもザガリルの横に座って」
「承知致しました」
二人に食事を出したナディアは、ザガリルの向かいの席に着く。
全員に食事が行き渡った所で、朝食が始まった。
ガツガツと食べ始めた子供達とは違い、ザガリルは食事を凝視したまま動こうとしなかった。
ザガリルが手をつけない事で、隣に座るガフォリクスも手を出さずに待ち続けた。
(質素過ぎたのかしら・・)
ナディアは不安そうにザガリルの表情を伺う。
今日の朝ごはんは、パンふた切れと野菜のスープだけだ。
英雄ザガリルに出す食事では無い。
院長も不安そうにザガリルを見つめていた。
「ザ、ザガリル。そのスープは、私が作ったの」
「そうか・・」
なんとか食事を勧めてみるが、やはりザガリルは動こうとしない。
見兼ねたガフォリクスが、ザガリルに進言した。
「ザガリル様。何か食事を買って参りましょうか」
「食事なら目の前にあるだろ。お前は黙って食っていろ」
「はっ!失礼致しました」
ザガリルに拒否されたガフォリクスは、目の前の皿に視線を移した。ザガリルから食べていろと言われた事で、スプーンを手に持つ。
その様子を、ザガリルが横目でジッと見つめて追っている。
物凄い重圧である。
しかし、食べろと言われたので食べない訳にはいかない。ガフォリクスは、スプーンでスープを掬い、口へと運んだ。
それを見届けたザガリルは、視線を上げてナディアを見つめる。ナディアの顔に変化が無い事を確認すると、自分もスプーンを持ってスープを口へと運んだ。
そして、またしてもチラリと視線をあげてナディアを確認する。
その様子を見ていたナディアは、味は大丈夫だったかと心配そうな表情を返した。
それを見てピタリと動きを止めたザガリルは、静かにスプーンを置く。
そしてまた、食事を凝視し始めた。
「美味しくなかった?」
「いや。美味いと思う」
「もう要らないの?」
「いや。ナディーが作った物なら、全部食べる」
ザガリルの行動と発言が一致しない。
何なのだろうかと、ザガリルの顔を見つめていたナディアは、ザガリルが見せている表情を見てあれっ?と首を傾げた。
この表情はどこかで見た事がある。
いつも何も考えずに、常に強者のオーラを出しているザガリルが見せる、あの不安そうな表情。
どこで見たのだろうかと、考えていたナディアは、ハッとして顔を上げた。
「普通に食べていいのよ!作法なんて無いからね」
「そうなのか?」
「ここは王宮じゃ無いし、遊びの時間でも無いのよ」
「それならそうと、先に言ってくれ・・」
ザガリルは吐息を落とすと、スプーンを手にして普通に食事をし始めた。
驚きながらその様子を見ていたガフォリクス達は、ナディアに視線を向けた。
みんなからの視線がナディアに集まった事で、ナディアはバツが悪そうに下を向く。
あれはなんだったのだろうかと、ガフォリクスがザガリルに視線を移すと、その視線にザガリルが気が付いた。
「なんだ。何か文句でもあるのか?」
「いいえ。何もございません」
「作法は無いとナディーが言っただろうが。しっかりと聞いていろ」
「作法で御座いますか?」
ガフォリクスは、目の前の皿を見る。
どう見ても作法が必要そうな料理には見えない。
それに、王宮での食事の時も、ザガリルはそんな事を気にしているような感じでは無かったと記憶している。
チラリとナディアを見ると、視線を上げたナディアが慌てて目を逸らした。
益々よく分からなくなる。
食事をしながらフウッと吐息を零したザガリルが口を開いた。
「ナディーが出した物は、ちゃんとマナーを守って順番通りに食べないとナディーが泣くからな」
「ザ、ザガリル!」
慌てたナディアがそれを止める。
しかし、ザガリルの言葉を聞いていた子供達が、それを聞き返した。
「お姉ちゃんが泣いちゃうの?」
「ああ、そうだ。例えばクッキーを食べるだけでも色々あってな。一口で食うなとか、ひと齧りしたら紅茶を飲めとか、紅茶は香りを楽しんでから飲むのだとか・・。俺にはそう言うのは分からんからな」
「ええ!そんなの私も分からない」
「ご飯にも順番があるの?」
「間違えたら、姉ちゃん泣くの?」
皆んなの視線を集めたナディアの顔は、真っ赤なトマトの様に赤くなった。
「ザガリル、やめて!なんでそんな昔の話をするの?あれは、おままごとでの話じゃない!」
「・・だが、間違えたら泣くだろ?」
「もう泣かないわ!子供じゃ無いのよ」
眉を下げたザガリルに、ナディアはプクッと頬を膨らませて抗議する。
そんな二人に、ガフォリクスや院長達は穏やかな微笑みを向けていた。
仲の良い二人の姿を見られるなどと、誰が予想出来たであろうか。未だ信じられない光景ではあるが、この目の前の光景こそが真実である。
本当に良かったと、見守り続けた。
和気藹々とした室内に、アウレムが静かに入室して来た。ザガリルに頭を下げると側へと歩み寄る。
「お食事中、失礼致します。ザガリル様、ナディア様。王がお呼びでございます。このまま、城へと御同行願いたく、お願い申し上げます」
アウレムの言葉に、ナディアの顔が曇った。
罪人として切り捨てた筈の娘に、今頃何の用があると言うのか。恐らく、ザガリルがナディアを許していると報告が入ったからなのであろう。
またザガリルに国を守らせる為に、自分を使うつもりなのか。とても悔しく思うが、民達の幸せな生活を考えれば拒否は出来ない。
ナディアは周りを見渡してみる。
大切なこの国の未来とも言える子供達。
この子達を守る為にも、城に戻らなければならない。でも本当は、ずっと側で守っていってあげたい。
「ナディー、城に戻るのか?」
ザガリルの言葉に、ナディアは顔を上げる。
「戻るのなら、俺も付いて行く。だが、ナディーはどうしたい」
真っ直ぐに向けられる紫色の瞳を前にすると、ナディアは自分の心に素直になる。
「帰りたく・・無いの。ずっとここに居たい」
「そうか。なら戻る必要はない。おい、アウレム。城に戻って、あの馬鹿に伝えろ。用事があるのなら、貴様が来いとな」
「し、しかし、ザガリル様」
「ナディーが行きたくないのなら、行かせる気は無い。それに、ナディーのいない城に俺が行く必要もない。分かりきった事をこれ以上聞いて来るな」
不機嫌な様を示したザガリルは、隣に座るガフォリクスに視線を移した。
「お前の後釜は、早死にするタイプだな。前任者の躾がなっていない」
「大変申し訳ございません。アウレム。ザガリル様のお言葉に、聞き返しや反論は一切してはいけないと、その頭に叩き込んでおけ」
「は、はい・・。承知致しました」
アウレムは深々と頭を下げた。
アウレムを無視して、また食事を始めたザガリルに、ナディアは不安そうな顔を見せる。
「ザガリル。本当に戻らなくても良いの?」
「好きにしろと言ったのは俺だ。ナディーがしたいようにすればいい。その邪魔をする奴がいるのなら、俺が始末してやる」
ザガリルはチラリとアウレムを見る。
ビクッと肩を揺らしたアウレムは、頭を下げて踵を返すと帰って行った。
「相変わらず、使えないガキだな」
「あれはあれで、しっかりと騎士団を纏め上げてくれています」
「そう言えば、お前は騎士団を辞めたのだったな。今は何をしているんだ?」
「わたくしですか?わたくしは、ザガリル様をお探しする旅をしておりました」
「じゃあ、今は無職か。成る程。ならば、お前の使い道は俺が考えてやる。しばし待て」
「・・承知致しました」
ザガリルが考えてくれると言うのは、恐怖でしか無い。しかし、ガフォリクスに拒否権はないのだ。
ザガリルに差し出した命だと、静かに瞳を閉じた。
孤児院の仕事をナディアと共にやっていたザガリルは、お昼を食べるとガフォリクスにナディアを任せて何処かへと出掛けて行った。
今回は、ザガリルがナディアに出掛ける事と、夕方には戻る事を伝えた事で、ナディアも落ち着いてそれを見送った。
ナディアは、孤児院の子供達と一緒に、畑の世話などをして穏やかな時間を過ごしていた。
そんなナディアの元に、顔を青くさせた女性が駆け込んで来た。
直ぐ様、ガフォリクスが女性を制止し帰らせようとするが、彼女はどうしてもナディアに会いたいと言う。
その騒ぎに気が付いたナディアは、女性を見て驚きながら、急いで側まで駆け寄って行った。
「そんなに慌てて、どうしたの?メリーナ」
「ナディア様!どうかお嬢様をお助け下さい。お願い致します」
「えっ?マディリアナがどうしたの?ねえ、メリーナ。ちゃんと説明して。マディリアナがどうしたのよ!」
メリーナは、ナディアの幼馴染の侍女をしている女性で、普段はとても冷静で完璧な侍女である。
そんな彼女の尋常では無い様子に、マディリアナの身に何か起きたのだと、瞬時に理解した。
ナディアの足元に泣き崩れ、パニックを起こしているメリーナの肩を、地に膝をついたナディアが強く揺さぶった。
「メリーナ!しっかりしなさい!!!マディリアナがどうしたと言うの!」
ナディアの叱責に、メリーナは少し落ち着きを取り戻し、涙でグチャグチャの顔を上げる。
「お嬢様を含む、リバイルナ公爵家全ての血縁者の処刑が先程決まったのです」
「なっ、なんですって!何故、急にそんな事に・・。何があったの?どうしてそんな事になったのよ」
「詳しい理由は分かりません。ですが、その指揮をとっていらっしゃるのが、英雄ザガリル様であると・・。お昼前に、ザガリル軍の方達が屋敷に姿を現し、お嬢様達を捕らえていかれたのです」
「ザガリルが・・」
昼を食べて直ぐに出掛けて行ったザガリル。
彼の用事はそれであったのかと、ナディアの顔は青褪めた。
マディリアナは、孤児院に身を寄せているナディアをずっと心配してくれていた。
身分の事もあり、素性を隠しながらコッソリと会いに来ては、寄付や支援を続けてくれていた、とても優しいナディアの幼馴染である。
(それなのに何故、マディリアナをザガリルが・・)
ナディアはメリーナに、意識を戻した。
「マディリアナは、何処に連れて行かれたの?」
「分かりません。恐らく、王城近くの処刑場ではないかと」
「あそこね!分かったわ」
「お待ち下さい、ナディア様」
立ち上がったナディアの前に、ガフォリクスが立ち塞がった。
「ガフォリクス、退いて。ザガリルを止めなきゃならないの」
「それは出来ません」
「・・何か知っているのね。教えなさい、ガフォリクス。どうしてこんな事になっているの!」
ガフォリクスは、口を閉じたままジッと立ち続けている。その姿を見たナディアは、自身の持つ情報から、一つの仮説に辿り着いた。
「まさか・・。私を排除しようとしていた公爵家って・・」
「ナディア様。ここは全てザガリル様にお任せ下さい。さあ、建物の中へ」
「待って、ガフォリクス。そんなのおかしいわ!だって、マディリアナには、幼き頃からずっと側にいる婚約者のコーライムがいたのよ!二人はずっと相思相愛だった。だから、結婚したのよ!」
親同士が勝手に決めた婚約者。
しかし、マディリアナとコーライムは、本気で愛し合っていた。
幼き頃から二人と仲の良いナディアは、そんな二人を羨ましく思いながらも、ずっと見守り続けて来た。
二人の結婚式には出席出来なかったが、後日お忍びで会いに来てくれた二人に、心の底からのお祝いを告げた。誰からも祝福を受けて結婚した二人だった。
マディリアナとザガリルが引き合わされる余地など無かった筈なのだ。
「・・当時、二人の感情とは別の思惑が動いていたと、お答えしておきます。これだけの混乱を起こしたリバイルナ公爵家は、責任を取らねばなりません」
「そんな・・」
確かに、国を混乱させた責任は取らなくてはならないとは思う。しかし、マディリアナ達は、そんな事は知らなかったようだ。
それなら何故、彼女も処刑されてしまうのか。
こんな事、納得出来るわけはない。
処刑を進めようとするザガリルを止められるとしたら、自分だけだ。
ナディアは、ガフォリクスを見つめた。
その表情は、孤児院で働く心優しいナディアでは無い。
気高き王女の表情であった。
「ガフォリクス、共をしなさい。私は、処刑場に向かいます。反論は一切聞きません」
「・・承知致しました。徒歩では間に合いません。しばしお待ちを」
ガフォリクスは孤児院の外に出ると、街の巡回をしている馬に乗った兵士達を呼び止めた。彼らから馬を取り上げると、ナディアの元に戻って行く。
「乗馬の腕前は、落ちていませんか?」
「もう何年も乗ってはいませんが、今はそんな事を言っている場合ではありません。しがみ付いてでも、向かいます」
「それは困ります。ならば、私と共にお乗り下さい」
ガフォリクスはナディアを馬に乗せると、自分もその後ろに乗る。ナディアの為に連れて来られたもう一頭の馬を見て、メリーナが顔を上げた。
「わたくしも同行させて頂いても、よろしいでしょうか」
「メリーナ、乗馬は?」
「乗って走らせるだけなら出来ます」
「それじゃあ、付いて来なさい。ガフォリクス、急いで!」
「承知致しました」
ガフォリクスは、処刑場に向かって馬を走らせ始めた。到着後の、ザガリルからの叱責は覚悟の上である。王女の表情をしたナディアの命令には逆らえ無かった事もあるが、彼女の気持ちを優先したのだ。
三人は一路、処刑場に向かって馬を走らせ続けた。




