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37.魔王降臨

シーンと静まり返る広場では、最後の戦いが始まろうとしていた。


結界内にいるのは、もう魔力の残っていないナディアと、傷口は塞がったが、著しい体力低下でふらつきの見えるガフォリクスだけ。

そんな状態で、どれだけの時間稼ぎが出来るのか。

誰もが勝機の見出せない戦いの行く末を、覚悟して見守っていた。


空に浮かぶ魔物が、ナディアの顔を見て再び嫌な笑みを零した、その時だった。


結界の外から拳ほどの大きさの石が、魔物目掛けて投げ込まれた。魔物に当たる前に、魔力によってパシッと弾かれた石は、地面へと落下していく。

スッと向けられた魔物の視線の先には、一人の少年が立っていた。


「ねえちゃんを虐めるな!俺が相手になってやる!」


ナディアのいる孤児院の子供、フォリオだった。

魔物を睨め付けたフォリオは、再び手に持つ石を投げ込んだ。


「駄目よ、フォリオ。逃げて!」


慌ててナディアがそれを止めようとしたが、直後にフォリオに異変が起こる。

自分の意思とは無関係に、ズリズリと結界の方へと体が引きずられていく。


「あれ?なんだ、これ。えっ?クソッ!なんなんだよ!」


明らかに様子のおかしいフォリオを見て、ナディアはハッとすると空中の魔物を見た。

魔物の指がコイコイと動いている。


「駄目よ、やめてぇ!」


悲鳴に近いナディアの声が響き渡った。

周囲に集まっていた者達が慌ててフォリオを掴もうとしたが、間に合わない。

結界の中に引きずり込まれたフォリオに、ナディアが駆け寄った。


「この子を外に出して!お願い、早く出して!」


懇願するナディアに、外にいた兵士が首を振った。


「彼を外に出すには、結界を解かねばなりません」


その言葉に、ナディアは顔をクシャッと歪ませた。

自分が死ぬ覚悟は出来ている。

しかし、フォリオはまだ子供なのだ。


結界の中を見渡すと、上空に浮かぶ魔物とは別に、下級の魔物五体と、ふらつきの見える中級の魔物が一体いた。

しかし、中級の魔物は体力を回復し続けている。

結界を解いてしまったら、この魔物達は街を襲いに飛び出して行ってしまう。

魔物による虐殺の被害が広がるだけなのだ。


結界の周りにいる兵士達は、自分達が結界の中に入れない事に悔しそうな顔をする。

彼らは、ガフォリクスがアウレムに叫んだ言葉を聞いていたのだ。彼らもまた、国の為になる決断をしなければならない。


上級の魔物に対して対峙出来るだけの力が無い彼らがすべき事は、結界の中に入って戦う事ではない。

騎士団到着まで、何としてでもこの場を死守、時間稼ぎをしなければならないのだ。


ナディアもそれが分かっていた。

フォリオを救う手立ては無い。

ガフォリクスだってもう立っているのがやっとだ。

上級の魔物と戦える状態ではない。

空中にいる魔物の瞳は、自分に石を当てようとしたフォリオを捉えたままだった。


溢れて来た涙を手で拭ったナディアは、瞳を開いた瞬間、ギョッとする。

目の前には、空に居た筈の魔物が立っていたのだ。

自分の後ろへとフォリオを隠すが、それが無意味だと言う事は分かっていた。


フォリオは孤児院に来てから、小さな体でずっとナディアを守ってくれていた。

それなのに、そんなフォリオを守ってやる事がナディアには出来ない。


絶体絶命・・・・。


こんな状況になると、どうしても頭に浮かんできてしまう人がいる。


彼が居なくなってからの長い時間の中で、辛い時、苦しい時、心が折れそうになった時、自分にはそんな資格がないとは分かっていても、何度も何度も心が求め叫んでしまう。


「・・す・・て。・・・・リル」


もう彼には届かなくなってしまった、ナディアだけが使えた魔法の言葉。


「・・すけて。・・ガ・・ル」


どんなに叫ぼうとも、空気に消えていくだけとなってしまった魔法の言葉。


目の前に立つ魔物は、ニヤリと不気味な笑みを零す。

恐怖からナディアの足にギュッとしがみ付いたフォリオの体温を感じながら、ナディアの頬に涙が伝い落ちていく。


魔物は爪を伸ばしたその手を、ナディアに向かって振り上げた。


「助けてぇぇ。ザガリル!!!!」


瞳をギュッと固く閉じたナディアの顔の真横を、シュッと風が通り抜ける。

ガタガタと体を震わせながら、ナディアは自身の体に走るであろう痛みと衝撃を待つが、いくら待ってもそれが来る事はなかった。

衝撃の代わりにナディアに届いたのは、背後から聞こえて来た忘れもしない低い声だった。


「ナディー。呼ぶのが遅い」


パッと瞳を開いたナディアの目の前では、魔物の手を軽々と押さえている手が見える。その手を瞳で追いながら、ナディアはユックリと後ろを振り返った。

涙で濡れた瞳に、真っ赤に燃え盛る炎の様な赤髪と、黒に近い紫色の瞳が映る。


「ザ・・ガリル?」


これは幻だろうか。ザガリルが自分の声に反応してくれる筈は無いのだから。


驚きから見開いていたナディアの瞳から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。

それと同時に、ザガリルの眉間に深い皺が寄る。


「おい、貴様・・。ナディーに何をした」


突如として膨れ上がったザガリルの漆黒のオーラに、それまで余裕の顔を見せていた魔物の顔は一気に蒼褪め、ガタガタと震え出した。逃げ出したいのに、金縛りにあったかのように体が動かない。


ザガリルの怒りのオーラに触れた魔物の長い爪が、あっと言う間に消滅していく。

「ヒッ!」っと息を飲んだ魔物は、ザガリルの手から慌てて自身の手を引き抜いた。

怒りを灯したザガリルの紫の瞳が、魔物に死の恐怖を与えた。


一歩、また一歩と前に出て来るザガリルに対し、ゆっくりと後退りして行く。


こんな人間がいるなど、聞いた事が無い。

いや、そう言えば昔、魔物達が危険であると認識していた人間達がいた。

魔城に何度も攻めて来た、魔王よりも魔王らしい巨大な魔力を持つ人間が従える軍。栄華を誇っていた当時の魔王を打ち滅ぼした人間の英雄だ。


当時、中級魔物であったこの魔物も、彼らを目にした事がある。力の差は歴然としており、殺されるのを待つだけだった中級の魔物達。

しかし人間達は、中級魔物になんぞ目もくれず、上級魔物だけを軽々と狩って行った。


彼らの目的は、上級魔物の上の存在。

高魔族と言う部類に到達した者達だけだった。


魔王の世代交代を思わす激しい戦いを制した人間の男。

遠くからコッソリとその姿を目にしていた。


漆黒を纏う紫色の瞳が鋭い眼光を放ち、燃え盛る炎の様に赤くて長い髪を、激しい爆風に揺らしていた絶対的な強者。


(あの時の男だ・・)


魔物の眼に映るものは、死を司る新たな魔王とも言える人間である。

もう何百年もその姿を目撃した魔物はいなかった。

魔王との戦いで負った傷から死んだのだろうと思われていた。いや、そう思いたかったのだ。


この男を前にして、魔物は思う。

上級の魔物へと成長した自身の努力など、なんの意味があったのだろうかと。

この絶対的な強者の前では、全ては無意味であったのだと理解する。


ザガリルの紫色の瞳が、チカッと小さく光る。

それと同時に、魔物の右腕が一瞬で吹き飛んだ。


「グァアアァァー!」


肩から先がなくなった魔物は、激しい痛みから叫び声を上げる。震えながら血の滴る肩を抱き、それでも後ろへと後退る。


そんな魔物を見て、再びザガリルの瞳が光を放った。今度は左腕を吹き飛ばす。

痛みと衝撃から、バランスを崩した魔物は、地へと倒れ込んだ。


歩みを進めたザガリルは、魔物の首を掴むと軽々とその体を持ち上げる。

そして、自身のオーラを魔物に向かって放った。

ザガリルの漆黒のオーラは、魔物の体内へと侵入し、頭の中にある回路を見つけ出した。

その回路を無理矢理発動させる。


魔物には、魔物同士の意思を疎通する為の回路が備わっている。その魔物の力の大きさによって飛ばせる距離は異なるが、ザガリルの力によって発動された回路は、この世界に生きる全ての魔物に直結した。


「覚えておけよ、雑魚ども。この俺を不快にさせる行動は、貴様らの死を意味するとな」


首を掴まれた魔物の眼に映る赤髪に紫の瞳の男の姿と、その男から発せられた言葉は、回路を巡り配信された。それを確認したザガリルは、首を掴んだ手に高火力の炎を出す。


「ギィヤァアァァー」


断末魔を上げながら魔物が消え去ると、ザガリルは視線を辺りに移す。

結界の隅では、ダンゴムシの様に丸く小さくなって震えている下級魔族と、それの影に隠れるように身を縮ませる中級魔物の姿があった。


目障りだと言わんばかりに舌打ちしたザガリルは、パチンと指を鳴らす。

それと同時に、魔物達を中心に巨大な火柱が立ち昇った。

結界を破壊して突き抜けた火柱は、あっという間に魔物達を灰に変える。


「さて。次は・・」


魔物に向けられていた怒りの篭ったザガリルの瞳は、立ったまま身動きをしないナディアと、その傍に立つガフォリクスの方へと向けられた。


ビクッとしたガフォリクスは、慌ててその場に膝をつき頭を下げる。

カタカタと震えを起こしたナディアは、キュッとスカートを握り締めた。


ツカツカとナディアの元まで歩いて来たザガリルは、跪くガフォリクスに視線を移した。


「これは一体どう言う事なのか説明をしてみろ、ガフォリクス。返答次第では、貴様の命はない!」


激しい怒りを見せるザガリルに、ガフォリクスの体は震えを起こす。死などとっくに覚悟した筈である。

それでも、ザガリルから与えられる恐怖は、堪えようがない程恐ろしいものであった。


「中級の魔物だと判断してしまい、上級の魔物の擬態である事に気が付きませんでした。大変申し訳ございません」


頭を下げるガフォリクスに、ザガリルが怒りの声を上げる。


「そうじゃない!ナディーが城から出る時は、最低でも騎士五十人以上は護衛につけろと言ってあった筈だ」


ザガリルは、パチンと指を鳴らす。

直後に、周りにいた兵士二十人と魔導師十人が宙に浮く。

兵士達の力は騎士に選ばれた者達よりもかなり低い。

魔導士達も、あの程度の結界を十人でやらなければ出来ない程の弱さだ。

ナディアの側にいるのだから、恐らくこれらが護衛であろう。

しかし、こんなのが側にいても何の役にも立たない。


「貴様達は、この俺を舐めているのか?」


膨れ上がるザガリルのオーラに、ガフォリクスの顔が青褪める。

これはマズイ状況だ。

自分の命は元より、宙に浮いた三十人の命も無い。

それ程までの激しい怒りをザガリルは見せている。


ザガリルの抑え切れぬ怒りを察知したナディアが、慌ててザガリルの腕にしがみ付いた。


「ザガリル、待って!お願い。やめて!」


自分がザガリルに頼める立場ではない事は分かっている。

しかし、このままザガリルを放置すれば、ガフォリクスや周りに居る兵士達は殺されてしまう。

なんとかしなくてはと、泣きながら必死に頼み込んだ。


射殺さんばかりにガフォリクスに向けられていたザガリルの瞳が、ナディアに移される。

フウッと息を吐いたザガリルは、パチンと指を弾いて兵達を空中で離す。ドサドサッと地へと落下した兵達の無事な姿を見たナディアは、ホッとしながらザガリルへと視線を戻した。


怒りを抑えたザガリルが、ナディアを見つめ返す。


「俺は確かに自由に生きろと言った。だが、この様な馬鹿げた遊びまで容認する気はないぞ」


ザガリルの言葉に、ナディアは戸惑いを見せた。

ザガリルが何を言っているのか、理解出来ない。

ずっと会いたいと思っていたザガリルが目の前にいる喜びと、ザガリルからヒシヒシと感じる自身への怒り。


でもその怒りは、ナディアが考えているものとは違う様に思える。


「ザガリル・・。私の事を怒っているのよね?」

「当たり前だ!今まで、どんな我儘も許して来たが、これだけは許すわけにはいかないぞ。ちゃんとした護衛も付けずに、こんな馬鹿げた遊びをするなんて、一体何を考えているんだ、ナディー!」


ナディアに対して怒るザガリルに、ナディアはやはり首を傾げる。


なんだろう。ザガリルと話しているのに、何処か会話が噛み合っていない様な気がする。

しかし、戦闘で疲れた体、そして長い間持っていたザガリルに捨てられたと言う思いが、正常な会話の聞き取りを妨害してしまう。


「あ、遊びじゃないわ・・。それに、護衛はもういないの。私は、姫では無いのだから」

「ん?あぁ・・。そう言う事か・・。結婚したあの男は、身分が低かったのか?まあ、それならそれでもいいが、せめてもう少し腕の立つ者達を側に置け」

「えっ?結婚って・・。私は結婚はしていないわ」

「はあ?」


ナディアの言葉に、今度はザガリルが首を傾げる。


ナディアの言っている事がよく分からない。

ナディアが姫で無くなったと言ったのに、結婚はしていないと言う。

そして護衛も居ない。

情報を持たないザガリルがいくら考えても、どう言う事なのか分からない。


しばしの間、首を傾げ合った二人であったが、その時ナディアが助けを求める様にガフォリクスへと視線を移した。

それを見たザガリルは、苛立ちを覚える。

跪くガフォリクスを強く蹴り飛ばした。


「ガフォリクス!やめて、ザガリル。ガフォリクスはもう体力が残っていないの!」


地へと倒れ込んだガフォリクスを、ナディアが助け起す。

それを見たザガリルが不機嫌そうな顔を見せた。


「随分と仲良しになったものだな、ガフォリクス。俺の後釜にでもなったつもりか?」


イラつきを見せるザガリルを見て、ガフォリクスに疑問が浮かんだ。


ザガリルのナディアに対する態度が、昔と全く変わらないように思える。

ナディアが自分よりも誰かを頼ったりすると、こうやってあからさまに不機嫌になるのだ。

なにか、誤解があるのかもしれない。

その誤解があるとしたら、やはりあの日の夜の事しかなかった。


「ザ、ザガリル様。少々お聞きしたい事がございます。ザガリル様は、ナディア様の事をお許しになって頂けるのでしょうか」

「ナディーの事を許す?この馬鹿げたお遊びの事か?これは許さんと言っているだろうが」

「六百六十六年前の、あの夜に起こった事でございます。ザガリル様は、ナディア様を見限ったとお聞きしております」

「はあ?誰がそんな事を言った。俺はナディーに好きにしろと言っただけだ。ナディーの我が儘に、この俺が怒るわけないだろが」

「えっ?」


驚きの声をあげたナディアに、ザガリルが視線を移す。このナディアの驚きようは、彼女もザガリルが自分を見限ったと思っていた証拠である。


「なんで俺がナディーを見限ったと言う話になったんだ。そんな事あるわけがないだろ」

「だって、ザガリルが居なくなってしまったし・・。それに、何度呼んでも来てくれなかったわ!」

「・・あぁ、悪い。少し遠くに行っていたから、ナディーの声に気が付けなかった様だ。直ぐに帰ってくる予定だったが、いつの間にか年月がかなり経ってしまっていてな」


遠くとは勿論日本である。

本当は、ナディアがザガリルを呼ぶ声に距離なんて物は関係がない。ザガリルの体にある魔力に直接響く様になっているからだ。


しかし日本にいる時は、日本人の体であったし、この世界に戻って来た時はルシエルの体であった為、ナディアの声が届く事が無かった。


ザガリルは、ナディアが王宮でヌクヌクと生活していると思っていたので、それが問題になるとは全く考えてもいなかった。


「遠くに?どうして遠くに行ったの?私の事を怒っているから遠くに行ったのでしょ?」

「いや。少し手に入れたい物があってな。その為に出掛けていただけだ」

「嘘・・。何がどうなっているの?分からない。もう、何がなんだか分からないわ!」


ポロポロと泣き出したナディアに、ザガリルは弱り顔となる。昔からナディアが泣くと、どうしたら良いのか分からなくなり、本当に困るのだ。

うーん。と唸りながら腕を組んだザガリルは考え込んだ。


どうやら互いの話が未だに噛み合っていないようである。これはちょっとやそっとの話し合いで解決するとは思えない。ゆっくりとナディアの話を聞いた方が良さそうである。


「俺にも良く分からん。取り敢えず、何処かで落ち着いて話をしよう。それで良いか?」


ポロポロと泣き続けるナディアは、コクリと頷きを落とした。ザガリルはホッとする。


「ほら。行くぞ、ナディー」


声を掛けたザガリルに向かって、ナディアは昔の様に手を広げて見せる。

少し腰を落として屈んだザガリルは、ナディアの腰と足に手を回して、お姫様抱っこで抱き上げた。

ナディアは、しっかりとザガリルの首に抱き付き、その顔を肩に埋めた。


「話をするにしても、何処に行く?王宮でいいのか?」


ナディアは無言のまま首を振って拒否を示す。

流石にリオール家に連れて行く訳にもいかず、どうしたものかと悩み出したザガリルに、ガフォリクスが提案をした。


「ナディア様が生活をなさっている孤児院ではどうでしょうか」

「孤児院?ナディーがそこに?」

「はい」

「じゃあ、そこでいいな。ガフォリクス、案内しろ」

「はっ!」


ガフォリクスを先頭にザガリルが歩き出すと、一緒に子供が歩き出した。確かこの子供は、八百屋の前でナディアと一緒にいた子供だったと思う。


「なんだ。コイツも行くのか?」

「フォリオも一緒の孤児院にいるの。ザガリル、一緒に連れて行って」


ナディアの言葉に、ザガリルは頷きを返す。

そして、フォリオを見た。


「お前は、歩けよ」


フォリオはコクリと頷き、歩幅を合わせる為に早足で歩き出す。

吐息を零したザガリルは、ガフォリクスとフォリオに続いて歩き出した。


その時、沢山の馬の蹄の音が鳴り響いて来た。

アウレム率いる騎士団の到着である。


「ザガリル様!」


馬から飛び降り、アウレムが急いで駆けて来た。


「おせーんだよ!何をしていやがった!」


キレ気味のザガリルに、アウレムが顔を青くさせた。

急いで整列をした騎士団は、深々と頭を下げる。


「大変申し訳ございません」


状況から見て、ザガリルが上級の魔物を倒してくれた事は明白である。

英雄の手を煩わせてしまった事に深々と謝罪する。


「アウレム。ザガリル様とナディア様は、少し対話が必要な様だ。町外れの孤児院に行く。先導を頼む」

「はい。お任せ下さい」


ガフォリクスに頭を下げたアウレムは、直ぐに騎士団に指示を出す。

沿道に集まって来ている群衆を退けて、ザガリルが通る道を開け始めた。

その道を、ザガリル達は歩いていく。


孤児院に向かって歩いていると、群衆から一人の男が身を乗り出し、大きな声で声を掛けて来た。


「ザガリル様!」


聞き覚えのある声に瞳を移すと、そこには青褪めた顔のファスターがいた。

ザガリルに直接声を掛けたファスターを、不敬とみなしてアウレムが排除に動く。

それを見たザガリルは、アウレムの背中を後ろから思いっきり強く蹴り飛ばした。

地面へと倒れ込んだアウレムは、急いで顔を上げる。


「この者は構わん。余計な手出しはするな」

「はっ。大変申し訳御座いませんでした」


慌てて立ち上がったアウレムは、頭を下げる。

そんなアウレムを横目に、ザガリルはファスターに声を掛けた。


「ファスター殿。街の見物か?」

「突然、お声を掛けさせて頂き、大変申し訳ございません。ですが、急ぎの用がございまして」

「ん?何かあったのか?」

「ルシエルを見掛けませんでしたでしょうか。先程、人混みで逸れてしまい、ずっと探してはいるのですが何処にも居ないのです」


ザガリルは、あっ!と小さく声を出す。

考えてみたら、ルシエルと逸れたファスター達が、ルシエルを置いて家に帰るわけはないのだ。

居なくなってしまったルシエルを、ファスター達は必死に探し回っていたのだろう。ナディアの事に夢中で、そこまで考えてはいなかった。


「ルシエルなら、先程街中で泣いている所を見つけた。酷く泣きじゃくっていたので、理由が聞けなかったのだ。考えてみたら、ルシエルが一人で街まで来るわけはなかったな。連れの存在を認識するべきだった。すまなかったな、ファスター殿」

「いいえ!とんでも御座いません。あの・・それでルシエルは・・」

「自宅に送り届けて来た。今頃はタナー達がみているだろう」

「そうでしたか。良かった・・。有難うございました、ザガリル様!」


頭を下げたファスターは、ホッとした顔で薄っすらと涙を浮かべている。

かなり心配をさせてしまったようだ。


しかし、ファスター達が家に戻っても、ルシエルは眠りに就いている。

ファスターは、ルシエルの無事をその目で確かめる為に、ルシエルが起きるまで待っているかもしれない。


ナディアとの話が終わるまでルシエルの体に戻れそうもないザガリルは、しばし考えを巡らせ、そしてパチンと指を鳴らした。


突如として、ファスターの周りから全ての音が消え去った。

驚きながら辺りを見回すが、周りにいる人間達から全く声が聞こえない。

キョロキョロと視線を彷徨わせるファスターに、ザガリルが口を開いた。


「遮音壁を立てさせて貰った。ルシエルの事で内密な話があったのだ」

「ルシエルの事で御座いますか?」

「ああ。ルシエルは、まだ目覚めを迎えてはいないが、潜在的な魔導力が高い。先程パニックを起こしていた事で、その潜在的な魔導力が、少し体に負担をかけたようだ」

「そんな・・。ルシエルは大丈夫なのでしょうか」

「俺が直ぐにその魔導を抑えた事で、事無きを得ている。ただ、回復するまでに少し時間がかかると思う。恐らく今は眠りに就いている筈だ。ルシエル自身が目覚めるまでの数日間は絶対に起こしてはならん」

「は、はい。分かりました」

「タナウス達にも、注意をするようにと伝えてはあるが、深刻な状態ではないから心配はいらない。ただ、ゆっくりと体を回復させる時間を取ってやってくれ」

「分かりました。そのようにさせて頂きます」


ファスターからの返事を貰ったザガリルは、パチンと指を鳴らす。

するとファスターの周りに、周囲の音が帰って来た。


「話は以上だ。頼んだぞ、ファスター殿」

「承知致しました。何から何まで、本当にありがとうございました」


深々と頭を下げたファスターに、ザガリルの腕に抱かれていたナディアが視線を移した。


「貴方は先程の・・」

「先程は失礼を致しました、ナディア様」


ザガリルに大切そうに抱き上げられているナディアを見て、何か自分達の認識に間違いがあったのではないかと、ファスターは頭を下げながら内心戸惑いを見せる。

そんなファスターに、ナディアが微笑みを向けた。


「ザガリルのお知り合いの方でしたのね。このような格好で申し訳御座いません。孤児院に御寄付を頂き、有難うございました」

「いいえ。事情も知らずに、ナディア様には大変失礼な事を・・」


ナディアにお詫びをしようとするファスターをザガリルが止める。


「ファスター殿。ナディアの事は気にしなくていい。早く家に帰ってやってくれ」

「はい。承知致しました」


状況が分からないのは自分も同じなのだ。

兎に角、話がしたい。


再びザガリルの首にしがみ付いたナディアと共に、ザガリルは孤児院に向かって歩き出した。

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