33.シルフィナの決断
リオール家の食堂では、朝食の時間が始まろうとしたいた。
ファスター、エミリア、ルシエル、マギルス、タナウス、ネルダルが順に座り、向かいにはルベレント、シルフィナ、アシュア、ロイド、マイロが座る。
ようやく全員が席に着いて始まった朝食の時間は、空気が悪いままであった。マギルスが無言のままルベレントをジッと見つめているからだ。
ダラダラと汗を掻くルベレントを見て、隣に座るシルフィナが心配そうな表情をする。
その場にいた全員が、マギルスが何をしたいのかという事に気が付いていた。
しかし相手はザガリル軍の死神と言われた副軍隊長である。何も言い出せず、下を向いて喉を通り難い食事をしていく。
一人パクパクと食事をしていたルシエルは、顔を上げてようやく変な空気に気が付いた。
その原因がマギルスであると悟ったルシエルは、溜息をつく。
どうやらマギルスは、シルフィナを魔導鬼にする事を諦める気が無いようだ。
ルベレントがどうなろうと全く構わないが、流石にシルフィナは可哀想である。
ルシエルは仕方なしに口を開いた。
「ルベレント伯爵」
「は、はい!ど、どうしましたか、ルシエル君」
「あのね。昨日の夜中に、僕の部屋にザガリルが遊びに来たの。その時に、シルフィナさんの事を話したら、あのクソの役にも立たないお馬鹿ルーベンはどうしようもないなって言ってたよ」
「・・し、師匠が・・ですか?」
「うん」
ニコニコと笑顔を向けるルシエルに、ルベレントは戸惑いを見せる。ザガリルがと言う事は、ルシエル自身がそう言っている訳で・・。
一体何が言いたいのだろうかと表情を探る。
「それでね。シルフィナさんがとても困っているって話をしたら、それなら手助けしてくれるって」
「えっ?」
ルベレントは、頭の中でルシエルの言葉を反芻する。
手助け・・。
この魔王の手助けなど、恐ろしくてして素直に喜べない。娘に地獄の特訓フルコースとかを、させる気なのではないだろうか。
そんな事されては、魔導鬼にならなかったとしても、大切な娘が殺されてしまう。
ここは全力で拒否する事にした。
「そうでしたか。師匠に心配して頂くなど、弟子として、とても心苦しい限りです。お心遣いにはとても感謝しておりますが、娘の事は、私が責任を持って対処致しますとお伝え頂けますか?」
「どうするかは、シルフィナさんに決めさせるようにって言ってたよ」
ルシエルは、ルベレントを無視してシルフィナを見つめる。
「あのね。そこまで魔力溜まりが出来ちゃうと、その解消には数百年単位で時間がかかるんだって」
「そんなに時間が掛かるのですか?」
シルフィナの顔に絶望が浮かぶ。
直ぐには解消されないと思っていたが、まさか自分が生きて来た年数以上がかかるとは思ってもいなかった。それだけ自分の状態が異常なのだと、益々落ち込みを見せる。
「普通にやったらそれ位かかるらしいよ。でも、ザガリルの案なら一,二ヶ月位あれば魔力溜まりの解消は出来るみたい。ただ、ちょっと痛いみたいだけどね」
「えっ!そうなのですか?」
シルフィナの瞳に希望の光が灯る。
しかし、直ぐにルベレントが口を挟んだ。
「シルフィナ。師匠のお手を煩わせる訳にはいかない。お父様と一緒に頑張ろう」
言っている事は至極まともではあるが、絶対に娘を任せたくないと言うルベレントの気持ちが、ルシエルには手に取るように分かる。
天使の笑顔を絶やさず、ルベレントに視線を移した。
「そうそう。ルベレント伯爵には、ザガリルからの言付けが有ったんだった」
「えっ?師匠からですか?」
「うん。『雑魚は黙ってろ!』だって」
瞬時に青褪めたルベレントを見て、室内がシーンと静まり返った。ハッと意識を取り戻したファスターが、慌てて口を開く。
「ルーシェ。ルベレント伯爵にそんな事を言っては駄目じゃないか」
「僕じゃないよ。ザガリルが伝えろって言ってたんだもん。父様、ザガリルの言葉でも伝えない方がいいの?」
「い、いや・・。それは・・」
口籠ったファスターを無視して、ルシエルはシルフィナに視線を移した。
「どうするかは、シルフィナさんが決めていいって言っていたよ」
「わたくしは・・」
大好きな父があそこまで言ってくれているのだから、本来なら父と一緒に頑張るべきなのだろう。でも、ザガリル様の案ならば、数ヶ月で消す事が出来る。
それならば、やはりそちらを試してみたい。
今まで父の言葉より信じる人などいなかった。
でも、あのお方のお言葉なら・・。
シルフィナは、あの日屋敷の部屋で会ったザガリルの姿を思い出していた。
お父様から、伝説の英雄はとても恐ろしい方だと幼き頃から聞いていた。しかし、実際に会った英雄に対して、シルフィナは全く恐怖を感じなかった。
伝説の通りの燃えるような赤い髪に、まるで宝石のように美しい濃い紫の瞳。服の上からでも分かる、鍛え抜かれたその肉体がとても素敵な男性だった。
そんな彼から突如としてぶつけられた酷い言葉。
その言葉は、シルフィナの心を深く傷付けた。
しかし、部屋に戻って鏡に映る自分を見ていて、ふと気が付いた。今までシルフィナに、そんな事を言ってくれた人なんて誰も居なかった。
誰が見ても、明らかに太っている体。
しかし父親の持つ影響力から、それをシルフィナに指摘する者など誰もいない。
皆んなが口を揃えて言ってくるのは、とても可愛らしいと言う褒め言葉だけだった。
仲良しだと思っていた友達でも、誰も本気でシルフィナにぶつかってきてはくれなかった。
父の師匠であると言う立場のとても偉い方。
あの方以外で、自分にあそこまでハッキリ言ってくれる人はいない。ルベレントの娘ではなく、本当の自分をザガリルだけが見てくれた様な気がした。
すまんと謝ってくれた時に見せた表情は、彼の隠された優しさを感じさせた。生まれて初めて、父よりも気になる人が出来た瞬間でもあった。
次の日の朝、食堂に行った時、ザガリルがいなかった事に少しガッカリとした。
その代わりにいたのが、アシュアの弟のルシエルだった。
弟はザガリル様からとても可愛がられているとアシュアから聞いていた。そのアシュア自慢の弟は、本当に天使のように美しくて可愛かった。
何度見ても、溜息が出るほど美しい顔をした男の子。
行儀が悪いとは分かっていても、気付かれないようにチラチラとルシエルを見る。
(やっぱりザガリル様も綺麗な人が好きなのかしら)
部屋に戻り、鏡に映る自分の姿を見たら、見慣れた筈の自分の姿が酷く醜く感じた。
(ルシエル君みたいに美しい外見だったのなら、ザガリル様は私を見てくれたのだろうか)
顔の造形が変わる訳はない。
でも、この体なら変える事は出来る。
この家の食事の量がおかしい事にも気が付いたのだから、これから減らして普通の量にしていけば、少しはあのお方の目に映る位になるかもしれない。
しかし、食事の量を減らしたいと言ったシルフィナは、ルベレントからの大反対を受ける。家の者達も、誰一人としてシルフィナを応援してはくれなかった。
だったら、自分でなんとかするしかない。
一人で孤独な戦いを始める決意を固めた。
とは言え、普通の量が分からなかったシルフィナは、友達の家に行こうと考えた。
近くに住む友達を思い浮かべていたシルフィナは、アシュアの言っていた言葉をふと思い出した。
「ルシエルは、私とはあまり似ていないんです。私はお父様似で、ルシエルはお母様似なので。だから、私とは違ってとても可愛いんですよ」
その時は、アシュアさんも可愛いですと答えたが、確かにルシエルはアシュアとは少し違う美しさだった。
アシュアの母エミリアの美しさは、かなり評判だ。
彼女を見て、参考にしたいと少し離れた場所に住むアシュアの元へと向かう事にしたのだった。
シルフィナは、チラリとエミリアに視線を移した。
薄化粧であっても、美し過ぎて参考にはならないレベルだ。それでも、少しでも夫人に近付きたい。
シルフィナは、ルベレントに視線を移した。
「お父様、申し訳ございません。わたくしは、ザガリル様のお話を聞いてみたいと思っております」
「シルフィナ!!なんて事を・・」
「本当に、ごめんなさい」
シルフィナは瞳に涙を溜めた。
大好きな父の言葉を拒否するのは、彼女にとってとても辛い。それでも、少しでも早く痩せたいのだ。
シルフィナの年は、七十歳。
数百年我慢したとしても、その頃はまだ結婚の適齢期真っ只中となる。
しかし、ザガリルの方は二千歳を越している。
いつ結婚してもおかしくない年なのだ。
自分が選ばれるとは限らない。
それでも、彼の側に違う女の人が立つと考えただけでも胸がギュッと締め付けられ、とても苦しくなる。
同じ土俵に立って負けるのと、立つ事すら叶わず負けるのとでは違うのだ。
諦めを見せないシルフィナに、ルシエルが微笑んだ。
「それなら良かった。もう来ちゃったみたいだから」
ルシエルが呟いたと同時に、ダイニングの部屋のドアが開く。
入室してきたのは、ハウリルラであった。
シルフィナの様子から恐らく頼んでくるだろうと考えたルシエルが、たった今、呼び寄せたのだ。
向かっている途中に簡単ではあるが、この状況の説明はしておいた。根回しはバッチリである。
ハウリルラの姿を見たタナウスとネルダル、そしてルベレントが急いで席を立って頭を下げる。
「おはようございます」
ハウリルラは、マギルスに向かって頭を下げたが、意識しているのはその隣に座るルシエルである。
頭を上げたハウリルラは、シルフィナを見つめた。
「ああ。師匠が言っていたのは、これの事ですね。よくもまあ、ここまで溜め込んだ物です。実験的には、もう少し魔導の負荷を掛けてみたい所ですねぇ」
眼鏡の奥の瞳がキラリと光る。
その時、ハウリルラの肩に止まっていた紅蓮がピョコンとシルフィナの膝に飛び降りた。
「まあ。可愛いドラゴンちゃん」
ウットリとした優しい瞳で紅蓮を見たシルフィナは、怖がるそぶりもなく紅蓮の体を撫でた。
「その子は紅蓮って言うんだよ。あのね、紅蓮は強欲だから、他人の魔力も食べられるんだって。だから、シルフィナさんの魔力も食べてくれるらしいよ」
「そうなのですか?」
食べると聞くと、肉の塊を食べて行くのかと不安になる。
少し痛いと聞いていた事もあり、シルフィナは戸惑いを見せた。
そんなシルフィナの腕に、パクッと紅蓮が噛み付いた。
「ンッ!」
まるで注射のような痛みを感じたシルフィナは、その痛みに耐える。
その痛みとは別に、何かが紅蓮に吸い取られていく感覚を感じた。よく見てみると、ふっくらとしていた腕が少しずつ小さくなっていくのがわかる。
「駄目ですよ、紅蓮。師匠より、この娘の様子を見ながら、少しずつやる様にと言われているのですからね」
ヒョイッとハウリルラが紅蓮を抱き上げると、紅蓮は素直に口を離した。ハウリルラは、血の滲むシルフィナの腕に回復魔法をかける。
「簡単に説明すれば、こうやって魔導を紅蓮が吸い取ります。傷口は、私かルーベンが治すので残らないでしょう」
驚き顔で自分の腕を見つめていたシルフィナは、感謝の涙を流す。
「お手数をお掛け致しますが、よろしくお願い致します」
「ピギャー」
嬉しそうな紅蓮は、ハウリルラの手から逃れると、またシルフィナの膝に乗る。
どうやらシルフィナが気に入ったようだ。
体内から発せられる魔導の所為なのか、何故か自分の仲間だと認識してしまったようだ。
尻尾を振りながら体を擦り寄せ、まるで同族に見せる様な甘えを、シルフィナに見せている。
「フフッ。よろしくね、紅蓮ちゃん」
「ギャウ!」
コクコクと頷きを落とす紅蓮を見たルシエルは、安堵する。紅蓮を人間の側に置くのは少し危険かもしれないと思っていたが、あれならシルフィナを攻撃する事はないだろう。
ルシエルは、隣に座るマギルスに視線を移した。
「シルフィナさんの魔導を紅蓮に渡せば、紅蓮が元気になるのが早まるね」
ニッコリと笑いかけたルシエルから、マギルスは紅蓮へと視線を移した。無言のまま紅蓮を見つめていたマギルスは、手元に視線を戻す。
そしてお皿を引き寄せ、静かに食事をし始めた。
ようやく魔導鬼の事を諦めたらしい。
それを見ていたルベレントは、大きな吐息を落とした。
死神に娘が狙われたままにするのは危険であったが、これでなんとかなるだろう。
あの死神をアッサリと引き下がらせてしまうとは、流石師匠である。
ルベレントが感謝の瞳をルシエルに向けている横で、ハウリルラがふと思い出したかのように、マギルスに顔を向けた。
「そう言えば、マギルス様。少々お耳に入れておきたい事がございます。第一が張った結界の辺りに、どうやら噂を聞いた第四小隊が集まってきているようなのです。いかが致しましょう」
「・・知らない」
「承知致しました」
マギルスに答えを求めていないハウリルラは、直ぐに引き下がる。
それを横で聞いていたルシエルは、少し考えてみた。
第四小隊が集まって来ても、今の所特に使い道は無い。しかし、無賃金で扱き使える者達が集まってきているのはラッキーとも言える。
『ルーベン。奴らに適当に雑用の仕事を割り振ってやらせておけ。使い道は後で考える』
魔導を使って直接頭に話し掛けると、ルベレントは小さく頷きを返した。
あとは適当な宿泊施設を作らせて、そこに押し込んでおけば完璧である。
魔王の微笑みを浮かべたルシエルは、パクパクと朝ご飯を食べるのだった。
その後、食事を終えたルベレントとシルフィナは、紅蓮とハウリルラと共に家に帰って行った。
面倒臭い家庭内の揉め事も丸く収まったようだ。
ルシエル達の町が出来上がるまで、あとひと月半程。
忙しい毎日を過ごすリオール家一同は、完成を楽しみにしながら、自分達の町造りに精を出すのであった。
次回、水曜日の二十時過ぎの更新になります。
よろしくお願いします。
※今まで後書きに更新予定を書いていたのですが、それを消すと改稿になってしまうのですね。
特に物語は変えていません。




