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31.第三小隊結成

翌日の朝九時半。

マフィダムは、城の中庭へと歩いて行った。


中庭には、不機嫌そうな顔を見せる第二小隊の十人がいた。その前には、ルベレント達を含む十一人が整列して立っている。

マフィダムは慌てて走って行くと、その列に並んで姿勢を正した。


「おい、ラファレイド!また増えたじゃねえか。だから遠回しじゃなくて直接辞めろと言えと言ったんだ」

「煩いな。ナディア様が絡んでいるのに、馬鹿正直に辞めろなんて言える訳ないだろうが!お前は黙ってろ、タナウス!」

「チッ!増えれば増えるだけ、俺達が見なくちゃならないんだぞ。今からでもいいから、早く減らせよ」

「まあ、それもそうだな・・」


第三に視線を移したラファレイドは、彼らに向かって口を開く。

軍として出陣したら二ヶ月以上は食事も睡眠も取る事は出来ないという事。

たった二日で倒れた雑魚には、到底無理だと言う事。

正直、どんなに鍛えても使い物になるかどうかも分からないくらい雑魚過ぎて困っていると言う事を、直接的な言葉でバンバンとぶつけていく。


それでも、集まった十二人は、その場を動こうとはしなかった。

三十分が過ぎ、集合の時間となった事で、ラファレイドは諦めを見せた。

馬鹿すぎて話が通じない。

その顔は、そう語っていた。


「甘やかして貰えると思うなよ・・」


第二小隊の男達の瞳が、鋭さを増した。

そんな空気の中、ザガリルの手を引きながら、お庭に散歩に出ていたナディアが近付いてきた。


「ザガリル。暫く一緒に居られるんでしょ?二週間後に、お花の会があるの。一緒に出て欲しいから、それまではお城にいてね」

「花?それなら、その辺に咲いているだろ」

「駄目なの!その会でお花が見たいの!いいでしょう?」

「・・分かった。城にいればいいんだろ」

「うん。お願いね、ザガリル」


約束を取り付けた上機嫌なナディアは、第二、第三小隊に視線を移した。


「おはよう、何をしているの?」

「おはようございます、ナディア様。今日はこれから訓練をしようと思っております」


ラファレイドが答えると、ナディアは「ふーん」と納得して見せる。そして第三小隊に視線を移し、ニッコリと微笑みを向けた。


「頑張ってね、ルベレント。貴方達は、私が選んだのですから」

「はい。ご期待に添える様、精一杯努力させて頂きます」


頭を下げたルベレントに、ナディアは満足気な顔を見せる。自分が選んだ者が、ちゃんとザガリルの第三小隊としてこの場にいる事が誇らしいのだ。


「ねえ、ザガリル。彼がルベレントよ。サマリナス公爵の二番目の息子さんなの」

「へぇ・・」

「もう!折角紹介しているのに!」

「分かった。覚えておく」

「そう。それなら良いの」


機嫌が良くなったナディアは、その横を見て首を傾げた。昨日よりも第三小隊の人数が少ない気がする。


「ねえ、ザガリル。昨日よりも人数が少ないわ。他の人は何処にいるの?」

「・・知らん」

「もう!ザガリルが責任者なのに・・。ラファレイド。他の第三小隊はどうしたの?」

「はい。彼らは第三小隊を辞退致しました。今現在は、この十二人が第三小隊です」

「なんでよ!どう言う事なの、ザガリル!」

「はあ?俺は知らん」


慌ててザガリルが首を振るが、ナディアの怒りは収まらない。怒りながらポロポロと泣き始めた。


「なんでなのよ!私が選んだのよ!それなのに、勝手にどんどん減らしちゃうなんて。馬鹿!ザガリルのばかぁ!!」


号泣に変わったナディアを見て、ザガリルが焦り出した。こうなったナディアは非常に面倒臭くなるのだ。


「落ち着け、ナディー。辞めたいのなら引き止める事は出来ないだろ」

「だから、なんで辞めちゃったのよ!ザガリルが意地悪したんでしょ。どうして私が選んだ人を辞めさせてしまうのよ!」

「いや、俺じゃない。俺はコイツらとは話をしていない。昨日はナディーの側にずっといただろうが」


ヒックヒックとしゃくりあげながら泣いていたナディアは、今度はラファレイドに視線を向けた。


「貴方達なの?貴方達が、辞めさせたんでしょ!なんでそんな事するのよ。私が一生懸命ザガリルの為に選んだのよ!」

「い、いえ。そんな事は・・」

「酷いわ!ティータイムだってしないで、一生懸命選んだのよ!それなのに」


ナディアはザガリルの胸に飛び込むと、ワンワンと泣き始めた。それを見たザガリルの眉間に皺が寄る。


「おい・・。ナディーを泣かせるな。死にたいのか?」


ゆらりと立ち昇ったザガリルのオーラに、第二小隊が後退りする。

自分が減らせと言ったのに、いざナディアに責められると、全ての責任を自分達に押し付ける。

困った師匠ではあるが、この場をなんとか潜り抜けないと、第二小隊の命はない。

ラファレイドは慌てて口を開いた。


「ご、誤解です、ナディア様。第三小隊は、ここに居る者とは別に、もう少し増やそうと思っていたのです」

「増やすの?だったら、昨日の人達で良いじゃない!」

「彼らは、自分の能力の限界を悟り、潔く身を引きました。ですので、これからナディア様に、残りの者達を選んで頂こうかと思っていたのです」

「えっ?私が選ぶの?」

「はい。ナディア様が選んでくださった者達は、この様にこの場に残っております。流石ナディア様が選んだ者達は違うと、みんなで話していたのです。ですので、昨日付いて来られなかった者達の中に、ナディア様のお眼鏡に適う者達がおりましたら、是非教えて頂こうと思っていた所だったのです」


キョトンとしたナディアは、ザガリルに視線を移した。


「ザガリル、本当?私が選んでいいの?」

「ああ。それが一番良さそうだからな」


ザガリルは、人によって取りようが変わる言葉でナディアに返事を返した。

取り敢えず数人選ばせれば、ナディアも納得するだろう。やっとここまで減ったのに、また人数が増えるのは些か受け入れ難い思いもあるが、ザガリルにとっては、ナディアが泣いたままの事の方が厄介である。


「分かったわ!それじゃあ、私が決めてあげる」


機嫌を直したナディアは、ルンルンと庭から城へと戻り始める。ザガリルはラファレイドに耳打ちした。


「取り敢えず、魔力値の高い奴を多めに選んで、その中からナディアに選ばせろ。失敗るなよ」

「承知致しました」


二、三人で済むと思っていたナディアの第三小隊選びは、キリの良い数字が良いとナディアのゴリ押しが入り、結局八人選んで終了した。


こうして第三小隊は、二十人となって再出発を果たした。


「取り敢えず、歩いて付いて来られる程度には鍛えておけ」


ザガリルからそう指示を出された第二小隊は、その後厳しい指導を第三小隊に施して行った。


ザガリル軍に入って五十年。

第二小隊に鍛えられた第三小隊は、ようやく歩いてついていける様になる。


それから百年。

ザガリルの直接指導が入る様になった第三小隊は、ようやく一人で上級魔物を倒せる様になる。


それから数百年。

彼らはザガリル軍、第三小隊として高魔族とも戦える様になり、その活躍を見せる様になった。


こうしてみると、あっという間の出来事に思える。

しかし、ここに至るまでの長い年月は、第三小隊にとって地獄の様な日々であった。

厳しい訓練に耐え切れず、脱落していく者達もいた。

数人の人の入れ替えもあったが、マフィダムとルベレント達は、頑張って残っていった。


彼らの中で互いに励まし合い、共に頑張る為の掛け声がある。


「城に帰ったらご飯を食べよう」


当たり前の事ではあるが、ザガリル軍として出陣している時は、それが当たり前ではなくなる。


みんなで一緒に帰って、暖かいご飯を食べる。

それは、過酷な状況を乗り切り、生きて帰還したのだと実感する大切な時間だった。


ご飯を食べる事、それはなによりも幸せな事であると、彼らは強く思うのだ。



話を終えたマフィダムは、シルフィナを見る。


「食事をする事は、何よりも幸せな事で、我らにしてみたら、それを実感するとても大切な時間なんだ。だからルベレントは、君との食事を毎回楽しみにしているのだと思うよ。軍隊員の食事に慣れているから、量についてあまり深く考えてはいないようだけどね」


シルフィナは、俯いて考え出した。

少し食事の量を減らしたいと伝えただけで、父であるルベレントは大騒ぎをした。

医者を呼び、そして料理人達を叱責。

普段よりも多い多種類の食事の用意等、シルフィナの思いとはかけ離れた対応をされた。


どうして分かってくれないのかと、泣きながら部屋に篭った日々。

心配そうにドアから顔を覗かせては、シュンと落ち込んで戻って行った父を何度見たのか分からない。


幼き頃、沢山食べるシルフィナをとても喜びながら笑顔で見つめていた父。それからは、父に喜んで欲しくて、出された物を沢山食べるようになった。

食べれば食べるだけ、父が喜んでくれるのが嬉しくて、シルフィナは頑張って沢山食べ続けた。


父に喜んで欲しくて沢山食べたシルフィナ。

シルフィナに幸せな時間を沢山過ごして欲しい、ルベレント。


互いに大切に思う者へと向けた愛する気持ちが、ボタンのかけ違いの様に少しずつずれて行ってしまっただけなのだ。


父のシルフィナへの愛情を少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。

シルフィナは、マフィダムの顔を見た。


「とても貴重なお話をして頂き、ありがとうございました。何故父は分かってくれないのかと、家を飛び出してしまった自分の愚かな行動を恥じています。家に戻りましたら、父としっかりと向き合い、二人で最善の道を見つけたいと思います」

「ああ。そうしてくれると助かるよ」


笑顔を見せたマフィダムに、シルフィナも微笑みを返した。


再び食事をし始めたマフィダムは、チラリとシルフィナを見る。彼女の顔は、何処かスッキリとしたような明るい表情になっていた。


何とか親友(ルベレント)の娘は理解してくれたようだ。あとはあの頑固なルベレントとの話し合いで、正しい選択をしていって貰えればと願う。


正しい選択。


あの時マフィダムが選んだ選択()は、今思えば正しい選択となった。

しかし、ここに来るまでの鍛え抜かれた何百年もの間、やはり選択を間違ったのでは無いかと何度も後悔したものだ。


自分が正しいと思って選んだ道でも間違えるのなら、最初から間違いかもしれないと思う道を進んでやろう。


これが、あの時のマフィダムの決断だった。

結果、自身の努力で無理矢理その選択を正しい道へと変えた。


結局の所、正しい選択なんて物は選ぶ時には無いのかもしれない。

どれを選んだとしても、その先自分がどうするかで、それは変わる物なのだから。

自分が選んだ未来()が正しい選択だったと思えるように出来るかどうかは、自分次第なのかもしれない。


食堂にいた時にラファレイドが告げた言葉を思い出す。


『正しい選択を我々は望んでいる』


今なら胸を張って言う事が出来る。


『俺はあの時、正しい選択をしました!』


口に運んだスープがとても美味しい。


ザガリル軍第三小隊所属マフィダム。

彼はこれからも正しい選択をしていくつもりである。



◇◆◇◆◇



食事の時間が終わり、ルシエルはタナウス達を連れてお風呂に向かう。


後片付けを手伝うマギルスの横では、同じようにお手伝いをするロイド達が話をしていた。


「それにしても、凄く貴重な話が聞けたよな」

「うん。あんな貴重な体験談は、他じゃあ絶対に聞けないよ。父様なんて、食事の手がピタリと止まったまま聞き入っていた位だし」

「第三小隊の方達は、凄く大変な思いをして来たんだな。やはり、ザガリル様の軍に入ると言う事は、それだけ大変な事なんだろうな」


男に生まれたのなら、一度は憧れてしまうザガリル軍。国に選ばれる程の力を持っていた者達でも苦労した入隊の話は、衝撃過ぎた。

しかし、だからこそあの強さに憧れてしまうのだ。

キラキラと瞳を輝かせて話をしているロイド達に、アシュアが口を挟む。


「でも、なんだか想像していたのと違かったわ。ザガリル様は、もっと素晴らしいお方だと思っていたのに・・」

「素晴らしいお方じゃないか。何が不満なんだよ」

「だって・・。邪魔だから崖から落としたり、捨てて来いって言ったり・・。一緒に戦おうとしている仲間に、そんなの酷いわ」

「それだけ実力が伴わなかったって事だろ?戦場は、生きるか死ぬかなんだ。そんな甘い考えを持つべきじゃないんだよ」

「それはそうだけど・・」


ロイドの言葉に、アシュアはムッとした表情を向ける。言いたい事は分かるが、それでもやはり素直に納得が出来なかった。伝説の英雄を神聖視していた乙女心が邪魔をするのだ。

しかし、このまま言い争っても、無意味だという事は分かっている。


「もう良いわ。ちょっと嫌だなって思っただけだもの」


フウッと吐息を零したアシュアは、窓の外でマフィダムと話をしているシルフィナに視線を移した。

シルフィナの表情が少し明るくなっていた。

その顔を見て、アシュアはホッとする。


「きっとルベレント伯爵も、シルフィナさんの気持ちを分かってくれるわよね」

「ああ。少し食事の量を減らすようにすれば、少しずつ体は戻っていくんじゃないのか?」

「そうよね。今のままでもとても可愛らしいけど、シルフィナ様が悩んだりしない位になる様に、私も応援したいわ」


片付けが終わったアシュアは、シルフィナの方へと向かって行った。

ロイドとマイロも、食堂を後にする。


静まり返った食堂では、最後まで片付けをしていたマギルスだけが残されていた。


彼の金色の瞳が、静かに冷たい光を放っていた事に、気が付く者は誰もいなかった。



ただ静かに、その日は終わりを迎えるのであった。


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