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3.アシュアの演劇会

やっとここから本編らしき物が始まります。


学校の手前まで来た馬車は、静かに道の脇に止まった。


身分が低い貴族は、ここから徒歩で学校に行かなければならないのだ。上下関係と言う物は、どこの世界でも面倒臭いものである。

まあ、日本にも上下関係はあったので、そこは大人の対応で我慢するしかない。


ルシエルはロイドに手を引かれながら、演劇が行われる会場へと歩いて行った。


当初は早めに着いた事もあり、席に座って開演を待っていたが、後から来た自分達よりも身分の高い人達を立たせておくわけにもいかず、立場の低いリオール家は、席を譲って後ろで立ち見となってしまった。

会場内は満員である。


父様に抱っこして貰って前を見るが、遠過ぎて舞台が良く見えない。

不満だらけの会場内で、舞台は開演を迎えた。


美しいピンク色のドレスに身を包んだアシュアが姿を現わす。ルシエルの瞳には、この会場内の誰よりも美しく見える。

遠く離れた舞台でも、その美しさは輝いて見えた。

身内の欲目?当然、絶好調である。

大切な姉の晴れの舞台をルシエルは真剣に見つめた。


話の内容はこんな感じだ。


主人公の男は、アシュア演じるナキア姫と幼馴染で、小さい頃から仲が良く婚約をしていた。

姫と結婚するには自分の身分が少し低い事を気にした彼は、彼女に相応しい立場を得る為、巨大な悪を倒しに行く。


見事その悪を滅ぼした彼が、意気揚々と城へと帰還すると、そこには他の男と愛を語り合うナキアの姿があった。彼女に裏切られた彼は、黙って身を引き城を後にする。


そんな彼の目の前に、天から美しい女性が舞い降りた。失恋して傷付いた心を天女に癒して貰った彼は、彼女と恋に落ち、幸せに暮らしましたとさ。

おしまい。


何処にでもありそうな『不幸な主人公、何故か急に現れた美少女と幸せになる』と言う物語だが、まあ所詮はお遊戯会である。

シナリオに文句をつける気は無い。


しかーし。

配役には問題がある!あり過ぎる!

なんで僕の愛する美しいお姉様が尻軽女の役で、天から舞い降りる美しい天女の役が、ドレスだけは超一級品の肥えた体の女なんだ!

まだぽっちゃりしただけの女の子なら可愛らしいが、主役の男より三倍は場所を取っているトロール級だぞ?

こんなのが舞い降りてくる?

冗談。落下して来たの間違いだろ。


この、物語を壊しまくる意味不明な配役だけが、どうにも納得いかない。こちとら伊達にアニメ大国と言われた日本で六十三年生きて来た訳じゃない。

物語を生かすも殺すも、キャラに掛かっているなどと言う事は初歩の初歩である。


主人公の彼にとっては、不幸以外の何物でもないだろう無茶苦茶な配役が許せないのだ。

考えても見ろ。死に物狂いで強敵を倒して帰って来たら、美しいお姉様に振られ、何故か現れたトロールと結婚しなきゃならないんだぞ。

不幸の連鎖、罰ゲームだろ。

俺だったら突如として現れたトロールは瞬殺するね。うん。間違いない。


ムスッとした表情を浮かべているルシエルの顔に気がついたロイドが、慌てて小声で声を掛けてきた。


「駄目だよ、ルーシェ。納得いかなくても文句言っちゃダメ」


兄よ。不機嫌な顔をしただけで、何故僕が不機嫌な顔をしているのかが分かると言う事は、自分も同じ事を考えていたと言う証明になるのだよ。

これぞ以心伝心。兄弟の深い絆だね。

まあ、言いたい事は分かる。

父様の為にも、ここはグッと我慢するべきだよね。


会場内の一番前の真ん中の席で、割れんばかりの拍手を送るアホな集団を呆れた表情で見ながら、ルシエルはロイドに小さく頷きを返すのだった。



◇◆◇◆◇



演劇会も終わり、学校が用意した来賓用の会場にルシエル達は足を運ぶ。


ここは親同士の交流の場である。

一番低い身分である父と母は、懸命に挨拶をして回っていた。

その後ろをヒョコヒョコと付いて行ったルシエルの前に、煌びやかな集団が現れる。

先程、特等席で馬鹿騒ぎをしていたデップリ天女の親達である。


ちなみに、俺のモンスター図鑑には【新種】デップリ天女(別名)トロール天女が書き加えられた。

出会った瞬間に瞬殺するリストの更新である。

【祝】久々の更新。


偉そうに歩いて来るデップリ天女製造者を見て、自然とルシエルの眉間にシワが寄る。

高そうな服を着た青い瞳の男は、沢山のお供を連れながら、腰まで長い薄緑(エメラルド)色のストレートの髪を揺らして歩いて来る。


まあ、見るからに地位の高い上流階級の者達だ。

一番身分の低い父様が声を掛ける隙は与えずに、通り過ぎるだろう。

とっとと消えると思っていた集団は、父様の顔を見ると予想に反し、思い出したかのようにその足を止めた。


「君は、リオール男爵か?」

「はい。お目にかかれて光栄です、ルベレント伯爵」


ファスターは、礼儀正しく頭を下げた。その様子を見ていたルシエルは首を捻った。


(コイツ、伯爵なのか。その割には偉そうだな・・。公爵なのかと思ってた)


まあ、男爵よりは地位が高いので、父様に対して偉そうにするのは仕方がない。

しかし、彼の横でヘコヘコしている者は確か辺境伯である。何かの式典で遠くから見た事があるから間違いない。何故、身分が下の筈の伯爵の方が偉そうにしているのだろうか。意味がわからない。

不思議そうな顔で見つめていたルシエルに、伯爵と辺境伯が瞳を移した。


「ほら。この子ですよ、ルベレント伯爵」

「ほぉー。これはこれは。噂以上の愛らしさだな」


二人の会話を聞いて、父様と母様の顔色が変わる。

何故、没落寸前の身分の低い男爵の事をルベレント伯爵が知っていたのか。

その答えはルシエルだったのかと、顔を強張らせた。


「確かに、この子ならと思いますね」

「そうでしょうとも。我が辺境伯の家に養子として迎え、是非ともルベレント伯爵のお嬢様と懇意にして頂けたらと思っております」


リオール家を無視して進められていく話に、ルシエルは唖然とした顔をする。


(なんで俺が見ず知らずの辺境伯の家に養子に行かなきゃならないんだ?しかも伯爵家のお嬢様って、さっきのデップリ天女の事だよな。懇意って何?殺意なら遠慮なく持ってやるけど?)


ついうっかりザガリルの力を解放しそうになってしまったが、流石にここではマズイと溢れそうになる魔力を抑えに入る。必死に耐えるルシエルの横で、ファスターが口を開いた。


「大変申し訳ございませんが、一体何の話なのでしょうか」

「ああ。お前の意見はどうでも良いのだ。この子は私の養子として我が家に迎え入れる」

「えっ!それはどういう事ですか?」

「この子の美貌は私の領にまで届く程だ。没落寸前の男爵家にいらせるのは惜しい。我が家で育て、このルベレント伯爵のお嬢様と婚約させて頂ける事になった。感謝する様に」


(なにそれ。なんで決定事項の様な口調なの?馬鹿なの?アホなの?死にたいの?)


ルシエルは開いた口が塞がらない。

ポカーンとした表情をするルシエルを、ルベレント伯爵が歩み寄り無理矢理抱き上げた。


「ふむ。なかなか良い子だ。これなら私の娘も満足するであろう」

「お、お待ち下さい。私も妻も、ルシエルを養子に出す気はございません」

「私に逆らうと言うのか?」


ルベレント伯爵からゆらりと立ち上がる魔力に、辺りの空気が一変する。逆らう事は許さないと言う怒りの込もったオーラである。


真っ青な顔になった父様達とは別に、ルシエルはあれ?っと眉を寄せる。


(このオーラ、知ってる気がする。何処でだっけ?)


ザガリルが転生して日本人となり、そしてルシエルとして転生して生きて来た年数は、現時点で八十八年。

あの頃の者達は当然生きているのだから、知り合いがいてもおかしくない。

しかし、この顔に覚えが無いのだ。

直ぐ側にあるルベレント伯爵の顔をじっくりと観察するが全く思い出せない。

うーん。と悩むルシエルを抱き抱えたまま、ルベレント伯爵は歩みを進める。


「お待ち下さい。どうか、ルシエルをお返し下さい」

「黙れ!ルベレント伯爵に逆らうつもりか!」


父様達の前に辺境伯とルベレント伯爵の御付きの者達が立ちはだかる。

それを見たルベレントはとっとと会場を後にした。


抱き抱えられたままのルシエルは、ずっと考え込んでいた。どこでこのオーラを感じ取った事があるのか、どうしても思い出せない。

なんか分かりそうで分からないこの状況が、モヤモヤして気持ちが悪いのだ。


「緊張しているのかな?まあ私は伯爵だからな。だが心配はいらない。君は将来、私の義理の息子になるのだから」


ハッハッハと高笑いするルベレント伯爵は、自身の為に用意された控え室へと入って行く。

そこにはまだ誰もいない。

ソファーにルシエルを下ろしたルベレント伯爵は、向かいの席に着いた。


真正面からジッと顔を見ていたルシエルは、キザったらしくデップリ天女と同じ薄緑(エメラルド)色の前髪を掻き上げた仕草を見て、ハッとして立ち上がった。


「思い出した!お前、役立たずのルーベンだな!なにが伯爵だ。紛らわしい格好しやがって」


大人しい天使の人形のようであったルシエルの突然の暴言に、ルベレント伯爵は怒りから額に青筋を立てる。


「なんだと!ガキだと思って優しくしてやっていれば調子に乗りやがって。お前の親は、これで終わりだ。ぶっ潰してやる」


少し可愛い顔をしているから、自分の可愛い娘の婿にしてやろうと温情をかけてやったが、こんなガキ冗談じゃない。恥をかかせた代償として、あの男爵家から爵位を奪ってやる。


ガタンと席を立ったルベレントは、ドアを開けて外に出ようとする。

しかし、何故かドアノブが回らない。

ふと手元に視線を移すと、結界のようなものが張られているのに気が付いた。


(何故、こんな所に結界が?)


理解不能な状況に戸惑いを見せたルベレントは、ふと後ろから漂って来た忘れもしない恐ろしいオーラを感じとった。


「ふぇ?」


間抜けな声を出したルベレントは怖くて後ろを振り向けない。体に嫌という程叩き込まれた恐怖が蘇り、ガタガタと体が震え出す。


「俺の家族が・・なんだって?」


声変わりを迎えていない幼い子供の声ではあるが、地を這うような恐ろしい恐怖のボイスに聞こえる。

ぎこちなくゆっくりと首を後ろに回したルベレントは、床から浮いてドス黒いオーラを放つルシエルをその瞳に捉えた。


「あっ、あ、あの・・あっ・・」


恐怖のあまり声が上擦り、全身の毛穴から滴り落ちる程の汗が噴き出る。

自分がこの人を間違えるわけはない。

魔王よりも魔王らしいと言われた、この人の邪悪なオーラを間違えるわけがないのだ。


「し、師匠・・」

「おい、ルーベン。もういっぺん言ってみろ。俺の家族をどうするだと?」

「し、師匠におかれましては、お元気そうでなにより・・」

「んなこと聞いてねえんだよ!」

「ひぃ!!」


ルベレントは慌てて床にひれ伏した。

この状態の師匠はマジギレ寸前である。

これ以上怒らせたらルベレントの命は無い。

ガタガタと震えながらひれ伏し、怒りが鎮まるのを待つしか道は無いのだ。


椅子に座った子供が、何故ルーベンと言ったのかをもっとよく考えれば良かった。

名前が長くて面倒臭いと言う理由から、師匠にルーベンと呼ばれる様になったのだが、その呼び方をするのは軍関係者のみなのだ。

自身の短慮が悔やまれる。


「随分俺の家族に偉そうにしてくれたな。それに、俺をデップリ天女と結婚させるだと?舐めてんのか、お前」

「い、いいえ。私の娘には幸せになって貰いたいと思っておりますので、師匠には・・」


嫁がせたく無い。と言う本音は飲み込んだ。

危うくポロリと言ってしまう所だった。

危なかった・・と胸を撫で下ろしたルベレントは、俯き加減で即座に師匠への対応を考える。


まず、何故か子供で愛らしい姿をしている師匠は・・ってか可愛すぎるだろ。

あの邪悪にして最強かつ最悪な男の姿としてあり得ない。外は天使、中は魔王とか誰が気付くっていうんだ。紛らわしいのはどっちだよ、まったく・・。


それより、あんなに可愛い子供の姿に変身すると言う事は、自分の外見にコンプレックスがあったって事なのか?

プッ。笑える。

まあ、あの目付きの悪い凶悪な顔じゃあ、コンプレックスくらい持つか。


っと、いかん、いかん。脱線してしまった。

えっと、天使のような詐欺的外見をした師匠は、娘と結婚はしたく無い。

うん。それは俺も賛成だ。自分の大切な娘を、あんな慈悲のカケラもない男に嫁がせてたまるか。

泣いて頼まれても断る!

と言う事で、満場一致でこの話は無し。

サッサとこの場から連れ出して親元に連れて行くのがベストであろう。


床に手をついたまま、パッと顔を上げたルベレントは、真剣な眼差しで詐欺天使ルシエルを見た。


「伯爵と言う立場の為、御両親に大変失礼な態度をとってしまい誠に申し訳ございませんでした。師匠のお相手となりますと、我が娘は相応しくございません。潔く身を引かさせて頂きます」


ペコリと頭を下げて床に額をつけたルベレントは、こっそりとほくそ笑む。

完璧な対応である。

これなら師匠も納得する筈だ。

ルベレントは、静かに師匠の言葉を待つ。


「まず先に言っておくが、これは変身しているわけでは無い」

「ほえ?」


間の抜けた返事を返しながら顔を上げたルベレントは、部屋中に溢れんばかりに広がっていた邪悪なオーラが少しずつ治まりを見せて行く事に安堵する。

そして、変身しているわけじゃないと言うのはどういう意味なのだろうかと少し考える。


「それは変身ではなく、生まれ変わったという事ですか?」

「正確に言えば転生したという事だな」

「はぁ・・」


今度は、気の抜けた返事を返す。


生まれ変わりと転生って何が違うんだ?

言葉が違うだけで、一緒だと思うんだけど。

揚げ足取りか?相変わらず嫌味な人だな。


ルベレントは見つからないように小さく溜息を零した。


「それと、お前は忘れているようだが、俺がオーラを発している時は、そのオーラに触れている者の思考を読む事が出来る」


そう言えばそんな事も聞いていた気がする。

しかし、何故それを今言うのかが分からない。


「そして、俺がザガリルの容姿についてコンプレックスを抱いた事はない」


(えっ?)


ポカーンと口を開けたまま、ルベレントは驚きで固まった。


あの姿にコンプレックスとかなかったの?

マジで?すっごい凶悪な顔だったよね?

魔王と戦っている時、知らない人が見たらどっちが魔王なのか分からないほどだったよ?

魔王よりも魔王らしいって、内面だけじゃなくて外見からも言われていた事なんだけど。


「へぇ。そうだったのか。それは知らなかったな」


知らなかったのかよ。

あれだけ的確な表現他にないってくらい、みんなが納得する有名な話だった・・。


「えっ?」


ルベレントは思わず思考を止める。

そして、先程自分がサラリと流してしまったザガリルの言葉を即座に思い出した。


『相手の思考を読む事が出来る』


えっと、それは言われなくても大まかな考えを理解出来るとか、相手のオーラの流れから予測すると言う意味ではなく・・。


「ああ。その思考そのものを読む事が出来る。お前達のような雑魚には出来ない芸当だがな」

「あっ、あの・・。えっと・・」

「お前は俺に対して、随分と可愛らしい印象を持っていたようだな」

「いいえ。そんな事は・・」


口角を上げて笑みを作るザガリルの手の平に、真っ黒な闇のオーラの玉が出来ていく。


「い、いいえ、師匠!私はそんな・・」


思考を読まれていたのだから、誤魔化しが効く筈も無い。なんとかしなければと焦れば焦るだけ、考えがまとまらなくなる。

その間にも、黒色のオーラの球は大きくなり、パチパチと煌びやかな火花を放つ電撃が纏わり付いていく。


「じっくりと楽しませてくれよ、ルーベン」


天使のような顔からは想像もできない、魔王よりも魔王らしい笑みをザガリルが零す。

そして、禍々しい漆黒のオーラの塊に、激しい電撃を纏うという美しいコラボを果たした黒雷弾がルベレントに向かって放たれた。


「ギィヤァアアァアー」


ルベレントの悲鳴は、結界内にある室内で、しばらくの間絶える事なく響き渡ったのであった。






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