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29.魔死骸鳥との激戦

落下して行く第三小隊は、なんとか宙に浮こうと魔力を使った。


しかし、何かがおかしい。

崖の下から風と共に上がって来る魔導に、自身の魔力が妨害されている様だ。


「クソッ!」


マフィダムが必死に魔力を高めて浮き上がった頃には、かなり下の方まで落下していた。

顔を上げてみると、遥か上空に崖の終わりが見える。続けて下を見てみると、底が見えない程に暗闇が続いていた。

崖と崖に挟まれた空間ではあるが、そこそこ広さがある。

それでも、底の方が見えないと言うことは、かなり深さがある様だ。


周りを見渡すと、二十七人全員がなんとか宙に浮いている。その姿に安堵の吐息を落としたが、やはり何かがおかしい。

浮いているだけでも、かなりの魔力を消費していくのだ。

このまま魔力を消費して行ったら浮き上がる事すら出来なくなる。


マフィダムは慌てて上空目指して飛んで行く。

他の者達も、自身の魔力低下を悟り、急いで上を目指していった。


しかし、そんな彼らの前に、一体の巨大な鳥が立ちはだかった。


魔死骸鳥(ましがいちょう)だぁ!」


誰かの叫び声に、ハッとしたマフィダムは、左方から近付く魔死骸鳥に視線を移した。


魔死骸鳥。

それは、狂暴な魔物の一種だ。

鳥と言っても、その姿は鳥の形をした骨格のみで肉や羽根はない。

両方の翼の骨は、全て鋭い剣先の様になっており、その威力は岩でも軽く切り裂くと言われている。

そして、強固な口ばしと鋭い爪の攻撃も侮れない。

魔導力にも優れており、浮遊から攻撃魔法まで、多彩な魔法を見せる。

口ばしや爪の攻撃、翼の剣術、そして魔法攻撃、全てを兼ね揃えた上級に位置する魔物である。


魔死骸鳥の放つ魔導は、他者の魔力を妨害する。

こいつの所為で魔力が思う様に出せないのかと、マフィダムは苛立ちを覚えた。


頭蓋骨の両側に位置する二つの窪みの赤い光の目が、マフィダム達を捉えて輝いた。

完全にロックされた状態だ。

逃げる事は不可能となった。


マフィダム達は、剣を抜いた。

魔法攻撃を主とするマフィダムだったが、翼の攻撃を警戒しての抜剣であった。

国から渡された剣は、切れ味の良さそうな高価で良質な剣だ。

ザガリル軍に配属となって初めての戦闘が上級の魔物となった事に、戸惑いを見せながらも剣を構える。


魔死骸鳥が翼を広げ、その翼を一振りする。

それは斬撃となってマフィダム達を襲った。

なんとか凌いでは見せたが、受けた斬撃によって無数の切り傷を体に受ける。


その時、ルベレントが大声で叫んだ。


「回復ポーション!」


その言葉に、全員が背中に背負うリュックに意識を向ける。

前を見たまま、片手でサッとチャックを開けたルベレントは、回復ポーションを一本取り出し、それを飲みほした。ルベレントが手に持つ瓶をパッと離すと、空中で瓶は消え去る。

中身がなくなったと同時に消滅する魔導瓶だ。


ルベレントの声に、すぐ様他の者も瓶を取り出して飲んでいた。しかしマフィダムは、リュックの奥の方に入れてしまっている。

慌ててリュックを前に持って来て、その中から瓶を取り出すと飲み干した。


「マフィダム!回復ポーションは、直ぐに出せる所に入れておけ!」


ルベレントからの叱責が飛ぶ。

慌てて残りの二本を取り出し、直ぐに出せるポケットに入れてリュックを背負い直した。


ルベレントは、少し離れた場所にいる男に向かって声を掛ける。


「ガザレイス!」

「水属性攻撃!他の者は、使い手を守れ。性別を判断する!」


名指しで呼ばれた黒髪の男は、直ぐに指示を出した。


マフィダムは、その場を移動して水属性魔法が使える者達の護衛に回る。

マフィダムが使える魔法は土属性だからだ。


魔死骸鳥は、雄は火属性、雌が水属性の魔法を使う。

属性の相性から言って、水属性の攻撃ならば、雄雌のどちらであっても攻撃魔法が通る。

逆に攻撃を火属性にした場合、目の前の魔死骸鳥が雌なら、逆に攻撃を受けてしまうのだ。


二十七人中、十四人が構え、一斉に水属性による攻撃魔法を仕掛けた。

魔死骸鳥にあたる寸前、水属性での防御魔法が発動。魔死骸鳥を守り始めた。


「チッ!雌か。最悪だな」


ルベレントが落胆交じりに呟いた。

魔死骸鳥は、雌の数の方が少ない。

その為、遭遇する確率から言ったら雄の方が多いのだが、今回は数が少ない筈の雌であった。

雌は戦闘になると、自身の持つ水属性のオーラを霧状にして飛ばす。そして、そのオーラの中に、自身のフェロモンを混ぜる事で、雄を呼び寄せる習性があるのだ。


数の少ない魔死骸鳥の雌のフェロモンに、雄達が過度に反応して集まって来るのは避けられない。


「水属性、周囲に水性結界。フェロモンを抑え込め!風は魔死骸鳥に集中攻撃。その他は翼への攻撃と周囲の警戒!」


ガザレイスが即座に指示を出し、自身の魔力を高め始めた。

彼は風使いの様だ。

同じ様に魔力を高め始めたルベレントと共に、魔死骸鳥へと向かって行く。


基本的に、火は水、水は土、土は風、風は火に弱いと言うのが定説ではあるが、相手の方の魔力が強いとなるとそうとも言えなくなる。


現状で例えれば、強力な水属性に対してそれよりも弱い土属性の攻撃を放つと、土の中に染み込んだ水の魔力によってその技は敵の思うがままに動かされてしまう。

この戦いでは、明らかに魔死骸鳥の魔力の方が高い為、土属性での攻撃は操られると判断された。


強弱関係に無い無難な風という攻撃魔法を選んだのはその所為だ。


という事で、土属性を使うマフィダムは、水属性の魔死骸鳥に魔力による攻撃をする事が出来なかった。

剣術のみの攻撃で、他の軍隊員達を翼による攻撃から守り続ける。


その時、ルベレントとガザレイスの風攻撃が、魔死骸鳥を捉えた。

風によって出来た無数の刀は、魔死骸鳥の骨格に沢山の傷を作った。大きな声を上げながら、魔死骸鳥は崖下へと落下していく。

それを見たガザレイスが大声で叫んだ。


「全員、崖上に高速移動!急げ!」


弱った魔死骸鳥の雌へ止めを刺すのは諦めた様だ。

深追いをして、集まって来た雄達に囲まれては生きて帰る事は出来ない。

マフィダム達は、急いで崖上を目指す。


きっとこれは、ザガリル直々の入団試験だったのだろう。魔死骸鳥への止めは刺せなかったが、善戦した方だと思う。


(きっとザガリル様も、我らを認めてくれる筈だ)


あの上に行けば、ザガリル達が待っている。

そう思って辿り着いた崖の上に、人影は無かった。

キョロキョロと辺りを見回すマフィダムに、ルベレントが不思議そうな顔で声を掛けた。


「どうした?マフィダム」

「えっ?あ、あの、ザガリル様達がいらっしゃらないので・・」

「・・まだ気が付いていなかったのか。ザガリル様は、我々を軍隊員として迎え入れる気は無いんだ」

「えっ?」


マフィダムは戸惑いを見せる。

そんな馬鹿な事はない筈だ。

自分はザガリル軍の第三小隊への入隊の試験を受けたのだから。


「しかし、私達は第三小隊として選ばれた筈です」

「国王が勝手に第三小隊を募集したのだ。ザガリル軍の活躍は誰もが知っている。だが、国王軍はどうだ?ザガリル軍ばかりが活躍している事に、国民から国への忠誠心が薄れていくのを警戒しての事だ」

「じゃあ、ザガリル様は・・」

「第三小隊など、必要ないと思っている。ナディア様から直接頼まれた事で、嫌々連れて来てくれたに過ぎない」


憧れのザガリル軍に入隊出来たと思っていたマフィダムにとって、これ以上ないショックな話であった。

ルベレントの知り合いの五人以外の二十人も、マフィダムとルベレントの会話を聞いて顔が青褪めていた。


試験合格の名前が張り出されていた時、これは夢なのではないかと、誰もが思った。

それが本当に夢だったのだと突き付けられた現実に、マフィダム達は肩を落とした。


その時、崖下から何かが羽ばたく音が聞こえ、彼らはハッとしてそちらの方を見た。


ゆっくりと上がって来た魔死骸鳥は、先程よりも体が大きく、他の魔死骸鳥だと直ぐに分かった。

そしてその嘴には、炎が溢れ出ていた。


「雄だ!気を付けろ!」


ガザレイスの声に、マフィダム達は慌てて戦闘態勢を取った。

吐き出された火炎攻撃に、すぐ様水属性の防御壁を張る。魔力の低下が激しかった風と水属性の魔法使用者達は、回復ポーションを飲み干した。


雄の攻撃力は、雌以上であった。

なんとか耐えては見せるが、どんどんと追い込まれていく。


「ルベレント!何か秘策は無いのか?」

「少し早いが、これを使う」


ルベレントはガザレイスに、鞄から取り出した、手のひら大の丸い透明の球体を見せる。


「いけるか?」

「高魔力の光属性魔法が入っている。これを口に叩き込んでやる!」

「分かった。全員、ルベレントを援護。急げ!」


他の軍隊員達がルベレントの援護に回る。

魔死骸鳥の攻撃を避けながら宙に浮かんだルベレントは、魔死骸鳥の口元に辿り着いた。


「これでも喰らえ!」


ルベレントの投げた透明の球体は、魔死骸鳥の口の中へと消えていく。


「全員、退避!」


ガザレイスの大きな声が響いたと同時に、魔死骸鳥の骨だらけの体から、光が溢れ出した。


(間に合わない!爆発に飲まれる!)


ルベレントが目を瞑り、死を覚悟したその時だった。

ドォーンという地鳴りの音と共に、崖の土がルベレントと魔死骸鳥との間に壁を作った。

魔死骸鳥を中心に起こった爆発は、その土の壁が威力を遮り、魔死骸鳥のみを破壊して、崖下へと残骸を散らして行った。


目を開いたルベレントは、目の前の壁を見て、直ぐに地面へと視線を下ろす。

そこには、片手を前に出したまま立ち尽くしているマフィダムの姿があった。

前後に揺れたマフィダムは、そのまま地面へと倒れ込んだ。


「マフィダム!」


ルベレントが地面へと降り立つと、マフィダムは弱々しく笑いを零した。


「やっと・・役に立った・・かも?」

「アホか。十分過ぎる援護だった」

「ハハッ。・・なら・・良かった」


息も絶え絶えのマフィダムは苦しそうに、瞳を閉じた。

ルベレントは、急いでマフィダムのリュックから回復ポーションを取り出すと、マフィダムの口へと瓶を突っ込んだ。

なんとかポーションを飲み込んだマフィダムは、気だるい体を起こし、ルベレントを睨む。


「普通、もう少し優しく飲ませるよね?俺、死にかけていたんだけど・・」

「ほぉ。口移しでもして欲しかったのか?」

「それは可愛い女の子限定って決めているから・・」

「だったら、我が儘を言うなよ」


ルベレントは、自身の鞄からもうひと瓶取り出すと、マフィダムに投げ渡した。それをキャッチしたマフィダムは、ゴクゴクと飲み干して完全回復をする。

その様子を見ていたガザレイスが、堪えきれずに笑い出した。


「生命力を削ってまで魔力をぶつける馬鹿を初めて見た」

「確かに」


みんなに笑われたマフィダムは、ムッとしながら告げる。


「仕方がないだろ?だってとっておきの秘策っぽかったし、俺の魔力で守り切れるか分からなかったんだから」

「怒るなよ、マフィダム。君が馬鹿だったお陰で私は助かったのだからな。それよりも、早く移動しよう。また、魔死骸鳥が襲って来たら最悪だ」

「そうだな。取り敢えず、森の中に逃げ込むぞ。皆んな、急げ!」


ガザレイスの指示の元、全員が森の中へと身を隠した。警戒は続けていたが、あれから魔死骸鳥が襲ってくる事は無かった。


ルベレントの解釈では、雄の死骸が落ちてきた事で、他の雄達は警戒して襲ってこなかったのではないかとの事だった。

今頃、崖下に落ちた弱った雌を巡って、雄同士が激しい取り合いをしているのではないか?と笑うルベレントに、マフィダムも笑いを返した。

それならそれで大いに結構だ。


マフィダムはルベレントを守った事で、彼と彼の友達五人とも仲良くなった。

そして、彼らについて色々と教えて貰った。


ルベレントは公爵家の次男らしい。

彼は、頭の悪い長男が家を継ぎ、自分よりも地位が上になる事が昔から気に入らなかったらしい。そこで、長男より上の地位をゲットする為だけにザガリル軍への入隊を希望したのだそうだ。


公爵の上の地位と言うと、王族か、大公位しか無い。

それなら、特権階級を狙ったのも納得である。


ルベレントが、ザガリル軍の今回の侵入地点を知っていたのは、公爵の次男坊の力のお陰だった様だ。あの特別な球も、その力で作成させた逸品だったらしい。

滅茶苦茶高価な代物だったらしいが、金額は聞かない事にした。


そして、彼の周りにいる五人の仲間は、ルベレントの幼馴染で、学校にいる時からこの六人でチームを組んでいた為、連携が取れたのだと言う。

ガザレイスは、司令塔として豊富な知識を叩き込んであるらしく、その為ルベレントは指示出しをガザレイスに一任したらしい。


マフィダムは、ちょっと疎外感を感じたが、同時に昔からの仲間と言う彼らの絆を羨ましくも思った。



後日談となるが、マフィダムを含むこの七人が、第三小隊の要となり、小隊を引っ張って行く事になる。


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