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28.第三小隊マフィダム

ザガリル軍、第三小隊募集試験。


マフィダムの元にその通知が届いた時、純粋に喜んだ。

ザガリル軍が活躍を見せる様になって二百年。

彼らの強さに誰もが憧れを抱いていた時期である。


あのザガリル様と一緒に戦える。

ザガリル様のお手伝いが出来る。


マフィダムは、家族からの期待を背に、意気揚々と城へと向かって行った。


しかし、試験場に着いたと同時に、少しガッカリとさせられた。

その場には一万人以上の、男達が集まっていたからだ。


(こんなに沢山いるのか・・)


国に選ばれた者だけがこの試験を受ける事が出来る。

その為、集まっている者達は、誰もが強そうだった。

それでも、諦めたくない。

自分の力を信じて、数ヶ月に及ぶ試験に挑んでいった。


適正試験、魔力試験、剣術試験、体術試験、防御力試験、次々と出される試験に、マフィダムは全力で結果を出していく。その時点で、一万人いた参加者は、千人に絞られていた。


次に行われた、実技試験、実地試験。

この二つは、かなりの難関だった。

脱落者が出る程の厳しさで、マフィダムも残れるのかどうなのか、最後まで分からない状態だったのだ。


数ヶ月に及ぶ試験が全て終わり、合格者が発表となる。合格者の人数は百人。

張り出された紙に自身の名前を見つけたマフィダムは、歓喜の声を上げた。


「よっしゃ!」


両手を握り締め、感動に打ち震えていると、隣に立っていた男がジッと掲示板を見つめ、そして隣で喜ぶマフィダムに視線を移した。


「君も受かったのか?」

「ああ。もしかして君も?」


言葉を返してから、マフィダムはハッとした。

薄緑色の髪色をした男の服装は、自分が着ているような安物では無い。

醸し出す雰囲気からも、彼が貴族であると分かる。


「た、大変失礼を致しました」


慌てて姿勢を正し頭を下げたマフィダムに、男はゆるりと首を振る。


「私の名はルベレントと言う。これからは同僚だ。遠慮はいらない」

「私の名は、マフィダムと言います。よろしくお願い致します、ルベレントさん」


貴族とお知り合いになってしまったと、少々興奮気味に返事を返す。

そんな彼らの元に、同じ様に合格を果たした者達が近付いて来た。

挨拶を交わしていたマフィダムだったが、ルベレントがその輪から離れていくのを見て、自身もコッソリと抜け出していく。


「ルベレントさん、明日は任命式とザガリル様とのご面会ですよね。なんか、今から緊張してしまいます」

「・・そうだな。ただ、そう上手くいくかどうか」

「えっ?」


スッと視線を外したルベレントは、マフィダムから離れて馬車に乗り込んでいった。

ルベレントを見送りながら、マフィダムは首を傾げた。


(さっきのは、どう言う意味なんだろう)


第三小隊に選ばれたのに、ルベレントはあまり嬉しそうではなかった。

ザガリル軍に入りたくなかったのだろうか。


マフィダムがルベレントの発言を理解したのは、かなり後。ザガリルからの洗礼を受けた時になる。


任命式後に予定されていたザガリルとの面会が突然キャンセル。ザガリル軍の人との顔合わせもないまま、数日後にいきなり出陣式が執り行われた。


いつの間にか用意された軍隊員用の戦闘服に身を包み、そして支給されたリュックに用意された備品を詰め込んでいく。

城内の門の前に、整列してザガリル軍到着を待った。


ようやく姿を現したザガリル軍は、整列する気配は無かった。しかも第一、第二小隊の者達は、バルコニーから語り掛ける国王の話も碌に聞かずに、とっとと出陣して行こうとする。

自分達も後を追った方が良いのかと戸惑いを見せたその時、魔導拡声石から可愛らしい女性の声が響き渡った。


「ザガリル!昨日、お話ししたでしょ」


その声に、ザガリル軍の足が止まる。

その先頭から、真っ赤な髪を風に靡かせながら一人の男が前に出て来た。


(ザガリル様だ!)


マフィダムは緊張しながら、見つめ続ける。


「忘れていた」

「もう、ザガリルの馬鹿!直ぐに忘れちゃうんだから」

「悪かったな、ナディー。今、思い出した」

「私もちゃんとお手伝いして、一緒に選んだんだからね!」

「ああ。分かっている」


フウッと溜息を零したザガリルは、バルコニーから大きく手を振るナディアに、軽く手を振り返すと歩き出した。


チラリとザガリルから視線を送られた第二小隊の者が、マフィダム達に声を掛けた。


「ついて来る気があるなら、ついて来い」


その雰囲気は、歓迎とは無縁の厄介者を見る様な瞳であった。

戸惑いの中、第三小隊は彼らに続いて歩き出した。


沿道に集まった市民達からは、激励と感謝の叫びが上がり続ける。


(俺もザガリル軍の一員なんだ!)


誇らしさを胸に、マフィダムは歩き続けた。


街の門を潜ったと同時に、ザガリル達は空へと飛ぶ。

移動は全て飛行術となると聞いていたが、初っ端から腕が試される。

第三小隊も続いて浮き上がっていく。


しかし次の瞬間、先頭を行くザガリルが消えた。

いや、正確に言うと、かなりの速度であっという間に彼方へと見えなくなったのだ。


次々に消えていくザガリル軍に、浮き上がっただけの第三小隊は完全に遅れをとった。

急いで彼らを追ったが、見えなくなってしまった今、この方向で合っているのかすら分からない。第三小隊は、なんとか追い付こうと全力で飛ばし続けていた。


その時、前の方にいたルベレントが急に速度を弱め、第三小隊よりも上空に上がるとその場で立ち止まった。

彼が止まったのを見た五人の男が道を引き返し、ルベレントに近寄って行く。

他の者達も、何故止まったのか分からぬままピタリと止まり、互いの顔を見合わせていた。


マフィダムは、何かあったのかとルベレントの元へと急いで飛んで行った。

そこでは、男達とルベレントの会話が始まっていた。

どうやら集まっていた男達は、ルベレントと顔見知りの様だ。


「どうした?ルベレント」

「多分だが、向かっている方向が違う」

「そうか?軍の魔力の名残は、あちらから来ているが」

「・・恐らく、目的地の前に何処かに寄ったのだと思う。入手した今回の目的地点は、魔幻狂深沼方面からの侵入だった筈だ」

「そうなると・・確かに方向は違うな。もしかしたら、ザガリル様が変更なさったのでは?」

「ナディア様のお付きの侍女からの報告だ。ザガリル様は、ナディア様に嘘をつく事はない」


確信を持って発言したルベレントは、向かう方向を変える。周りにいた五人も反論せずに向きを変えた。

ルベレントは、五人の後方に集まって来た男達に向かって口を開く。


「このままあちらに向かっても、我らの速度では追いつけない。私達は直接、目的地に向かう」

「しかし、あちらでザガリル様が待って下さっていた場合、困るのでは?」

「・・お気楽な馬鹿どもが揃っている様だな。先ほどの態度を見て、まだ分からないのか?ザガリル様は、我々など眼中にない。いようがいまいがどうだって良いのだ」

「なっ!」


挑発とも言えるルベレントの言葉に、後から集まって来た男達の眉間に皺が寄る。

ルベレントは百人の男達に聞こえるように大きな声で発言をする。


「今回は、魔幻狂深沼方面からの侵入だと聞いている。このまま跡を追い掛けても我らでは追い付けない。私は、直接沼の方向へ向かう事にした。軍の跡を追うか、方向を変えるかは、個々の判断に任せる」


ルベレントはそう言い残すと、沼の方向に向かって飛び始めた。

しばし考えていたマフィダムは、顔を上げるとルベレントを追い掛けた。

周りを見ると、先程の五人と、後ろで聞いていた二十人ほどが同じ様に向かって来ている。


しかし、それ以外の男達は、ザガリル軍の魔力の痕跡を追う事にしたようで、そのまま方向を変えずに進んで行っていた。

空を飛び続けながら、ルベレントに追い付いたマフィダムは声を掛ける。


「ルベレントさん!」

「・・この間の?」

「はい。マフィダムです」

「君はこちらに来たのか」

「追い付けない事は、先程から感じておりました。ショートカット出来るのなら、こっちを選ぶべきでしょう」

「私の情報が間違っていた場合はどうする?」

「私の運もそこまでと言う事ですかね」


ニッと笑顔を見せたマフィダムに、口角を上げたルベレントが小さく笑う。


「変な奴だな」


これが、マフィダムとルベレントが親しくなるキッカケとなった。



一時間近く飛び続け、ようやく魔幻狂深沼近くへと到着したマフィダム達は、目を見開いた。そこにはもう既に、ザガリル軍の面々が到着していたからだ。


(やっぱり、こっちに来て正解だったんだ)


ルベレントが目的地点を知っていてくれてラッキーだった。感謝しながらルベレントに顔を向けると、彼の顔は何故か強張っていた。


「ルベレントさん。こちらを選んで正解だった様ですね」

「・・いや。我らはもう既にザガリル様をお待たせしてしまっている。最悪な状況だ」

「えっ?」


マフィダムは、ザガリル達に視線を移す。

彼らの周りには、食事をした形跡があり、どう見積もっても三十分以上は、この場で休憩をしていたのだと分かる。


一体どこまで飛んで行って食事を買い、この場に来て食べていたのかは分からない。

魔幻狂深沼方面へと行き先を変えた自分達は、その後も全力で真っ直ぐ飛んで向かって来た。それなのに、それでも軍を待たせてしまったのは驚きでしかない。


お待たせしてしまった事は、確かに良くなかったとは思うが、それでも出発前に追い付いたのだからセーフなのではないだろうか。

彼は気にしすぎだと思いながら、マフィダムはその場にいる者達と共に整列をして命令を待った。


「なんだ、こいつら・・」


たまたま周囲を歩き回っていた第一小隊のフォガントが、マフィダム達に気が付いて不思議そうに声を上げる。


「師匠がナディア様に連れていく様に頼まれた者達のようです」


第二小隊を代表してラファレイドが問いに答えると、ポカーンと口を開けたままのフォガントが唖然とする。


「はあ?」

「出発前に、ナディア様がおっしゃっておられましたが・・」

「・・ああ、あれか」


ようやく思い出したフォガントは、ジッと第三小隊を見つめる。何度見直してみても、第三小隊の評価が、フォガントの中で変わる事は無かった。


「師匠!本当に、これを連れて行くのですか?」


心底嫌そうな顔をしたフォガントが訊ねると、ザガリルが顔を上げ首を傾げた。


「なんだ、そいつらは・・」

「師匠がナディア様に連れていく様に頼まれた者達です」


またしてもラファレイドが、その問いに答える。

ん?と首を捻ったザガリルだったが、なんとか彼らの存在を思い出す。


「ああ・・。そう言えば、ナディーがそんな事を言っていたっけ。ついてこないから、城に居るだけの奴らかと思ってた」


正確に言うとついて行かなかったのではなく、ついて行けなかったのだが、そんな事をザガリルに言える訳もなく、マフィダム達は口を閉ざし続ける。


「おい、ラファ。何人いるんだ?」

「二十七人おります」

「マジかよ。面倒だな・・」


憧れの男から面倒だと言われたマフィダムは少し肩を落とす。

それに、本来なら第三小隊は百人いるのだが、ザガリルは全く覚えていなかった。

ルベレントの言う通り、第三小隊は眼中にない様だ。


うーん。と考え込んだザガリルは、ふと崖の方に視線を移した。

そして、何かを思い付きマフィダム達を見る。


「お前達、そこに一列で整列しろ」


ザガリルの言葉に、第三小隊は慌てて崖の前に一列で並ぶ。それを見たザガリルは、頷きを落とした。


「よし。じゃあな」


ザガリルの言葉に、えっ?と思った瞬間、第三小隊二十七人を突如として激しい突風が襲う。

ザガリルの魔法だと気が付いた時には、全員が崖下に落とされた後だった。



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