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27.魔導鬼なんて酷い

夕飯時になり、リオール家一同、そしてシルフィナ、マギルス達三人と、そして様子を見に戻って来たマフィダムが席に着いた。


「あ、あの。私がこの様なお席にお招き頂いて、本当によろしいのでしょうか」


マフィダムの顔はファスターに向いているが、明らかにマギルス達を意識して尋ねる。


「ええ、勿論です。大したおもてなしは出来ませんが、どうぞお寛ぎください」

「は、はい!それでは是非」


マフィダムはチラリとマギルスを見るが、特に気にしている様な感じはない。

リオール家からのお誘いを無下に出来ない為、余計な事は言わずに、黙って食べる事に集中する事に決めた。


ファスターの日々の食事への礼と共に、リオール家の食事が始まった。


和やかな夕飯の時が過ぎていくが、エミリアがシルフィナを見ると、少し戸惑った表情をしている。


「シルフィナ様、何か苦手なものでもありましたか?」

「えっ!いいえ。とても美味しく頂いております」

「そうですか。お代わりもありますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「は、はい」


返事を返したのは良いが、お代わり?と、聞き慣れない言葉にシルフィナは首を傾げる。

その時、タナウスがお皿をエミリアに差し出した。


「お代わりを頂いて宜しいでしょうか」

「ええ、勿論です。沢山食べてくださいね、タナー」

「はい。遠慮なく頂きます」


もう一度よそわれたお皿を見て、シルフィナは納得をする。

シルフィナの家では、次から次へとお皿が出てくるが、アシュアの家では、目の前に最初からお皿が並んでいる。

もう少し食べたいのなら、こうやって増やして貰うらしい。


(これが、普通の食事の仕方なのね。家の食事の様に、順番に食事が運ばれて来ては、全体の量が分からない。今度からは最初に全部出して貰いましょう)


コクコクと納得の頷きを落としたシルフィナは、目の前の料理を見る。

いつも自分が食べている量の半分も無い。

隣に座るアシュアを見ると、シルフィナよりも少し少ないくらいだ。リオール家の家長であるリオール男爵の前には、自分と同じ位の量のお皿が置かれている。

あんなに大きな体の逞しい男性と同じ量でも、普段の自分の食事よりも圧倒的に少ない。と言う事は、やはり自分の家の食事量は普通では無いのだ。


フウッと吐息を零したシルフィナに、タナウスが視線を上げる。


「足りないのなら、もっと貰ったらどうなんだ?ルーベンの娘」

「そのデカイ体では、物足りないのであろう?」


続けられたネルダルの言葉に、アシュアがキュッと唇を噛む。ネルダルとタナウスが、ザガリル軍の第二小隊の方だと言う事は分かっている。それでも、お友達を傷つける様な発言は控えて欲しいと口を開いた。


「ネ、ネル。シルフィナさんに、失礼な事は言わないでね」

「えっ?」


驚き顔をしたネルダルは、チラリとルシエルを見るが、こちらもキョトンとしている。

タナウスに視線を移したが、彼も理解出来ていない様である。


「私の発言の、どこが失礼に当たりましたか?」


リオール家の者に顔を向けたが、皆一応に戸惑いを見せて視線を逸らす。

なんなのだろうかと、ネルダルは不思議そうな顔のまま視線を彷徨わせた。


「私とネルが言いたかったのは、その娘が普段食べている量とは比べ物にならぬほどの少量の食事なので、平気なのか?という事です。遠慮はいらないから食べろと言う意味ですね」


タナウスがネルダルをそれとなくフォローする。それを聞いたエミリアが驚き、シルフィナに顔を向けた。


「シルフィナ様、大変申し訳ございません。今、他の物を・・」

「いいえ!私は、この量で・・アシュアさんと同じ量で構いません」

「ですが・・」

「今回、この家に来させて頂いたのは、これが理由なのです」


シルフィナはキュッと口元に力を入れた。

俯き加減に、ポツリポツリと言葉を零す。


「この間、ルシエル君が我が家に来た時、一回だけ、お食事をご一緒させて頂く機会が御座いました。ですが、その時のルシエル君の食事の量がとても少なく、何処か具合が悪いのではないかと、使用人に確認をしたのです。ですが、そうではないと、使用人から説明を受けました」


シルフィナは、ルシエルの食事量が少なかったと言っているが、それは間違いである。

ルシエルは小さいながらにも、一般男性並みに食べていたからだ。


ルシエルは、ルベレントの屋敷での食事風景を思い出してみる。


大皿に乗せられた食事が、ルシエル達の前に、次々と運ばれて来た。

みんなで取り合って食べるのかと思ったら、一人一皿だと気が付き、ムッとする。


前菜の野菜だけでも、大皿に山盛りで、一週間分の摂取量を超える。

こんなに野菜ばっかり食えるか!と小皿に少量取り分け、残りはマギルスに押し付けた。

使用人に声を掛けて自分の量を減らして欲しいと告げると、次からの皿は普通の量に変わったと言う経緯がある。


魔力回復の面で、マギルスや第一小隊はその大量の料理を黙って食べていたし、タナウスとネルダルはあるなら食べるタイプだった為、それぞれが完食していた。


ザガリルだった頃はなんとも思わなかったが、健康志向の日本人と、節約重視のリオール家の食事の記憶から、あの量は異常だと思える。

見ているだけで胸焼けがしそうな食事風景だった。


そして勿論、女であるシルフィナも完食していた。

あのでかい体はこの所為かと、内心呆れていたのだ。


「ルシエル君の食事量は、普通の子供が食べる量よりも多かったと聞いたのです。その時私は初めて、自分の家の食事が普通ではなかったのだと気が付きました」

「へぇ!知らなかったのか。俺はてっきり、お前は全てを理解した上で食べているのかと思っていた」


タナウスは目を丸くする。

あの量が異常だと気が付かないとは、なんとも間抜けな娘である。あれは魔力量の高い軍隊員向けの食事量だったからだ。

ネルダルも、同じ様に唖然とした表情を見せていた。


「俺も納得した上でだと思っていたが、違うのか。俺は、お前が将来、魔導鬼にでもなりたいのかと思っていたぞ」

「魔導鬼とはなんでしょうか」

「かなりの戦闘力を持つ魔導のモンスターだな。デップリとしていて酷く醜悪ではあるが、その魔導力はかなり高い。魔王軍との戦闘には役に立つな」


ネルダルとタナウスは顔を見合わせ、ウンウンと頷きを落とした。

二人の様子に、シルフィナは顔を真っ青にさせる。


「そんな・・。お父様が・・」


俯いてガタガタと体を震わせたシルフィナの瞳に、ジワリと涙が溢れて来た。

アシュアが心配そうに見つめるが、シルフィナはショックで顔が上げられない。


その時、静かに話を聞いていたマギルスが、スッと自分のお皿をシルフィナに差し出した。

どうやら自分のストレス解消のおもちゃとして、魔導鬼になる応援をしたい様だ。


「マギト、それは要らない。自分で食べるんだ」


ルシエルの言葉に、マギルスは残念そうな表情をしながら皿を自分の元へと戻す。


「あのね、シルフィナさん。タナー達はそう言うけど、ルベレント伯爵はシルフィナさんを魔導鬼にする気は無いよ」


ルシエルの言葉に、シルフィナは顔を上げた。

涙で濡れた瞳が痛々しい。

自身が知らぬ間に、ここまで太らされてしまったシルフィナ。それは、薬によって太らざるを得なかった鮎子の悲しさとダブって見える。

なんとか泣き止んで欲しいと、言葉を続けた。


「あのね、ザガリルが言っていたんだけどね。シルフィナさんは、ルベレント伯爵の血を引いているから魔力がそこそこ高いんだって。それに加えて、食事の量が多い。だけど、普段の生活では体内にあるエネルギーを殆ど発散させる事が無い。その為、ドンドンと生産されてしまっている魔力が体内で行き場を失い、それが魔力溜まりとなって蓄積されてしまっているんだって」

「魔力溜まり・・」

「うん。その体は脂肪も多いけど、殆どが魔力溜まりが蓄積している状態なんだって。本来なら、放置しておけば魔導鬼になってしまう。でもルベレント伯爵がキチンと制御をしているから、変幻する事なく居られるらしいよ」

「それならば、私はいつ変幻してもおかしくない状態という事なのですね。そんなの、酷い・・」


ますます泣き出してしまったシルフィナに、慌ててルシエルが補足する。


「だから、どれだけ食べても変幻しない様に術を施してあるから平気なんだって言ってたよ。ルベレント伯爵が、何故そんなに沢山の量の食事をさせているのかは分からないけど、かなり強固な術だから、第一小隊位の力が無いと解けないらしいよ」


シルフィナはユルユルと首を振る。

自分がそんな恐ろしい魔物になってしまいそうなのに、父は何も言ってはくれなかった。信頼していた父に裏切られたのだと、涙を流し続けた。

ルシエルは、シルフィナを諭す様に口を開く。


「第二小隊でも解けない位の術を、第三小隊のルベレント伯爵がかけたんだよ。絶対に魔導鬼になんてしたいと思っていない筈だよ」


第一小隊位の力が無いと解けない程の強固な術の構築。それを第三小隊のルベレントが施したのだから、奴の本気度が分かる。

死んでも娘は守ると言う気迫と気力でなんとかしたのだろう。


ハッとしたシルフィナは、ルシエルを見る。

ルシエルの瞳は、確信を持った自信のある瞳である。チラリとタナウス達を見ると、二人も頷きを落とした。


「我らでも解けないほどの術だ。一歩間違えれば、ルーベンが死んでいたな」

「その危険を冒してまで、お前を護ろうとしたんだ。まあ信じてやっても良いんじゃないか?ただ、何故そこまでして食事を摂らせ続けたのかは分からんがな」


馬鹿の考える事は分からんと、二人は首を左右に振りながら食事に視線を戻した。


「あ、あの」


恐る恐る声を上げたのは、マフィダムであった。

マギルス達の顔に変化が無いことを確認すると、スッと視線をシルフィナに移す。


「ルベレントの友として、一応は彼の行動の釈明をしたい。彼は、君をとても愛しているから食事をさせているのだと」

「ですが、私の体はとても危険です」

「話を聞いていると、恐らくルベレントは、軍隊員用の食事の摂取をさせている様ですね。それは確かに一般人なら多過ぎる量なのでやめた方が良いと思います。ただ、食事をすると言う事は、我ら第三小隊にとっては、何よりも幸福な事なのです」


マフィダムの言葉に、全員が不思議そうな顔を見せる。

食べる行為は、誰にとっても幸せな事であろう。

この世には、食べられない者もいるのだから、食べられると言う事だけでも、この上なく幸せな事に間違いはない。

だが、仮にもザガリル軍に所属しているような者が、食事に感謝をするだろうか。

黙っていても周りがせっせと食事を用意するくらいの立場の者の発言とは思えない。


「なんだ。お前は食事も出来ないほどだったのか?だが、ルーベンは違うだろう。奴の実家は公爵だ。食事に困った事など無いだろうからな」

「いいえ、違います。我らが食事をする事を幸せだと感じる様になったのは、第三小隊だったからです」


余計に意味が分からないと、タナウスはネルダルを見る。彼も全く分からない様である。


「どうして第三小隊だと、お食事する事が幸せになるのですか?」


やはり意味が分からなかったルシエルが尋ねてみた。チラリとマギルスを見たマフィダムは、少し答え辛そうに口を開く。


「我々第三小隊は、師匠にとって要らない者達だったからです」


ん?とルシエルの顔に疑問が浮かぶ。

いや。確かに第三小隊は、役に立たないと言う認識だったが、だからと言って彼らの食事を取り上げたり無くしたりする様な意地悪などした覚えはない。


何でもかんでも俺の所為にしようとするんじゃねえよと、笑顔の額に筋がはしる。

引き攣った笑顔のまま、ルシエルは尋ねた。


「それがどうして、お食事の事に関わって来るのですか?」

「皆さんはご承知かどうかは知りませんが、第三小隊が出来たのは、師匠の意思ではありませんでした。師匠は要らないと拒否していたのです。第三小隊として選ばれた頃の自分では、それが何故なのかは分かりませんでしたが、今の自分があの場にいたのなら、師匠と同じ判断をしていたと思います」



マフィダムは苦々しく思い出したくもないと思う程に辛かった過去を語り始めるのであった。


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