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25.マギルス君は知りたい


軍隊員達が領土に入って一ヶ月が経とうとしていた。


町の建設は、順調である。

今日は、ある程度の土地の造成が終わった事で、ファスターとその家族達が視察に招かれていた。


表向きはリオール家へのお披露目であるが、実際は普段この土地を見に来る事の無いザガリルの土地造成チェックである。


にこやかな笑顔でリオール家を迎え入れた軍隊員達であったが、内心穏やかでは無い。

いつ何処から師匠が来るか分からない。

ビクビクしながらも、リオール家の家族と仲良くならなくてはと、闘志を燃やす。


ルシエルがザガリルであると言う事は、第一小隊の者とマギルス、そしてルベレントとタナウス、ネルダルだけしか知らない。


教えてあげても良いかと思ったが、黙っている方が面白そうなので、ザガリルから口止めが入った。

知らぬが仏と言う状態である。


造成の終わった土地に、ルベレントがファスター達を案内して行く。

ルシエルは、タナウスの腕に抱かれたまま、造成のチェックをしていった。

流石に自分達の命が懸かっている事もあり、土地の造成はキチンとされていた。

まあ、これなら良いかと、ルシエルは呟く。


「このまま、サッサと次に移らせておけ」

「承知致しました」


タナウスは、了承の頷きを落とす。

今回、タナウスとネルダルは、この造成に携わってはいない。

ルシエルの体を守ると言う重大任務の為、ザガリルから免除されているのだ。

いつザガリルがルシエルの体から抜けるか分からない為、常に待機していなければならないからである。


そんなタナウスとネルダルを、事情を知らない第二、第三は羨ましそうに見つめる。

町の建設と言う、かなりの魔力を消費する仕事の免除だ。羨ましい限りである。

彼らには、タナウス達はリオール家の使用人の仕事があるからと説明された事もあり、リオール家と繋がりを持つと、師匠からの温情が受けられると言うルベレントの言葉に真実味が増した。


あまりリオール家と関わり合いを持つ時間が無い第二、第三は、是非ともこの機会に仲良くなりたいと、瞳を光らせていた。


案内が終わり、ファスターがルベレントと話をしているのを見たエミリアが、軍隊員達に声を掛けた。


「皆様、紅茶でも如何でしょうか」

「はい。是非ともお願い致します」


これは仲良くなるチャンスかもしれない。

軍隊員達は笑顔でエミリアについて歩き出した。


しかし、紅茶の配布に用意されたテーブルへと招かれた軍隊員達は唖然としてしまう。

並べられた紙のコップに紅茶を注いでいたのは、死神マギルスである。


軍隊員達は戸惑いを見せたが、それに気がつかないエミリアとロイド達は、お盆に紅茶を乗せて配り始めた。


手渡された紙コップを、軍隊員達は凝視する。


(これは飲めるものなのだろうか・・)


チラリと顔を上げた軍隊員達を、マギルスがジッと見つめている。


(俺が淹れてやった紅茶を飲まないの?)


無言の重圧が、彼らを襲う。


直ぐに視線を外した第二、第三は、チラリと第一小隊へと視線を移した。

これを上手く断ってくれるとしたら、第一だけなのだ。祈るような気持ちで見つめるが、彼らもマギルスの威圧を前に、切り出す事が出来ないようである。

彼らもまた、紙コップを片手に固まり続けていた。


(なんでヒョコヒョコと紅茶を飲みに来てしまったのだろうか・・)


第二小隊を纏める立場にある第二小隊長ラファレイドは、心の中で溜息を零した。


チラリと見たネルダルとタナウスは、御愁傷様!と視線を逸らす。

助けてくれる気はサラサラ無いようである。

彼らにリオール家の息子二人が紙コップを渡そうとしたが、タナウスは腕で眠っている小さな天使を理由に、ネルダルは使用人である事を理由に断っていた。


(お前達、ズルイだろ!)


思わず背中に背負う大剣を振り回しそうになる。

あんな可愛い子供の世話をするだけで、命の危険から回避出来るのなら、是非自分が変わりたい。

いや、変われ!


瞳で話し掛けるが、タナウスとネルダルは小さく笑って背を見せた。


(変わるわけないよな・・)


ハァッと溜息をついたラファレイドは、手元に視線を戻した。

マギルスがジッと見つめ続けている為、手渡されてしまった紅茶を飲まない訳にはいかない。誰か一人でも飲めば満足してくれるだろうと、辺りを見回してみるが、考える事は皆一緒の様である。

早く飲めと、目と目で押し付けあっていた。


「皆様、紅茶は沢山御座いますので、お代わりなど遠慮なく申し付けて下さいね」


美しいエミリアに微笑まれ、ハハッと笑顔を返した軍隊員達だったが、恐ろしくて手が動かない。

そんな軍隊員達に痺れを切らしたマギルスが告げる。


「飲め・・」


これは拒否不可の絶対命令である。

ってか、あれだけの威圧を向けてくると言う事は、やはりこの紅茶は飲めない物なのではないだろうか。

ラファレイドは、震える手に持つコップを見つめる。

ゆらゆらとコップの中で揺れる紅茶は、香りと色に怪しい所はない。


そう言えば、あの師匠が少し優しくなったと聞いた。信じられない事ではあるが、第一小隊の遅刻が許されたらしいので、それは真実なのであろう。

それならば、マギルス様だって少しくらいは変わったのかもしれない。

こうなったら破れかぶれ、運を天に任す!


ラファレイドが視線を上げると、同じ様に覚悟を決めた軍隊員達が頷きを落とし合った。

全員が意を決し、グッと紅茶を口に含んだ、その時だった。


「マギト。この葉っぱは何に使ったの?」


机の上に置いてあった見慣れない草が気になり、アシュアがヒョイと持ち上げた。

葉っぱが千切られており、何かに使った後の様だ。

それを見たマギルスが答える。


「紅茶の隠し味に・・」

「「「ブウゥゥーッ!!!!」」」


一斉に軍隊員達が口に含ませていた紅茶を吐き出した。アシュアが持ち上げた草は、無味無臭、即効性の強力な毒を持つ草である。


(やっぱり、この人は変わってない!)


軍隊員達は、魔力で水を出すと慌てて口をゆすぐ。

そして自身に解毒及び回復魔法をかけた。

全員が全員、紅茶に警戒していた事もあり、直ぐに飲み込まず、少量しか口に含まなかった事が功を奏した。

何とかみんな無事のようである。


「マ、マギルス様。我らには、師匠から任された仕事が残っておりますので、ここで毒殺されるのは困ります」


ヌディカリルが代表してマギルスに告げる。

誰か一人位は飲むかなぁとか思っていたマギルスは、ヌディカリルを睨み付ける。


(この俺が淹れてやったのに、何故吐き出した?呑み込めよ)


マギルスの瞳が雄弁に語る。

軍隊員達が手に持つ紙コップには、まだ紅茶が残っている。チラリと紙コップを見たマギルスは、再び視線を上げる。


(飲め・・)


またしても無言の圧力が軍隊員達を襲う。

毒の入っている紅茶など絶対に飲みたくない。

飲んだら最後、死ぬしかない。


皆が考えるのは、どうやったらこの紅茶を飲まなくても済むかである。

なかなか上手い案が浮かんでこない軍隊員達の顔がマギルスの威圧で徐々に青くなっていく。


そんな中、とても態とらしいハウリルラの声が響く。


「あっ、駄目だよ、紅蓮。ああぁー」


大きく広げた紅蓮の翼が、ハウリルラのコップを落下させる。

バシャッと地に広がった紅茶に、ハウリルラが残念そうな表情を向ける。


「悪戯っ子ですね、紅蓮は」


その声は何処か優しい。

第一小隊の視線がハウリルラに向けられた。


(お前、一人だけ助かろうとしやがって!)


向けられた瞳の意味を理解しても、ハウリルラは涼しい表情で顔を逸らすだけである。

そんな中、チカリダは紅蓮の顔を見つめた。

そして懐から、何かあった時用の生け贄である、プラチナの延べ棒をチラリと見せる。


(これをやるから頼む!)

(チッ。宝石も付けろよ)


多分こいつならこう言っているんだろうなと視線の意味を読み取ったチカリダは、了承の頷きを落とす。

チカリダと紅蓮に、小さな友情が芽生えた瞬間でもあった。


直後、チカリダの手にあるコップに、紅蓮の長い尻尾がバシッと当たる。

チカリダのコップも勢い良く地へと落ちた。


「あぁ。このクソドラゴン。何をするんだ」


言葉だけなら悪態混じりではあるが、棒読みである。


これは酷い猿芝居だ。

いくらマギルスとはいえ、これには気がつくだろう。


他の軍隊員達の瞳がマギルスに向けられたが、マギルスは気にした様子がない。

紅蓮のイタズラなら仕方がないかと視線を戻し、他の軍隊員達を見つめ返して来る。


(嘘だろ?)


軍隊員達は納得のいかない顔で俯いた。


いくら待っても飲もうとしない軍隊員達を見て、痺れを切らしたマギルスは魔法を使う。

軍隊員達はその場に固定され、手に持つコップがグイグイと口元に運ばれていく。


(死ぬ!これは間違いなく死ぬ!)


必死に抵抗してみるが、マギルスの魔力の前では無意味である。

毒薬まであと少しと言う時だった。


「そこまでにしておけ、マギルス」


上空から聞こえて来た声に、マギルスがピタリと魔力を止めた。


魔王よりも魔王らしい・・いや、今回ばかりは神よりも神にしか見えない師匠ザガリルの登場である。


マギルスが飲み物を用意しているのを見たザガリルは、タナウスの腕の中にルシエルの体を残したまま、魂の瞬間移動を使って自分の体を取りに行った。

ルシエルの姿では、軍隊員達の前でマギルスを止める事が出来ないからである。

ザガリルとルシエルの体の距離があまり離れていなければ、こうして移動する事も可能で助かった。


ザガリルの魔力が辺りに広がり、全ての紅茶が回収、消去された。

眉間に皺を寄せたザガリルは、マギルスを睨む。


「間違ってリオール家の者が飲んだらどうするつもりだ、マギルス!」


本気の怒りを見せたザガリルに、マギルスは首を振る。


「結界を張ってあるから飲めない」


一応は、マギルスもその点にだけは注意したようである。ザガリルはため息をつく。


「コイツらに飲ませるのも、少しの間自重しろ。殺るなら、町が完成してからだ」


マギルスは素直に頷きを落とした。

ザガリルの魔力で回収されなかった、自身の手に持つ紙コップをスッと差し出す。

ザガリルはそれを受け取ると普通に飲んだ。


これが、マギルスが軍隊員達に毒薬を飲ませようとする理由だった。

ザガリルやマギルスの様に魔力が高すぎると、体内に入った瞬間に毒は打ち消されてしまうのだ。


まだザガリル軍が城に出入りしていた頃、パーティ会場で毒薬騒ぎがあった。

マギルスは初めて毒薬という物の存在を知る。

飲むと死ぬと聞いて、試しに飲んでみたが、自分では全く効果が出ない。

仕方無しにザガリルに飲ませてみたが、こちらも異常は見受けられなかった。

という事で、軍隊員に試しに飲ませてみようとしたのだが、本能で自身の命の危険を感じ取った軍隊員達は、何かしらの理由をつけて飲んでくれない。


軍隊員以外に飲ませるのは、ナディアから頼まれたザガリルによって禁止されてしまった為、出来なくなってしまった。

そんな事もあり、マギルスが毒薬に興味を向けて八百年以上が経っているが、未だ成功した事はない。


残念そうに茶器を片付けるマギルスを横目に、ザガリルは辺りを見回す。

土地の造成は先ほどチェック済みだ。


「このまま作業を続けろ。完成は予定通り二ヶ月半後だ」


この町が出来るのは、二ヶ月半後。

父や母、そして兄達や姉が思い描いたリオール家の町が出来る。


ザガリルは家族達に視線を移す。

マギルスの行動に、少々面食らっていたリオール家だったが、ザガリルの登場に穏やかな笑みを浮かべている。


「二ヶ月半後が楽しみだな」


ザガリルの言葉に、リオール家は大きく頷きを返すのであった。


今回の話は、物語的にはあまり意味のない話ですが、ラファレイドが出て来ました。

第二小隊隊長の大剣使いです。

これからもチョコチョコ名前が出て来ます。


ちなみに話には出て来ていませんが、第一はフォガントが隊長です・・。

忘れ去られた設定になってしまってます

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