24.町の作り方
空中散歩を楽しむザガリル達は、ようやく目星を付けていた場所へと到着をした。
第二、第三小隊が散らばり、大体の大きさや位置などを確認していく。
「ファスター殿。あの辺に訓練所を作って、ここには博物館、そしてあそこに立っている隊員の位置には・・」
ザガリルからの説明に、ルベレントから手渡された全体の予想図を見ながらファスターは頷きを落としていく。
予想図は、一つの町としての図となっていた。
(こんなに大きな町を・・)
唖然としながらも、ザガリルに対して何も言う事はできず、了承だけしていく。
「大抵の建物や道路などはこちらで用意する。あの馬鹿どもの訓練にもなるしな。だが、作ってからはファスター殿にお任せしたい。その辺は、ルベレントと相談しながらやっておいてくれ」
「えっ!この全ての建物をですか?」
「ああ。建物を建てる事については、アイツらでもさほど問題では無い。手抜きがあったら報告してくれ。担当した奴を処分する」
ザガリルはそう言い残すと、ファスターから離れて軍隊員の方へと行ってしまった。
戸惑いを見せるファスターに、ルベレントが近寄った。
「師匠は、軍隊員達の修行をメインに考えている様です。土地の造成や、建物を作ると言う作業の全てを、魔力を使ってやらせるのですよ。それはとても良い特訓になるのです」
「そうなのですか?」
「ええ。緻密な魔力構成と、大きな魔力を必要としますからね。ですが、建物を建てた後の使い道はありませんので、ファスター殿に丸投げとなってしまいますが・・」
「皆様がお造り下さった町を、私に預けて頂けるなど光栄です」
緻密な魔力構成と言われても、魔力を有していないファスターにはピンと来ない。
そんなファスターの元に、ザガリルが戻って来た。
「ファスター殿。あの少し離れた森の場所に軍隊員の保養所兼宿泊施設を作る事になっているが、場所は大丈夫か?他の場所が良いならそうするが」
「はい。問題はありません」
「そうか。それなら今、先にそれだけ作っておこう」
「えっ?」
キョトンとしたファスターの目の前で、ザガリルが指示を出す。
「邪魔だ、退け!」
慌てて軍隊員達が場所を空けると、ザガリルは魔力を高める。
「これくらいか?」
フワッと放たれた魔力は、保養所の予定地に到達したと同時に、ズウーンと地響きを起こした。
木々や草で覆い尽くされていた土地は、あっと言う間に丸裸の整地された土地へと変わる。
「よし。あとはこれだな」
ザガリルは、掌に出した魔力の塊に向かって呪文を唱え構築していく。
出来上がった塊を整地へと放ち、そして魔力を放出させた。
「ほれ、出来上がり」
右手を下から上へと上げたと同時に、整地から大きな爆音と共に六階建ての大きな洋館風の建物が姿を現した。
その出来を見て、ザガリルは満足の頷きを落とす。
「まあまあと言った所か。おい、ルーベン。内装などは、お前が割り振って適当にやらせておけ。最上階は俺の部屋だ」
「承知致しました」
「さて、ファスター殿。ソロソロ屋敷に戻るとしようか・・。ファスター殿?」
あんぐりと口を開けたまま建物を見つめているファスターに、ザガリルは首を傾げる。
建物が気に入らなかったのだろうか。
確かに六階建てともなると、景観的に良く無かったかもしれない。
「図面には六階建てと記してあったと思うが、やはり景観的にはもう少し低い方が良かっただろうか」
ザガリルの言葉に、ファスターは慌てて首を振る。
「と、とても美しい建物だと思います」
「そうか。それなら良かった」
フゥッと吐息を落としたザガリルに、ハウリルラが慌てた様子で近付く。
「師匠!あの外壁の素材は何なのですか?初めて見た素材です!」
目をキラキラさせながら寄って来たハウリルラに、鬱陶しそうな顔でザガリルが答える。
「コンクリートだ。木造より、鉄筋コンクリートの方が、頑丈だからな」
「鉄筋コンクリートと言うのは?」
「鉄骨で梁や柱などを作ってある。それに鉄筋を配筋してコンクリートを打ち込んだ物だ。あとは自分で透視して見ろ。説明が面倒だ」
ザガリルは掌に、コンクリートのブロックを出す。
「物質が知りたければ、これでも調べろ」
「ありがとうございます、師匠!」
ハウリルラはニコニコとした笑顔でそれを受け取る。
また未知なる物を手に入れた。
学者魂に火が灯る。
ふと思い出したザガリルは、第一小隊に視線を移した。
「そう言えば、お前達が作る建物は主要となる物ばかりだったな。第一は全員、鉄筋コンクリートを使え」
「承知致しました」
ご機嫌なハウリルラは安請け合いをする。
周りにいた他の四人の顔は青褪めていた。
よく分からないコンクリートとか言う物質で建物を作るなど、完成の期限が決まっている状況で冗談では無い。
しかし、ハウリルラが了承の返答をしてしまった為、それは決定事項となってしまった。
師匠相手に取り消して欲しいなどと言える訳もなく、出来なければ殺されるのだ。
お前、ふざけるなよ!と視線を送るが、ハウリルラは全く気に留めていない。
出来ないお前達が馬鹿なのだと、逆に小馬鹿にした笑みを送り返した。
これといい、紅蓮の事と言い、なんとも言えないハウリルラの性格に、四人の眉間に皺が寄った。
そんな四人組を突如として後方から火炎攻撃が襲う。
「グアッ!」
慌てて壁を張り、傷付いた体の修復を図る。
そんな彼らが振り向いた先にいたのは、紅蓮である。
「このクソドラゴン!我らに向かって攻撃するとは!」
「どうやら死にたいようだな!」
怒りを見せた四人組にフッと小馬鹿にした笑みを見せた紅蓮は、パタパタと飛んで背を向けるザガリルの肩の上に乗る。
ザガリルという絶対的な防御壁を手に入れた紅蓮は、やれるものならやってみろ!と尻尾を揺らし挑発的な態度をみせる。
この野郎!と魔力を出した四人組を見たハウリルラが、追撃を加えた。
「師匠!可愛い紅蓮を、彼らが攻撃しようとしています」
はあ?と振り向いたザガリルは、第一小隊を見る。
四人は慌てて魔力を消し去り表情を元に戻したが、一歩遅かった。
「お前達、マギルスに殺されたいのか?」
四人組はウグッと言葉に詰まり下を向いた。
それと言うのも、ここ最近のマギルスはとても機嫌が良い。ストレスが発散され、久し振りに心の底からスッキリとしたからである。
そんな事もあり、マギルスは紅蓮との再戦をかなり楽しみにする様になった。
という事で、早く魔力を戻して欲しいマギルスは、紅蓮に少々甘くなる。
その立場を利用し、紅蓮は第一小隊を揶揄いながら生活している。彼らの持つ貴金属や宝石は、次々と紅蓮に奪われていった。
チカリダの溜めた貴金属、ディレイルが女性の為に用意した宝飾品、ヌディカリルやフォガントが魔法力増強の為に杖や剣に施してある宝石などなど。
例え上げたらキリがない程である。
逆らえば、紅蓮はマギルスの元にチクリに行く。
早く元に戻って欲しいマギルスは、直々に無言の圧力を掛けに行き、紅蓮の好きにさせている。
ハウリルラは、そんな紅蓮のデーターを細やかに調べ上げ、学者魂を満たしていた。
ちなみに紅蓮の中でハウリルラは、自身の欲求を満たす為に必要な存在であると認識されている。
ハウリルラに敵意を向けた他の四人組に攻撃を仕掛けたのは、その所為である。
小さくなった紅蓮は、強欲な部分が割と抑えられる。その分、性格に難が出て来るのだが、それも小説通りである為、ザガリルは満足げである。
紅蓮が言う事を聞く存在であるザガリルとマギルスがこの調子の為、傍若無人な紅蓮の態度は改善されない。最近これが軍隊員達の大きな悩みである事は言うまでも無い。
大体の事が終わったザガリル達は、屋敷へと戻って行き、そこで解散となった。
その後、軍隊員達は、今まで住処としていた所を離れ、ルベレントが急遽手配した内装が終わった保養所へとお引越しして来た。
その頃には、ザガリル軍があの何も無い領地に集結し、何かをやっているらしいと言う噂は、街でも広がりつつあった。
しかし、第一が施した結界の為、軍隊員達以外はそこに近付く事すら出来ない。
世界中の人々の関心が、あの長閑なだけの領地に向けられ続けていた。
◇◆◇◆◇
今日も沢山の手紙を前に、エミリアはせっせと仕分けをしていた。
自分宛の手紙の殆どは、お茶会へのお誘いである。
今まで誘われた事がない位の上の立場の方達からも次々とお誘いが舞い込む。
ザガリル軍が、領地で一体何をしているのか。
それを聞き出す為のお誘いである。
あの町の完成までは、周囲には黙っているようにとザガリルに言われた事もあり、リオール家は口を閉ざし続けている。
『ザガリル様から、口を閉ざす様に言われている』と言う断り文句を使うようにとルベレント伯爵から言われている為、子供達も含め全員それに従い、情報開示をしないようにしている。
今日も一日、お茶会欠席のお詫びの手紙を書くだけで終わりそうだ。
ため息混じりに手紙を振り分けていたエミリアの手が、ピタリと止まる。
ファスター宛の手紙の中に、見慣れた家紋の封蝋を見たのだ。
エミリアは、震える手でその手紙を持った。
間違いない。
これはエミリアの父、マザナレッカ伯爵からの手紙である。
(今頃、ファスターに手紙を出してくるなんて・・)
悔しさから、エミリアは唇を噛み締める。
この領地が借金まみれとなって困った時、エミリアは藁にもすがる思いで父に手紙を出していた。
【ファスターを助けて欲しい】
父の反対を押し切って結婚をしてから、初めて出した手紙だった。
父に頼めるような立場に無いとは分かっていた。しかし、顔色悪く倒れそうになりながらも、必死に領地や領民の為にと奮闘するファスターを見て、何度も置いたペンを持ち、震える手で認めた手紙だったのだ。
しかし、いくら待っても返信が来る事はなかった。
拒否する手紙すら届く事がなかったのに、ザガリル軍がこの土地にいると聞いただけで手紙を送ってくる。
自分の父の浅ましさに、エミリアは手紙を持つ手に力が入った。
こんな手紙をファスターに渡したく無い。
彼は今、領地に訪れた幸運を逃さないように、必死に取り組んでいる。
余計な心労を与えたく無い。
しかし、エミリアがファスター宛の手紙を勝手に開く事は出来ない。
エミリアは手紙を持って歩き出すと、普段使われていない棚の引き出しの奥に、その手紙を仕舞い込んだ。
グッと力を込めて閉めた引き出しを、暗い瞳でいつまでも見つめ続けた。




