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21.ファスターの悩み

リビングのソファーに座って、家族のいない時間を潰しているルシエルの顔は、不機嫌な様を表していた。


カエル男が家に来た時のルシエルの出番が、男の手の甲にカエルを置いただけしか無かったからでは無い。


理由は、父であるファスターだった。


最近のファスターは、常に考え事をしていて、うわの空である。

借金の問題は解決した筈なのにと、ネルダル達も不思議そうな顔を見せる。


ルベレントが手を回し、借金の借用書を取り返したまでは良かった。

しかし、それを聞いたファスターは、どうやって取り返したのかをルベレントに直接尋ねに行ったのだ。


普通に取り上げただけだと言えないルベレントは、軍隊員への不敬罪でクレーグが捕まった事。

そして、彼の財産は全て国が没収した事を告げた。


しかしそうなると、ファスターの借金は国に対してとなってしまうのだ。

国への忠誠心の高いファスターは、一刻も早く返さねばならないと思いつめた顔になってしまった。

そんなファスターを見て、ルベレントは焦った。


ファスターの借用書は、本当はルベレントが持っているのだ。リオール家の借金は全て綺麗さっぱり無くなったよ。と告げたいが為に、悪手を打ってしまう。


「安心して下さい。貴方の借金は、師匠であるザガリルが、全て支払いを済ませました。軍隊員達を預かって貰っている事への感謝。そして、あの美しい領土を残したいと言う師匠の御心です。このまま素直に受け取って下さいね」

「ザガリル様が・・」


真っ青な顔で口を閉じたファスターは、そのまま家に帰って来ると、その日から塞ぎ込んでしまったのである。


「何が悪かったんだ?俺が払ったって事にしたんだから、もう借金は無いだろ?あとは領地改革を進めて行くだけだと思うんだけどな・・」


ルシエルは首を傾げる。

これで、この領地の借金問題は綺麗さっぱり消え失せた筈なのだ。


今回、ルベレントが立て替えたとしなかった理由は、ネルダルから入った報告で、ファスターがルベレントにお金を借りる事に最後まで悩んでいたと言う話があったからだ。


そこでルベレントは、この事に自分は一切関係なく、傍若無人な師匠の勝手な行動としてしまおうとしたのだ。何処にいるのかも分からない師匠が相手なら、ファスターが返済したくても出来ないと考えたのだ。


大体において、ザガリルの資産から考えると、たかが一億ちょっとの金など、減ったのかも分からない程度の額である。実際に支払ったとしても大した事では無いのだ。


みんなハッピーの筈なのに、ファスターが見せるどん底に叩き落とされたかのような落ち込みには、一般人の感覚の無いザガリルや軍隊員達は揃って首を傾げるしか無い。


「もしかしたら、師匠が知らない何か別の問題があるのでは無いですか?」

「別の問題?」

「はい。別の借金や、揉め事などがあるのでは無いでしょうか」


ネルダルの言葉に、ルシエルは腕を組んで考える。

この家に借金がある事は知っていたが、まだ幼少期であるルシエルにはお金の話をしてくれない。

ルベレントが調べた情報では、あのケロッグ?とか言う名前の金貸しに借金は一本化されていると聞いていたのだが、他にもあったのであろうか。

他の揉め事と言うのも聞いた事は無いが、あったとしても、ルシエルでは聞き出す事は不可能である。


ネルダルとタナウスを使って聞き出そうかとも思ったが、第二小隊という立場の二人に、ファスターは態度には出さなくても遠慮がちになってしまった。

ファスターがこれだけ悩む程の相談を、この二人にはしないであろう。

マギルスは・・こう言う事には役に立たないので、考えるだけ無駄である。


「困ったな・・。この体では、何が起こっているのか把握出来ない。ルーベンを呼び出したいが、アイツは事後処理で国王に呼び出されているから、来られないしなぁ」


フゥッと溜息をついたルシエルは、玄関から入って来たばかりの一人の気を感じ取った。


「あっ!ロイド兄様が帰って来た」


大好きな兄の気配を感じ取ったルシエルに笑顔が戻る。


そして、彼の存在を認識したと同時に、彼の置かれている立場を思い出した。

長男であるロイドは、この家の跡取りとして育てられている。

父ファスターは、戦いに身を置いている事もあり、いつ何があってもいいようにと、跡継ぎであるロイドにだけは、簡単ではあるがこの家の状況や情報を話しているのだ。


「そうか!ロイド兄様なら何か分かるかも知れない。ネルダル、聞き出してみろ」

「承知致しました」

「俺はお昼寝しちゃった事にしよう」


子供であるルシエルが居たら、ロイドは話をしないかも知れない。という事で、ソファーに横になり、薄い肌掛け布団を掛けると狸寝入りを始めた。


暫くすると、リビングにロイドが入って来た。


「ただいま・・っと。ルーシェは寝ちゃったんですね」


慌てて声を抑えたロイドは、頷きを返したネルダル達を緊張した眼差しで見つめた。


ひと月ほど前にこの家に来たネルとタナーは、なんとあのザガリル軍に所属しており、しかも第二小隊の方達だったと、父から聞いた。

そんな方達にルーシェの世話をさせていて本当に良いのかと尋ねたが、本人達が今まで通りが良いと希望しているらしく、そのままルーシェの世話と使用人としてこの家にいる。

そんな二人の立場を聞いているロイドに、緊張するなと言う方が無理である。


この事を知らないマイロとアシュアが普通に話し掛けているのを見て、何度ヒヤヒヤしたか分からない。

ルーシェに至っては、知っている筈なのに態度が全く変わらない。もしかしたら第二小隊と言う物を理解していないのかもしれない。


「ロイド様も、少しご休憩なさってはいかがでしょう」


ネルダルの言葉に、マギルスが立ち上がり紅茶を淹れに行く。折角のお誘いを断る訳には行かないロイドは、頷きを返すとソファーに座った。


「今日は、お早いお帰りだったのですね」

「はい。今日は学校の行事がお昼過ぎまでだったのです。ですので、家に帰ってルーシェと遊ぼうかと」


ロイドは、ソファーで眠るルシエルに視線を移す。

まだ小さい弟の面倒を見るようにと、父から言われている事もあるが、この二人に弟の世話をさせていると言う事が、気になってしまって仕方がないのだ。

その為、時間が取れたら取れるだけ自分が見なくてはと、急いで帰ってきたのである。


そんなロイドの前に、マギルスが紅茶を置いた。


「ありがとう、マギト」


お礼を告げると、コクリと頷いてマギルスもソファーに座る。

最近のマギルスは、ポットを使って紅茶を淹れる事に慣れてきた。意外と楽しんでいる様で、頼まなくても淹れに行ってくれる。

紅茶に口を付けたロイドに、ネルダルがすかさず話し掛けた。


「ロイド様。唐突ではありますが、最近のファスター殿の事についてお聞きしたい事があります」

「父の事ですか?」

「ええ。最近のファスター殿は、何か悩んでいらっしゃる様に思えます。何かご存知ですか?」


遠回しに聞き出すと言う事を知らないネルダルは、直球で尋ねる。


確かに父は悩みを持っているが、その事をこの二人に話してしまって良いのかとロイドは悩んだ。

しかし、第二小隊の方から聞かれて答えない訳にもいかない。どうしようかと戸惑いを見せたロイドに、ネルダルが優しく問い掛ける。


「私達ではお力になれませんでしょうか」

「いいえ!そんな事はありません」


ロイドは、慌てて首を振った。

父の悩みは、二人に気にして貰う様な物ではない。

しかし、事情を知らないと言う事が、この二人に気を使わせてしまっている様である。


「お二人に気にして頂くような事では無いのです。これは、リオール家の・・いえ。父の気持ちの問題でして」

「ファスター殿の?」

「はい。この家に借金があったのは、お二方もご存知かと思います」

「ええ。ですが、それは全て師匠が清算したと聞いていますが?」

「はい。それが父の悩みなのです」


何で?と、ネルダル達は首を傾げる。

借金が無くなった事が何で悩みになるのか分からない。


「それは、師匠が余計な事をしたと言う事なのでしょうか」

「いいえ!それは違います。この家の借金を返済して頂き、お救い下さいました事は、本当に感謝しております。ただ、それを返して下さったのが、あの伝説の英雄ザガリル様だと言う事が・・」


ロイドは口籠もる。

一ヶ月以内に借金を全額返せと言われても、この家にそんな資金はない。

助けて頂いた事には本当に感謝しているのだが、この世界の伝説の英雄に肩代わりして貰ったと言う事が、ファスターにとってとても大きな悩みとなっていた。


「父は昔から、伝説の英雄ザガリル様に憧れと尊敬の心を持っておりました。私が幼き頃、ベッドで語られる話は、全て父が調べたザガリル様のご活躍のお話だったくらいです。勿論、私も憧れと尊敬の心を持っております。そんな方に、この家の借金を返済して頂いたと言う事が辛いのです」


ロイドの話を聞いていたルシエルは、そう言う事だったのかとようやく納得をした。


父ファスターの年齢は四百五十三歳。

ザガリルがこの世界から姿を消して二百年近く経ってから産まれたのだ。沢山の書物や人々から語られる英雄に、憧れの気持ちを持ってもおかしくない。


長年憧れていた人物に、一億以上の借金を押し付けてしまったと言う罪悪感に苛まれていたのだ。


さて、どうするかな〜と狸寝入りを続けるルシエルの横では、馬鹿な弟子達が未だに理解出来ずに首を傾げ続ける。


「えっと・・。師匠を尊敬しているのは分かりましたが、それが何故悩みになるのですか?」

「師匠に借金を返して貰ったと言う、恩や関わり合いを持ちたく無かったと言う事ですか?」


ネルダルとタナウスは、ロイドの話がサッパリ理解出来ない。

師匠が勝手に返済してくれたのだから、ラッキーだったな。で終わる話なのでは無いのだろうか。

師匠に対しての尊敬の心なら、自分達も持っている。

しかし、もし自分達の借金を師匠が返してくれたとしたら、ありがとうございますで終わる話なのだ。


「えっと・・。そうではなくて・・。あれ?なんて伝えれば分かって頂けるのか・・」


まさかここまで話して分かって貰えないとは思っていなかったロイドは、焦りを見せる。

自分の説明が分かり難かったのかと考えてみるが、あれ以上に何と伝えれば良いのか分からない。


戸惑いを見せるロイドを見て、ルシエルが狸寝入りをやめて体を起こした。

眠く無い目を、わざとらしく擦ってみせる。


「あれ?ルーシェ。もう起きちゃったの?ごめんね。煩かった?」

「平気。兄様、もう帰って来たの?今日はずっとルシエルと遊んでくれる?」

「うーん。学校の課題があるから、それを済ませてからでもいい?そうしたら、ずっと遊べるよ」

「うん!早く課題を終わらせて来て。ルシエルはマギト達と遊んで待っているから」

「分かった。お話の途中で申し訳御座いませんが、この話はまたの機会にさせて下さい。ルーシェをお願いします」


ルシエルが起きてしまった以上、この話を続ける事はできない。

了承の頷きを返して来たネルダル達を見て、ペコリと頭を下げたロイドは、部屋を後にしていった。


ロイドが出て行った部屋では、ルシエルがまたしても腕を組んで悩み始める。

それを見たネルダルとタナウスは顔を見合わせた。


「結局、ファスター殿の悩みって何だったんだ?」

「さあ・・」


首を傾げ合う二人を見たルシエルは溜息を落とした。しかし、よくよく考えてみたら、昔は自分も二人と同じだったかもしれない。

日本人に転生しなければ、他人に対して申し訳ないとか、悪い事をしてしまったなとか感じる心は分からなかっただろう。


圧倒的な強さの前に弱さは要らなかった。

元から持っていなかったのか、途中で捨ててしまったのかは分からない心ではあるが、今はその気持ちが分かる分、昔よりはマシなのかもしれない。


さて、これで父の苦悩が分かった。

父は英雄として崇めるザガリルにお金を出して貰ったままなのが嫌なのだ。

本来なら今直ぐにでも返したいのだが、この家にお金はない。領地改革は始まったばかりで、出費はあっても収入が無い。

八方塞がりと言う奴である。


「何か、労せず収入を得る方法はないかなぁ」


ザガリルや軍隊員達の手を借りて稼いでも、問題は解決しない。

家族の力で稼いでこそ、この問題は解決するのだ。

しかし、子供の身で出来る事は限られている。

ルシエルが目立たず、頑張らなくても稼げる方法。

これは結構な難題である。


転生した日本からの情報や知識で何とかならないかと考えてみた。


お金を稼ぐとなると、お店などの経営となる。

しかし、こんな田舎に店を作っても買いに来る人はいない。だからと言って街に作っても、客が入るか分からないし、家族がバラバラの生活になりかねない。

この領土内で、何か稼げる物はないかと考えを巡らせていた。


「師匠、ルーベンに連絡を取りますか?」


黙ってルシエルを見つめていたネルダルは、自分達では理解出来ず、役に立たないと判断して告げる。


「ルーベンねぇ・・」


奴を動かしても、ザガリル軍に助けて貰ったと言う事が付いて回る。収入を得たとしても、父様の性格上遠慮するであろう。


考え込んでいたルシエルは、ふとルベレントが見せた表情を思い出してハッとした。


「そうか!これなら、労せず稼げる!」


ルシエルは構想を纏めると、直ぐにルベレントへと連絡を取らせた。

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