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2.天使の様な魔王様



・・・・・・っと言う夢を僕は見た。


いや、正確に言うと前世・・転生前の記憶である。


って、あれ?これってデジャブ?前にもこんな事思ったような?あの時は日本人だったんだっけ・・。


二つの前世の記憶再生は、かなりキツイ。

流石に記憶が混濁しているようだ。


二つの前世の記憶は、走馬灯のように一気に脳内を掛け巡った。


ザガリルの記憶がとにかく長い。

主だった記憶だけが流れるようにしてあるが、千年以上生きていた記憶の再生は、早送りボタンを連打したくなるほどの長さだ。

そして、ザガリルの記憶の大半は戦闘だ。

あまり精神的によろしく無い動画ばかりであった。


それに比べて六十三年しか無い日本人の記憶はとても興味深かった。特に漫画やアニメを見た記憶は、もっとゆっくり見たかった位だ。


残念ながら生きている間に終わらなかったアニメや漫画がある。あれの続きが気になってしまい、なんとか見られない物かと考えてしまう。


本来の力を使う事が出来るようになったら、本気で考えてみようと思う。



ボーッとする頭を押さえながら立ち上がった僕は、鏡の前に立つ。その姿は日本人で言う五歳位。

まだまだお子様な感じである。


年数的には二十五年が経っているが、この世界では幼児期の扱いだ。日本基準にすると、五年で一歳の年を取ると思った方が分かりやすいかもしれない。


美しいブロンドの髪に深緑色の瞳。目鼻立ちも良く整った顔立ちで愛らしい。

これはなかなか可愛らしい容姿に転生したものだ。


ザガリルは、赤髪に黒に近い紫の瞳で目つきの悪い悪人的な顔つきだったし、日本人の時は黒髪に黒色の瞳で、ブサイクでは無いにしてもカッコイイとまではいかない普通の顔だった。

それが今回は、まるで天使のように可愛い男の子だ。

平和な日本にいても、誘拐されるんじゃ無いかというレベルである。


二十五年と言う歳月で記憶が戻った事から、魔力への耐性もありそうだ。

とは言え、ザガリル本来の魔力を全て解放したら耐えきれないだろう。

たまに少し出して使うくらいが丁度良さそうだ。


という事で、魔力はそのまま体の奥底に抑え込んでおく事にした。


鏡に映る天使から視線を外して瞳を瞑る。

現世と前世の融合の儀である。

物凄い速さで頭の中が整理されていく。

パッと瞳を開けた僕は、目の前の鏡に映る天使を見た。


「ルシエル・ノーザン・リオール。男爵家の四人兄弟末っ子三男、二十五歳です」


ニコッと笑った僕はとても可愛い。

さて、状況は理解した所で、本来の目的を思う存分味わう事にしよう。


ルシエルは、小さな両手でドアノブを回すと部屋から出て行った。キョロキョロと辺りを見回しながら廊下を歩くが、誰もいない。


(父様は何処だろう・・。母様もいない)


シーンと静まり返る家の中が妙に寂しく感じてしまう。まるで、この世界には自分だけしかいなくなってしまったのではないかと恐怖心が湧き上がる。これが幼児特有の、ネガティブ思考なのかもしれない。


幼児期であるルシエルの思考が強い為、感情の制御が難しい。ジワッと込み上げてくる涙を拭いながら、廊下をトボトボと歩いて行く。


ふと顔を上げたルシエルは、窓の外に広がる畑を耕す父親の姿を捉えた。


「父様いた!」


ルシエルは、急いで駆け出した。

玄関から出て脇目も振らずに裏手へと回る。

そこには鍬を持って畑を耕す父の姿があった。


「父様!」

「ん?どうした、ルーシェ」

「お家に誰もいないから、寂しくなっちゃったの」

「ああ、そうだったのか。すまない、ルーシェ。エミリアは買い物に行ってしまったんだ」


父であるファスターは鍬を置き、濡れた瞳で駆け寄って来たルシエルを優しく抱き上げた。その大きくて逞しい体にルシエルはしっかりとしがみ付く。

どうやらルシエルがお昼寝をしている間に、母様は買い物に行ってしまったらしい。


(酷いよ、ママン。こんなに可愛い僕を置いて行くなんて)


母様にも甘えたかったが、取り敢えず今は父様に思いっきり甘えておこう。

幼児期万歳である。

大きな手で、何度も頭を優しく撫でて貰ったルシエルは、機嫌を良くする。


「父様。ルシエルもお仕事手伝う!」

「おお!ルーシェが手伝ってくれるのか。父様は嬉しいよ」


父様が笑うとルシエルも嬉しい。

ニッコリとした可愛い天使の微笑みを向けておいた。


父の手から降りたルシエルは、畑に生えている雑草をしゃがみ込んで抜き始める。

正直、これはなかなか面倒臭い。

こんなの魔力を使ってパパッと粉砕してしまった方が早いのだ。


しかし今は、魔法はまだ使えないとされる、幼児期二十五歳の可愛いルシエル君である。

この世界で魔法が使える様になるのは五十歳を過ぎてからなので、あと二十五年は我慢しなくてはならないのだ。ルシエルは、仕方無しに手で一つ一つ雑草を抜いて行く。


何故男爵家の裏庭に畑があって、それを男爵が耕しているのか。その答えは簡単である。

ルシエルの家が貧乏だからだ。

男爵とは名ばかりの没落寸前の状態である。


しかしルシエルには未来への不安は無い。

どうせ大きくなったらザガリルの魔力を解放して、邪魔な貴族を抹殺・・じゃ無くて排除・・したらマズイのか?

まあ兎に角、最強と言われたザガリルの魔力で荒稼ぎする事は可能であろう。

そうしたら父様と母様に楽をさせてあげられるのだ。


父様のお仕事が忙しくなっちゃうとつまらないから、今はこのまま我慢するとしよう。

ルシエルは小さくほくそ笑むと、大人しく雑草を取っていった。



◇◆◇◆◇



夕飯時になり、リオール家の家族が顔を合わせた。


まずは、父であるファスター・ノーザン・リオール。歳は四百五十三歳。

濃いブラウンの髪色に深緑色の瞳をしている。

とても大きな体をしており、魔法は全く使えないが、剣術はこの国で一、二を争うほどの実力者だ。ただ、魔法での戦闘が主なこの世界では、少々部が悪い。


次は、母であるエミリア・ノーザン・リオール。歳は四百十八歳。

美しい金髪で青色の瞳を持つ、とても美しい女性である。これだけ綺麗な顔立ちをしていたのなら、引く手数多であったであろう。恐らくルシエルの容姿は、この母から来ているのだと思う。

とても四人の子持ちには見えない美しさだ。

しかし、そんな母が選んだのは貧乏男爵である。

お金よりも愛をとった、女神のような女性だ。

ちなみに中級レベルの魔法を使える。


そうそう。二百歳を超えた人の外見計算方法は、十分の一で見ると楽だよ。

父は四十五歳、母は四十一歳位だ。


そして、長男であるロイド・ノーザン・リオール。 八十三歳。

ライトブラウンの髪色に青い瞳を持っている。

母親から魔力を受け継いだ事で、今は強化魔法学校三年生として通っている。


次は、第二子で長女のアシュア・ノーザン・リオール。七十歳。

兄のロイドと同じライトブラウンの髪色に青い瞳である。彼女も母親から魔力を受け継ぎ、防御魔法学校十年生として通っている。


次は次男のマイロ・ノーザン・リオール。六十五歳。

濃いブラウンの髪色に深緑色の瞳と言う、父親の血筋を色濃く継いだ容姿である。

お陰で魔力を受け継ぐ事はなかった。

しかし、父親譲りの剣術の才能を開花させ、今は剣術学校五年生として通っている。


八十歳とか七十歳とか言われると、日本人の感覚ではおじいさん、おばあさんみたいだ。

でも百歳未満の外見計算方法は、年数割る五だと考えなければならない。ロイドが十六歳、アシュアが十四歳、マイロが十三歳位の容姿である。


ちなみに百歳から二百歳の間は、外見や身体的な変化が全く無い。百歳で二十歳の姿のまま全ての成長がストップしてしまうのだ。

そして二百歳を過ぎると、再び成長が始まる。

これが、第二成長期と呼ばれているものだ。


この世界の学校は本人の選択制となっている。

学校に通う年齢は、三十歳から百歳までの七十年間。

三十歳になると総合学校に十年間強制的に入学する。

それ以降は本人の行きたい学校を選択して進んでいく形だ。


一つの学校の卒業までの期間は、五年か十年の二種類。卒業する年に、他の学校を受験して次の年では受かった学校に行く事になる。


そして選択出来る学校の種類は無数にある。

魔法の学校を上げると、戦闘魔法学校、補助魔法学校、基礎魔法学校、強化魔法学校など、魔法学校だけでもまだまだ沢山の種類がある。

それに加えて剣術学校、拳術学校、鍛治学校、文学学校、農耕学校、芸術学校、音楽学校などの様々な種類の学校が数多くあるので選びたい放題だ。


その中から行きたい学校と年数(五年か十年のどちらか)を選び受験する。

それを七十年間、百歳になる年まで続けて初めて成人として認められる。

それぞれの学校には、年齢による難易度分けがある為、同じ学校に難易度を上げて入学する事も可能である。


日本人は小学校から四年制大学を卒業したとしても十六年しか学校に通わないので、その点だけは日本社会の方が良い気がする。


「アシュア。お前は今年受験だな。行きたい学校は決まったのか?」

「すみません、お父様。まだ決めていないのです」

「のんびりしている暇はないのだぞ。早めに決めてしまいなさい」

「はい。分かりました」


父の叱責に姉であるアシュアは小さくなる。

普段は割と決断の早い姉ではあるが、やはり行きたい学校となると悩むようだ。


無数にある学校だが、何処にでもその学校があるとは限らない。人気のある学校は何校もあるが、そこまで人が集まらない学校は数が減らされてしまう。

家の近くに行きたい学校が無いとなると、その学校の寮に入っての生活となる。

五年か十年、家族と離れての生活が待っているのだ。


姉のアシュアが行きたい学校は二つある。

特に行きたいと思っているのは音楽学校であるが、学校の数が少ない。ここに通うとなると寮生活となる。

もう一つは、水属性専門魔法学校である。

これは、各地を走っている魔導馬車を乗り継いでいけば、二時間程で到着する。

アシュアは水属性の魔法に特化しているので、一度はちゃんと学びたいと思っているようである。


「アシュアちゃんと離れて生活するの寂しいな・・」


ルシエルはポツリと呟く。

折角家族みんなで居られる貴重な子供の年代なのに、それを学校の為に奪われてしまう。

優しい姉と離れるのは、仕方がない事だとは分かっていても、とても寂しいのだ。

シュンとして落ち込むルシエルを見て、アシュアが慌てて口を開いた。


「わ、私・・水属性専門魔法学校に行こうかな。あそこなら家から通う事が出来るでしょ?」

「アシュアちゃん、本当?」

「うん。一度は行こうと思っていた学校だから、今回行く事にするね。ルーシェと離れたく無いもん」

「僕もアシュアちゃんと離れたく無かったの。だから、近くの学校で嬉しい」


笑顔を見せるルシエルに、アシュアも笑顔を返す。

我が弟ながら、なんて可愛らしいのだろうかとウットリとした表情をするアシュアに、次男のマイロが怒りを含んだ声を上げる。


「姉さん!そんな理由で学校を選ぶなよ」

「別にルーシェと離れたく無いと言う理由だけで選んだ訳じゃ無いわ!水属性専門の学校には、前から一度行こうと思っていた事は知っているでしょ」

「くだらない音楽学校なんかに行かない事は評価するけど、水属性専門の学校なんて、今の年齢じゃあ中級コースになるんじゃ無いの?金の無駄になるだけだ」

「くだらないって何よ!音楽は水属性の魔法と相性が良いのよ!」


突如として始まった喧嘩に、ルシエルは驚きながら二人の顔を交互に見やる。


「学校に通うにはお金だって掛かるんだ。将来を見越してキチンとした学校に通うべきだよ。俺は姉さんなら、淑女学校の方がいいと思うけどね。そのガサツさを無くさないと、嫁の貰い手がないんじゃ無いの?」

「何ですって!」

「いい加減にしなさい。食事中だぞ」


父ファスターの叱責に、アシュア達は口を閉じた。

しかし、アシュアは悔しさから唇を震わせている。

そんなアシュアを見たルシエルは、マイロに視線を移した。


「マイロ兄様はアシュアちゃんに意地悪だから、今度の学校は聖職者学校が良いと思うな」


無邪気な笑顔でニッコリと微笑んだルシエルの言葉に、キョトンとした表情を見せた家族は、マイロを除いた全員で吹き出し笑い出した。


「確かにルーシェの言う通りだ。マイロ、お前の次の学校は聖職者学校だな」

「そうだな。もう少し姉に対しての優しさを身につけた方が良いかもしれん」

「聖職者学校なら近くにあるものね。アシュアに淑女の学校を薦めるのだから、貴方も次はちゃんと通いなさいね」

「貴方が聖職者学校に通ったのなら、水属性専門の学校を卒業次第、私も淑女学校に行ってもいいわよ」


クスクスと笑い続ける家族の中で、マイロは悔しそうな顔を見せる。

意地悪を言ったようにも思えるマイロだったが、本当は誰よりも姉の事を心配しているのだ。


男なら剣術や魔力等の面から、仕事にも付きやすいし養子として引き取られやすい。

この家を継ぐ兄と、一応は剣術学校で良い成績を残している自分の将来にそこまで不安はなかった。


しかし姉のアシュアは女の子なのだ。

この貧乏男爵家では、嫁の貰い手など無い。

せめて淑女の学校を出る等して、女性としてのステータスを上げるしか、他の貴族の目に止まる方法は無いのだ。


アシュアに対して言い過ぎではあったが、心配する気持ちは分からなくもない。

ちょっとやり過ぎたかな・・と反省したルシエルは、父に向かって言葉を掛けた。


「マイロ兄様は、剣術学校に通っているでしょ?父様と一緒だね。僕、マイロ兄様が父様の様に強くなって、みんなを守ってくれるのを楽しみにしているの」

「そうなのか。でもな、ルーシェ。父様は、剣術学校で常に首席だったんだぞ。そう簡単にマイロには負けられないな」

「首席じゃなくてもマイロ兄様だって強いよ!だってこの間、僕の事を連れて行こうとした変な男の人追い出したもん」

「「「えっ?」」」


家族全員が驚きの声を上げた。

固まりながらルシエルを見ていた家族の視線は、マイロに移る。


「本当なのか、マイロ。ルーシェがまた攫われそうだったのか?」

「えっ?知らない。俺じゃ無いよ」


隣に座る兄ロイドの言葉に、全く身に覚えのないマイロは慌てて首を振りながら答えた。


「マイロ兄様だよ。この間父様と母様が、ご挨拶にお出掛けしていた時だよ」

「えっ?あれってルーシェを連れて行こうとしてた奴だったの?家の中でクローゼットとかを物色していたから、俺はてっきり泥棒かと思って追い払っちゃったんだ。ルーシェを狙っていたのなら取っ捕まえてやったのに」

「僕の事追ってお家に入って来たんだよ。僕は直ぐに隠れちゃったから、ずっと探していたみたい。マイロ兄様とっても強かったよ。父様みたいで、カッコ良かった」


記憶の戻った今思えば、カッコ良いとは思えないし強かったとも思えない。まだ小さくて可愛い弟の贔屓目が入った、かなりオーバーな称賛である。


「大人相手に勝っちゃうなんて凄いわ、マイロ。やっぱりマイロはお父様譲りの剣の腕の持ち主ね」

「そんな事ないよ。俺はまだまだ全然駄目だ。あの時だって、男は剣を抜いて姿を見せただけで後退りして逃げて行っただけだし。お父様だったら、逃げる隙さえ与えなかった」


マイロは眉を下げて俯いた。

父であるファスターは、剣術だけは超一流である。

剣一本で魔法を使う人間や魔族や魔物から、家族や村の人を護ってくれている。

幼き頃から見つめている憧れと尊敬する父の背中は、果てしなく遠かった。


「マイロ。相手が逃げ出したとしても、自分を卑下する必要はない。子供が剣を抜いて向かって来たとしても、大人から見たら勝てると思って襲ってくるのが普通だ。しかし敵は勝てないと判断して逃げ出した。お前は剣を構えた事で、大人にも負けない覇気や闘気を出したんだ。お前は弱く無い。これから光る才能を持っている。自分の力を信じて進みなさい」

「はい!分かりました、お父様」


父から受けた激励に、光を取り戻した美しい瞳で答えたマイロを見て、家族は暖かい笑みを浮かべる。

食卓の空気が穏やかなものに戻ったが、父の顔は晴れない。


「家の使用人を減らしたのが悪かったのかもしれないな」


ポツリと零した発言に、家族みんなが俯いた。

家の中にまでルシエルを追って来た誘拐犯を、家族は気にしているのだ。

財政難のリオール家では、その出費を抑える為に、数ヶ月前に使用人の数をまた減らした。今現在は、これ以上減らせないと言うくらい必要最低限しかいない。


普段は父であるファスターがいる為、賊の侵入は阻止されている。しかし、その父がいない時もある為、不安は尽きない。

そうなると、腕の立つ使用人を雇うのが一般的ではあるが、賃金は跳ね上がる。

財政難のリオール家にはそんな余裕は無いのだ。


「心配しなくてもいい。ちゃんと父様が、家族の安全を考えるからな。不安にさせてすまない」


父の言葉に頷きを返したが、家族の顔は暗いままだ。

賊の侵入は記憶の戻る前だった。

これからは、自分で簡単に排除する事が可能である。

しかし、その事を家族に話す事は出来ない。

これはなかなかのジレンマである。


せめて、このお通夜の様に暗くなってしまった食卓を、なんとか明るくしたい。

考え込んだルシエルは、今日の母親の買い物が、注文しておいた演劇会のドレスを受け取りに行く為だった事を思い出した。


「あっ!そう言えば、アシュアちゃんの学校で演劇会があるんでしょ?ルシエルもアシュアちゃんの劇が見たいな」


ルシエルは無邪気な笑顔を振りまく。

アシュアは主役では無いが、重要な人物を演じるらしいのだ。

その為、ドレスを新調せざるを得なかったらしい。

財政難であるリオール家の為、ドレスを新調するのは少々キツイものがあった様だが、美しいドレスを着た姉を見るのはとても楽しみである。


「お父様、ごめんなさい。演劇会の為にドレスを新調して頂いてしまって・・」

「お前が気にする事じゃないさ。貴族の集まる演劇会だ。ちゃんと練習して失敗するんじゃ無いぞ」

「はい。でも、ルーシェに見に来て貰う様な役じゃ無いのが・・」


困った表情を浮かべて自分を見るアシュアに、ルシエルは首を傾げる。


「お姫様の役なんでしょ?」

「そうなんだけど・・。ルーシェ、ナキア姫って知ってる?」


ナキア姫と言うのに覚えは無い。

そんなのいたっけ?と考えてはみたが、やはり記憶にはなく、ルシエルは首を横に振った。


「ほら、やっぱり・・。なんか嫌だな」

「ルーシェには、まだ少し早いかもしれないな。まあ、見ていたとしても意味は分からないさ」


ルシエルを除いた他の家族は苦笑いを零す。


よく分からないが、アシュアはお姫様の役なのだ。

綺麗に着飾った姉のアシュアが見られるのをルシエルは楽しみにしていた。



◇◆◇◆◇



1ヶ月後


今日は、楽しみにしていたアシュアの演劇会の日である。


ルシエルは、マイロのお下がりの余所行きの服を着る。白色のシャツに紺のベスト、紺の半ズボンだ。

少し柄の入ったネクタイだけは、母様が選んで買ってくれた。


歩き難い焦げ茶色のブーツを我慢して履くと、男爵家専用の自家用馬車へと乗り込んだ。


アシュアは演劇会の支度の為に朝早く家を出た。

その為、二頭引きの馬車の中は家族五人が乗り込み、四人乗りの小さな馬車は若干定員オーバーだ。

体の小さなルシエルは、父様の膝の上に座らされたが、嫌がるどころかご機嫌である。

甘えん坊モード全開で父様に抱き付いていた。


学校が見えてくると、父様は顔を引き締めた。


「分かっているとは思うが、周りは貴族ばかりだ。揉め事は起こさないように気を付けるんだぞ」

「はい!」


元気の良い兄達の返事を聞きながら、ゆるりと顔を上げたルシエルも小さく頷きを落とす。


同じ名前の学校でも、平民と貴族の通う学校は分けられている。没落寸前とは言え、男爵家の長女であるアシュアの通う学校は、勿論貴族の通う学校であった。

そして、身分は一番下の方であろう。

周りは全て自分達より立場が上の者達ばかりだと認識した方が早い。


(大丈夫だよ、パパン。ムカつく奴がいたら、僕がこっそり消してあげるから)


暗い表情で俯き加減の家族をよそに、悪魔の微笑みを零すルシエルであった。



家族紹介で終わりました・・。


次からは、ようやく話が始まります。

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