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15.強欲なチカリダ

王都から魔導馬車で三時間ほど離れた広大な領地に聳え立つ、豪奢で立派な屋敷の中では、今日も元気に金勘定に精を出すチカリダがいた。


金勘定が済むと、金で出来たコインを磨きながら酒を飲む。これがチカリダの毎日の楽しみである。


部屋一面、黄金が贅沢に施されており、天井から床、そして壁に至る全てが金色に輝く。

テーブルからソファー。そして調度品の全てが金で出来ており、ここまでくると悪趣味でしかない。


この屋敷には、チカリダが許可した者だけが入れるように施された魔法陣が展開されている。

賊の侵入など、皆無である。

まあ、狙ってきたら狙ってきたで切り刻むだけだが、今の所そんな馬鹿はいない。


今日もせっせとコインを磨きながら、その金色の輝きに瞳をウットリとさせる。


「美しい。この金色(こんじき)こそが、この世の全てだ」


沢山の金貨を両手で掬い上げ、そしてその手を離す。コインの奏でる心地良い音に、目を瞑り酔いしれた。


カラン、カラン!


部屋の外に設置してある魔導チャイムが音を立てた。

憩いの時間を邪魔されて不機嫌そうに瞳を開いたチカリダは、仕方無しに魔法でドアを開ける。

そこには血相を変えた執事の姿があった。


「大変です、チカリダ様」

「なんだ!どうした」

「魔物です。沢山の魔物が、この屋敷を目指して近付いております」

「魔物が?」


この辺に魔物の生息地はない筈だが。と首を傾げたチカリダは、念珠を使い自身の感覚を一気に領土内に広げてみる。


確かに執事の言う通り、沢山の魔物がこちらに向かって来ている様だ。

しかし、どうもその様子がおかしい。

首を傾げたチカリダは、念珠から八つの光る玉を作り出すと、その球を八方に飛ばした。


光の玉から送られてくる現地の様子が、チカリダの前に展開する。

それを見たチカリダの眉間にシワが寄った。


どうやら魔物達は、この屋敷だけを目指している。

四方八方から押し寄せてくる魔物達は、近くの村や街を無視して駆けて来ていた。

その周りにいる人間にも、まったく見向きもしない。


「何か変だな。操られている様だ」


チカリダは部屋を出て歩き出す。

何者かが自分を狙って襲わせているのかもしれないが、あのレベルの魔物程度ならば、いくら来ても問題はない。


廊下の窓からフワリと浮き上がって外へと出たチカリダは、屋根の上に出た。

チカリダの屋敷から半径20キロ圏内は、全てチカリダの屋敷の庭となっている。

バカ広く庭を広げてあるのは、こうやって敵が攻めてきた時、大切な屋敷に到達する前に排除する為である。

木々などの邪魔なものは一切排除してある為、見通しが良い。


遠くの方から近付いてくる魔物特有の赤い目が、闇夜に浮かび上がりながら押し寄せてくる。念珠から放った無数の光の玉が、各地に飛んで闇夜を明るく照らした。


光に照らされた魔物達の姿を視界に確認したチカリダは、グッと数珠を強く握り念珠の力を発動させた。


「閃光爆!」


カッと光を放った念珠は、前方の魔物の群れに向かって光の線を放つ。

一気に伸びた光の線は、魔物達の群れを掻き分け伸びて行き、そして大きな爆発を起こした。

前方から来る魔物の半数ほどを吹き飛ばしたチカリダは、フンッと鼻息を零す。


「所詮は雑魚だな。いくら数で来ようとも、この俺に勝てるわけがない」


ザガリル軍第一小隊に所属しているのは、伊達では無いのだ。

今度は後方に向かって第二弾を放つ。

第三弾、第四弾。

次々に技を繰り出し続けたチカリダは、深い吐息を落とした。

少々疲れてきた。

師匠がいなくなってから、戦闘から遠ざかっていたのが悪かったのかもしれない。

しかし、まだまだ魔物は向かってくる。


「一体なんだって言うんだ。あの魔物共は!」


怒りを露わにするチカリダは、ふと自身の屋敷の外壁を見た。

そこには何かが描かれているようである。

近くに寄ってみると、それは魔物寄せの禁呪であった。


「くそっ。誰だ!こんな所に落書きをしやがったのは」


魔物達が、人間や村を襲わずに一直線に向かってきているのは、この禁呪の所為だったのだ。

グルリと屋敷の外を回ってみると、彼方此方に禁呪が書き込まれている。


「何でこんなに沢山の禁呪が・・」


チカリダは愕然とする。

描かれている禁呪は、かなり高度な禁呪であった。

第一小隊でも二、三個描けるかどうかで、第二以下には描く事すら出来ない位の物だ。

ここまで高度な禁呪を解除する事は、描いた本人以外では、ほぼ不可能である。

ザッと見ただけでも禁呪は十箇所に描かれていた。


消すのは不可能だと認識すると同時に、これを描いた者が気になり始める。

自分よりも遥かに力を持った者・・。

即座に浮かんできたのは、田舎の小屋からいなくなったマギルスである。


「何故、マギルス様が俺の屋敷に禁呪を・・」


長年一緒に戦ってきたが、自分達の事を認識しているのかどうかも怪しいマギルスが、率先してチカリダの屋敷に禁呪を描きに来るであろうか。

いや、それは絶対に無い。

チカリダを個人的に思い出す事は無いし、偶然思い出したとしても屋敷の場所など知らない筈だからだ。

そこから考えられるのは、誰かがマギルスを使って自分の屋敷に攻撃を仕掛けている。という事である。


そうなると、考えられるのは第一小隊の四人のうちの誰かだ。もしかしたら、全員かもしれない。


(ストレスの溜まっているマギルス様のガス抜きのつもりか!)


チカリダは、悔しさからギリッと奥歯を噛み締める。


役に立たない第三小隊のルーベンから手紙が来ていたのは知っている。どうせ居なくなったマギルス様の事だろうと無視をしたからだ。

まさか、それで集まった他の奴らが、マギルス様のガス抜きの為に、自分の屋敷を中心に魔物を呼び寄せる等とは考えてもいなかった。


ふと屋敷の窓に視線を移すと、まるでコソ泥の様に大きな袋を背負ったハウリルラの姿を捉えた。

チカリダは無言のまま、ハウリルラの背後に回る。


「随分沢山の荷物だな。手伝おうか?」

「いや。その気遣いはいらない」


ハウリルラは悪びれる様子もなく、よっこらせっと背負う荷物を持ち直す。

これだけの物を探し出すのも一苦労であったと言わんばかりの顔でフゥッと吐息を零した。


「これは貴様の仕業か?」

「正確に言いますと違いますね。私はこの事を聞いて、貴方の屋敷にある重要な書籍等を救出する為だけに来たのですから」

「相変わらずの研究馬鹿か・・」


チカリダは呆れ顔を返す。

ハウリルラの性格から考えて嘘はついていない。

互いに強者の力を持つだけに、いちいち嘘をつく必要がないからだ。

そうなると残りの三人が、これを仕組んだ事になる。


「他の奴らは何処にいる」

「さあ、私は知りませんね」


ハウリルラはフワリと宙に浮くとチカリダを見る。


「まあ、貴方には研究費用を出して貰った恩がありますからね。一応は警告をしておきましょう」

「ほう。きちんと覚えていたのか」

「貴方の予想は半分正解と言った所ですね。無駄な足掻きをやめて、大人しく流れに身を任せなさい」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。それでは、私はこれで」


ハウリルラは顔を前に戻すと、後ろを振り向く事なく飛んで行った。

一人その場に残されたチカリダは、屋敷の中を見てこめかみに青筋を立てた。


沢山居る筈の使用人達の気配が全く無い。

これから起こる事に彼らが居ると邪魔になると判断したハウリルラが、転移で逃したのだと分かる。

そうなると、この屋敷自体がターゲットになっているという事なのだ。


この屋敷は、いわばチカリダの大切な黄金の保管庫である。この屋敷自体が黄金で出来ている為、その量は半端では無い。

禁呪が書かれている以上、空間転移などを使って持って逃げる事は不可能だ。

なんとかして守りきるしかない。


グッと念珠を握り締めたチカリダは、空へと浮かび上がっていく。

攻撃の手を休めた事で、魔物達は屋敷まで十キロ程の所まで迫っていた。


チカリダの屋敷の庭は、十キロ圏内に入ると、結界によって侵入場所は一箇所に絞られる。

正面からしか入ってこられない為、四方八方から押し寄せていた無数の魔物達は、結界に阻まれ進む事が出来なくなったようだ。

唯一侵入できる入り口を目指し、我先にと進路方向を変えて動き出した。


正面の結界の入り口から押し寄せる魔物達を見たチカリダは、頃合いを見て念珠に力を籠める。

チカリダが力を使おうとした、その時だった。


魔物達目掛けて一筋の魔力が放たれた。

弧を描きながら飛んでいく金色の光は、魔物達の手前に到達すると、そのまま地面へと落下した。すると、一瞬のうちに巨大な魔法陣がパーッと地面に現れる。

魔法陣へと足を踏み入れた魔物達の速度が急激に落ち、まるでスローモーションの様になった。


鈍重(どんじゅう)魔法か・・」


技を確認したチカリダは、魔法の発動場所へと視線を移す。


屋敷の屋根の上には、真っ白なローブを着て魔法の杖を翳しているヌディカリルの姿がある。

その後ろには、少し離れて二人の男が静かに前方を見つめて立っていた。


「チッ」と舌打ちしたチカリダは、三人の元へと近付いて行った。


「おい!これは一体どういう事だ」


怒りを込めた言葉を投げつけるが、三人は顔を向けようともしない。

苛立ちを覚え、先程よりも大きな声を出す。


「聞いているのか!」


チカリダの大声に、腕組みをしていたフォガントがチラリと視線を移す。


「うるせえな。誰だ、お前は。おい、ディレイル。お前の知り合いか?」

「いいえ。全く知らない方ですね。ヌディカリルの知り合いでは?」

「いいや。俺も知らん」


互いに知らないと首を振る三人のふざけた態度に、チカリダが怒りのオーラを放つ。


「なんのつもりかは知らんが、俺と遣り合う気か?」


チカリダのオーラが高まりを見せていく。

その大きなオーラを見て、ディレイルが微笑みを向けた。


「おや。貴方は随分と強そうですね。ちょうど第一小隊に一つ空きが出来たのです。志願してみてはいかがでしょう」

「空きが出来ただと?」

「ええ。チカリダと言う者が死にましたので、欠員が出たのですよ」


ディレイルは、ニッコリと微笑む。

何人の女が、この笑顔に騙された事か。

黙って立っていれば、誠実な聖騎士に見える為、被害者は後を絶たない。

しかし、内面を知っているチカリダからしてみれば、この笑顔は胡散臭い。


しかも、チカリダが死んだとは一体どういう意味なのか。訝しげな表情をディレイルに向ける。


「何を企んでいやがるんだ、ディレイル。いい加減にしろよ」

「おや。私の名前をご存知なのですね。それは光栄です」


クスッと小さく笑いを落としたディレイルは、魔物達に視線を移す。


チカリダの結界から抜けて来た魔物達は、次々と魔法陣の中に入っていく。

丸く描かれた魔法陣は、一度中に入ったら外には出られない。その為、魔法陣の中には、下級の魔物から中級の魔物までが、ギッシリすし詰め状態だ。

その数は、少なく見積もっても十万以上は確実にいる。計画通りである。


ディレイルがチラリとフォガントを見ると、彼は頷きを落とした。


「頃合いだな。そろそろ行くぞ。ここに居たら俺達もただでは済まない」

「そうですね。ヌディカリル、行きますよ」

「ああ。分かった」


屋根から浮かび上がろうとした三人を、チカリダが止めに入る。


「ふざけるな!あんな奴ら、俺達の相手ではない筈だ。処理を手伝え!」

「確かにあの程度の魔物が何匹居ても俺達の敵ではない。だが、何故見ず知らずのお前の為に、我らが動くと思うんだ?」


心底意味が分からないと言う顔で首を傾げるフォガントを見て、ようやくチカリダも何か変だと思い始めた。


この遊びの目的が、マギルスのストレス解消だけならば、チカリダの事を知らないフリをしてみせる必要はないのだ。

何かは分からない。しかし、何かがある。

チカリダはフォガントに向き合った。


「俺が死んだというのはどういう意味だ」

「チカリダは死んだと言われた。だから、チカリダは死んだのだ」

「何故俺が死んだなどとマギルス様が言ったんだ。何か理由があるのだろう?」

「マギルス様?いや違う。それを言ったのは、あのお方だ」


フォガントは、魔法陣の方を指差した。

チカリダが振り返ると、ギッシリと魔物達がひしめき合う魔法陣の上空に、一人の男が姿を現わす。


それまで呻きや叫び声をあげて暴れていた魔物達が、その全てをピタリと止めて上空に視線を上げた。

まるで地獄の炎の様な真っ赤な長い髪と漆黒の長いコートを風に靡かせながら、口角を上げて楽しそうに魔物を見つめる男。


彼を見つめる魔物の瞳に映る物は、絶対的な強者への畏怖の念である。自分達に与えられるであろう死は、恐怖よりも光栄な事であると思わされる。


魔族や魔物達よりも遥かに禍々しい力を纏う男の姿に、その場にいる全ての者の心が一つとなった。


「ま、魔王の誕生・・か」


チカリダの呟きは、静まり返った広大な大地に消えて行った。


「・・って、師匠?師匠じゃねえか!なんで師匠が居るんだ?」


我に返ったチカリダは、驚いたと同時にハッとして全てを悟る。


これはマギルスのストレス発散の為だけに用意されたものではない。

あの魔王よりも魔王らしい師匠の、ちょっとしたお遊びだったのだ。


そしてそれに伴い、自分に対して態度のおかしい三人の理由も瞬時に悟る事になる。

チカリダの体から、全身の血の気がスウッと引いていき、ガタガタと震えを起こした。

顔を真っ青にさせたチカリダは、横にいるフォガントに恐る恐る尋ねた。


「ルーベンの呼び出しは・・」

「師匠の呼び出しだな。あのお方の呼び出しに姿を現さないチカリダは死んだのだろう。それ以外に考えられるか?」


考えられない。

それが答えである。

あの師匠の呼び出しに応じないなど、軍隊員にとっては有り得ない万死に値する行為だ。

師匠の命令は何があっても絶対なのだ。


「俺、死んだ・・な」


ようやく事態を把握したチカリダは、肩を落としガックリと項垂れた。


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