11.タナウスとネルダル
応接室に着いたルベレントは、廊下から聞こえてくるドカドカと言う足音に呆れ顔で溜息を落とした。
それと同時にドアが開かれ、二人の男が入室してくる。
「おい、ルーベン。金が無くなった」
「サッサと出せ。お前が会合に来ると聞いていたから、わざわざ会場に行って待っていてやったのに、欠席だと?二度手間踏ませやがって」
怒りを見せる二人に、ルベレントが静かに頭を下げる。
「タナウス様、ネルダル様。大変申し訳御座いませんでした。急な用事が入りましたので、会合は欠席させて頂きました」
この二人は貴族ではない。
会合に出る為ではなく、ルベレントが会場に来た所を捕まえて、お金をせしめるつもりだったのだ。
彼らはザガリル軍、第二小隊に所属している者達で、ルベレントよりも上の立場の者である。
逆らう事は出来ない。
「まあ、ここまで来てやったんだ。それなりの金額は用意出来るんだろうな」
ニヤケ顔で迫る男達は、サッサと出せと手を差し出す。
彼らに渡すお金など、ルベレントからしてみれば端金である。今までは素直に差し出していたが、今日はどうにも腹の虫が収まらない。
(お前達は知らないだろうが、こっちは魔王と死神の相手を一人で必死にやっているんだぞ!そんな苦労も知らずに、金だけ持って行きやがって!)
何故だか分からないが、突如として反抗心が湧いてきてしまった。
「大変申し訳ございません。とある事情から、援助しなければならない者がおりまして、そちらにお金を渡さなければならないのです」
「ああ?俺達よりもそいつに貢ぐってのか?ふざけんなよ、ルーベン!痛い目にあいたいのか?」
胸倉を掴まれたルベレントは、ひたすら頭を下げ続ける。
「本当に申し訳ございません。今、屋敷にあるお金は、全てそちらに渡す事になっておりまして、たった今受け取りに来ているのです」
「ああ?この屋敷にか?」
「はい」
「第一の人達か?」
「いえ。援助しているのは没落寸前の男爵家です」
没落寸前の男爵家と聞いて、男二人に笑みが溢れる。
「なら問題は無いな。その金を俺達に回せ」
「しかし、そうなりますと、男爵家の生活が立ち行かなくなってしまいます」
「俺達の知った事か!今取りに来ているんだろ?俺達が直々に断ってやる」
思わず緩みそうになってしまった口元を引き締め、ルベレントは二人を引き止めようとする。
「お待ち下さい。それだけは・・」
「黙れ、ルーベン!」
二人はドカドカと客間へと向かって行く。
いつもは客間に通されるのに、応接室だった事が不思議であった。そして今、自分達のお金を持っていこうとしている奴がここに来ている。
だとすると、そいつが客間に通されているのだと簡単に推測出来た。
何度も引き止めようとするルベレントを押し退け、二人は客間へと入って行った。
「ん?」
二人は不思議そうに室内を見回す。
ソファーには小さな男の子が座っているのみで、親の姿が無い。
「どうか、おやめ下さい!」
慌てて止めに入るルベレントを突き飛ばし、二人は子供を見た。
「おい、親は何処だ?」
キョトンとしたルシエルは、二人を無視してルベレントを見た。
「ルベレント伯爵。この方達は、どなたですか?」
「お騒がせしてしまい、大変申し訳ございません。この二人は、第二小隊に所属しております、タナウス様、ネルダル様に御座います。ご実家への援助金を、彼らが持って行きたいと・・」
「ああん?俺の家の金の事か?」
「・・はい」
小さく頷きを落としたルベレントの返答に、ルシエルの眉間にシワが寄る。
タナウスとネルダル。
確かによく見ると、見覚えがある。
ガタイの良いタナウスに、ヒョロではあるが魔道を得意とするネルダル。この二人は幼馴染らしく、昔から一緒に行動している事が多い。
そう言えば、こんな感じの奴らだったとルシエルは思い出した。
突如として口調を変えた男の子に、二人は唖然とした表情を見せたが、直ぐに大声で笑い出した。
「ルーベン。お前、没落寸前の男爵家のガキにも逆らえないのかよ。アホなんじゃ無いのか?」
「だからお前は役立たずだと言われるんだよ。おい、ガキ。自分の家の生活費は自分で稼げ。コイツの金は俺達の物だからな」
これ以上、師匠を挑発させるのはマズイ。
二人の命の危険は良いとしても、自分の屋敷の危機を察知したルベレントは、慌てて二人を抑えに入る。
「御二方。それ以上は・・」
「お前は黙ってろ!」
止めに入ったルベレントに、二人は苛立ちの表情を向ける。
ヒィッと声を上げ、ガタガタと震え出したルベレントを見て口角を上げたが、ルベレントの視線は自分達を見ていない。
不思議に思いながら後ろを振り返ろうとした二人は、自身の体に嫌という程叩き込まれている恐ろしいオーラの波動を感じ取った。
まるで石化したかのように動く事が出来なくなった二人は、冷や汗をかきながらゴクリと喉を鳴らす。
「誰の金が誰の物だって?」
部屋の中を覆い尽くすほどに、ルシエルのオーラが膨れ上がる。
間違いない。間違えるわけはないのだ。
この魔王よりも魔王らしい邪悪なオーラを、弟子である自分達が間違える訳はないのだ。
覚悟を決めた二人は、振り向きざまに床へとひれ伏した。
「お、お久しぶりでございます。師匠!」
「お元気そうでなによりです。師匠!」
怖くてルシエルの顔すら見る事の出来ない二人は、額から流れ落ちる汗が高価なジュータンにポタポタと染み込んでいくのをジッと見つめる。
「タナウス、ネルダル。貴様らは、俺の質問に答えられないと言うのか?」
「い、いいえ。とんでも御座いません。知らぬ事とはいえ、師匠に対してとても失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした」
「我ら軍隊員の資産は、全て師匠であるザガリル様の物で御座います」
怒りを見せるルシエルに、二人は誠心誠意謝罪する。
そんな二人に、ルシエルからの追撃が来る。
「ほおー。ならば何故、俺の金をお前達に渡さねばならないのか、納得のいく説明をしてみろ」
「いいえ。持って行くなど、とんでも御座いません」
「未熟な為、キチンとした情報を把握しておらず、勘違いをしておりました事、どうかお許し下さい」
額を床に付けて謝罪するが、ルシエルからの返答がない。二人の心臓は、恐怖から激しく高鳴りをあげる。
「顔を上げろ」
ルシエルの言葉に、恐る恐る顔を上げた二人はハッとする。天使のように可愛らしい男の子が、心が洗われるような慈悲の篭った笑顔を見せている。
「反省しているようだから、俺は許してやるよ」
「あ、ありがとうございます、師匠!」
「この御恩は一生忘れません!」
深々と頭を下げた二人は安堵する。
まさか許して貰えるとは思ってもいなかった。
しかし、師匠は一度許すと言ったら、本当に許してくれるのだ。
二人は、この幸運に感謝をする。
「大体において、ルーベンからの援助金の元々の名目は、俺の為じゃないしな。当事者同士、しっかりと話し合えよ」
「「えっ?」」
不思議そうに顔を上げた二人は、部屋の片隅にあるドアが開いて行くのに気が付いた。
そこは来客用の洗面室に続くドアである。
ゆっくりと部屋に戻って来たのは、無表情の死神マギルスである。
「マ、マギルス様・・」
二人は唖然とした表情を見せる。
何故ルベレントの屋敷に、マギルスがいるのかが分からない。
マギルスは、第一と第二が力を合わせて、何も無い長閑な田舎の小屋に押し込めたのだ。勿論、第二小隊に所属しているこの二人も、その作戦には従事した。
あまり頻繁に顔を見せると機嫌が悪くなる為、三ヶ月に一度のペースで誰かしらがその小屋に確認をしに行っている。
確か前回の報告でも異常は無かった筈である。
「おい、マギルス。お前の食費をコイツらが使いたいんだと。庭に行って話し合いでもしてこい」
「はぁ・・」
チラリと向けられたマギルスの視線に、二人は震え上がる。魔王も怖いが、死神も怖い。
二人は慌ててマギルスに話し掛ける。
「マギルス様のお金を持って行くなど、とんでも御座いません」
「そうです。そんなつもりは、微塵にもございません」
二人の釈明をマギルスは大人しく聞いていた。
しかし、それは無意味である。
「言いたい事は終わったのか?」
マギルスは二人に歩み寄る。
そこにすかさずルシエルが声を掛けた。
「此処は街中だ。璧を張れよ」
「御意」
返事を返したマギルスの無表情が崩れ、ニヤリと口角を上げた笑いを見せる。
パチンと指を鳴らしたマギルスと、顔色を白くさせた男二人は、瞬時に姿を消し去った。
次の瞬間、ルベレントのご自慢の庭から凄まじい魔力の波動が放たれ、屋敷全体が大きく揺れた。
(あの二人、死んだかもなぁ〜)
ボンヤリと考えていたルベレントは、自分を見つめているルシエルに気が付き、慌てて頭を下げた。
「お前、俺を使ったな」
バレていた・・。
今度はルベレントの血の気が引いて行く。
これは誤魔化しようがない。
ひたすら謝り続けるのみである。
「申し訳御座いません」
自分もマギルスの元へ送られるだろうと、死の覚悟を決めようとしていたルベレントだったが、返って来たルシエルの返答は、驚くべきものであった。
「まあ、良いだろう」
「えっ?」
「今回は特別だ。まあ、あの二人でも多少のストレス解消にはなるだろう」
クスクスと笑うルシエルに、ルベレントはホッと吐息を落とした。
死神が少々苛つき気味な事は、魔王も気が付いていた様である。どうやら、その解消にあの二人を差し出したと言う事らしい。
なんて素晴らしいお考えなのだろうか。
ルベレントからしてみたら、毎回金をせびりに来る馬鹿二人の排除と、これからも面倒を見ていかなければならない死神の機嫌取りが一気に出来るのだ。
一石二鳥とは、まさしくこの事である。
笑顔を見せたルベレントは、気を取り直してルシエルに報告をする。
「ファスター殿から、滞在の許可を頂きました」
「そうか。お前の言う事なら父様はなんでも聞くな・・。こんな怪しい奴を、なんで父様が信用しているのかが分からん」
「お金は領民の為に受け取る様にと説得してしまいましたので、真面目なファスター殿は、領地改革に精を出してしまった様です。その辺も、程々にする様にと手紙に書かせて頂きました」
「これで少しは家族の時間を作ってくれれば良いのだがな。これじゃあ何の為に転生したのか分からなくなる」
フウッとルシエルが溜息をつくと、またしても大きな揺れが屋敷を襲う。
先程から小さな揺れを何度か感じていたが、数倍の威力がありそうな揺れである。
(この屋敷、壊れないよな・・)
ルベレントは、天井で激しく揺れるシャンデリアを心配そうに見つめた。
「安心しろ。マギルスが張った防御壁に俺も魔力を乗せておいた。それに先日、家の庭でマギルスの魔力を少し消費させたからな。爆発を起こす事はない」
「そうでしたか。マギルス様は師匠がいなくなってからと言うもの、かなりのストレスを溜めていらっしゃったご様子でしたので、心配をしておりました」
「そうみたいだな。まあ、今の状態ならそこまで心配はいらないだろう」
ルシエルの言葉に、ルベレントは安堵の表情を見せた。また一つ、世界の脅威となる物が去ったのだ。
世界平和万歳!である。
またしても大きな揺れが屋敷を襲ったが、ルベレントは満面の笑みをたたえたまま、その揺れに身を任せた。
「そろそろかな」
ポツリと呟いたルシエルは、窓の外に視線を移す。
「マギルス。その辺にしておけ」
ルシエルへの返答は、すぐさま収まった揺れと、目の前にスッと現れたマギルスの姿が応えとなる。
マギルスの姿を捉えたルベレントは、窓に歩み寄ると外を覗き込んだ。
自然に囲まれ、広々としていたご自慢のお庭は、茶色い土がむき出しの殺風景な荒地へと変化していた。
その庭の真ん中にはボロボロの男二人が倒れている。
集まって来た使用人達が、心配そうに近付いて行くのが見える。
流石にこのままにしておくのはまずそうである。
ルベレントは、急ぎ庭へと向かって行った。
「少しは楽しめたか?」
「はぁ・・。あまり・・」
「だろうな」
第二小隊では、やはりマギルスの相手をするのは無理だった様だ。
分かってはいた事だが困ったものである。
ルベレントに今度は第一小隊をはめる・・差し出す様に言うか。
ニッコリと微笑んだルシエルは、ゴロンとソファーに横になり、静かに瞳を閉じて眠りに就いた。




