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10.お怒りのルシエル君

魔王と死神の檻からルベレントが帰還して、二ヵ月が経った。


人知れず世界平和の為に貢献したルベレントは、のんびりとした毎日を過ごしている。

あの二人は随分と大人しくしてくれている様で、問題の無い平和で穏やかな日々が過ぎて行く。


ひと時の休息の為、ルベレントはリビングのソファーで寛ぎながら紅茶を嗜む。

今日はこの後、馬鹿貴族達との会合だ。

まあ、伯爵という立場ではあるが、彼らよりも格段に地位は高いので、煩わしさは無い。


そんなルベレントの元へ、静かに執事が歩み寄った。


「旦那様、お客様がお見えです」

「客?何の約束も入れてなかったとは思うが・・。今日はこれから会合がある。帰って貰え」

「その様にお伝え致しましたが、お帰り頂けませんでした。良いからサッサと呼べとおっしゃっております」

「また軍の関係者か。あの人達は、本当に困った方達だな」


自分に対して横柄な態度を見せる事から、間違い無く軍の関係者である。

ルベレントが一人で苦労しながら、あの魔王と死神を封じ込めた事も知らずに、偉そうな態度を見せる。

一層の事、あの田舎に連れて行って、檻の中にぶち込んでやりたい気分である。


溜息をついたルベレントに、執事がゆるりと首を振った。


「それが、軍に所属している方のお名前ではありませんでした。見た事の無い方でして、可愛らしい子供を連れております」

「子供?」

「はい。マギト様とルシエル様と名乗っておられました」

「なにぃ!」


ガタンと席を立ったルベレントの顔からは凄まじい速さで血の気が引いていった。


あの田舎で大人しくしている筈の死神と魔王が何故ここに居るのだ。しかもルベレントの心の拠り所であるお札(ファスター)が一緒にいない様である。


これは死闘になる・・。


クラクラとする頭を抑え、今にも倒れそうになるルベレントを見て、執事が心配そうに声を掛けた。


「お帰り頂いた方がよろしいでしょうか」

「いや、それは駄目だ!お二人を失礼のない様に速やかにお通ししろ。それと、今日の会合は欠席すると、馬鹿貴族共に連絡を」

「承知致しました」


頭を下げて退出していった執事を見て、ルベレントは天を仰いだ。


「短い・・幸せな日々だったな・・」


瞳を潤ませながら呟きを落としたルベレントは、魔王と死神が案内された客間へと向かって行くのだった。




「こちらの部屋でお待ち下さい」


無言のマギルスは、頷きだけを返して部屋の中へと入っていった。

その後ろから、とても機嫌の悪いルシエルが続く。


頭を下げて退出した執事を見て、ルシエルはドカッと乱暴にソファーに座る。可愛らしいルシエル君の顔に、いつもの天使の微笑みは無い。


「クソルーベンの所為で、とんでも無い事になった。あの馬鹿を始末しない事には、俺の腹の虫が収まらない!」


怒りを露わにするルシエルに、マギルスがコクリと頷いた。


ここ最近、ルシエルの機嫌がずっと悪い。

お留守番を任されているマギルスに、チョイチョイ八つ当たりをして来る位である。

マギルスにとっても、とても迷惑な状況なのだ。

あの役立たずのルーベンを始末する事でその機嫌が晴れるのなら、遠慮なくやって欲しいと思うのである。


そんな室内に、コンコンと言うノックの音が響き、ルベレントが入ってくる。

その後ろからは、執事がお茶の入ったカップをお盆に乗せて入って来た。


対面のソファーに座ったルベレントは、真っ青な顔で悲愴感を漂わせている。

その様子をチラリと見た執事は、お茶を出しながら心配そうな表情を見せた。


「下がっていい。私が呼ぶまで、誰もこの部屋に近付けるな」


この屋敷の主人として、なんとか威厳を持って発言するルベレントに、執事は姿勢を正して頭を下げた。


「承知致しました」


執事が出て行った後の部屋に沈黙が走る。

廊下から執事の気配が消えたと同時に、ルベレントは床に跪き、ひれ伏した。


「大変申し訳御座いません」


ルシエルの抑えきれない怒気を感じ取ったルベレントは、理由(わけ)も分からぬまま頭を下げる。

こうなったからには、理由などは些細な事である。

兎に角、謝り続けるしか道はないのだ。


「ルーベン・・。貴様、俺が何故ここに来たのか分かっているのか?」


激しい怒りを見せるルシエルに、ルベレントは震えながら弱々しく首を振る。


「お前の所為で、俺の安息の時間が消え失せたんだぞ!この責任をどう取るつもりだ!」


ルシエルは、ここ二ヶ月間を思い出す。


ルベレントが屋敷に来てからというもの、父様は貴族としての仕事に精を出すようになった。昼間は常に出掛けており、帰って来るのは深夜遅くである。


そして母様も、昼間は何かしらのお茶会に出掛ける事が多くなり、夜は夜会に出席をしている。


そして兄達や姉までもが、昼間は学校。夜は特別講習を受ける等で帰って来る時間が遅くなってしまった。


ルシエル君のとても大好きだった夕食後の家族との団欒は、あっと言う間に消え失せてしまったのである。


ルシエル君は大変おかんむりだ。

パパンとママンに甘えたいのに全然時間が取れない。まだ25歳(外見年齢5歳)の甘えたい盛りであるルシエル君は、寂しくて仕方がないのだ。

ただでさえ、ザガリルの記憶に引っ張られそうだと言うのに、許し難き行為である。


「お前はあの日、父様に何を言ったんだ!」

「あの日は、マギルス様の事で相談を受けておりました。その後は、私が振り込んでいる生活費の話を。額が多すぎるとの事でしたが、話し合いの末、なんとか受け取って貰える事になったのですが」

「生活費の事だと?」

「はい。ひと月、四百万レインをお振込しているのですが、多過ぎると。しかし、こちらで調べました所、リオール家には借金が御座いまして、その返済などを考えますと最低でもそれくらい振り込まなければ、安定した生活は出来ないだろうと・・」


ルシエルは驚きを返す。

当然の事ながら、まだ子供であるルシエルに、リオール家の財政面の情報を、父様も母様も教えてはくれない。火の車だとは分かってはいたが、四百万レイン振り込まないと追いついていかない位の借金があるとは思ってもいなかった。


「借金と言うのは、いくらくらいなんだ?」

「一億二千八百五十万レインです。返済は一本化されてからは、遅れた事は御座いませんが、借りている人間があまり評判の良い者ではございません。あの土地に手を出させない為にも、なんとしてでも受け取って貰わなければならないと判断致しました」


四百万レインを毎月受け取るなど、真面目な父様なら確かに断る話である。しかし父様は、ルベレントの言葉に納得をして受け取る事にした。

そこから考えられるのは、早急に領地改革を進め、収入を得てからルベレントに返していこうとしているのだと言う事である。

それなら全てにおいて辻褄があうのだ。


父様と母様は領地改革の為の伝手を作っている。

そして、ルベレントからの援助で学校に通っているようなものである兄達は、父様からキツく学業に専念する様にと言われたのだろう。


確かにルベレントの行動は間違ってはいない。

間違ってはいないが、寂しいのだ。


前のザガリルならば、その金を貸したアホとルベレントを速攻で始末したであろう。

しかし、日本人として生活をした記憶が、それは愚かな行為だと警告をする。


収入源であるルベレントを消せば、父様が当てにしている金銭が渡らなくなる。そして、金を貸した奴を消したとしても、その親族が後を継ぐ。

その結果、借金だけが残り、収入源がなくなってしまうのだ。


ザガリルの財産は国家予算並みにある。

しかし、それを父様が素直に受け取るかと言われたら、それは無いと答えざるを得ない。

生真面目過ぎる父様に、ルベレントがお金を受け取らせただけでも本当に珍しい事なのだ。


「まあ、それなら仕方ないか・・」


諦めを見せたルシエルを、マギルスとルベレントが驚愕した顔で見つめる。


「なんだよ。なにか文句でもあるのか?」

「い、いいえ。別に・・」


慌てて首を振るルベレントと、スッと視線を他に移したマギルスにイラッとする。


どうせ俺が素直に納得した事に驚いたんだろ?

まあ、昔の俺なら問答無用で処罰してたからな。


「ルシエルの前の転生で、俺が日本人だった事に感謝しろよ」

「えっ?ルシエル君の姿の前にも、転生をなさっていらっしゃったのですか?」


初めて知ったと言う顔のルベレントとマギルスを見て、ルシエルは気付く。


そう言えばコイツらに日本人であった転生の話をしていなかったっけ。

まあ、説明するのは面倒だから無視しよう。


「はぁ・・。それにしても、暇すぎる。家族全員、昼間はいないし、マギルスと遊んでも父様に怒られたしなぁ・・」


家族が誰もいない事で暇になったルシエルは、本を読んだりして時間を潰していたが、直ぐに飽きた。

かと言ってやる事がない。

その為、マギルスと一緒に外で遊ぶ事にしたのだが、だだっ広いだけの庭に二人しかいない為、取り立ててやりたい遊びがなかった。


仕方無くキャッチボールでもするかと、風魔法で風球を出してマギルスに投げつけた。

それを受け止めたマギルスは、自身の風魔法をプラスして投げ返す。

受け止めたルシエルも、また自身の魔法を上乗せして投げつける。


段々と大きく強くなっていく風球の投げ合いは、互いの負けず嫌いが災いし、いつしか本気モードになっていった。

念の為、防御壁(シールド)を張ってはいたが、結局庭が半分近く消滅してしまう羽目になってしまったのだ。


帰って来たファスターには、マギトに魔法を見せて欲しいと頼んだ結果だと言って誤魔化したのだが、二度とマギトに頼んでは駄目だと怒られた。

良い子のルシエル君、初めてパパンに怒られる・・だった為、もう二度とマギルスと一緒に遊ぶのはやめたのだ。


「あぁ〜!日本に戻りてぇ〜」


両手を上にあげて背を伸ばしたルシエルは、そのまま天を仰ぐ。


日本にいれば、在宅時でも暇なお一人様の時間を潰す方法は腐る程あった。

テレビ、DVD、パソコン、スマホ、ゲーム、漫画等、パッと思い付くだけでも、充分時間が潰せる物ばかりである。

しかし、この世界には全ての物がない。

魔法と言う便利な物に依存しすぎて、科学力や技術力が重要視される事はなく、そういった物の開発は遅れ気味・・いや、殆どされていないのだ。


日本にいる時は、ザガリルの記憶がなかった事で魔法に憧れた時期もあったが、今思えば、あの素晴らしい文明と引き換えにするのなら、魔法など要らなかったと思ってしまう。


しばらく懐かしい日本での生活に思いを飛ばしていたルシエルは、ふと思い出した。


(あのアニメや漫画の続きはどうなった?)


毎回気になる所で終わってしまうアニメや漫画の続きが気になる。

ルシエルとなって二十五年。日本では二年半も経っているのだから、かなり話が進んでいる筈である。

見たい、一気に見たい!

そして新しいアニメや漫画も見たい!

抑えきれなくなった欲求を満たす為、なんとかしたいのは山々ではあるが、今のルシエルの体では本来のザガリルの魔力に耐えられない。

そうなれば、やる事は一つである。


「おい、ルーベン。俺の家はどうなった」

「師匠の家は、師匠が破壊してしまいましたので、今は御座いません。土地の所有者は未だ師匠となっておりますが、今は石碑を建て、公園の様になっております」

「ああ?勝手に人の土地に公園なんか作ってんじゃねえよ」

「公園と言いましても、師匠がいつお戻りになっても良い様にと、あるのは石碑位で、あとは広場の様なものです」


ふーんと納得の返事をしたルシエルは、考えを巡らせる。


石碑位なら破壊しても問題はなさそうである。

しかし、この体でザガリルの敷地に入っている所を見られるのはまずそうだ。

闇に紛れながら行くのが一番であろう。


「父様に適当な理由をつけて二、三日俺を預かると手紙を書け。それと今日の夜、内密に家のあった場所に向かう。支度をしておけよ」

「承知致しました」


返事を返したルベレントは、急いで自室に戻りファスターに手紙を送った。魔導即送鳥の紋章を持って歩いていたファスターから、直ぐに手紙が送られてくる。


内容はかなり慌てふためいた様子で、ルシエルがご迷惑をお掛けしてしまうのではないかと言う心配と、今から迎えに行くと言う内容であった。

ルベレントは深い溜息をつく。


ご迷惑?もちろん大迷惑である。

しかも三日もの間、魔王と死神が自分の家にいるなど地獄でしかない。元を辿れば、ファスターが魔王を放置しているのが原因なのだ。

ルベレントはファスターへの返信をしたためる。


あんたが魔王を放置しているのが迷惑だ。キチンと家にいて見張っていてくれなくては困る。何の為にお金を渡していると思っているんだ。そんなチンケな田舎の領地改革なんてどうでも良いから、家にいる様にしろ。ってか、魔王を家から出すな!サッサと引き取りに来い!


と言う素直な気持ちを書きたかったが、ファスターとはこれからも友好的な関係を築いていかなければならない。仕方無しに、気持ちを隠した手紙を書く。


『マギトより、ファスター殿達が家にいない事が多くなり、ルシエル君が寂しそうだと報告を受けました。ルシエル君はまだ二十五歳。大切な幼児期です。仕事に精を出すのはとても素晴らしい事だとは思いますが、家族の時間という物は何ものにも代え難い大切な物だと私は思っております。急な領地の改革を私は望んでおりません。領地改革と言うものは焦らずじっくりとやるのが基本です。大切な物をきちんと把握し、それを失う事の無い様、程々になさって下さい。ルシエル君は、三日後に送り届けますのでお迎えの必要はありません」


師匠はどうやら何かしたい事がある様である。

何をするのかは分からないが、それを邪魔などしたら、今度こそ怒りの鉄槌が下されるであろう。

ここは大人しく従っておいた方が良いのだ。

即送鳥を飛ばしたルベレントは、窓の外を見つめた。


それにしても、先程の師匠には驚かされた。

あれだけの怒りを見せていながら、言葉に納得して怒りを鎮めたのだ。

前の師匠であったのなら考えられない事である。

日本人と言うのがよく分からないが、ルシエルの前に転生してくれていた事に感謝しかない。


(ありがとう、日本人。でもどうせなら、ずっと引き取っておいて欲しかったです)


フウッと吐息を落としたルベレントの部屋に、ドアをノックした執事が入って来る。


「どうした?」

「いつものお二方がお見えです。如何致しますか?」

「またか・・」


どうしてこう、次から次へと問題が起こるのだ。

魔王と死神よりは幾分マシではあるが、面倒である。


「客間はまだ使っている。応接室にご案内しろ」

「承知致しました」


ルベレントは深い溜息を落としながら、応接室へと向かって行くのであった。

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