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当て猫娘の勉強不足

「色々思ったけれど、私、この国の知識が全然足りないみたい」

「当たり前じゃないですか。遠い国過ぎて、わざわざ調べなければツヴェート国の情報なんて入って来ませんもの。その上お嬢様は特に寒い地域は興味がなく、もっぱら東の国ばかりにご興味を示されて勉強して見えたじゃないですか」

「間違いないわ」

 オリビアは自室に一度戻って早々、チェレスリーナに真面目な顔で問題点を伝えて見たが、さも当然という形で返された。

 

「だって寒いの嫌いだから、まさか自分が北国に行くことになるとは思ってなかったんだもの。遠い国にもしも行くなら、ゾウに乗れる国とか、陶磁器の素晴らしい国とか、黄金の国とかだと思ったんだもの」

「旅行でしたら、そちらも行ってみたいですね」

「でしょ? ゾウって馬よりとても大きいそうよ—―って、話しを脱線させている場合ではないわ。とにかく、早めに最低限の知識を身につけておかないと、アーリャの嫁探しも上手くできないわ」

 ぱあぁぁぁと笑ってオリビアはまだ見ぬ東洋の神秘を思い浮かべたが、慌てて首を振る。今はそういう場合ではない。


「誰に聞くのが一番かしら。うーん。メイド長か、それともイヴァンか……」

「普通にアリスタリフ様にお聞きになられてはいかがですか?」

「うーん。でも、アーリャって普段どれぐらい忙しいのかさっぱり分からないのよね。既に公爵のような爵位を持って見えるなら、仕事量も多いのではないかしら? アーリャの婚約者を見つけるために一緒にいるのはいいけれど、私の所為で彼の仕事の邪魔になるのは嫌だわ」

「お嬢様って、本当に変なところに気をつかう猫ですね」

 うーん、うーんとオリビアが頭を悩ませていると、チェレスリーナが呆れたような顔をした。しかしオリビアは口をとがらせる。


「当たり前じゃない。衣食住、しっかり面倒見てもらっているのよ。それなのにこれ以上面倒をかけたくないわ」

「呪いを解くために婚約者探しをさせられている点で、十分迷惑をかけられているのですから、衣食住は迷惑料だと思いますけどね」

「そうだとしてもよ。あーあ。何で魔女はアーリャを獅子の姿にしてしまったのかしら。威圧で人を寄せ付けないようにした上でのあの解呪方法とか、龍種並の怨念を感じるわ。はぁ。アーリャは呪いの関係で沢山苦労しているから、余計に私の所為で負担をかけたくないのよね。もちろんアーリャしか知らなくて、さらにどうしても聞かなくてはいけない事は仕事が忙しくても聞くけれど」

 オリビアはソファーの上で膝を抱えて座りながら、ゆっくりと尻尾を動かした。


「魔女のこともアリスタリフ様に聞くべき事じゃないですか? お嬢様が貰った釣書には十五歳の時に呪われたとしか書かれていなかったんですよね? 魔女に恨まれた理由とか聞いてもいいのではないですか?」

「それこそ駄目よ。彼が話したいなら別だけど、呪われた根本の話なんてきっと話したくないはずだわ。それに魔女は一度かけた呪いを解く事はできないというでしょ? なら原因を調べたりするのはただの野次馬根性なだけじゃない」

 魔女はこの世界にほとんどいない。

 それでも魔女の呪いや祝福は一度したら、その時に決めた条件を満たさない限り解呪できないというのは一般常識だった。魔女を殺しても変わらない。何故ならすでに世界を改変させてしまっているからだ。


 だから魔女は、崇められたり、忌み嫌われたりする対象になる。

 魔女は生まれた時から世界に干渉できる存在だが、生まれた時は魔女なのかそうでないのかは誰にも分からない。身体的特徴があるわけでも、血筋でそうなるわけでもないからだ。

 猫種、人種、龍種と住む世界だが、魔女種というものが存在するわけではなく、この三種の中で突然変異的に魔女は生まれる。中には自分が魔女であることを隠す者もいた。魔女だと知られたら穏やかな生活はまず望めない。

「そうですね。でも案外、魔女も今頃後悔しているかもしれませんよ」

「そうなの?」

「分かりませんが、魔女というのは望んでなるものではありませんからね。世界に干渉してしまうから、魔女だと分かった時点で、他の魔女がその力をコントロールさせるために弟子として引き取るそうです。感情的に使って世界を壊さないように。そうやって力も感情もコントロールできるようになった魔女でも、お嬢様の祝福のように良かれと思ってやったことが呪いのようになってしまうケースもありますから、【魔女の力】はとても扱いが難しいんです。とはいえ、思ったことと違う結果になったとしても、それは全て魔女の責任なんですが」

 チェレスリーナはそう言うと肩をすくめた。

 オリビアの呪いは、確かに初めは祝福だったはずなのだ。周りもオリビアもそう思っていた。


「そう思うと、魔女も不憫よね。好きでなったわけでもないのに忌み嫌われたりもするなんて」

「呪われて苦労している本人に同情されるのもどうかと」

「あら。それはそれ。これはこれよ。それに面倒な体質にされて嫌な事も多いけれど、いいこともあるのよ。私のおかげで好きな人ができて幸せになる人が見れるんだもの。相手が見つかって羨ましいとは思うけれど、良かったねと思う気持ちも嘘ではないのよ? この能力がなければアーリャの事だって私は何もしてあげられなかっただろうし。だからもう祝福はしないでねと魔女には言いたいけれど、別に恨んではないわ。それに恨んでも、お腹も膨れないし、楽しくもないし」

「……お嬢様らしいですね」

 気分が上がってきたのか、オリビアはぴょんとソファーから飛び降りた。

 そしてぐっと背伸びをする。

「うだうだ考えても無駄だし、まずは相談してみるわ。アーリャが教えてくれるというのなら、その好意に甘えてもいいし、まずはイヴァンを探しましょう!」

 オリビアはそう言って、部屋から出るのだった。



◇◆◇◆◇◆


 

 執事長であるイヴァンを探していたオリビアだったが、イヴァンのいる場所がアリスタリフの仕事部屋だと判明し、突撃をあきらめた。

「流石に仕事の邪魔はできないわ。とりあえず、今度はメイド長を探しましょうか。えっと、確か、ガリーナだったかしら」

「確かそうですよ。黒髪で長身の女性でしたわ。人種だとは思うのですが……」

「何か違った?」

「うーん、フェロモンが出ている気がしたので、もしかしたら混血の方かもしれません」

 オリビアはフェロモンを感じないので、チェレスリーナに言われてそっかと相槌をうつ。

 着いた時に挨拶したきりだったので、オリビアはメイド長であるガリーナを思い出すだけでも少々手間取ったが、人種の外見でフェロモンがある変わった特徴に気が付いたチェレスリーナはしっかり記憶していたようだ。

 二人はフラフラと屋敷を歩いていくと、しばらくして掃除中の家政婦を見つけた。


「そこの貴方。ちょっと尋ねたい事があるのだけど」

「は、はい。なんでしょうか?」

 足音をあまり立てて歩かないオリビアに気が付くのに遅れたらしい彼女は慌てて階段を磨く手を止めて立ち上がった。

「仕事を中断させてごめんなさいね」

「とんでもございません!! 大丈夫です」

 人種らしい茶色の髪の少女は、顔を俯けたまま話す。ひどく緊張しているのか、ブラシを持つ手が震えている。

「えっと。それほどかしこまらなくていいし、顔も上げてもらえる? 実はメイド長のガリーナに会いたいのだけれど、どちらにいるか知らないかしら」

 顔を上げた少女は、そばかす顔の灰色の目をした少女だった。目が大きく、年齢も若そうだ。ただ目が悪いのか、分厚そうな眼鏡をかけている。

 眼鏡は高級品なので中々庶民は手が出せないが、ないと不自由なぐらい目が悪いのかもしれない。


「メイド長なら、多分この時間は厨房の方でアリスタリフ様の本日のお茶の指示をされていると思います」

「お茶の指示?」

「はい。アリスタリフ様は、一日中部屋にこもって仕事をしがちなので、季節が良い時期は休憩として外でお茶を飲んでいただいているんです」

(それはいいことを聞いたわ! 休憩なら、話しかけてもご迷惑にはならないでしょうし)

 オリビアの尻尾がぐいっと上を向いた。

「ありがとう。さっそく私も参加させ貰えるように交渉してみるわ!」

「えっ? 参加なさるのですか?! あっ、すみません」

 使用人の娘は驚き咄嗟に気持ちを声にしてしまったようだ。慌てたように頭を下げる。それに対して、オリビアは苦笑いした。

(私の事、実際の所、使用人はどう思っているのかしら? 獅子の顔の男に嫁がなければいけない可哀想な人身御供? それとも主人の呪いを解いてくれるかもしれない人? もしくは主人が呪われていることをいいことに身分差も考えずに婚約しようとしている雌猫?)

 色々思うところはあったが、無理に聞き出した所で、本当のことを言ってくれるとも限らないし、オリビアのやるべきことも変わらない。


「ええ。アーリャが許してくれればだけどね。この国は紅茶の御茶うけにジャムを食べるのでしょう? 色々種類もあるというし楽しみだわ。私の住んでる国では、紅茶よりコーヒーが主流なの。でも隣国の香りを付けた紅茶も好きだし、お婆様の国の紅茶のこだわりも面白いから、この国はどうなのか楽しみだわ」

 オリビアはありのままを見せて、使用人に判断をゆだねることにした。

 呪いが解けてしまえばこの国から出ていくことになるので、アーリャと過ごすのを邪魔されなければ、悪い噂をされても問題はない。あまりにも滞在するのに困るような事があれば、相談すればいいだけだ。寒いのは嫌なので、湖に落とされたとか、着る服が濡らされたとか、そういう嫌がらせがあった場合は、オリビアも速攻で告げ口する気満々だった。

(アーリャもだけど、赤玉公夫妻も助けてくれると言っていたし。確か息子が私を呼んだとか——ん? ちょっと待って。私を呼んだのは、確か光帝よね……。あれ? つまり、彼らは現光帝のご両親?!)

 

 今更ながらにその事実に気が付いたオリビアはさぁぁぁぁと顔色をなくした。

「お嬢様、どうなさいました? ご気分が優れませんか?」

「い、いえ。大丈夫よ。ちょっと、本当に、一刻も早く、最低限の事はきいておかないといけないと思い至っただけだから」

 突然動きが止まり、深刻そうな顔をするオリビアに、チェレスリーナは心配そうに声をかけるが、オリビアはへにょんと耳をたれ下げると引きつった笑いを浮かべるのだった。

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