当て猫娘のデート予定
オリビアがアリスタリフの身体的状況を説明すると、赤玉公夫妻は驚いた後に難しい顔をした。
「なるほどねぇ。威圧は盲点だったわ。普通威圧が常時発動するなんて、龍種だけだし、その龍種でも龍の姿の時だけだから」
「威圧を押さえるのは難しいのでしょうか?」
アリスタリフが少し緊張した面持ちで尋ねると、アナスタシアは困ったような顔で少しだけ首を傾げた。
「威圧を押さえるのが楽と感じるかどうかというのは、本当に人それぞれなのよね。私が思うに、魔力量や器用さより性格がより重要な気がするわ」
「性格ですか?」
龍種と言えば魔力が高い種で有名だ。そのため、オリビアもアリスタリフも魔力や魔法などが関係していると思っていた。それなのに性格と言われて、キョトンとしてしまう。
「ええ。気性が荒い性格のものはコントロールが難しいわ。短気なものも難しいから、諦めてるものもいるわね。人型になれば威圧は出ないし、龍種同士なら多少の威圧はお互いあまり気にならないから」
「赤玉公たちはどのようにコントロールされているのでしょうか?」
「私は、威圧を止める時は、楽しい気持ちになる事を考えるようにしているわ」
「……楽しい気持ちですか?」
アリスタリフは反応に困りつつも、聞き返した。獅子の顔だが、困惑しているのがオリビアから見ても分かるぐらいに不安気に尻尾が動いている。
「そう。美味しいものを食べたとか、大好きな人とと一緒にオペラを見に行ったとか、素敵な靴に出会えたとか、本当に些細な事でもいいから幸せを思い出すの。そうすると、自然に威圧は収まっているわ」
「えっと。それは、赤玉公もでしょうか?」
「そうだな。……私は、ナースチャの事を考えるようにしている」
「たまにいらないことを思い出して失敗してるけどね」
「それは、私を妬かせるナースチャがいけないのだろうが」
「はいはい」
夫婦漫才を見せられながら、オリビアはつまりどういうことだと首をかしげる。
(楽しいことや、幸せなこと、後は好きな人を思い浮かべると、自然と落ち着くということかしら? 確かに、獅子の姿になってからのアーリャは、お見合い前は身構えてピリピリしていただろうし)
自分の姿が変わってしまったことに愕然としている所で、女性から叫ばれたアリスタリフは、オリビアが予想した通り、お見合いをする時は常に緊張でピリピリしていた。場合によっては突然嘲られるため、苛立ったりもしている。
そのためアリスタリフがお見合いをする時は、威圧が収まるどころか普段よりも悪化していてもおかしくない精神状態だった。
「申し訳ございません。発言をお許しいただけないでしょうか?」
「ああ。構わない。今の話で何か思うところがあったのか?」
イヴァンが手をあげ発言の許可をとれば、赤玉公夫妻は頷き、アリスタリフが許した。それに対し一礼すると、イヴァンは口を開く。
「私はアリスタリフ様の姿が獅子になってからは率先して彼の身の回りのことを担当するようになりました。最初の頃こそ少しだけ恐怖心がありましたが、今はほぼございません。ただし、アリスタリフ様が苛立たれたりするときに、恐怖心を覚えます」
(最初の頃はアーリャもどういう反応を受けるか緊張したでしょうし、それが威圧になったのね。でもイヴァンはそれに耐えて、アーリャもイヴァンに気を許した。その結果普段はそれほど威圧が出ないのかもしれないわ。耐性が付いた可能性も捨てきれないけれど)
威圧というのは、慣れるとも言われている。
長期間浴び続ければ、そのうちそんなものかと体が慣れてしまうのだ。普通はその前に逃げ出してしまうものだが、稀に龍種に仕える使用人などは、耐性を付けている。
「私達は威圧に鈍いから盲点だったけれど、でもそれならアーリャが楽しいことを思い浮かべていれば威圧は出ないということでしょ。よかったじゃない。一歩前進よ。これで外出もできるわ」
「簡単に言われますが、私の見た目は威圧がなくても恐ろしいものなのです! 周りから絶対白い目で見られるに決まってます!!……緊張せずに外に出るなど無理です」
朗らかに笑いながらアナスタシーヤが提案すると、アリスタリフは威嚇するように牙を見せた。しかしすぐにその動作を止め、縮こまる。そして悲し気に耳を伏せ、目線をそらした。
「……分かってはいるんです。このままでは駄目だと。それでも、私は私の姿を見た人が恐怖に顔を引きつらせる姿を見るが辛いのです」
「それなら。私がアーリャの目になりますね」
しょんぼりとしているアリスタリフに対して、オリビアは右手を上げるとにっこりと笑った。彼女の言葉を聞いて、アリスタリフは慌てて顔を上げ彼女をまじまじと見た。
「見たくないなら見なくていいじゃないですか。目を閉じて楽しかったことだけ考えてくれれば、私が貴方の目になってあげられます。で、怖くなくなってきたり、人を見なくてもいい場所に来たら目を開けて外を楽しめばいいんですよ」
「オリビアが私の目……」
「はい。屋敷に籠ってばかりでは、楽しい記憶も刺激されないでしょうし。何より、出会いがない状態では私もお役に立てませんので」
(楽しいことを考えていれば威圧が出ないというのは朗報だわ。流石に最初から舞踏会出席とかはハードルが高いし緊張してしまうけれど、徐々に外出に慣れていけばいいのよ)
手始めは人がいないような場所でピクニックもいいかもしれないとオリビアは思う。
獣の外見は、アリスタリフの自信をことごとく奪ってしまっている。だからまずは大丈夫だと自信を持ち、緊張しなくても過ごせるようになる練習をするのがいいと彼女は考えたのだ。
「つまりデートということね! とってもいいじゃない。良かったわね、アーリャ!」
「えっ。で、デート?! 私が?」
「そんなに深く考えなくていいですから」
狼狽するアリスタリフを見て、オリビアはクスクスと笑った。
「仕事も忙しいでしょうから、お休みの時で構いません。是非色々なところを教えてください。私はアーリャの目になりますし、嫌なものを聞きたくないなら、私とおしゃべりして下さい。デートという名前だけで緊張するなら、友人と遊びに行くと考えて下さい。それとも私ではなく、イヴァンとかの方がいいですか? うーん。どちらにしても、慣れたら私と外出していただかないと出会いが――」
「いいっ!! 私は、オリビアがいい!!」
オリビアが、どうしたらアリスタリフに負担なく外出できるだろうかと考えながら話していると、彼はオリビアの手を握り、慌てて彼女の言葉を遮った。
「よかったです。私もまだ港町辺りしか観光できていないので、色々楽しみです」
「ああ。この国はとても見るところが沢山あるんだ。できるならオリビアにも、この国を好きになって欲しい」
「はい。この国についた時に食べた赤いスープもおいしかったですし、もっと色々この国の美味しいものを食べてみたいです」
手を握りあいほほ笑む二人を見て、赤玉公夫妻は互いに顔を見合わせた。そして意を決したようにアナスタシアは、二人の世界作りつつある彼らに声をかけた。
「ね、ねえ。つかぬ事を聞くけど、オリビアちゃんは、えーと、アーリャの婚約者になる気はないのかしら?」
「とんでもない。私は、ガット国の一貴族にしかすぎませんからアーリャとは釣り合いが取れないと思います。それに、私は呪いの関係で運命の相手のフェロモンしか感じ取れないんです。その上でアーリャのフェロモンは分かりませんし、やはりアーリャには彼に相応しい相手を探すべきだと思うんです。あっ、もちろん赤玉公のフェロモンも感じませんのでご安心下さい」
オリビアが胸を張って身の潔白を訴えると、アナスタシアの顔が引きつった。
その表情に彼女の耳がピコピコ動く。
(何か変だったかしら? もしかしたらフェロモンの感知異常の話はもしかしたら伝わっていなかったのかも)
ガット国とツヴェート国は国の交流もあるし、船の行き来もあるけれど、物理的にとても遠い。なので情報が上手く伝わっていなかったりするのはよくあることだ。オリビアもアリスタリフの正式な位をいまだに知らないぐらいだ。
「これは……中々大変そうね」
「そうですね。でも、絶対アーリャの呪いは解いてみせますから、ご安心ください」
オリビアはそういうと、ニコリと笑うのだった。