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当て猫娘の見解

 アリスタリフとの顔合わせが終わったオリビアは、離宮の一つに案内された。

 離宮はそれほど大きくはないが、キッチンも設備されている。そして何より日当たりがいい場所に建っていた。既に日が落ちているため絶対とは言いきれないが、夜でもそれなりに見えるオリビアは周りの景色からそう確信した。それだけでも寒さに弱いオリビアには素晴らしい物件に思えた。

「お食事はこちらにお持ちする事も出来ますし、先ほど居りました光宮殿こうきゅうでんで取ることも可能ですが、いかがしましょうか?」

「できれば、アーリャと一緒に食事がとりたいのだけれど可能かしら?」

 オリビアがそう尋ねると、イヴァンはパチパチを目を瞬かせた。

 表情こそあまり変わらなかったが、耳が動いている。どうやら想像を超えた反応だったらしい。


「それともアーリャは食事は一人で摂りたい人なのかしら? できれば一緒に摂った方がいいと思うけれど。嫌なら無理にとは言わないわ」

「い、いえ。主はかつては賑やかな席もお好きだったので、大丈夫かと思いますが」

「そう。なら、できるだけ一緒に食事をとりたい事を伝えてくれる? 無理な時は、チェスと一緒に食べたいからこちらに運んでもらえるかしら?」

「……かしこまりました」

 イヴァンは戸惑う様子を見せながらも、オリビアの言葉を受け入れた。そのことにオリビアはほっとする。


「私の噂は貴方も既に知っていると思うわ。色々曰く付きの婚約者というのは使用人にとっては嫌だとは思うけれど、私の能力を当てにするなら、私はアーリャと出来るだけ一緒にいた方がいいのよ。結局のところ、私のフェロモンは他の男女を魅力的に感じさせる作用があるだけだから、私が近くにいなければ当て馬にはなれないの。気分が良くないかもしれないけれど、そこは我慢して頂戴」

「い、いえ。決して、そのような事は思っておりません。私が気にしていたのは、我が主の事をオリビア様が怖がるのではないかと思いまして。主はそれで、とても傷ついてきましたから」

 オリビアがぶっちゃけた話をすると、イヴァンが目に見えて慌てた。

「思ったのだけど、アーリャの外見ってそれほど怖いかしら。チェスはどう? 猫種が先祖返りしたと言えばあんな感じだと思わない?」

「正直に申していいのなら……悲鳴を上げるほどではありませんでしたが、緊張はしました。何でしょう。肉食獣に睨まれたような威圧的なものを感じたと言いますか……」

「威圧ねぇ。それって、もしかして龍種が龍の形状を取った時に感じるみたいなもの?」

「ああ。それが近いです」

 オリビアの言葉に、チェレスリーナはポンと手を打った。


 龍種は人の姿の他に、龍の姿を持つ。龍の姿の時は鋼のような固い鱗を持ち、背丈は猫種の男の二倍ほどとなり、牙や爪も鋭い。目の前に立つと、大抵の猫種は毛を逆立ててしまう。ただし、その姿に慣れても同じだ。龍の姿の時は、相手に恐怖心を植え付ける【威圧】というものが自然と出てしまうらしい。ただこの威圧は龍も成長の過程で、自分の意志で押さえることも可能になる。

「なるほどね。なら私は大丈夫よ。私、フェロモンを感じない関係なのか、龍種が持つ威圧も感じないのよ。魔女の呪いは姿を変えただけでなくて、威圧も出るようにしているのかもしれないわね。使用人に龍種が居るなら、威圧をコントロールする方法を聞いてみてもいいと思うけれど……これは直接お話してみた方がいいわね」

 目を白黒させているイヴァンに、オリビアは伝言をお願いするのは止めた。

 威圧というのは、猫種も人種も訓練次第で出すことができるが、龍種のような無意識に出てしまうものを止める方法は分からない。

(とはいえ、既に試した後なのかもしれないし、この辺りは本人を傷つけないように様子を見ながら話した方いいわよね。聞かれたくないことや、言いたくないこととかあるだろうし)


「オリビア様、どうかアリスタリフ様をよろしくお願いします」

「はい。私もアーリャの呪いが解けるよう、誠心誠意頑張ろうと思います」

(そのためにも、まずは出来るだけ一緒にいる時間を確保しないと)

 流石にアリスタリフの寝室にまで押しかけるつもりはなかったが、それでも誰かと会う時は、一緒にいなければ意味がない。

 オリビアの決心を聞くと、イヴァンは少しだけ目元を潤ませたが、お手本のようなしっかりとしたお辞儀をして外へと出ていった。


「はぁ。疲れたー」

 オリビアは扉が閉まると疲れたとばかりに、ソファーに寝そべるように倒れる。ふかふかのソファーに、オリビアの目が半眼になった。

「お疲れ様です」

「王族相手に私、粗相してないよね?」

「たぶん、大丈夫だと思いますわ」

 ソファーのひじ掛けに顎をのせるというだらけた姿で、オリビアはしみじみとした様子でため息をついた。

「まさか他国の王族とお話する機会があるなんて思ってなかったから、そこまでの礼儀作法なんて学んでないわよ。人生何があるか分からないわね」

「そうですね。それにしても、お嬢様は本当に恐ろしいと思わなかったのですか?」

「ええ。全然。理性がちゃんとある目をしていたもの」

 オリビアはアリスタリフの姿を思い返すが、恐怖はやはり起こらなかった。

「もしかして威圧が効かないのは、運命の証ということはありませんか?」

 

 チェレスリーナの言葉に、オリビアは尻尾をゆったりパタンパタンと動かしながら考える。

 そして結局頭を横に振った。

「そんな事を言い出したら、私の相手は誰だって問題なくなってしまうわ。威圧が効かないのはアーリャだけではなくて、龍種もなのよ? それにアーリャのフェロモンは全く感じなかったもの。だとしたら、彼も私の運命ではないということよ」

 フェロモンで恋を始める猫種にとって、フェロモンを感じないということは、対象外ということなのだ。慣れ過ぎて、オリビアは残念という気持ちさえ湧かない。

「それもそうですね。でもお嬢様の運命がこんな寒い国でなくて良かったです」

「本当に。大雪が降るという冬前には母国に帰りたいわ」

「でも、折角ですから虹色に光るという空や雪の中光り輝く空気とか見て見たくありませんか?」

 チェレスティーナの言葉にオリビアの耳と尻尾はへにょんと垂れた。

「……寒くなければね」

(絶対寒いだろうけど)

 前者はともかく、後者は雪の中と言っているので確実に寒い。オリビアはいくら神秘的だとしても、ごめんだった。


「お嬢様ってば……」

「だって、苦手なものは苦手なのよ。部屋の中は暖かいから頑張れるけど」

 日が落ちた外の空気は既に母国とは比べ物にならないぐらい寒かった。冷たい風に縮こまっていたオリビアは室内の暖かさに、本気でほっとしていた。

 そんな話をしていると、コンコンとドアがノックされた。その音に慌ててオリビアは起き上がる。

「夕食のお時間ですが、ご移動お願いできますか?」

 メイドに声をかけられ、お嬢様らしくシャキッとソファーに座り直したオリビアだったが、尻尾と耳は相変わらず垂れ下がっていた。

「……分かりました」

 色んなものを飲み込みそれでも前を向くような姿にメイドは同情的な眼差しを送る。しかしチェレスリーナだけはそれが獅子の顔をした婚約者に会うからではなく、寒空の下を移動しなければならない辛さからだと分かっていた為、笑いをかみ殺すのに必死だった。



◇◆◇◆◇◆




 オリビアが案内された光宮殿の食堂は、二人で食べるにはかなり広々としていた。テーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、グラスなどがあらかじめ置かれている。

 すでにアリスタリフは着席していたが、いささか椅子が窮屈そうなのは呪いの所為か、元々なのか。

「……本当に来たのか」

 オリビアが姿を表すと、アリスタリフはまるで幽霊でも見たかのように目を見開き、その姿を凝視した。

「すみません。来ました。もしかしてアーリャは人と一緒の食事は好まないタイプですか?」

「いや。すまない。その……この姿だからな。一緒に食事をしたがらないと思っていたんだ。人と一緒の食事が嫌なわけではない」

「それなら良かったです」

 オリビアがほっと息を吐きほほ笑むと、アリスタリスは目線を彷徨わせた。


「あ、その。座ってくれるか?」

「はい。失礼します」

 アリスタリフは座った後もそわそわとしていた。落ち着きなく耳が動き、尻尾も揺れている。

「普段はお一人で食事をされていますの?」

「ああ。父と母は別の領地にある屋敷に住んでいるから、私一人だ。五年前からパーティーの出席なども控えているから……誰かと一緒の食事というのは久々なんだ」

(なるほど。五年ぶりの他人との食事だったら緊張しても仕方がないわね)

 オリビアはアリスタリフの話を聞きながら、うんうんと頷く。彼女自身昔は婚約するかもしれないという相手との食事は緊張した。どのタイミングで、婚約者が他の女性と恋に落ち、自分を背景の一部のように扱うか分からないからだ。

 多少なりとも人間ができている相手ならオリビアを貶める言葉を吐いたりはしないが、相手を褒めたたえる為にあえてオリビアと比べるような言葉を平気で吐く者もいた。その度にオリビアは傷つくのだ。だから食事中に傷つけられるかもしれないと身構えなければいけなかった。

 もっともそんな人間のできてない相手は、大抵がその後フラれ、再びオリビアに婚約を申し込もうとして門前払いされた挙句、中々結婚相手が見つけられないという因果応報を受けることになるのだけれど。


「気楽になさって下さい。私との会話が煩わしいなら黙って食事をしても構いませ――」

「そんな事ない。話したい! ……いや、すまない。その。話すのが嫌ではないなら、私はオリビアと話をしたい」

 アリスタリフは言葉を遮きり吼えるように訴えたが、すぐさま大きな肩をしょんぼりと縮めた。最初こそ声の大きさにオリビアも驚いたが、言われた内容に破顔した。

「それは良かったです。私もおしゃべりは好きですから。無言で食べるより、アーリャの話を聞きたいです」

「そ、そうか」

「はい」

 アリスタリフの目が輝き、尻尾がピンと嬉し気に立つのを見て、オリビアはクスリと笑う。

(獅子はまるで大きな猫みたい。申し訳ないけど、ちょっと可愛らしいわ)


 そんな話をしていると、食事が運ばれてきた。

 ハンバーグに黒パン、ピクルス、それと赤いスープだ。ハンバーグの隣には蕎麦の実を炊いたものが付け合わせてあった。

「本日のハンバーグは熊の肉を使っております」

「へぇ……」

 オリビアがアリスタリフを見ると、アリスタリフは祈りの言葉を述べている所だった。そしてそれが終わるとパンを手に取ったが、口にはせずオリビアを見た。

「熊肉は苦手か?」

「いえ。苦手というよりもまず、食べたことがないです。私は海沿いの出身なので、魚介を口にすることが多かったので。もちろんお肉は食べますけどね。アーリャはやっぱり肉が好きですか?」

 そう聞けば、アリスタリフはにやりと笑った。獅子の顔でも笑顔というのは分かるものらしい。

「見た目的にか?」

「はい。どうなんでしょう?」

「特この姿になって嗜好が変わったことはないな。元々肉は好きだが、パンも野菜も果物も食べる」

「そうなんですね」

「ちゃんとフォークとナイフも使えるぞ」

 パンを置き、ナイフとフォークでアリスタリフはハンバーグを切ると、口に運んだ。


「失礼かもしれませんが、手袋の下の手は、人の手なのでしょうか?」

「いや。人の手の形はしてるが、人よりも毛深いな。それに爪も鋭いから、手袋を裂かないように毎日やすりをかけてる。見て見るか?」

「はい」

 素直にオリビアが頷けば、アリスタリフは白い手袋を取った。手の形は確かに人のものだ。そこに金の毛が生え、爪は黒くなっていた。やすりを毎日かけている為か、爪の先は丸い。

「触ってもいいですか?」

「えっ……ああ。いいが……」

「へぇ。毛並みサラサラですね。肉球は……あるんですね」

 ぷにぷにと肉球を触りながら、オリビアは興奮気味に頬を染める。

「お、オリビア。そろそろいいか?」

「ああ。すみません。凄くいいものを触らせていただきありがとうございます」

「いいものだったか?」

「はい。とっても」

 満足げに頷くオリビアにアリスタリフは自分の手を見つめながら固まる。ぐっぱぐっぱと握ったり開いたりしては、首をひねった。


「オリビアは、私を恐れないんだな」

「ああ。それなのですが、多分なんですけど、アーリャは無意識に威圧が常時発動状態になっているのではないかと思うんです。威圧って知ってますか? あの、龍種が龍の姿の時に出るものです」

「知ってはいるが……そうなのか?」

 困惑気味の声に、オリビアはその可能性をそもそもアリスタリフが気が付いていなかったことに気が付いた。

「はい。私の侍女のチェレスリーナは威圧を感じていたみたいですし。たぶん他のご令嬢が悲鳴を上げられ耐えられなかったのはその所為ではないですかね? 私は呪いの関係で威圧を感じない体質なんです。アーリャは龍種の女性とお見合いはされましたか?」

「いや……。してないな」

「なら婚約云々はさておき、龍種の方にご相談してみるのもいいかもしれません。龍種は威圧に対して抵抗力もありますし、少なくとも龍の姿なら威圧は問題ないはずです。それに彼らは威圧を自分の意志で消すことができるよう訓練するとも聞きます。威圧をコントロールできるようになれば、少なくとも悲鳴を上げられる事はないと思いますよ。だって、アーリャは優しいですもの」

「や、やさしい? 私がか?」

「はい」

 オリビアは、ニコリと笑い頷いた。


「ご用意していただいた離宮はとても日当たりがよさそうな場所でした。温かい地域の私を思ってですよね。それに手とかも嫌がらずに触らせてくれますし。何より、私を婚約者として扱ってくれるでしょう? 私を婚約者として扱おうと思って下さる方ってあまりいないんです。私のことをより良い結婚相手を探す為の道具だと思う人の方が圧倒的に多いので」

(すべての人ではないけれどね)

 勿論オリビアを傷つけないようにしてくれる人は今までにもいた。別の好きな相手が見つかるまでは、ちゃんと婚約者として相手をしてくれた。

 でもそれは稀で、【当て猫娘】の名前が噂されるようになってからは、道具扱いの方が圧倒的に多かった。そして悪い記憶の方がどういうわけだか消えないものだ。だから道具扱いをしない人は優しい人だと彼女は思っている。

 例えがそれが人として当たり前だとしても、その当たり前が、彼女にとってはとても貴重なのだ。

(うん。私も人助けするなら、いい人の方がいいし、アーリャには幸せになって欲しいわ)

「絶対、アーリャの呪い、解きましょうね!」

「……ああ」

 オリビアの言葉にアリスタリスは胸に手を置き、頷いた。

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